Vol.18
「現在、王室はこのマザーシップを利用していますが、メリーナ王女を迎え入れるとなると、そういうわけもいきません」
「確かになぁ」
ディオコルトがどういう手段で下僕化したメリーナを見張っているかは知らないが、目の届く範囲にいるはずだ。
あるいはメリーナと知覚共有している可能性もある。
ディオコルトの因子をマザーシップに迎え入れるのは避けたいし、あらゆるセキュリティの整ったマザーシップでは、ディオコルトもメリーナを制御化に置けなくなる可能性が高い。
フランの例を見る限り、マザーシップに迎えても魅了の呪いが解けるわけでもなし。危険だ。
「そうなると、やっぱりフォスか?」
「いえ、聖鍵王直轄領として……魔王城跡地付近を正式に発表しましょう。あそこなら、ディオコルトが万に一つも入り込めないということもないでしょうし、動きも制限できます」
「なるほど」
瘴気がなくなったとはいえ、あそこは元々魔王軍の拠点だった場所。
ディオコルトが問題なく入り込めるだろうし、ホワイト・レイによる浄火が進んでいるので、ヤツの肉体を構成する瘴気の補充が難しい。
誘いこむには、うってつけだ。
「無論、ディオコルトもそれは承知です。しばらくは姿を現さないでしょうが……」
「メリーナを泳がせてるのも、気づいてるんだろうな」
業腹だが、ヤツは愚かではない。
こちらが罠を張っていることは、百も承知だろう。
おもいっきり宣戦布告してやったしな。
「メリーナはキーパーソンですが、彼女が直接的な動きに出る可能性は極めて低いと思われます。私達にとってもディオコルトにとっても、彼女があまりにもわかりやすいですから」
「えーっと……その辺は正直、よくわからないんだけど」
「わたくしにお任せください」
「……了解」
フェイティスが言うからには大丈夫なんだろう。
考えるのは彼女、決断するのが俺の役目だ。
必要なことなら、教えてくれるはず。
「それで……全体的な側室の件ですが。
今のところ、我が国に姻戚関係を結びたいと希望しているのは、クラリッサ、グラーデン、アズーナンです」
「エーデルベルトとカドニアは?」
「カドニアには現在、未婚の王族女性がいません。多くは命を落としていますから」
「ああ、そうか……」
万が一、出自が明らかになってもフランやリプラさんは厳しいだろうな……。
ヤムたん?
いやいや、さすがに。
「エーデルベルトは、王妹が候補には上がっておりますが……ご本人が失踪したそうで」
「は?」
「ですので、今回は保留だそうです」
失踪って只事じゃないだろ。
なんでリオミもシーリアも無反応なんだ?
「……フェイティスよ。ときにその娘、ヒルデガルドという名ではないか?」
何故かここで質問したのがザーダスだった。
「え? はい、よくご存知ですねラディ様」
「やはりな……」
ザーダスが勝手に納得している。
真っ先に反応したのはシーリアだった。
「ラディもエーデルベルトの姫将軍のことを知っているのか?」
「うむ、直接会ったことはないが、魔王のもとにまで名声が轟いていたからな……」
姫将軍。
魔王のもとにも轟く名声。
なるほど。
エーデルベルトは軍事国家で、グランハイツ王の妹もまた腕っ節の強い女性ということか。
「ヒルデ様がいなくなるのはいつものことですし、気にしなくても大丈夫です」
「はあ」
フェイティスもそう言ってるし、まあいいか。
「アズーナンは当然、メリーナ王女です。クラリッサはベネディクト枢姫。グラーデンは貴族の中からユーフラテ家のチグリという……」
「待った!」
「はい」
「チグリだって?」
俺が散々セクハラモフモフしてしまった彼女が、側室候補だと?
フェイティスは俺が突っ込んでくるのを予想していたらしく、冷静だった。
「彼女は王族じゃないよな」
「ええ、ユーフラテ家はグラーデンの中でも零細といえる貴族です」
「じゃあ、どうして……」
「彼女の血にはわずかですが、グラーデン王家の血が流れています。ほんのわずか、ですけど」
「……そういうことか」
グラーデンはどちらかというと、俺たちと距離を取りたがっている。
それほど親密にはならない程度のつながりを保つ、彼らが各国にやっている方法と同じか。
「ちなみに彼女が候補に挙がったのは、つい先程です」
「……は?」
「身に覚えがおありでしょう?」
「今さっき話したばかりなのに、どうして……!」
「ご主人様」
フェイティスは指を一本立てて、俺の前に差し出した。
「わたくしは申し上げたはずです。公人としての御自覚を持つように、と」
「それは覚えてるけど……」
「ですから、ご主人様の動向はある程度把握させていただいておりました」
「え?」
……え?
「……まさか、最初から?」
「はい。聖鍵派スタッフ一同とともに、ご主人様の一挙手一投足に至るまでを、すべて記録致しました」
なん……だと……。
「じゃあ、俺がチグリのことをモフモフしたときのことも……」
「彼女だけではなく、ウラフの少女の尻尾をいじくり回したこともです」
「そこも!?」
「既にこの船は、ご主人様だけのものではないのですよ? ヒュプノウェーブの照射も記録に残っています」
「……どういうことですか、アキヒコ様」
え? え?
ナニコレ?
「そうですよね、ディーラ様」
「え? あ、うん……。ねぇ、お兄ちゃん。これもう隠し切れないよ」
「ディーラちゃぁん!?」
裏切ったな!
僕の気持ちを裏切ったんだ!
たけのこ15箱返せ!
「もちろん、このようなことは国外には漏らせません。最重要機密として扱われます」
「あ、あはは……」
乾いた笑いしか出てこない。
そうだった。
もう、聖鍵の力は俺だけのものじゃない。
みんなで分け合っているんだ。
俺だけが背負ってるだけじゃないってことは、わかってたのに。
ヤッチマッター!
「結果としてご主人様の趣味嗜好がわかりましたので、わたくしの方からグラーデン王国へチグリ様を側室にしてもらえるよう話を持ち込みました」
「お前の仕業かよ!」
「グラーデンは二つ返事でしたよ?」
ニコニコ笑顔のフェイティス。
ニコニコ笑顔のリオミ。
やるせない笑顔のディーラちゃん。
能面のように無表情のシーリア。
笑いを堪えるのに必死なザーダス。
「ま、待て。チグリの気持ちはどうなる!」
「そのようなお言葉が今更ご主人様の口から出てくるとは」
まあ。と、わざとらしく口を開けて手を当てるフェイティス。
「あのような不埒な行ないをしておきながら、よくおっしゃれたものです。
ウラフ族の女性にとって尻尾に触れることを許すのは、求愛行動に応えたも同然。
それがたとえ、何らかの交換条件があったとしてもです。
もう彼女は、他の家に嫁に行くことなどできませんよ。
社会的にではなく、彼女の矜持の問題です」
な、なんてことだ。
俺は彼女の道を閉ざしてしまっていたのか。
そうすると、あのブルマ姿のモフモフ幼女も……。
「ああ、グラウンドの件についてはヒュプノウェーブの記憶操作が有効なので大丈夫です」
「そ、そうか」
「さすがに彼女は道を定めるには幼すぎますから」
俺の考えを先読みしたのだろう。
フェイティスがさらに言い募る。
「ともかく、ご主人様には殿方としての責任を取って頂きます。よろしいですね?」
「う、うぐぐ……」
何を言っても駄目だ。
既に詰んでいる。
場を整えられている。
逃げ場はない。
「……はい」
俺は頷くしかなかった。
「では、側室の件はひとまず以上で……」
「待って、フェイティス」
声をあげたのはリオミだった。
「リオミ、なにか?」
「ウラフの少女の尻尾をどうこうという話、詳しく聞かせて頂戴」
「ああ、それならディーラ様がお詳しいかと」
「うん。えっとねー」
俺の王としての威厳が、どんどん崩れていく気がする。
いや、最初からそんなものはなかったんだ。
奥さん、愛人、妹。
これだけ女性が揃っていて、俺の天下が続くはずがなかったのだ。
「……アキヒコ。私はお前の味方だぞ」
「シーリア!?」
意外なことに、彼女は俺を責めていなかった。
先ほどまでの無表情が嘘のような晴れやかな笑顔。
「アキヒコはアブノーマルだったのだ。私と同じだ!」
「何を言ってるんだ、お前は!?」
「覚悟しておけ。今夜は寝かさないぞ!」
「ゲェーッ!?」
普通に怒ってた!?
そうか、本当なら俺を斬りつけたい衝動に駆られているのを、全部性欲に転化しやがったのか!
こいつ……学習している!
「シーリア、何を勝手なことを……!」
「リオミ。どうだ、お前も一緒に」
「……いいですね。ちょうど教育も必要だと思っていたところですし」
「わたくしもよろしいでしょうか。調教が必要なのは、シーリアだけではなかったようですので」
ニヤリと笑うシーリアとフェイティス。
まずい。
一番やばい姉妹が結託した。
今度という今度は、リオミという名のオアシスもない。
「ま、待て。今日も本当に疲れてるんだ。できれば明日……」
「「「はあ!?」」」
「……今夜でいいです」
ディオコルト……お前との決着、つけられないかもしれない……。
「あー、もう、いいなーみんなして。あたしも混ざりたいー」
「ディーラよ、お前はもう少し成長してからだ。それに、こういうのは姉が先だぞ」
「お姉ちゃん、あとから目が覚めたのにずるいー」
向こうで何やら不穏な会話が聞こえた気がしたが、もう考えるのをやめよう。
いっそ、ペネトレイター艦隊に転移して外宇宙へ旅立つのもいいかもしれないな……。
ははははは……。
その夜。
「はぁ……鬱だ」
俺は寝室のベッドの上で正座して待っている。
本来、男ならばお楽しみのハーレムタイムだが、今日は実質処刑も同然。
まな板の上で活けられるマグロの気分だ。
そもそも、本来ならみんなの相手をしているような体力は残ってないのだ。
それを無理矢理ドーピングして、こうして待っている。
オーバードーズしないといいが。
いや、そもそも俺は明日の朝日を拝めるのだろうか……。
「お待たせしました、ご主人様」
「ああ、うん。もうどうにでもしてくれ……」
何やら準備があると隣室に籠っていた3人が戻ってきたらしい。
身から出た錆なのだから、俺もそろそろウジウジせずに覚悟を決めよう。
3人が部屋に入ってきた。
ん?
あれ?
「……アキヒコ様、どうですか」
「アキヒコ、似合っているだろうか?」
3人の姿がいつもと違う。
いや、もっと正確に言い表すならば、増えている。
具体的には彼女たちの頭の上。
リオミのそれは綺麗な三角形をしていて、頭の上に均等に2つ並んでいる。
ピーンと立っていて、彼女の美しい金髪と同じ毛並みの……猫耳。いやネコミミ。
さらにリオミの腰のあたりから生えているのは、紛れもなく猫の尻尾だ。
こちらも綺麗な金色をしている。ふりふりと揺れていて、とてもかわいい。
シーリアの方は、なかなかワイルドな毛並み……犬耳というよりは狼耳と呼ぶのが相応しそうな形だ。
彼女から生えている尻尾も、チグリのそれがモフモフなら、シーリアのはファサファサしていそうだ。
さて、フェイティスであるが……一言で表現するならば、バニーガールだろう。
頭の上にはウサミミ。そして、ここからでは見えないが、おそらくお尻のあたりには、まんまるの尻尾がついている。
ちなみに毛色は白。どうやら髪の色とは違うらしい。
「す、すごいコスプレだな……」
「コスプレ? ご主人様、違います。これらはすべて本物です」
「え?」
「先ほど申し上げました。これは夫婦仲を発展させるチャンスであると……」
た、確かにそんなことは言ってたが……。
「アキヒコ様。《レイスチェンジ》という魔法をご存知ですか?」
「え? ああ……《シェイプチェンジ》と違って、種族だけを変える変身魔法……はっ」
「そうです。今のわたしはカト族、シーリアはウラフ族、フェイティスはヴェニ族に変化しています」
「本物って、そういうことかよ……」
「そういうわけなので、ご主人様……」
3人がじわじわ迫ってくる。
既に俺の疲れは吹っ飛び、聖剣もまた勝利を約束しつつあった。
だって、ケモミミ娘がゆらゆらと尻尾を揺らしながら……っていうか、シーリアなんてさっきから、凄い勢いで尻尾振りまくってるし。
とにかく、桃源郷なんだぜ?
地獄への片道切符だと思っていたら、天国への階段だったんだぜ!
「……3匹の獣を調教してくださいませ?」
ぷっつんと、俺の頭の中で何かが切れる音がした。
俺の体の調子? 知らんな、そんなもの。
いいから、ドーピングだ!




