Vol.20
ちょっと浸っていたら、妖艶な笑みを浮かべたフランが近づいてきた。
この顔は! 娼婦モードの顔だぜ……。
「えへへ☆ 慰めてあげよっか?」
「間に合ってます」
そう返したら、何故かフランがヘコんでしまった。
どよーんとした雰囲気をまとわせつつ、壁に向かって反省のポーズをしている。
至極真っ当な対応をしたはずなのに……なんで、俺がリプラさんに睨まれねばならんのだろう。
そんな母の様子を見ていたヤムたんが、とてとてと近づいてきた。
「アッキーがもうすぐお父さんになるかもしれないって、お母さんが言ってたけど……アッキー、お父さんなってくれるの?」
「こ、こらヤム……! すいません!」
「え? あ、いえ……」
どういうことだろう。
聖鍵王となれば、玉の輿先として有力だと見られてるんだろうか。
リプラさんのフラグを立てた覚えはないので、そんなところだろう。
でも、ヤムたんのお父さんになるのはいいかもしれないなぁ……前にもそんな妄想をした覚えがある。
「アキヒコ様は本当に罪作りですね……」
「どういう意味?」
「はぁ……」
またリオミがため息をついている。
女性陣が揃ってうんうんと頷いている。心外だ。
「ご主人様、少々よろしいでしょうか」
助け舟か? フェイティスが俺を呼び出してくれた。
ザーダスの提案で作った密談用の部屋へ向かう。
「……ご主人様、真面目な話なのですが。リプラ様を正式に身請けされてはいかがでしょう?」
は?
「フェイティス……冗談だろ?」
「そろそろ、皆さんにもリプラ様の出自について話してもよろしいかと存じます」
「……なるほど、そのために呼んだのか」
最近は彼女たちも仕事が忙しく、あんまり来られなかった。ヤムたんも学校の友達と遊ぶ機会が増えている。
3人揃うのは久しぶりだと思っていたが……。
「リプラ様とフラン様には、もうわたくしの方から話させて頂きました」
「おい、そんなこと勝手に……」
「今朝、認可をいただいたはずですが?」
「うえ……」
あの中にあったのか……目を通したつもりだったけど、頭が働いてなかったみたいだ。
フェイティスの認可は基本的に信用してるから、そのままOKしちまったい。
「ヤムタン様についても、ご主人様の養子という形にすれば角も立ちません。
側室ではなく愛妾という立場になりますから、処女性についても気にしなくて結構です。無理に肉体関係を結ばなくても構いません。
後宮暮らしを強制しなければならないわけでもなし、彼女たちが望めば今までどおりフォスでの暮らしもできます。
それにヤムタン様が半分カドニア王族の血を引いているとなれば、リプラ様とフラン様はともかく、彼女が責められることもありません。
無論、第一王妃と第二王妃であるリオミとシーリアにご子息が生まれれば、そちらの方が王位継承の優先権も高く……」
「そういう話をしてるんじゃないだろ。この間のチグリのことは確かに俺が迂闊だった、その件はちゃんと腹も括る。
でも、リプラさんはそうじゃないだろ。今更カドニアの道具として、彼女に政略結婚させようっていうのか?」
「いずれ出自を公開した暁には正式に側室に迎え入れることで、ご主人様の意向に沿う形でリプラ様とヤムタン様をお守りできます」
「俺はそういう話をしているんじゃ……!」
「ご主人様は何を恐れているのですか?」
「……!」
二の句が継げなくなる。
俺が恐れていること。
そんなの決まってる……。
「リプラ様のお気持ちは既に確かめてあります。あの方は確かに恋心を抱いているわけではありませんが、ご主人様がヤムタン様の父親になってくれるのではないかという期待を抱いておいでです」
「…………」
「リオミもシーリアも、自身の立場が脅かされることがないとわかれば、受け入れるでしょう。ましてやそれが、ご主人様のご意向であれば尚更です」
「でも……」
「……今のところ、リオミもシーリアも懐妊の気配がありません。婚前交渉でお世継ぎ様ができなかったのは幸いですが、今後は違います。万が一に備え、ご主人様の跡継ぎの目処を立てなければなりません」
「それがヤムたんだって言うのかよ」
「そうです」
できれば、俺はヤムたんたちには普通の暮らしをしてもらいたかった。
王族の暮らしなんて窮屈なものではなく。
でも、それは俺の望みであって、彼女たちの望みではなかったのか……?
いや、聞いた範囲では今のところ彼女たちに強制することはないみたいだし……。
でも……。
「俺にそこまで背負えっていうのかよ……!」
「はい。ご主人様は王となることを選びました。既にひとりやふたりの幸福だけを願えばいい立場ではありません。お覚悟を」
「…………わかった」
……仕方ない。
これ以上、自分の都合だけで考えるわけにはいかないか……。
「ご主人様。憎むのであれば、わたくしを憎んでください。
リオミを殺せと命ぜられ、そして実行に移そうとしてしまったとき、わたくしは完全にご主人様の下僕となりました。
もし殺したいとお思いになりましたら、いつでも首を差し出します」
「……違うんだ、フェイティス。違うんだ」
「いいえ、違いません。わたくしは、ご主人様が大事にしていらっしゃるヤムタン様でさえ、道具として利用しようと考えているような冷血な女なのです。もし、わたくしがヤムタン様を危機に陥れようとしているとを恐れていらっしゃるのでしたら、今すぐわたくしを殺してください。それでヤムタン様は……」
「フェイティス。そうじゃない……そうじゃないんだよ」
俺は首を横に振った。
俺が恐れているのは、そんなことじゃないんだ。
「……ヤムたんの名前はヤムタンじゃない……ヤムだよ。
たん付けは、俺が勝手に始めたことなんだ……」
「…………へ?」
みんな、ヤムたんの名前をヤムタンだと思い込んでたからなぁ……。
敢えて訂正しなかったのに……。
こうして。
俺がヤムたんのことをヤムたんと呼ぶことはできなくなった。
さすがに義理の娘をたん付けはないわ。
以後は天使名を用いよう。
「それではアッキー様……また後日、正式な挨拶に伺います」
「じゃあね、アッキー!」
「よろしくねー☆」
決定事項を伝えた後、去っていく彼女たちを見送った。
ヤムエルは、まだよくわかってないみたい。
次に会うときには、お父さんって呼んでくれるのかなぁ。
「しかし、ヤムタン様がヤム様だったとは……リプラ様が省略して呼んでいるとばかり思っていました」
そりゃまあ、フェイティスにそう認識させるためだけにルナベースのヤムエルの名前はいじらせてもらったわけだしね。
それはともかく。
「……おい、フェイティス」
「はい?」
「どういうことだ」
「どういうことだと申しますと?」
「この報告によると、リプラさんには漏れなくフランがついてくるみたいなんだが」
「そうですねぇ」
「そうですねぇ、じゃねーよ! どうしてそうなる!」
「リプラ様が出した条件でしたので」
「リプラさんが?」
「姉の恋を応援したいのでしょう」
「リプラさんのほうが妹だったんだ……」
結局、俺が胸に抱いていた結末は、彼女たちのゴールではなかったということだ。
俺が王になったことで、想像以上に受け皿が大きくなっている。
少なくとも、そう見られているんだ。
まあ、フランの気持ちは気づいてたけどさぁ……。
「よろしいではありませんか。候補が集まらず、女性側の気持ちを斟酌しないで人攫い紛いのことをする王族もいるのですよ? それに比べれば」
「なんだかなぁ」
釈然としない思いを抱きつつ、平和な1日が終わる。
やるせない。
でも、あのオップ=アイを好きにしてもいいのかぁ。
グッド!
そんなわけで夜。
昨晩はハードだったし、今夜はソフトに過ごした。
「う~、やっぱり不安になってきました」
「どうしたん?」
枕に顔を埋めつつ、リオミが呻いていた。
シーリアは既にグースカ寝ている。
こやつ、寝相が悪い。
「自分がいつまでアキヒコ様の一番でいられるのか……」
「第一王妃なんだから、大丈夫だろ」
「そういうことじゃないですよぅ……」
リオミが珍しくウジウジしている。
「覚悟はしてましたけど、どんどんライバルが増えていますし……それにわたし、他の方に比べて、それほどスタイルがいいわけでもありませんし……」
「あー……」
「あー、とか言わないでください! ものすごく傷つきますから!」
「ご、ごめん」
リオミがえぐえぐ泣いている。
確かに、ディーラちゃんやザーダスを除けば、一番ロリ体型だしなぁリオミ……。
女性的な自信の問題か。
「リオミ……俺は別に体で優劣を考えたりは……」
「あんなしょっちゅう目移りするアキヒコ様に言われても、信じられません」
「男の本能なんだってば」
「ううう~~」
チグリの一件もあったし、リオミはだいぶ情緒不安定になってしまった。
俺ってやつは、まったくもう。
逆にシーリアは2番以降ならどこでもいいらしいし、リオミの座を狙ってるって様子はない。
フェイティスも立場を弁えてる。
側室候補のみんなはどうだろう。
メリーナ王女は……まあ、保留として。
クラリッサのベネディクト枢姫って、どういう人かよくわからないんだよなぁ。全然表に出てきてないし、ルナベース検索でも大した情報は得られなかった。
チグリにはホント、悪いことしちゃったよな……彼女はどっちかというと、タリウスのじっちゃんへの師事のほうに興味があるはずだし、尊敬するリオミの立場を脅かしたりしないはず。
こっちから誘わなければ、肉体関係を迫ってくることもないだろう。直系王族じゃないから、子作りを期待されてはないだろうし。
愛妾になるリプラさんとフラン……うん、フランはヤバイな。
立場では勝てなくても、本気で俺を落としに来る可能性が高い。
まだ彼女との本番は未経験だが、ヘタするとフェイティス以上のテクニシャンかもしれない。
そうなれば、心はともかく体は攻略されそうだ。
リプラさんは別に俺の寵愛を求めているわけではなく、ヤムた……ヤムエルのことが第一だ。男性にトラウマを持ってる可能性が高いし、間違っても俺から迫る気はない。
まとめると、俺の心がリオミから離れる可能性はとてつもなく低いということだ。
とはいえ、リオミに理屈を言っても慰めにならないしなぁ……。
頭を撫でて、安心させてあげよう。
「うう、アキヒコ様、捨てないでください~」
「ないない、絶対ないから」
リオミの不安もわかる。
如何せん、急激に俺の周囲に女性が増えすぎなんだよな。
王になるって、こういうことなん?
「ちょっとは自信を持とうよ。惚れた俺の目が節穴だったわけ?」
「ううう~、アキヒコ様を誰にも渡したくないです〜……側室はしょうがないですけど、本気になっちゃいやです〜」
「よしよし、俺はリオミのものだよ~」
愛情がないなら、こんなふうに泣く女の子はウザイと感じるはずだし。
愛おしいと思えるなら大丈夫。
あ、逆にやだなあ、俺がリオミのことをなんとも思わなくなったら。
やはり日々の愛情確認を欠かしてはならないな、うん。
「俺はリオミを愛してるよ」
「アキヒコ様~」
今日は控えめにしようと思ったけど、もうちょっとぐらいならいいかな。
優しく優しく扱ってあげよう。
「我が身の生まれ、人からキャトへと新たに定めん。《レイスチェンジ》」
リオミは呪文を唱えた。
なんと、リオミはネコミミ娘になってしまった!
「な、な、な」
俺の心が決壊するまで、あと10秒。
10、9、8、7……。
「アキヒコ様、可愛がってにゃ〜」
ヒャア、我慢できねえ!
0だ!
魔王城跡地に王宮を作らねばならない。
設計図は専門技師から既に届いているので、あとは要塞モジュールと同じように組み上げて転移させるだけ。
問題は場所だ。あんまり基地に近いと景観も良くないし、何より騒音がある。
ここはやはり、元々の土地の所有者に相談してみよう。
「なんじゃ、そのようなことか。その要塞から離れればよいではないか」
「でも、それじゃセキュリティが……」
「周辺の制圧状況はどうなっておる?」
ディスプレイシートにお望みのものを表示してみせる。
ザーダスはさして驚くふうもなく受け取り、自然と操作し始めた。
うーん、やはり彼女は……。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「そうか? さて、これならば……ここがよかろう」
「お?」
彼女が示したのは、要塞からやや永劫砂漠よりの東側。
「どうして、ここがいいんだ?」
「まず、西のゴーディス、北側の巨人山脈側は論外じゃ。こちらは前線に近い。南側は迷宮から這い出してきた魔物に襲われる可能性もある。
じゃが、永劫砂漠の魔物が西進してくることはまずない」
「ふむ……」
「それにおぬしの兵力の大部分は東側に強力なものも多く、展開も早くなっている」
「まあ……そっちのほうが大型兵器を展開しやすいからね」
「だから北と南に砦を設け、抑えとせよ。この分布図を見る限り、東の永劫砂漠を中心に開拓していくつもりなのだろう?
王宮を中心として城下町を拵え、ゴーディス地下帝国との間に軍事本拠点を置くのが妥当であろう」
「ふむ……」
一応、俺もその路線は考えていた。
ザーダスが言うなら、それが一番いいのだろうか……。
「それと、これはそなたが余を信じるならという前提がつくが……北の巨人族とは、余が交渉に赴いても良い」
「なんだって?」
「これを見る限り、ゴズガルドもいるのだろう? ヤツを味方につければ、ゴーディスとの不可侵条約も結びやすくなる」
「どういうことだ?」
「よいか? 余はもともと、魔王軍を率いるにあたり、北の巨人族とゴーディス地下帝国とは同盟を結んでおった。
もともとヤツらは犬猿の仲でな、余が君臨する以前はよく争っておった。
そなたが武力でもって北方の征伐に乗り出しているため、今のヤツらはそなたという共通の敵に立ち向かっておる」
「つまり、もし俺がいなくなったりしたら、連中は戦争を始めるってこと?」
「その仮定は現実的ではないが、そのとおりだ。さて、余はゴーディスを力で抑えこみ、巨人族とは融和を測っていた。
余はダークスに魔力を食わせるかわりに、瘴気を力の源としておった。これが余が魔王だった時代に絶大な負の魔力を扱えた要因であり、瘴気を祓われた後は無力な幼子になってしまった原因でもある。
ともかく、瘴気に侵蝕されたゴーディスの連中は良い操り人形であった。
だが、巨人族はそうはいかん」
「……?」
「おそらく、アースフィアの人族も知らなかっただろうがな。巨人は瘴気に対して強い耐性があるのだ。ゴズガルドを始めとしてな」
「……確かに、ゴズガルドのダークス係数は低かったけど……」
他の巨人族はダークス係数が高いやつもいたはずだ。
「ダークス係数とな?」
「あれ、知らなかったのか?」
ザーダスに説明する。
「ほほう、なるほどな。そなたは、瘴気を数値化しておったか。ダークスの侵食率でダークス係数か、ククク……」
「何がおかしいんだ?」
「いや、大したことではない。さて……余が言いたいのは、瘴気による支配力と、瘴気の侵食率……ダークス係数とやらは必ずしも比例するわけではないということだ」
「……そうなのか?」
ダークス係数の情報に、そんなデータはなかった。
ザーダスの言動を否定するような要素もなかったが。
「そうだな、喩え話をしよう。例えば、人族は瘴気にその身を深く侵蝕されると命を落とす」
「ああ、そうだな」
「じゃが、魔物はそうではない。そして、瘴気に侵蝕されると死亡することなく凶暴化する。知性のある魔物は邪悪となる」
「…………」
「だが巨人は瘴気に侵蝕されても、自我を失わん」
「……それ、本当か?」
「偽りは申さぬ。そのような契約をしたのでな。
これは余が個人的に暇つぶしで研究した結論だが、巨人族が魔素をほとんど体内から追い出してしまうためだと判明している」
「……ダークスは魔素を食う。体内の魔素が多い存在ほど瘴気が活性化して……」
「そう。だから、人族は魔素に比して肉体が脆弱ゆえに死ぬ。魔物の多くは魔素と融和し、肉体も人族に比べて強力であるがゆえ、ダークスの良き手駒となる。妖魔……まあ、ゴーディスのような人族が瘴気に侵された種族どものことだが、連中も元々は肉体が強力な人族の成れの果てというわけだ」
「巨人族は魔素が体内にないから、ダークスに侵蝕されても活性化せず、支配もされないってことか……?」
「そういうことだな。むしろ、瘴気に対する免疫抗体のようなものもついているのではないか?」
「……!」
……もし、そうなら。
巨人族は絶対に味方に引き入れたい。
もしダークスがウイルスのような存在で、巨人族に免疫耐性のようなものができている場合、ワクチンを取り出すことができるかもしれない。
いや、味方にできなくてもドローンを使ってサンプルを集めるべきだ。
完全体になることに拘った人造人間だって、そうやって細胞を集められて作られたじゃないか。
「……そういう事情があったので、余が魔王であったときにも、巨人族のことを操ることはできなかった。ゴズガルドを見ればわかるであろう?
彼奴らに与えたのは、武を示す機会と栄光。そして宝だ」
「そうだったのか……」
この情報は、超宇宙文明側でも得ていなかった可能性が高い。
ダークス係数の情報開示のときに、それらしき話は一切なかったからだ。
ルナベースのダークス情報に「NEW!」の項目が増えている。
やはり、これは最新情報なのだ。
ダークスを滅するための方法はかなり詳細……というより、ホワイト・レイを使うべしという方針が掲げてあったのだが、支配された魔物がどうなろうが知ったことではないというのが、超宇宙文明の方針らしい。
巨人が支配されてようがされてなかろうが、ダークス係数が高いなら倒すから関係ないということか。
「ちなみに余は魔力も高く、肉体が強固だったようだ。今考えてみれば、このような矮躯が巨人族を超える耐性があったとは思えんが……自我を塗りつぶされなかったのは、余にとっては幸いであったよ」
「……お前にも免疫があるのか?」
「免疫の話は喩え話に過ぎんぞ?」
「そうか……」
彼女の臨床データは寝ている間に取ってある。
今の最新情報を元に、彼女がダークスに対する抗体を持っているかどうか、調べさせるとしよう。
「話が逸れたが、王宮はここでいいのではないか?」
「ああ、そうしよう。巨人族との交渉は……お前のことをどう扱うかに関わってくる……少なくとも、フェイティスにはお前の正体を明かす必要が出てくる」
「そうか。判断はそなたに任せよう」
フェイティスならば、万に一つもシーリアに漏らすようなことはすまい。
彼女にはザーダスの正体を明かそう。




