Vol.08
それから暫く。
「王手じゃ」
「くっ……参りました」
第1回魔王戦は、ザーダスの勝利に終わったようだ。
だが、決して魔王の楽勝というわけではなく、フェイティスも、あの手この手で攻めていた。
俺は将棋は詳しくないが、相当な智略戦が繰り広げられていたことは、ふたりの間で交差したオーラのようなもので感じ取れた。
「……お見逸れいたしました、ラディ様。このルールで敗北したのは、子供の頃に父に負けて以来です」
「謙遜はよせ。余もここ何十年か退屈をしていたが、久々に心踊る勝負であったわ」
何やらふたりとも、お互いを好敵手と認めたようで、最後には握手を交わしていた。
フェイティスのあんなさわやかな顔、床勝負でも見たことない。
「……ラディちゃんは、結構古風な喋り方をされるのですね」
「う、うむ……見た目より歳を食っているせいでな」
リオミのツッコミに、思わず唸るザーダス。
案外、予想外の事態には弱いのかもしれない。
「…………」
ん、シーリアが何やら訝るような視線をザーダスに送っている。
ま、まさかバレたのか!?
「幼い容姿に、老人のような喋り方……」
「シ、シーリア……あのな」
「……いいなッ!!」
「…………は?」
シーリアが何やら鼻息を荒くしている。
「アキヒコ。あれが巷でいうロリババアというやつではないのか?」
「なんでお前がそんな単語知ってるだよ!」
「実物は、なかなか拝めなかったのでなあ。エルフの老婆も容姿は大人だったし……いつか見られるかもと希望を抱いていたが、よもやディーラの姉がそうだとは……」
まさか……教団はヲタク文化までアースフィアに輸出済みなのか!?
「ラディよ……私のことはお姉ちゃんと呼んでくれても、構わんのだぞ?」
「シーリア。ラディ様に無礼は許さないわよ」
「ね、姉さん!?」
「この方は貴女ごときが妹扱いしていい方ではありません。訂正なさい!」
「良いのだ、フェイティス……」
「ラディ様?」
「いわば余はこの中では新参、見た目も最も年若い……ともなれば、郷に従わねばなるまいて。なあ、シーリア……お姉ちゃん?☆」
「…………はぅ」
シーリアが死んだ!?
ザーダスが愉快そうに笑っている。
「クックック……ここも思いの外、愉しめそうだ」
「ラディ様、よろしいのですか。あのような……」
「構わん。余興は多ければ多いほど良い」
……あー、見た目に騙されそうになるけど間違いない。
彼女は間違いなく魔王だったんだ。
幼女バ○ン様。いろいろ新しい。
「む、何を見ている勇者よ。そなたも余を愉しませんか」
「お前、本当に立場わかってるのかよ」
「……お兄ちゃん、そんなふうに言っちゃイ・ヤ☆」
「がっはッ!?」
急に声色を変えて上目遣いだと……。
ヤムたんで鍛えられたとはいえ、ロリコンに目覚めた俺には刺激が強い……!
「ククク……愉快だ。これでアースフィアを歩き回れれば尚良かったが、それは慮外の望みというものだな。しばしこの城の中で、無聊を慰めるとしようか」
「ここは船だよ、お姉ちゃん……」
ディーラちゃんのツッコミもどこ吹く風。
ショウギを終えてから、すっかり自分の調子を取り戻した様子のザーダスは、薄く笑みを浮かべていた。
ふーむ……確かにアースフィアに彼女を下ろすのはまずいと思うが……。
いや、しばらくは完全に信用に値するかどうかを見極めよう。
今のところ、ザーダスのマインドリサーチ結果はルナベースに送らせてもらってるが特に怪しいところはないらしく、俺に報告はない。
「じゃあ、せっかくだから久々のマザーシップツアーでもしようか。聖鍵派の本部になってから、ここも結構様変わりしたしね」
そういうわけで、ザーダス御一行様を連れて、俺は案内を始めた。
……いや、そういや案内用ボットも作らせたんだった。そいつに任せよう。
案内はいつもどおりのルートだったが、聖鍵派のスタッフが出入りしているので、結構スレ違いの挨拶をする機会があった。
生産の実行などはある程度オートで可能だが、結局その割り振りなどには人の手がいる。
領土拡張プログラムや浄火プログラムなど、一定の作戦に従って自動でやってくれるようにもできるが、柔軟性には欠ける。
聖鍵騎士団の治安維持活動なんかが、その最たるものだろう。人同士の細かい駆け引きや裁量は欠かせない。
俺の判断をいちいち待っていたら、間に合わない緊急事態もある。
もちろん後で余すことなく報告書を書いてもらい、チェックも入るので、施設の不正利用などは不可能だ。
フォーマン率いる聖鍵騎士団にはかなり大きな裁量を与えていて、ドロイドトルーパーの補充や支援物資などに関しては、彼ら専用の施設を用意させている。そこでできることは自由にやっていいということだ。
「さて、ここに来たか……」
「む、勇者。何かあるのか?」
当然、ここはお菓子生産プラント。
きのこたけのこの間である。
「お姉ちゃんは絶対、たけのこだよ!」
「それはどうでしょう? 人の好みはわかりませんよ」
「そうだそうだ」
お前ら子供かよ。
「そういえば、フェイティスはどっちなんだ?」
「私はご主人様と同じ意見です」
つまり彼女も中立か。
「現在、ヤムたんも含めれば2対2の互角。ディーラちゃんはフォスの子供たちにたけのこを広めているけど、きのこを食べさせていない以上はノーカンだ」
「ええーッ!?」
不服そうなディーラちゃんを黙殺し、俺はザーダスに話を振る。
「今からラディちゃんには、どっちのお菓子のほうがいいか、食べて決めてもらう」
「……ふむ。どちらが美味いかを判断すれば良いのだな?」
全員から注がれる眼差しを受け、どうやらザーダスは事が遊びではないことに気づいたようだ。
そう、これは戦争だ。
ザーダスはじっくりと吟味しながら、きのことたけのこを食べ比べた。
全員が見守る中、彼女はやがてゆっくりと頷いた。
「実に甲乙つけがたいが……」
彼女はディーラちゃんの方を見て、にっこりと微笑んだ。
「お姉ちゃん……!」
「すまんな、ディーラ。余は、きのこが良い」
それは誰よりも大切なはずだったヒトの、裏切りの言葉だった。
絶望の奈落に突き落とされたディーラちゃんは、この世の終わりを嘆くかのような叫びをあげた。
彼女はこれから、どうすれば生きる希望を取り戻せるのだろうか。
救いはないんですか。
「ディーラ……許せ。余はこと真剣勝負において、偽りを述べることはできぬ」
わんわん泣いてるディーラちゃんに向けて、それがせめてもの慰めとばかりに、ザーダスは彼女の肩を叩いた。
「……なあ、フェイティス」
「はい、なんでしょう?」
「俺は2つのお菓子を良かれと思って量産したけど……それは間違っていたのかな」」
「ご主人様に、罪はありません……」
その日のフェイティスは、何故かとても優しかった。
来るかどうか迷ったが、結局案内ボットに従って市街区にやってきた。
ここでは聖鍵派スタッフの人間や、その家族が暮らしている。
テレポーターはフォスに繋がっているので、ここもフォスの一部と言ってもいい場所だ。
「アッキーだ!」
「その声、その呼び方は……!」
いまや聖鍵派の天使と呼ばれ、大人気のヤムエル様だ!
リオミもかくやというチャージ&パワーアタックでタックルしてくる。
小柄だから可愛いものだ。
「その……アッキー様。お久しぶりです」
「リプラさんも、お元気そうで何よりです」
結局リプラさんには、アッキーと呼んでもらうことにした。
アキヒコ様と呼ばれると、リオミが微妙な顔をするのである。
「その後はどうですか。何か困ったことはありませんか」
「とんでもありません。ヤムも学校に通えるようになって、私も仕事をいただけて……アッキー様には感謝してもしきれません」
そういえば、リプラさんも聖鍵派のスタッフとして働くようになったんだっけ。
身なりもはるかに良くなって、少し前までスラムで寝転がっていた女性とは思えない。
「いえいえ。今日はどうして?」
「こっちまで買い物に来ているんです。ヤムが行きたがりまして」
ヤムたんは、久々にみんなと再会してハイテンションになっていた。
みんなに撫で回され、ディーラちゃんに「たけのこの同志」として泣きつかれ、よしよししていた。
どっちが子供なんだか。
「フランがアッキー様に会いたがっていましたよ。時間があるとき、フォスにも来てくださいね」
「わかりました」
……本当はフランが双子の姉妹だと、知る由もないリプラさん。
どうやら、仲のいい友人だと感じているらしい。
「アッキー、一緒に行こうよ!」
「こら、困らせちゃうでしょ」
どうしたものか。別にツアーを切り上げて、一緒にショッピングを楽しむのもいいかもいしれない。
「どうする?」
「余は構わんぞ。なかなか可愛らしく、余の好みの童子だ」
「むっ……」
ザーダスの目が獲物を見定めるように細められている。
いかんな、出会わせてはいけなかったのかもしれない。
「ごめんね、ヤムたん。また今度」
「えー……」
「絶対今度あそびにいくよ。約束する」
「……うん。じゃあ、やくそくね!」
指切りしてからヤムたんたちと別れた。
「何故じゃ。余は良いと言ったのに」
「お兄ちゃんは許しませんよ」
「意味がわからんわ……」
ザーダスのご機嫌を損ねつつ、俺達はブリッジへ向かった。
「ほう……これがアースフィアの真の姿というわけか」
さして驚くでもなく、ザーダスは悦に入る。
「こうしてすべてを見下ろすのは、さぞ気分がよかろう。余も再び野心を擽られそうになるわ」
「……お前、本当に大丈夫なんだろうな」
「軽い冗談だ。そう怒るな……興を解せぬようでは、男の格が痴れるぞ」
逆にやりこめられてしまった。
流石にフェイティスを唸らせ、魔王として君臨していただけあって、その片鱗を伺わせる。
フランとはまったく別種の、畏怖を感じさせる風格を持っていた。
ツアーが終わると夕食になる。
事実上、ザーダス歓迎パーティのような催しとなった。
酒の入ったディーラちゃんが管を巻いたり、シーリアがザーダスに萌えたりしていたが、概ね盛況に終わった。
リオミとフェイティスには寝室に先に帰ってもらった後、俺はザーダスを呼び出した。
「……ロリコンだとは聞いていたが、よもや余の寝所へ夜這いに来るとは思わなんだぞ。その豪胆さ、驚嘆に値するが……余とて知り合ったばかりの男子に、そうそう処女をくれてやるつもりはないぞ?」
「お前、処女だったのか。いやいやそうじゃなくて……」
「なんだ違うのか。つまらん」
「お前な……ああ、もう! 調子狂うなあ」
「すまんな。これは余の悪癖でな、寛容に許せ。して、何用だ?」
「いくつか聞きたいことがある。お前、魔王だった頃の記憶はあるんだな?」
「ディーラから聞いてはおらんか? 時折目が覚めれば、記憶はところどころだが残っていると」
「やっぱりそうか……うーん」
「焦らすでない。余は待たせるのは好きだが、逆はそうではない」
「なんつー根性してんだ。……まあいい」
俺は睨むように、ザーダスの赤い瞳を覗きこんだ。
「ディオコルトについて、教えろ」
「……ヤツか。愉快な話にはならんぞ?」
「そんなことは百も承知だ」
「ふむ……因縁があるようだな。よかろう。だが、ここでは場所が悪い。どこか人目につかぬところはないか?」
ザーダスがそう言うので、俺は永劫砂漠の強制収容所の一室に跳んだ。
ある目的のために特別に作らせた部屋だ。
「確かに人目にはつかんだろうが……女子を連れてゆくなら、もう少し場所を選ぶべきではないか?」
「もうマザーシップは中枢以外、人の出入りがあるんでね。ここなら絶対に誰も来ない」
「密談用の部屋があると、何かと便利だぞ」
ザーダスの言うことは最もなので、今度作らせることにしよう。
「さて、ディオコルトだったな。そなたのことだ、既にある程度のことは知っているだろうし、その前提で話すが構わんな?」
俺は無言で頷く。
「ヤツは八鬼侯第八位だったが、余の命令で何かをしたことはほとんどない。それこそ、好き勝手に女子を口説いては捨て、口説いては捨て、時には利用して愉しんでいた」
「……下衆野郎が」
「その意見には賛同する。余も、成果なくただ遊興に浸るのみの男であれば、早々に切り捨てたであろう。だが、ヤツの遊びが結果として余の目的に沿うことがあったのも事実だ」
「……聞いていいか。お前の目的ってのを」
「ふむ。既に気づいているのではないか? 余の目的は……この世界を、守ることだ」
……やはり、か。
「いったい、何からだ」
「……ダークス、と言って通じるか?」
ダークス。人々が瘴気と呼ぶモノ。
アンダーソンも言っていた。
ダークスの脅威を排除することが、自分の任務であると。
ダークス係数……。
「お前、どこまで知っているんだ?」
「誰よりも通じているという自負はあるが、実際そなたほどの男ならば、余が知らぬ真実を知っていたとしても驚きはせん」
「…………」
――マインドリサーチ、モードチェンジ。
――ダイレクトリーディングモード。対象、ザーダス。
俺はルナベース経由のリサーチをやめ、聖鍵での直通に切り替えた。
「余はダークスからアースフィアを守るため、魔王となった」
嘘はなし。
「そして、人々を苦しめた」
「余がやっておらねば、人も魔物も滅んでおったさ……」
嘘ではない、少なくとも本音を言っている。
「お前は完全に支配されていたわけではなかったのか?」
「魔王。そう呼ばれる程度には、邪悪であったよ。目的の為ならば、一切手段を選ぶ必要を感じなかった」
「罪を背負ってでも、全部を守ろうとしたのか……」
「それが、余の使命だったと思っておる。そなたが来たことで、どうやら役割が終わったようだがな」
この感情は……自嘲か。
「……いったい、何なんだ。どうして俺が喚ばれたんだ」
「それは知らん。余もそなたのことを敵と見なしていたゆえ、ゴズガルドを送り込んだのだ。見せてもらったぞ? あのときの立ち回りは」
「そいつはどうも」
どうやら、あの駆け引きはそれなりに彼女を愉しませていたらしい。
「それより、今はディオコルトの話であろう? ヤツは余以上に瘴気……いや、ダークスに通じていた。ヤツが何者かは知らん。おそらく魔物ではない。元は人間だ」
「瘴気に侵された人間は死ぬはずだけど……それをなんとかする方法を見出して、ダークスを利用し、自分の欲求を満たしていたということか……」
「ヤツほどおぞましい存在もおるまいて。して勇者よ、余が退いた後……一体ヤツは何をしたのだ?」
カドニアでの一件を、ザーダスに話した。
すると……。
「あやつ! あれほどやるなと言ったことを、やったのか! 余がいなくなったことで、遂にタガが外れおったか……!!」
ザーダスは烈火のごとく怒りだした。
「……やっぱり、『闇の転移術法』はお前が止めていたのか……」
「あのようなもの、必要ない! 魔物と人が適度に距離を図りつつ、決して破滅しない道を進めれば、それでよかったのだ。オーカードの創りだしたアレは、それを真っ向から覆す!!」
そう。
あの指輪はやはり、ディオコルトの手によって創られたものではなかった。
ザーダス八鬼侯第六位、魔術参謀オーカード。ヤツの手によって開発された悪夢のアーティファクトだったのだ。
かねてよりオーカードの呪いによって悩まされていたロードニアは、指輪の魔術解析を成功させ、これがオーカードの魔術によって創りだされたことを突き止めたのである。
「やっぱり、ディオコルトにあの指輪を生み出す力はないんだな」
「うむ。オーカードが初期の試作品を創り出し、得意げに見せびらかしに来おった。余が大いなる怒りでもってヤツを窘めてから、アレを使おうなどとは露ほども考えておらんかったよ」
鼻水垂らしてビビってるザボエ○枠が、容易に想像できた。
「すべて処分せよと命じたのに。ディオコルトめ……いつの間に持ちだしたのだ」
「まあ、もうその指輪は俺が回収した。ヤツがバラ撒いた分はおそらく全部な」
「……そなたにも気を揉ませたようだな。部下の非道を詫びねばなるまい。指輪はいくつあった?」
「12個、2個で1組だから6組」
「うむ、すべてだな」
嘘、なし。大丈夫そうだ。
「まあ、残りがないかどうかは、ヤツに直接聞いてみるさ……」
ヤツにはマインドリサーチが通じない。
いや、通じることは通じるが……八鬼侯で最も醜い心というのは伊達ではなく、俺が耐えられる悪意を超えているため、ルナベースに止められてしまうのだ。
だから、ヤツが真面目に答えれば……という話になる。
「他にヤツについて知っていることは?」
「無類の女好きであるということぐらいか。ディーラには指一本触れさせんかったぞ」
当然嘘なし。ディーラちゃんの証言とも一致する。
「結局、ヤツ自身の目的というのはわからんが……やはり愉悦を追い求めていると見えたな」
「やっぱりそうか……」
どこまでも愉快犯であって、大局的な目的があるというわけではないのだ、ヤツは。
だが、おそらく今は違う……ヤツの目的は既に、ある特定のモノに集中しているはずなのだ。
「すまんな……それほど参考にはならなかったかもしれん」
「いや、充分だ。ありがとう、ザーダス」
「クク……まさか勇者に礼を言われる日が来るとはな……」
「ディーラちゃんの手前ああ言ったけど……俺は、お前のことを許してるわけじゃない。あくまで、ディーラちゃんの大切な家族だから……お前がこれ以上罪を犯さないよう監視してるんだ。勘違いするなよ」
「ククク……」
なんだその、野菜王子を見る下級戦士のような目は……!
「勇者よ。そなたにならば……余はこの肢体を征服されることも、やぶさかではないな」
「んなっ……!」
「クク、冗談だ。いちいち、かわいいヤツよ」
「ぐぅ……もういい! 残りは今度聞く!」
……コイツ、本気だった……!
マインドリサーチ切っときゃよかった。
くっそ……俺の顔、間違いなく真っ赤だよ。
逆にこっちが心を読まれているような気分になる。
まったくもう。油断ならない、元魔王。
字余り。




