Vol.10
「どうして駄目なんだ!?」
「本来なら王族の婚前交渉はご法度よ、シーリア。貴女は新婚初夜まで辛抱なさい」
「横暴だー! リオミはよくて、どうしてだー!」
「ご主人様も王族になったからに決まっているでしょう、このエロス」
あの後、シーリアとフェイティスが喧々囂々やっている。
どうもシーリアは今まで辛抱してた分、あの発表で抑えが効かなくなったらしい。
「シーリア。俺もしばらくはリオミとは我慢するから、ここは抑えて」
「えっ……」
なんでそこでリオミが「えっ……」なんだよ。
アースフィアの女子は肉食過ぎると思います。
うっ、なんかフェイティスにも睨まれた。
「それと、ご主人様。これは常々言わせて頂いたことの繰り返しになりますが、公人としての嗜みをいよいよ身に付けて頂かなくては困ります。
今までは気楽にどこへでも出歩いていらっしゃいましたが、これからはそういうわけにはいきません」
「わ、わかってる。王族がみだりに他国にやってきたりするのはまずいっていうんだろ」
無論、フォスや市街区も気軽にウロウロするわけには行かなくなる。
冒険者も実質廃業だ。
「フェイティス、お父様も昔はヤンチャをされていたわ。それに、アキヒコ様をあんまり王族としての縛りにがんじがらめにするのは、良くないと思うし」
「リオミ……そうは言うけど、今は大事な時期よ」
聖鍵王国建国後の俺のスタンスについて、未だに意見が分かれたままだ。
俺が王である以前に勇者であるとするリオミ。
俺が勇者である以前に王であるとするフェイティス。
「どっちの意見もわかるけど……ひとまずは、他国にナメられないように、相応しい振る舞いをするってところで行こうと思う」
「「む……」」
そして、どっちつかずの俺だ。
その辺はなるようになるんじゃないかなぁと気楽に考えている。
「だってこれ、前例ないんだろ? 俺が最初なんだから、俺がルールだ。もちろん他国に対しては、フェイティスの言うとおり公人としての振る舞いをするさ。
でも、俺は聖鍵の勇者であることをやめたつもりはない。必要だと思えば、俺はやっぱりどこへなりとも行くよ」
「ですが、ご主人様……」
「アキヒコ様は、またそうやって結論を先延ばしに……」
ふたりの矛先がこっちに向いた。
そろそろ逃げよう。
「じ、じゃあ後のことは頼んだ」
「ご主人様!?」
「アキヒコ様!?」
――聖鍵、起動。
――転移先、大賢者タリウスの庵。
景色がガラっと、変わる。
空気が薄くなり、一瞬だけ目眩を覚えた。
「ふぅ……うまく行ったか」
俺は今回、聖鍵を取り出していない。
正確には、全部を取り出していない。
今までは空間から聖鍵を全部取り出して転移していた。
最近ようやく収納空間の調整改造に成功し、今では柄の部分を少し出して触れれば、聖鍵を起動できるようになったのだ。
「おぬし……また強引に結界を超えてきおったのか」
「おひさー、タリウスのじっちゃん」
俺の目の前には、長い白ひげを垂らし、質素なローブに身を包んだ老人が座っていた。
彼こそが、リオミの魔法の師匠……大賢者タリウスである。
聞いての通り、ここに来るのは初めてではない。
ディオコルトの居所を調べるために、何度か世話になっている。
本当は魔王城跡地の視察のあとに回す予定だったのだが、シーリアのビジョンが見えた関係で、こっちに来るのが先になったのだ。
「相変わらずボロい家に住んでるよな」
「ぬかせ。こういうのが風情なんじゃ」
軽口を叩き合う。
既にタリウス爺とは、何度か顔を突っつき合わせた仲だ。
初めて会いに行ったときはメチャメチャ緊張したけど、話してみると案外話せる爺さんなのだ。
「……しかし、あの小娘がおぬしと結婚とはの。世も末じゃ」
「そりゃどういう意味だよ……さっきの見たんだろ? ちょっとぐらい祝いの言葉をくれたっていいじゃないか」
「あの小娘は覇道の資質を持つ女王になるはずじゃった。それが随分骨抜きにされてしまったもんだわい」
あー……いや、どうだろう。
骨抜きにされてるのは俺のほうかもしれない。
「さて、今日聞きたいのは、おぬしの結婚に対してヤツがどう動くか……じゃろ?」
「流石によくわかってらっしゃる。予言の大賢者タリウス様は」
「褒めるなら、小娘の尻ぐらい触らせんか」
「殺すぞ」
「おお、こわいこわい。老人をいたわらん若者は、これじゃから……」
そう言いながらも、タリウス爺は目を瞑り、何やら呪文を唱え始めている。
「意外だったよなぁ……」
てっきり、大賢者タリウスと呼ばれるぐらいだから、声紋魔法の使い手だとばかり思っていたのに。
彼は呪言魔法使いだったのである。
ある種、誰よりも魔法に知悉する大賢者の称号は、呪言魔法を極めた者にだからこそ与えられたのだろう。
「ううむ……やはり、動くな。駒を送り込んできよる」
「誰か、わかるか?」
「うむ……アズーナン王国の第三王女、メリーナ=ルド=アズーナンじゃ」
「やっぱ、その子か……」
俺はタリウス爺に最初に頼みをしに行ったとき、ディオコルトの所在とヤツに魅了された女性を片っ端から”視て”もらった。
正直、その途方も無い数に辟易したが、聖鍵騎士団の活躍で概ね捕獲、魔法習得オプションを装備したスタッフによって《ハイレストレーション》の治療が施されている。
その中で、まだ治療が後回しになっている女性が何人かいる。
例えば王族の女性だ。
アズーナンの王を説得して治療させたり、ヒュプノウェーブで強引にさらうことも考えたが、フェイティスの悪魔のような提案により、それはお流れとなった。
彼女は”コマ”を泳がせるべきだと言ったのである。
「側室として送り込まれてくるはずだ……ね」
聖鍵王国発足により、ロードニアのリオミの例を挙げるまでもなく、ピースフィアと姻戚関係を結びたがる国が現れることは当然の流れだ。
俺の影響力について殊更蒸し返す必要もないと思うので省略するが、おそらく縁談の話が大量に舞い込んでくる。
それへの対処は既にフェイティスが処理する手筈になっている……大丈夫だろうか。
「他にも何人か小粒もおるが、最も地位が高いのはメリーナじゃな」
「まあ、今のところヤツの魅了にかかっている王女は彼女だけみたいだし」
意外にというべきか、ディオコルトはあまり地位の高い女性の籠絡を狙ったりしない。
ヤツが重視するのは、女性の容姿と肢体。そしてヤツを満足させられるに足る夜の力。
……くそ、また殺意が鎌首をもたげてきやがった。
「さて、今回の占いの報酬じゃが……」
「エロいのはなしだぞ」
「仕方ないのう……今回もオナゴの写真とやらで我慢してやるわい」
エロジジイめ。
写真とはいえ、こんな爺に渡すのは……。
「しかし本当によくできた絵じゃわい」
タリウス爺に渡しているのは、例のプリンタで合成した写真だ。
ちなみに、映っている写真の女性たちは生体アンドロイドだ。
表情に乏しいが、ジジイにとってはそれがいいらしい。
「して……ヤツをどのようにおびき寄せるつもりじゃ?」
「…………」
「いや、おびき寄せたとして、ヤツを倒す方法はないのだぞ」
「……わかってるよ」
普通の方法でヤツを倒すことはできない。
俺の考えた方法も、絶対にうまくいくという保証はない。
だが……やるしかない。
「あんがとな、じっちゃん」
「フン……」
俺は適当に手を振って、タリウスの庵を後にした。
その夜、俺は久しぶりに自分ひとりで過ごした。
否応なしに虚しさが心を支配する。
想像する。
朝になったら、地球のベッドで目覚めるのではないのか。
実際は交通事故か何かに遭っていて、意識不明の重体だったのだ。アースフィアでの出来事など、すべて夢で。
俺は今、はっきりと自覚する。
地球に帰りたくない。
アースフィアなら俺は勇者でいられる。
これからは王様だ。なんだってできるんだ。
そう、聖鍵があれば俺は無敵だ。
自分がどんなに無能でも、聖鍵さえあれば俺はあらゆるものを支配できる。
俺は、なんで遠慮なんかしているんだ?
国々への配慮などやめて、すべて制圧してしまえばいいではないか。
美酒も美女もわんこもにゃんこも思いのまま、何もかも。
いつまで善人ヅラしているつもりだ?
お前は、そんなタマじゃないだろう。
この先、聖鍵王国がうまくいってそれで、お前に何が残る。
顔も知らない連中の尻を拭いて、何が楽しい。
黙れ。
いい加減に縛りプレイをするのはやめろ。
すべてを蹂躙出来る力だ、どうして使わない?
この星どころか、宇宙すべてを支配出来る力を手に入れたのに、どうしてそれを使わない?
黙れ。そんなの俺は望んでない。
怖いのか?
力を使うのが怖いのか?
力に使われるのが怖いのか?
いいんだぜ、お前が無理だって言えば、いつだって変わってやる。
黙れ黙れ黙れ!
わかってるんだろ?
お前は、もう後戻りできないんだよ。
自由がなにより好きだったくせに。
孤高を気取るのがかっこいいと思っていたくせに。
それが何だ? みんなの笑顔がみたいとか。
気を持ってくれた女みんなにいい顔をして。
本当は後悔してるんだろ?
関わらなきゃよかったって、泣いてるんだろ?
いいんだぜ、いつでも弱音を吐いてくれて。
やめてくれ。
地球に帰りたくない?
いいじゃないか、帰る必要なんてどこにある?
あそこには恋人もいない。
ネットしてゲームしてラノベ読んで中二病こじらせて、就職活動一つ満足にこなせず、毎日を無意味に浪費していくだけじゃないか。
アースフィアなら、なんだってできる。完全に自由だ。これが悪の素晴らしさだって、ピッコ○だって言ってただろう。
それともお前は、自由すら怖くなったのか?
自分だって本気を出せばなんて言いながら、その実、本気を出すこともなく、自分の本気を知ることもなく死んでいければいいと思っていたのか?
なんでもできる力が手に入ったお前は、結局自分の考えられる範囲でしか、何かを成し遂げることなんかできやしないんだよ。
頼む。もう……やめてくれ。
それの何がいけないんだ?
いいじゃねぇか、それで。
お前はお前らしく間違って、完璧にこなせず、聖鍵の力を持て余すんだよ。
ディオコルトの野郎が気に入らないのも、結局同族嫌悪なんじゃないのか?
アイツ、女遊びに夢中だった頃のお前にそっくりだぜ。
俺とヤツは違う!
どうだか。
まあ、あそこまで下衆ではなかったにせよ、女を傷つける行為を憎んでるのは……結局そういうことだろ?
お前はお前が嫌いなんだ。だから、お前と同じ一面を見せつけてくるヤツを殺したくて殺したくてしょうがないんだろ。
お前は……俺の敵なのか味方なのか、どっちだ。
どっちでもないさ、俺はお前、お前は俺だ。
別に多重人格ってわけじゃない、俺もお前の一面だ。
いつもの思考迷宮の応用、フェイティスにやったことと同じだろうが。
何を今更。
……俺はどうして、アースフィアに喚ばれた。
知るか。
……俺はどうして、聖鍵に選ばれた。
わかるかよ。
どうして俺なんだ。
どうして俺なんだ。
どうして。
どうして。
「なんで、俺なんだ……」
半身を起こす。
頭が痛い。
「水でも飲んで頭を冷やすか……」
ベッドから降りる。
聖鍵が俺に警告を出す。
構うことなく、俺は洗面所に向かい蛇口を捻った。
最重要区画に侵入者あり。
コップに注いだ水を一気に喉へ流し込む。
中枢区に侵入者。
「……ッ!?」
まて。
どういうことだ。
あそこに侵入者、だと!?
「そんなことあるわけが!」
俺はすぐに聖鍵に念じて、状況を調べた。
「……なんでアイツが!?」
すぐに中枢区へ跳ぶ。
そこにいたのは……。




