Vol.16
色々と講義を回ってみる。
だんだんリオミも変に心配しなくなってきた。
俺がいつもどおりなのが、すぐわかったのだろう。
「いやー、ルナベースが参考書代わりだったよ。さっぱりわからなかった」
「アキヒコ様は、あまり勉学はお得意ではないようですね」
しまった。
リオミにバレてしまった。
夫の威厳がマイナスされてしまうー。
「大丈夫です、わたしがちゃんとお助けしますから」
リオミは、なんだか嬉しそうだ。
俺の力になれると思ったのかもしれない。
こういうところが健気な良妻である。
「あのー……ひょっとして、リオミ=ルド=ピースフィア王妃でいらっしゃいますか?」
俺達がキャンパスの食堂で乳繰り合っていると。
おずおずと、メガネに三つ編みの女の子が本を大事そうに抱えながら話しかけてきた。
メガネっ娘キタコレ。なんというテンプレキャラ。
しかもこの子の頭の上には、ぴょこっと犬耳らしきものが!
獣人らしい。確かウラフという種族だったはずだ。
ひゃっほう!
リオミは俺を伺うように目線を送ってきた。
俺が頷くと、彼女はメガネ獣耳っ娘に向き直った。
「はい。リオミ=ルド=ピースフィアです」
「ほ、本当に……!」
ざわ・・・ざわ・・・。
にわかに食堂が騒がしくなる。
どうやら周囲も俺たちのことが気になっていたらしく、会話に耳をそばだてていたらしい。
「じゃあ、まさかとは思いますけど……お隣の男性は……」
「ああ、えっと。アキヒコ=ミヨシ=ピースフィアです」
「せせせ聖鍵陛下…………!!」
「あっ、今日は俺も学生としてきてるから! ひれ伏さないで! 崇め奉らないで!」
学生の中には敬虔な教団信徒もいる。
予言の暗唱をする子まで出てきた。
あっという間に、周囲をギャラリーに取り囲まれてしまう。
いやまあ、遅かれ早かれこうなるのは予想してたんだけど。
「あっ、あのっ……わたし、チグリ・ユーフラテといいます。おおおお会いできて、光栄ですううう」
その中でもキャラが立ってるメガネ獣耳っ娘が名乗ってくれた。
メソポタミア的に凄く覚えやすい名前で結構なことだ。
もちろん、他の生徒たちも口々に名乗るのだが覚えきれないのでルナベースにオート登録してもらう。
「ああ、すまない。みんなを驚かせてしまって」
「は、はいぃ、いいえ! とんでもありません! ご結婚、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。でも、今日は本当にわたしたちは学生として来ていますので……」
一応俺達がいる場所は、貴族や王族が使う食堂だ。
チグリも、ああ見えて貴族関係者であろう。
みんな顔と名前を覚えてもらおうと、自分を売り込んでくる。
「また機会を設けるので、今度にしてもらえるかな」
俺がそのように言うと、生徒たちは散っていった。
チグリも同じように去っていこうとしたので、呼び止める。
「ああ、キミは残ってくれていいよ」
「えええええええっっ!!?」
びくぅぅっ! とチグリの犬耳がとんがった。
この子、面白い。かわゆす。
もうちょっとお話しよう。
「だって、キミは俺じゃなくて最初にリオミに何か用があったんじゃなかったの?」
「あ、いえ、そのぅ……」
犬耳ぺったんこ。
本をお腹のあたりに下げて、もじもじしている。
ガードが下がったので、胸の戦闘力が判明した。なかなかの巨乳、シーリアといい勝負ではなかろうか。
制服を着てるから確定はできないけど、フランほどではないな。
「アキヒコ様?」
「あ、う、ごめん」
睨まれてしまった。
俺の不埒な考えを看破されたようだ。
「遠慮せず、お話しましょう。せっかくこうして会えたのですから。どうぞお席に」
「は、はいっ」
リオミが促すと、チグリはおっかなびっくり椅子に座った。
俺とリオミは横に並んでいるので、向かい合うように座ることになる。
「あの、その……リオミ様のことは、ずっと前から尊敬してて……『魔を極めし王女』様関係の文献は、全部読みました」
「えっ……全部ですか? それは凄いですね」
リオミの本が出てることは知ってたけど、そんなに多いのか。
ググる。関連書籍を含めると、軽く一千冊以上か……見た目どおりの本の虫か、この子。
「グラーデンの王立図書館にあったものは、ですけど……」
「それなら、ほとんど全部ですね……どうしてそこまで?」
「わたし、魔法の才能なくて……ルド氏族、なのに……」
犬耳がへたーっと倒れる。
うーん、この子、見てるだけで飽きないな。
素晴らしい。
「そのっ、どうしたら魔法があんなに使えるようになるのかなって、ずっと思ってました」
「そういうことでしたか……」
ヤムたんとは違う方向で愛玩動物だわ、この子。
たまらない。あの耳、モフモフさせてくれないかな。
きっと命令すれば触らせてくれるだろう。権力者になってよかった。
む、よく見ると尻尾もモサモサ動いてた。
尻尾もモフモフしたい。
「わたしの場合、声紋魔法ですからね。どうも他の人に教えるのは苦手で」
「やっぱり、そうですよねぇ……」
あっ、尻尾が垂れちゃった。もっと動いたほうがいいのに。
何か喜ばせれば振ってくれるかな。
「そういうことなら、大賢者タリウスを紹介しようか?」
「「えええええっっ!?」」
なんでリオミまで驚くんだ。
むぅ、チグリは尻尾をピーンと立てたけど振ってくれない。
「本気ですか、アキヒコ様!? お師匠にこの子を紹介するということは……!」
「何か問題が?」
リオミは何を慌てているのだろう。
魔法をうまく使えないで悩んでいるというのなら、教師を紹介してあげようというだけじゃないか。
「え、あの、その」
チグリはあたふたしている。
尻尾、動け・・・っ、動け・・・っ。
「キミが魔法を使えるようになるかどうかはわからないけど、できるところまでやってみたらどうかな?」
「ほ、ほんとうに、いいんですかっ……! 大賢者タリウスといえば伝説の……」
「あんなのタダのスケベジジイだよ」
あ、ようやくリオミの言わんとしていることがわかった。
こんな男好きのするカラダの女の子をじっちゃんのところに送り込んだら、セクハラされまくりじゃん。
「で、でも……わたし、なんにもお礼とかできませんし……」
「あ、それなら耳と尻尾を触らせてくれれば全然」
「ええええええっっ!?」
「アキヒコ様ーっ!?」
ふたりとも叫び過ぎ。
ほら、またギャラリーの注目集めちゃってるじゃないか。
「あ、別にいやらしい意味じゃなくてね、純粋にモフモフしたいだけなんだ」
「あううっ……」
「本気でおっしゃってるのですか、アキヒコ様……」
真っ赤になって俯くチグリと、呆れ顔のリオミ。
そ、そこまで失礼なことを言ってたんだろうか。
「わ、わかりました……それでほんとうに、いいんですねっ」
「うん」
ただならぬリオミの様子に撤回を検討していたのだが、チグリは決意を固めたようだ。
案外、こうと決めたことはすぐにやるタイプなのかもしれない。
「チグリさん……」
「いえ……せっかくのご好意ですし、それにチャンスですから……っ」
気の毒そうにリオミが声をかけるが、チグリは意志の強そうな瞳で俺を見つめてきた。
「それでは、お願いしますっ!」
チグリがぺこりと頭を下げる。
すると、犬耳も重力に従って下がる。
本当に素晴らしい。最高だ。
「じゃあ、じっちゃんに相談してみるから写真を1枚撮るね」
「写真、ですか……?」
「はい、そのまま動かないで」
素直に微動だにしないように固まるチグリをスマートフォンのカメラで撮影する。
「はい、もういいよー」
「い、いったい……なにを?」
「ほれ」
チグリにスマホの画面を見せる。
もちろん、そこには彼女の緊張した顔が写っている。
「えっ、えっ、なんですかこれ……」
「ん? ひょっとして、スマホを持ってないのか」
「いえ、ありますけど……」
見せてくれた。
カメラ機能はついてないタイプなのか。
そういえば、フォスのスマホは地図機能と通話機能以外は解放されてないっぽいんだよな。
もったいない。
「今度、同じ機能ついたやつを配るように言っておくよ」
「は、はあ……」
よくわかっていなさそうな顔のチグリ。
どうやら、自分に起きてる事態がよくわかっていないせいか、犬耳も尻尾も無反応だ。
「とりあえず、こんなところじゃなんだから、場所を変えよう。リオミも来る?」
「え? いいのですか?」
「むしろ、何がいけないのさ」
適当な談話室に移動する。
個室もあるので、そこを借りて入室した。
目の前にモフモフが……ドキドキしてきたぞ。
「じゃあ、犬耳からいいかな」
「は、はい……」
チグリの許しを得て、彼女の犬耳に触れる。
もふ・・・もふ・・・。
こ、これは……!
もふ・・・もふ・・・っ。
気持ちいい。
もふ・・・! もふ・・・!
「い、痛いですっ……」
「あ、ごめん! 強すぎた」
かわいそうなことをしてしまった。
やさしくなでなでする。
「あぅぅ……」
顔を真っ赤にしてるチグリがかわいい。
リオミの視線が冷たいけど、今は気にならない。
「じゃあ、後ろを向いて」
「は、はい」
チグリが後ろを向いた。
ふさふさの尻尾が揺れている。
ごくり・・・っ。
思わず生唾を呑み込んでしまった。
やばい。これはやばい。
夢にまで見た獣娘の尻尾をこれから俺は……モフる!
手をわきわきさせつつ、俺は彼女の尻尾を凝視する。
まずは、毛を撫でるようにしてやさしく……。
「ひゃぅぅ……」
チグリが切なげな声をあげる。
時折ビクリと体を震わせている。
少しずつ、尻尾の毛先に指を突き入れながら、俺はさらに愛撫を続ける。
びくん・・・びくん・・・っ。
チグリが声もなく反応している。
いや、声を殺しているのだろう。
彼女は快感を得ているのだ。
尻尾の毛ではない部分に触れる。
丹念にマッサージするように、指先で刺激を与える。
「も、もうダメぇ……」
チグリがへたり込んでしまった。
俺はまだ全然満足してないが、これ以上は厳しそうか。
「いいモフモフだった。また今度お願い」
「えぅぅ……はい」
しょうがないので、次の確約をもらっておく。
「アキヒコ様……変態だったんですね」
「えっ」
なんてこと言うんだリオミ。
そんな評価は心外だ。
俺はただ……。
「犬や猫が大好きなんだ」
「「ええええええっっ!?」」
個室では静かにしろよ、ふたりとも。




