Vol.17
「……はぁ」
チグリと別れた後、リオミは怒りを通り越して呆れている様子だった。
うん、俺も暴走しすぎてしまったようだ。
でも、モフモフだからしょうがないと思うんだよね。
「ちょっとやりすぎた。ごめん……あんまりにも触り心地がよかったから」
「アキヒコ様は、ウラフ族のことをご存知ないのですか?」
「知ってるさ。チグリの種族だろ」
「そうです」
ロードニアで見かけたから、リオミと別れたあとにすぐ調べたのさ。
魅惑のわんにゃん画像一覧があったから、そっちに夢中になって、名前しか知らないけど。
あのひとときは、大気圏突入シミュレーターとは別の意味で興奮した。
ちなみに猫耳はカト族、うさ耳はヴェニ族という。
「ユーフラテと名乗ってましたから、出身はグラーデンでしょうね」
「ふーん」
「……はぁ」
まただ。
リオミ、そんなにため息をもらすと幸せが逃げるぞ。
「ひょっとして、彼女の家ってそんなに偉いところ?」
「……気にするところは、そこですか」
もしまずいなら、リオミがもっと早い段階で止めてくれても……。
「ユーフラテ家自体は、小さな家です。グラーデンでもそれほど規模が大きくないですし、政治問題に発展することはまずありません」
「じゃあ、何がまずかったんだ?」
「……チグリさんは女性ですよ」
「うん」
「いや、ですから……」
「それが?」
「……はぁ」
???
リオミが何を言いたいのかわからない。
「大学で噂になっても知りませんからね。女子生徒を連れ込んで、あんなことをして……」
「…………あ」
俺としては、わんこをモフモフしてるような気分でいたが……。
そうだ、彼女はわんこではなく獣人であって、メスではなく女性なんだった。
「ひょっとして、俺のしたことってセクハラ?」
「……ご自分で調べてみてはいかがですか?」
「ウラフ 耳 尻尾」で検索。
……尻尾はウラフ族の性感帯……?
「……なんてこったい」
「まさか、アキヒコ様がそっち方面とは……」
「いやいや、俺は別にそういうわけじゃ!」
「ウラフの側室でも娶られたらどうですか? もう知りません!」
リオミはカンカンに怒って、どこかへ行ってしまった。
ああいうときのリオミは何を言っても許してくれないので、しばらくクールタイムを置くしか無い。
「チグリに悪いことしちゃったな……」
性感帯なら、そう言ってくれればいいのに。
いや、俺がわかった上で要求したと思ってたのか。
俺の地位を考えたら、嫌だとは言えないよな……交換条件だったし。
気を取り直して初等部へ向かおう。
ヤムたんと戯れるのだ。
教師を捕まえて聞いたところ、ちょうどヤムたんのクラスは体育のようだ。
教えてもらったグラウンドに向かうと……。
「馬鹿な……絶滅したはずだ……!」
諸君らは覚えているだろうか。
今となっては、日本では絶滅してしまったあの紺色の穿き物のことを。
そう。かつて、ブルマと呼ばれていた麗しの三角形のことだ。
失われし栄華。
幾多の紳士たちが涙を飲んだ法改悪。
二次元の向こう側にしか生き残ることのできなかった伝説の生地。
そのブルマが。
今ここに、雌伏の時を超えてアースフィアで蘇っていた。
ヤムたんを始めとする天使たちが、キャッキャウフフとかけっこしている。
乙女座の俺もセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられない。
彼女たちが穿いている体操服、まさしくブルマだ!
アースフィアよ、ブルマは帰ってきた!
グッジョブ、聖剣教団!
ナイスブルマー!
というか、チグリと同じウラフのおにゃのこたちが、ブルマ姿で……!
いけない! これ以上いけない!
如何に俺がイエスロリータノータッチの精神を持つ紳士と言えど、これほどの刺激を前にしては……!
「アッキーだ!」
しまった、見つかった!
駄目だ、ヤムたん! そんな笑顔で俺の方へ向かってきては!
逃げろ逃げるんだぁ……勝てるわけがない!
今の俺の精神が、伝説のスーパー煩悩に勝てるわけがないんだ!
「アッキー!」
ああ、フランソワーズ。
ぼかぁ、もう駄目だ。
ヤムたんをこうやって抱きしめている今、もはや紳士を名乗れやしない……。
決して邪な感情を抱かないと誓っていたのに!
これでは、ディオコルトのことを悪しざまに言えないじゃないか。
去勢だ。
俺も去勢しなければならない!
「せいけんへーかだ!」
「せいけんへーかさま!」
おや、ベイビーたち。
いいのかい、そんなに無防備に俺にひっついてきて。
俺は子供だって構わず食っちまう男なんだぜ。
「ひゃぅ……へーかさま……?」
ははは、ウラフのおにゃのこは最高のモフモフだなぁ。
ははは、ははは。
「お兄ちゃん……何してるの?」
はっ。
ディーラちゃん!
そういえば、合同授業だって言ってた!
うーん、ブルマよく似合ってる。
いいね!
「大丈夫だ……俺は正気に戻った!」
「と、とりあえず。その子解放してあげたら……?」
言われて気づいたが、俺はウラフのおにゃのこの耳と尻尾をモフモフしていた。
ヤムたんの俺を見る目が、まんまるになっている。
「アッキー……?」
「い、いや。違うんだ。俺はただ……」
「せいけんへーかさま……」
ウラフのおにゃのこは切なげに俺を見上げ、言った。
「わたし、へーかのおよめさんになります。……やさしくしてね?」
「違うんだあああああああああっっ!!」
俺は一目散に逃げ出した。
すぐにテレポーターからマザーシップへ転移。
中枢区から、疲労困憊状態で這い出た。
「くそっ、こんなつもりじゃあ……」
最悪だ。
ディーラちゃんにもヤムたんにも、完全に誤解されてしまったに違いない。
くっ、今回ばかりは四の五の言っていられん!
俺は聖鍵を取り出す。
――目標、聖鍵学院大学第4グラウンド。
――ヒュプノウェーブブラスター照射開始!
あの場にいた者全員の記憶から、俺がやらかしたことを消去。
許してくれ、ヤムたん。
ドローンで様子を窺う。大丈夫そうか?
いや……ディーラちゃんが正気のままだ。
催眠状態に陥ったみんなを見て、キョロキョロしたり話しかけたりしている。
しまった、精神遮蔽オプションがあるから効かないのか!!
すぐに彼女を緊急転移させる。
スマホを持たせてるから念じるだけでいい!
よし、体操着だから持ってないかと思ったけど大丈夫だ!
「え? な、なに? 何が起きたの?」
「ディーラちゃん、聞いてくれ!」
かくかーくしかじーか。
「お兄ちゃん、それってサイテーだよ」
「ぐはぁっ!?」
久々のドラゴン・ジト・アイズによって俺は石化した。
「お願いだぁ……このことは、リオミやシーリアには……」
「どーしよっかなぁ~?」
うぎぎぎ。
かくなる上は……。
「お代官様、どうかたけのこ10箱で……」
「15」
「ありがとうごぜぇますだ~」
平伏し、ドラゴン様への捧げ物をお納めする。
「それにしても、お兄ちゃんがああいうのが好きだったなんて」
「いや~……」
俺は犬猫が大好きだ。
見かけると、思わずムツゴ○ーさんばりにモフモフしてしまう癖がある。
よもやアースフィアで、このような形で問題になってしまうとは……。
「いっそのこと、本当にお嫁にしちゃったら?」
「それは……」
えっちなことなしでも構わない。
ウラフのおにゃのこを侍らせたい。
いや、いっそおとこのこでも構わない。
モフモフハーレムだ。
いいのではないか?
聖鍵王に俺はなる。
いや、なった!
この世界で俺の思い通りにならないことは、あんまりない。
「……お兄ちゃん、ひょっとしたらビョーキかもしれないよ。顔がキモチワルイ」
「生まれてきて、ごめんなさい」
夕飯時、俺は事の顛末を正直に白状した。
もちろん、グラウンドでの一件は伏せる。
女性陣の目が一様に冷たい中、フェイティスだけはあっけらかんと呟いた。
「まさか、ご主人様がウラフ好きだったとは思いませんでしたが……」
「いや、俺はウラフが好きなんじゃなくて……」
「リオミ、シーリア。これは逆にチャンスです」
「「「???」」」
俺を含め、3人みんなしてフェイティスの意図が読めなかった。
「もちろん、夫婦仲を深めるチャンスという意味です。後ほど、ふたりには詳しい話をするとして……ご主人様?」
「は、はい」
「ちょうどいいので、側室の話をさせていただきます」
「このタイミングのどこがちょうどいいんだ!?」
フェイティスもひょっとして怒ってる?
いや、今の一瞬だけ浮かんだ笑顔……。
この女……楽しんでやがる!
「ククク……観念せい、せいけんへーかさま?」
魔王ザーダス……勇者を愚弄するとは。
貴様、覚えていろよ!
「まず、皆様にも話しておきましたが。ディオコルトの支配下にあるはずのメリーナ=ルド=アズーナンが側室候補に上がりました」
「アズーナン王国側の最有力候補として?」
「はい」
リオミのつぶやきに、フェイティスが頷く。
「やっぱり反対です。メリーナ王女も早く魅了から解放してあげるべきですよ。ね、アキヒコ様?」
「それは……」
人道的見地からも、確かにリオミの言うとおりだ。
彼女は最初から、この件に関しては一貫して反対の立場を通している。
「リオミ、もちろんすべての決着がついた暁には彼女のことを回復させます。ですが、それを今やってはディオコルトの手駒がほとんどなくなり、身動きが取れなくなって潜伏する可能性が高くなります。そうすれば、罠にかけることも難しくなります」
「だけど……!」
「……リオミ。彼女は必ず助ける。信じてくれ」
リオミが俺のことを睨んでくる。
彼女はきっと、俺にも反対して欲しいのだ。
「メリーナ王女が自分の立場だったら……わたしは我慢できません。舌を噛み切って死にます」
「リオミ……」
「ディオコルトの気まぐれ次第で、わたしも籠絡されていたかもしれないと思うと……」
自分の体を抱きしめるように、リオミは身を竦めた。
そんな彼女の肩を叩く者がいた。
「……シーリア?」
「リオミ……アキヒコもわかっているんだ。ヤツがひょっとしたら、私達のいずれかを狙う可能性があることを」
……正確には、シーリアが既に狙われていたんだ。
メリーナ王女を魅了から解けば、ヤツが何をやらかすか想像もつかなくなる。
それこそ、俺の視界に入っただけの女性を手当たり次第に手を出しかねない。
「私達と天秤にかけ、アキヒコはメリーナ王女を犠牲にすることを選んだ。わかってやれ」
……そう言われると辛いが、まったくもってそのとおりだ。
リオミは納得こそしてくれなかったものの、反対はしなくなった。
「……話の続きをさせて頂きます」
フェイティスが再び、場を仕切り始めた。




