Vol.13
挙式当日。
この日に起きたことを事細かに説明するのは非常に、非常に! 面倒くさい。
だから、肝心な場面の話だけをしよう。
「汝、アキヒコは第一王妃リオミと第二王妃シーリアを平等に愛し、健やかなるときも病めるときも、命ある限り真心を尽くすと誓いますか?」
「誓います」
お決まりの文句を言っているのは、アンダーソン君だ。
尚、彼は普通こんなことはしない。
クラリッサ王国の国王でさえ、白光騎士の祝福を受けることはできない。
このあたりも権威付けである。
「汝、リオミはアキヒコを愛し、シーリアとともに夫を支え、健やかなるときも病めるときも、命ある限り真心を尽くすと誓いますか?」
「……はい、誓います」
「汝、シーリアはアキヒコを愛し、リオミとともに夫を支え、健やかなるときも病めるときも、命ある限り真心を尽くすと誓いますか?」
「この剣に賭け、誓う」
「では、聖鍵をこれへ」
俺は聖鍵を空間から取り出し、アンダーソン君にうやうやしく捧げる。
何もないところから取り出した様子を見た人々が、感嘆の声を漏らすのが聞こえた。
アンダーソン君が、聖鍵を掲げた。
「聖鍵王国国王アキヒコ=ミヨシ=ピースフィア、同第一王妃リオミ=ルド=ピースフィア、同第二王妃シーリア=サド=ピースフィア。
聖剣教団を代表し、白光騎士アンダーソンは聖鍵により祝福を与え、この者達を夫婦と認める」
人々の拍手が鳴り響く。
アンダーソン君が俺に聖鍵を返す。
受け取った俺は、聖鍵を収納空間の中へと戻した。
「では、誓いの口吻を」
アンダーソン君に促され、手順どおり、まずはリオミの顔を覆うヴェールを持ち上げる。
紅潮した頬を恥じらうように目を伏せるリオミ。
俺は彼女の両肩を優しく抱き寄せ、触れるような口吻を交わした。
さらに反対側のシーリアへ。
ヴェールを上げると、ガチガチに緊張したシーリアが俺のことをまじまじと見ていた。
そう、彼女とキスするのは、これが初めてである。
リハでもフリだけだったので、実のところ俺も結構ドキドキしていた。
彼女の肩を抱き寄せるとき、軽く叩いた。
緊張しなくていいという旨を伝えようとしたのだが、シーリアの様子は変わらない。
俺がリードしなくては駄目のようだ。
できるだけゆっくり、シーリアの目を見つめながら顔を近づける。
彼女が目を瞑ったので、俺も目を閉じて口吻を交わした。
「花婿と花嫁に盛大な拍手を」
アンダーソン君の言葉で、それまでは遠慮がちだった拍手が一斉に大きくなった。
「きゃっ」
「わっ」
俺は少しアドリブで、二人の花嫁の腰に手を回し、抱き寄せた。
このぐらいは許されてもいいだろう。
人々には聞こえないぐらいの声でふたりに囁く。
「絶対、幸せにするから」
「……はい」
「……うん」
こうして、俺達は結婚した。
そこからはもう、披露宴やらなんやらで忙しかったり、リオミやシーリアとの馴れ初めのVTRが流れたりした。
結構恥ずかしい。これ、編集したのやっぱりフェイティスなんだろうな……。
参列してくれた人たちは知らない人も多かったが、これまで俺が出会ったことのある人は全員いたと思う。
なにしろメイラ村の狩人や村長、ディーラちゃんが友達になった子供までいたのだ。
あそこにはわざわざテレポーターの設置のために、聖鍵派スタッフが行ってくれたらしい。
「アキヒコ殿! 信じられません! まさか、私が勇者様の義理の父親になれる日がくるなんてぇー!」
げげ、ギルド長だ。
確かオーキンスさんだったはず。
「お、お久しぶりです。その節はどうも」
「そんな他人行儀にしなくていいんですよー! 私のことはどうか、お義父さんとお呼びください! あ、というか私も今日から王族!?」
「あー……」
うざい。
今のところ、特にこれといってフォスに迎え入れたりする予定はないし、娘のフェイティスも何も言っていなかった。
スルーでいいかな、うん。
「勇者様、フォスを救うばかりか……聖鍵王国の王都にしてくださるなんて。私はもう、感動で胸がいっぱいです」
「ドナさん、落ち着いてください」
涙ながらに訴えてきた。
この人は最初に会ったときもそうだったな。
ある意味、この人が俺に泣きついたおかげでカドニアが救済されたと言っても過言ではない。
「私のような者が王都の代官などという大役を務めてよろしいのでしょうか……!」
ガタン町長だ。いや、もうこの人は聖鍵王国の王都を管理する代官だ。
王都は本来俺の直轄なのだが、その代官ということでフォスの政治を基本彼に任せることになる。
「もちろんです。もともと、貴方の街だったんですから……」
「我が血族、身命に代えましても……必ずやフォスを王都に相応しい街にしてみせます!」
いやー、もうなってるよ。
うん、なってるんじゃないかな。
「アッキー!」
ああ、天使様だ。
天使様が俺を祝福しにきてくだすった。
「ヤムたんはいつも元気だなー」
「うん! アッキーにいつもお礼がしたいから!」
とびきりの笑顔。
アースフィアの笑顔と言えば、俺にとってはヤムたんの天使の微笑みがイコールなのだ。
どんな鬱状態からでも、彼女の微笑みがあれば俺は復活できるだろう。
リプラさんがぺこりとお辞儀をしてくれる。フランも一緒だ。
ヤムたんは学校でも大人気のようなので、すぐにギャラリーの中へ戻っていく。
イジメられていたらどうしようかと思ったが、大丈夫そうだ。
彼女をいじめるようなヤツがいたら、俺があらゆる権力でもってお家お取り潰しとする所存である。
好きな女の子だから苛めたくなるような男の子だったら、どうするのか?
尚悪い! 去勢刑に処す。
「アキヒコ様は多くの人に慕われていますね」
「魔王を倒したし、もう王になっちゃったからねぇ」
「それだけではないと思いますけどね」
クスクスと笑っているリオミは「わたしだけがわかるんです」と言わんばかりのキメ顔だ。
「ところで、シーリアは大丈夫なのか? ずっとああだけど……」
シーリアは心ここにあらずといった様子で、人々から話しかけられても生返事だった。
特に兵士や冒険者に人気だった。
「剣聖だった頃から憧れてました!」みたいな人が多く、中には俺に嫉妬心を燃やしていそうな男もいた。
サーセン、気持ちはよくわかります。
「心配なら、アキヒコ様が声をかけてあげてはどうですか?」
「ん、いいのか?」
「こうなった以上、シーリアにもわたしと同じだけの愛情を注いであげてください」
あ、あの嫉妬の塊のような娘だったリオミが、そんな言葉を……!
結婚したことで、むしろ安心したのかもしれない。
「おーい、シーリア。大丈夫か」
「……はっ! ああ、夢だったのか……そうだよな、私とアキヒコが結婚なんて……」
「だめだこりゃ」
ぷにっとほっぺをつねる。
「にゃ、にゃにをすりゅ~」
「夢なもんか、現実を見ろよ。お前は俺の妻なんだぞ」
「う、うそじゃないんりゃ」
ぽろぽろと涙を流し始めるシーリア。
おいおい、勘弁してくれ……周囲の視線が痛い。
「よしよし、ほらハンカチ」
「ありがとう……チーン!」
鼻かみやがった。
なんつー花嫁だよ。
「私は今日という日を生涯忘れない……」
涙目だったが、シーリアは今日一番の笑顔を浮かべた。
結婚式は今日一日使って、また明日もイベントがいくつか盛り込まれている。
式に参列できない各国の王族などへの挨拶回りなども含めれば、今後1週間は拘束されるのだ。
そんな俺達が迎える新婚初夜。
順番としてはリオミ、そしてシーリアと寝所を共にし……幾度か往復する。
ウェッヘヘヘ、かわいがってやるぜ。
「ああ、もう……本来なら、このままアキヒコ様を独り占めできるのに……」
「流石に新婚初夜を3人でってわけにもいかないんだから、今夜は許してくれよ」
「ううう……フェイティスのときみたいにちゃんと覚悟してたのに、シーリアだと全然違うんです」
「わかる、わかるよ」
うーん、やっぱり嫉妬心は完全には払拭できないようだ。
シーリアには悪いけど、もうちょっとだけリオミの相手をしてあげないといけない。
「わたしが一番だっていうのは、変わらないんですよね……?」
「うん、絶対変わらないから。大丈夫だから」
何度もぐずるリオミを必死に宥めながら、俺は部屋を後にする。
リオミがものすごく名残惜しそうにしていたが、振り切る。
シーリアも平等に扱ってあげないといけないのだから。
「……ア、アキヒコ」
「や、やあ」
どうやらシーリアは緊張のあまり部屋で素振りをしていたらしい。
こんなときまで剣なのか。
「な、なあ。本当に私なんかで良かったのか」
「今更何を言ってるんだよ」
「リ、リオミに悪い気がして……」
「大丈夫。シーリアには悪いけど、俺が本当の意味で愛してるのはリオミだから」
これは最初のうちから、はっきり言っておかないといけない。
もっと言えば、あくまでディオコルトに籠絡されないための処置でもあるのだ。
シーリアのことはもちろん嫌いではないが、どちらかというと友人として接していたし、接するように心がけていた。
「そう、だよな……」
「でも、これからはシーリアのこともちゃんと女性として、妻として接して行きたいと思ってるのも本当なんだ。だから……」
「うん……いいよ、それで……」
シーリアのほうから、俺に抱きついてきた。
……うーん、やっぱりリオミよりあるよな。
「アキヒコ……大好き」
……クールな美少女が、こう、女の子っぽく接してくる瞬間というのは、やっぱりギャップ萌えがあると思うんだ。
今のシーリアがまさにそれで、これまでも何度かドギマギさせられてきたけど、我慢してきた。
でもね。今日はそう……新婚初夜なんだ。
許されているんだし、許されるんだ。
これまでシーリアもずっと辛抱してきたんだ。
だから今日、俺は遠慮無く一線を超える!
「アキヒコ……アキヒコ……! もう、貴方なしでは考えられない……!」
彼女の情熱的な求愛に応えるべく、俺は……。
「……まさか、こんな手に出るとはね。恐れいったよ、勇者クン」
殺す。
殺してやる。
今この場で、八つ裂きにしてやるぞ……!
だが、俺より早くシーリアが動いた。
「……ッつぅ!?」
「逝ね。貴様如きの甘言には、もはや惑わされん」
「くふふ。その剣、やはり僕が長年忘れている痛痒をもたらしてくれる」
ディオコルトは既にシーリアに接触を試みていた。
あのビジョンを放置して何もしなければ、彼女は堕とされていたということだ。
彼女が俺にこのことを話さなかったのは……いや、俺のヤツに対する憎悪を考えれば当然か。
やはりヤツは、ルナベースの操作網をくぐり抜けてくるな。シーリアにもスマートフォンを持たせていたのに、まるで役に立っていないとは!
シーリアは俺を背に庇うようにして、ソード・オブ・マインドアタックをディオコルトに向けている。
どうやら、この剣ならヤツに痛みを感じさせることはできるようだが……。
「最高だよ。痛みもまた、僕にとっては快楽でしかない」
「……本当にどこまでも最低な野郎だ」
超弩級サドマゾでもあるディオコルトにしてみれば、心の痛みすら御褒美。
何をしても喜ばせるしかないなら、何もしないしかない。
「花婿と花嫁の寝所に入ってくるとは、どこまでも不届きな奴だ。この場で剣の錆にしてくれる」
「まあまあ、待って」
問答無用。
シーリアの剣閃が無数に分裂し、ディオコルトを切り刻む。
ヤツの表情が恍惚に歪む。
「ああ……! アア……! 最高だ! この感覚! この痛み!」
ディオコルトの反応に一切斟酌することなく、ひたすら殺意を込めた剣を振るうシーリア。
今このとき、彼女はシーリアではなく剣聖アラムに戻っているのだ。
「アハッ……! こうやって現れればきっと愉しめると思ったけど、やっぱりだ! キミは最高だよ、シーリア!」
「貴様が! 私の! 名を呼ぶなァッ!!」
あの構え……!
遂にやるのか!
「奥義……白羅閃光剣!!」
「えっ……?」
ディオコルトが間抜けな声を出したかと思うと、白い光が俺の視界を染め上げた。
「ひぎいいいいいぃぃぃッッッ!!??」
それも一瞬。
ヤツの悲鳴が寝所に響き渡り、俺の心がスカっとした。
白い光のタネは単純だ。
闇避けの指輪を改造し、シーリアのソード・オブ・メンタルアタックに白光属性を与えられるようにしただけ。
だが、剣聖アラムの奥義の中にひとつ、対ディオコルト用とも言える技があった。
魔羅業断剣。
うん、まあ、そのアレですね。
アレを斬ります。
ソード・オブ・メンタルアタックは、ヤツの精神に直接ダメージを与えられ、なおかつ痛みも与えられる。
その剣で対瘴気用の白光属性を得た、あの技を繰り出せば……。
シーリアはどうやら、名前を変えたらしい。気持ちはわかるよ。
「あっはっはっはっは! ざまあないなぁ、ディオコルト!」
俺は大笑いしながら、拍手喝采。
「こ、この僕の大切なところを、よくもおおおおおッッ!!」
「もう一撃、食らっておくか……?」
「ひっ……!」
ヤツの怯えた顔!
そうだ、それが見たかった!
「ぷ、くくくっ。いつまでもお前、高みの見物を洒落込めると思うなよ。お前への対策なんか、いくらでも用意してある。
ちょん切られたくなかったら、どこか世界の隅っこで震えているんだな」
「ぐ、くくく……っ! 僕にこんな屈辱を与えてくれるなんて……やるね、勇者クン! だけど、いつまでその余裕が続くか、楽しみだ」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししてやる。誰に喧嘩を売ったのか……思い知ることになるぜ」
端正な容貌を醜く歪め、ヤツは俺を睨みつける。
不思議と全然怖くない。
俺は傲岸不遜に、ヤツを見下ろしてやった。
「後悔させてやるぞ……!!」
最後まで小物なセリフを吐いて、ディオコルトは瘴気化、退散した。
「さーて、ヤツが入ってこれないように結界張るか」
「そんなものがあるなら、なんで最初から張らない!?」
「そりゃもちろん」
バチィッ!
結界に瘴気が弾かれる音がする。
やっぱり、まだいやがったか。
「ヤツを徹底的に貶めてやるためさ」
「アキヒコ、お前というやつは……」
ディオコルトは不死身だ。
己への痛みすら悦楽に変え、喜ばせるだけ。
だが、ヤツは同時にプライドの塊だ。
侮辱を許せない。
己の思い通りにならないことが我慢ならない。
次に会うときを命日にしてやるって言ったな。
すまん、ありゃ嘘だった。
「ヤツが何人手篭めにしようと、俺はその子たちをすぐに解放する。
そのための聖鍵騎士団だし、聖鍵派だし、聖剣教団だし、聖鍵王国だ。
ディオコルトの計画をすべて潰し、ヤツの手足をすべてもぎとり、無力化する。
そうすればヤツは最後の手段に出るしかなくなる……」
「最後の手段……?」
「まあ、本当にそれをしてくるかは、まだわからないけどね」
だが、やってもらわねば困る。
そうしなければ、俺が身を切る甲斐がない。
「……さて、せっかくの新婚初夜がムード台無しだな」
「ううむ……」
さすがのシーリアも剣聖モードに一度なった手前、やりづらそうだ。
ちょうど結界を起動しようと思った矢先、ヤツが現れてしまった。
まあ、おかげでスッキリしたけど。
外も何やら騒がしくなっている。結界に反応があったからだろう……。
ここの部屋は防音だから、さっきの騒ぎが外に漏れることはないが。
「まあ、なんとかしてみる。シーリア、こっちへおいで」
「う、うん……」
まずは優しくキスから。
少しずつ盛り上げていけば、シーリアも大丈夫だろう。
あんな間男なんかに渡すぐらいなら、俺のモノにしちゃる。
またひとつディオコルトに勝った優越感に浸りつつ、シーリアをリードした。




