Vol.12
挙式の準備の間、俺はリオミやシーリアと会う時間が極端に少なくなった。
みんな、それぞれの手順などを頭に叩き込む必要があるため、別行動になることが多い。
だがもちろん、婿と花嫁が一緒に行動するタイミングはある。
「なんだか、ふたりに会うの久しぶりな気がするな」
「ずっと逢いたかったです。アキヒコ様もお忙しいみたいで……」
リオミが寂しげに見上げてくる。
偽りの初夜までは夜のスキンシップもお預けなので、だいぶフラストレーションが溜まっているようだ。
俺も最近はそれどころじゃない。
「くっ……ドレスが動きにくくてかなわん。このスカート、もっと短くできないのか?」
「お約束のテンプレ台詞乙、シーリア」
今日は衣装合わせなのか。
リオミもシーリアも、美しい花嫁衣裳のドレスを着こなしていた。
ふたりとも……綺麗だなあ。本番だともっといいドレスを使うらしいが、これでも十分だと思う。
「おお、アキヒコ。逢いたかったぞ」
シーリアが潤んだ瞳で見つめてくる。
こういう目で見られるのって初めてじゃないはずなのに、どうして俺は長い間、気づいてやれなかったのだろう。
無意識に気づいていないフリをして、自分を騙していたのだろうか。
俺だから有り得る。
「ふたりとも、すごく綺麗だよ」
先ほど思ったことをそのまま言う。
ふたりとも満更でもない様子で赤くなっていた。
「ありがとうございます。本番が待ち遠しいです」
「こんな日が来るなんて、本当に夢にも思わなかった」
「俺も全然、会った時は考えもしなかったよ」
会話もそこそこに、式のリハを再開する。
ほとんどは手順の確認で、これをしたらああするとか、そういう感じの様式の話だ。
面倒くさいのでいちいち説明はしないが、教団式の、つまり地球のソレに非常に近い。
しかし、アースフィア独自の要素もいくつかあったので、そのまま俺の知識が役に立つということはなかった。
なので、わからないことがあったらその都度ググりつつ、俺は必死で段取りを覚えた。
「アッキー、ケッコンおめでとう!」
「ありがとう、ヤムたん」
できればこのやりとりは本番まで取っておきたかったが、今回は彼女も式の手順に参加する。
リオミの本番用のドレスには羽衣に相当する部分があり、これが床に垂れないよう誰かが持つ必要がある。
ヤムたんには、この大事な役割を果たしてもらうことになるのだ。
付き添いは当然リプラさん……だと思っていたのだが。
「勇者様☆」
「ゲェーッ! フラン! 何故お前がここに!」
「その反応は酷すぎない!?」
「これから俺は結婚するんだぞ。そんな声で話しかけられたら、嫌な予感もするわ」
娼婦モードやめろと、いつも言っているのだが。
とりあえず、今日はヤムたんの保護者らしい。
「リプラは他の仕事が忙しくて、今日は来られないんだって。だから、今日は自分が保護者を」
「そうだったのか。そんな忙しいんだ」
「聖鍵王国ができるってことになってから、フォスは凄いことになってんよ? 何しろ王都になるわけだからさー」
「ああ……」
自分でやっておいて、あまりに無自覚だった。
最近、その手の復興とかには携わっていなかったからな。
「多分、アンタの知ってるフォスはなくなってるよ。いやホント、凄いことになってるからさ」
「そりゃ楽しみだ」
一応、ここもフォスなのだが……この会場自体、もともと街にはなかったものだ。
あのこじんまりした教団支部が、鉱山内部に掘削された施設や周囲の要塞とテレポーターで繋がっている。
俺達の結婚式も、その区画のひとつで行われることになる。
そういえば、炊き出しとかはどうなってるのか。
職業訓練も含めれば、まだまだ復興途中というイメージだったのだが。
フランやヤムたんの身なりを見る限り、なんかもうそういう感じじゃない。
正式にフォスは聖鍵王国王都となった。
そのことの意味を、俺はもう少し良く考えてみたほうがいいかもしれない。
最近はカドニアの外遊ばっかりで、フォスには行ってない。
フェイティスにちょっと無理を言って、フォスの視察という名目で街を歩くことにした。
無論、お忍びである。光学迷彩オプションを使い、建物の屋根伝いに跳び回った。
「すげー……」
そんな言葉しか出て来なかった。
確かに俺は今まで、マザーシップとか、ルナベースとか、グロース・イェーガーなどの巨大な機械を目の当たりにしてきた。
だが、そこにはなかったもの。人の営みがフォスにはあった。
「本当に全然違う」
ゴミがなくなったとか、そういうレベルの話じゃない。
まず、汚らしいバラックの建物などは全部消えてなくなった。
代わりにあるのは理路整然と並ぶ集合住宅とビル。
近代的な……というより、教団支部と同じような22世紀風の建物が立ち並び、人々が行き交う。
ところどころにテレポーターが設置され、あるいは他の中立の街やフォスのどこかと繋がっている。
新宿地下どころの騒ぎじゃない。暮らしている人たちは、これで迷ったりしないんだろうか……。
さらに俺を驚かせたのは、人々がスマートフォンやディスプレイシートと思しきものを使っていることだ。
まさかルナベースに接続してるなんてことはないだろうが、人々はあれを使って自分の目的地へと向かうようだ。
機能を限定して地図や通話に特化すれば、アースフィア人にも充分使えることは、リオミたちが証明している。
一際目立つのは、聖鍵学院大学のキャンパスか。
山をひとつふたつどかして建てられた巨大な敷地に、いくつもの建物、グラウンドなどが詰め込まれている。
附属の学校に通う子供たちなども見かけられる。おそらく、あの中には他国から留学してきた寮生などもいるはずだ。
いやあ、自分で今後フォスは世界の中心になるだろう的なことを言っておいてなんだけど。
よもや、これほど時計の針が早いとは。
「……学生か」
懐かしい。
現役の大学3年生だった。
俺もあんな感じで、大学に通っていたのだ。
学生生活か。
ちょっと恋しいかもしれない。
いや、待て。
それは……ありじゃないか?
「王族だって、学校に通うことはあるみたいだしな……」
もちろん、王族や貴族が通うような学校だ。
普通の学校ではない。
しかし、聖鍵学院大学は確か王族や貴族も受け入れていたはずだ。
平民とはある程度、棲み分けされてはいるらしいが……。
「同年代の他国の王族や貴族と今のうちに交流しておくのは……いいんじゃないか?」
これはフェイティスに相談して、前向きに検討してもらおう。
最近特に仕事ばかりで、なんというか……自分を見失いそうになることが多いのだ。
何も、いつも行く必要はない。息抜きする程度でいいのだ。
早速その日の昼、マザーシップの食堂で全員に打ち明けた。
「ご主人様がどうしてもとおっしゃるのであれば、手配致します。確かに他国の王侯貴族と交流を深めるのはメリットになりますし。その代わり、礼儀作法に関しては身に付けていただきますからね」
「その程度なら容易いさ」
フェイティスの目がぎらりと光った。や、やるきだ。
「そういうことなら、わたしたちも学院に通いましょうか」
「え、マジで?」
「勉強はそれなりに得意だし、好きだった。私もよければ」
王族夫婦全員で学院に入学することになるのか。
それなんてエロゲ?
「お兄ちゃんたちも来るの!?」
「ディーラちゃんは中等部だろ? リオミが高等部、俺とシーリアが大学に行くことになるんじゃないかな」
「ひ、ひどいですアキヒコ様! わたしのいないところでシーリアと……!」
「ふふふ、待ちに待った時代が来たのだ! 私は3ヶ月待ったのだ。もはや躊躇いの吐息は漏らさぬ!」
「甘いですよ、シーリア。わたしは、ロードニアの王族。その気になれば飛び級だってできるのです!」
「ひ、卑怯な!」
「キャンパスは結構、自由に行き来できるし、そっちにも遊びに行くね!」
王妃組が喧嘩を始めるのにも構わず、ディーラちゃんは楽しげだった。
よほど嬉しいらしい。ニマァっと笑ったかと思うと、
「……言っておくけど、大学は既に……たけのこ帝国だよ」
「「!!」」
戦争が新たな局面に入ったことを宣言。
ぴしりと音を立てて、リオミとシーリアが固まった。
「ふむ、いい酒が入っておるな」
「幼女の分際で、酒の味がわかるのかよ」
「フン……見た目だけで人を判断するでない」
夜、俺とザーダスはバーで酒杯を交わしていた。
この時間帯にひとりでいると、余計なことを考えそうになる。
退屈を持て余している彼女を誘い、酒に付き合ってもらったのだ。
「…………」
とはいえ、別段話すことが多いというわけではない。
前に聞きそびれたことを聞こうと思った。
「なあ……どうしてお前とディーラちゃんは助かったんだ?」
「ふむ。推測になるが、構わんか?」
「ああ」
「おそらく、ダイカンドの《キャスリング》だ」
「ダイカンド……ああ!」
そういえば、魔王城の正体は八鬼侯第五位、巨大ゴーレムだったはずだ。
確か、そんなような名前だったはず。
「彼奴は余を庇い、命だけは救ったのであろうよ」
「結構、主想いだったんだなぁ」
「彼奴にそのような感情などがあったとは思えんが……《キャスリング》は要するに、余のダメージを一度だけ肩代わりするものだ。余はそれで消滅を免れ、余はディーラを全魔力を使って守った」
「ダメージを防いでも、瘴気は吹き飛ばせるのか……」
これは大きなヒントだ。
今まで、ホワイト・レイを使った実験ではダメージを防ぐようなシールドを使ったりはしなかった。
瘴気だけを祓えるならば、あるいは……。
「言っておくが、並大抵の防御ではアレは死ぬぞ? 余とディーラはかなり運がよかったほうだ」
ルナベースの開示データでも、基本的に救えないというデータがあった。
侵食度合いにもよるのかもしれない。その辺は曖昧だ。
それにしても……。
「お前にとって、ディーラちゃんはそこまでして守らなきゃならない存在だったんだな」
「……アレがいたおかげで、余は完全にダークス化せずに済んだのだ」
それは多分、ディーラちゃんも同じだ。
彼女たちは互いを互いに思いやり、完全な闇には堕ちなかった。
……そろそろ明快にしておこう。
ダークスとは何なのか。
「俺とおまえの知識を交換したい。……ダークスとはなんだ」
「……世界の敵じゃ」
「いや、宇宙の敵だよ」
ダークス。
大いなる闇。
ありがちな設定。
絶対悪。
「アースフィアは、ダークスに狙われておる」
「ヤツらの目的は……魔素。そして負の感情だ」
「……うむ」
アースフィアに満ちる芳醇な魔素。
それを養分にして、生きとし生けるものをダークスと同一の存在に変異させ、破壊と殺戮を繰り広げる。
星を侵すもの。宇宙を闇に染めるもの。
宇宙が黒いのは暗黒物質のせいなどではない。
ダークス。
宇宙の闇は、すべて奴らなのだ。
「そして、聖鍵を残した超宇宙文明は……今でもヤツらと戦っているんだ」
「……まさか、おぬしがこの世界に喚ばれたのは……」
「そのまさかだよ」
俺の額から、一筋の汗が流れた。
「魔王を倒すなんてのは、始まりでしかない。俺はアースフィアを宇宙の敵……ダークスから守るために、この銀河系に召喚されたんだ」
「…………」
さしものザーダスも言葉がない様子だった。
「そのために必要なものは、すべて揃えられてる。俺がアースフィアで強大な力、社会的な権力も揮えるようにお膳立てされているのは、そういうことなんだ。アースフィアそのものすら、俺の武器なんだよ」
「……ダークス。それほどの存在とは」
「そこは知らなかったのか……」
「併存する世界すべてにヤツらが潜んでいるのは気づいていたが、よもやアースフィアの外からやってきていたとはな……」
「そのダークスの秘密に大きく関わっているヤツがいる」
「……ディオコルト……」
だからこそ、俺はヤツには絶対勝たなくてはならないのだ。
どんな超兵器でも、完全に滅ぼすことはできない。
いや、そんなことを抜きにしても、ヤツ個人を俺は許せない。
聖鍵が、ダークスは無理でもヤツを滅ぼせと囁く……そんな気がするのだ。
「……勇者よ。そなたがダークスと戦うためにここにいるというのなら、余も全面的に協力する」
「ザーダス……?」
「力はそなたが持っておる。ならば余は知恵を貸そう……あのメイドとは違う方面での、古代の知識をな」
元魔王は幼い容姿を歪め、艶然と笑んだ。
「これは契約だ勇者。余は……魔王ザーダスは、そなたとともに歩む」




