Vol.07
「あの、アキヒコ様。これ、わたしたちが来る必要あったんですか?」
「う、うーん」
「……ようやくわかったぞ、アキヒコ。お前がどうして聖鍵の力を出し惜しみするのかを」
「あ、圧倒的ではないか我が軍は」
永劫砂漠で遭遇する魔物は、サンドワームやジャイアントスコーピオンを始めとした知性の低いモノばかりだ。
群れで動くような魔物が少ないので、本来であればこれほどの大兵力で進軍する理由はない。
だが、連れてきた。それによって何が起きるか。
蹂躙だ。
そこに戦いはない。
あるのは鏖殺であり、虐殺であり、一方的な制圧。
すなわち、機械による無作為な粛清だ。
発見と同時にクラッシュイーグルの編隊の圧倒的火力で”消滅”するスカイビートル。
ボットタンクの履帯によって轢殺されるジャイアントスコーピオン。
専用に調整された毒ガスにより巣穴から出てくる前に沈黙するサンドワーム。
砂漠に生息する色彩種ブルードラゴンは、自慢のサンダーブレスを吐く前にイェーガーのホワイト・レイにより、光の中に消え去った。
ははは、怖かろう!
魔物の生態系を破壊しながら、こうやって版図を広げていくのである。
これが3ヶ月間、魔王城跡地や永劫砂漠で自動で実施されていた領土拡張プログラムの正体だった。
少しずつでも、世界をさっぱりさせんとな……とでも言わんばかりの、あまりに非人間的なやり口だ。
「もともと未開の地に人が開拓を行なうのは、自分たちが暮らす土地を得る為ですが、これは……」
「い、一応言い訳しておくと、この辺も瘴気が濃いんで、魔物は全部凶暴だよ」
「人間が入って来なければ、特に害もないわけだがな」
「うぐぐ……」
こういう過剰兵力を投入しているので、領土の拡張は順調のようだったが……これでもまだ、進捗率は5%に満たない。
永劫砂漠が広すぎるのだ。
ロードニアやカドニアがある大陸は、アースフィアで最も大きな大陸のひとつなのだが、そのほとんどが……この砂漠と凍土に覆われているのである。
ロシアとタクラマカン砂漠を緑地開発するようなものだ。
人が暮らしていける大地は少ない。
魔物の跳梁はもちろんだが、その過酷な環境で暮らしていける人間は皆無といってもいい。
仮にこれらの障害を突破できても、今度は瘴気がある。
これをマザーシップのホワイト・レイで浄火していくとなると、流石に時間がかかりすぎるし効率が悪い。
そのためこうしてイェーガー艦隊を使った蹂躙作戦と浄火を同時に行ないつつ、さらにテラフォーミングシステムによる土地改造を行なって人が住める大地を広げているのである。
もし本気になれば、要塞モジュールをもっと投下して様々な拠点から土地を広げていくこともできるだろうが……。
そこまでやる必要があるのか? と言われると、正直わからない。
今まではカドニア周辺国家での活動ばっかりやってきたので、こっちは本当に機械任せだったのだ。
正直、国土としては十分過ぎるほどのスペースを確保している。これ以上、無駄に魔物たちの領域を脅かす必要もないかもしれない。
何も世界の魔物の10分の9を抹殺しろと命令したわけではないのだから。
「とりあえず、これで国土は問題ないのがわかっただろ?」
「……ええ、とてもよく。やはりアキヒコ様には、この世界を統べる力があるのですね」
「魔物は殺せばいいと思っていた時期が私にもあったが、これならアキヒコが殺してきた魔物の数の方がケタ違いに多そうだな?」
アイタタタタ。
大変痛いところを突いてくる。
ふたりの目が冷たい。
ディーラちゃんを連れて来なくてよかった。
「イェーガー艦隊は間違っても砂漠から出さないよ。安心してくれ」
「当たり前です!」
「ひぃっ!?」
「……必要なら、お前を斬って私も死のう。約束、だからな……」
「頼むからシリアスに言うの、やめてくれ!? 俺だってここまでひどいとは思わなかったんだよ!」
この侵略活動は、人が見るには目にも心にも毒過ぎる。
誰の良心も痛めることがない兵器の開発も進んでるけど、みんなには見せられないな。
ダークス係数の高い魔物だけを殺す機械かよ。
「一応、この規模の部隊でも苦戦してる戦線もいくつかあるんだよ」
「それは本当ですか?」
リオミは信じられないようだ。
「地形の関係で、大型兵器を運用できないところがあるんだ。魔王城南方の迷宮洞窟地帯がそのひとつだよ」
「ああ……なるほどな。確かにあそこでは大部隊の運用は難しいだろう」
シーリアは納得してくれたらしい。
それでも過去の遠征のデータをルナベースから拾えるおかげで、洞窟内の地図はある。
だが、地面の中を移動するタイプの魔物に対して、今のところ有効な手が打てていないのだ。
洞窟そのものを破壊する案もあるのだが、それだと三国連合と魔王城跡地間を徒歩で移動することは不可能になる。
いっそ、それでもいいのかもしれないが……。
「あとは、北方の山岳地帯にいる巨人族。こいつらは群れだし、本当にしぶとい。あそこには今、ゴズガルドもいるしな」
「ゴズガルド……故郷に帰ったのでしょうか?」
「こいつらは自動のプログラムだと攻略が難しいかもしれない。あるいは、瘴気の問題さえなんとかなれば交渉できる可能性もあるんじゃないかと思う」
特にあのゴズガルド、実はダークス係数は低めだ。
ヤツの特性が瘴気も弾いているようなのだ。
ザーダスがこちらにいる以上、説得が可能かもしれない。
残りの巨人族がどの程度侵食されているか次第……だな。
「あと、こいつらはもう殲滅するしかないと思うけど、ゴーディス地下帝国だな」
「あそこはやはり、トロールやオーガの類が?」
「オークやホブゴブリン、それにイヴィルエルフもいる」
「……厄介だな」
魔王城跡地から西に行くと、ゴーディス地下帝国がある。
いわゆる人に近い知性をもつ人型の魔物たちの住む国で、どうももともとは人間側の種族だったものが、瘴気によって変異して、種族ごと呪われたような連中らしい。
かつては魔王軍とは同盟関係で、生き残った八鬼侯がいるとしたら、ここが有力だ。
地上と空は概ね制圧できているのだが、地下に篭ったヤツらをあぶり出すのは一苦労。
毒ガス攻撃やバンカークラスターも、毒への耐性が高かったり、魔法によって対策されたりと一進一退だ。
現在、領土拡張プログラムから更に強力なNBC兵器の投入裁可を求められている。
「もう敢えて侵略活動って言っちゃうけど、今のところはこんな感じだな」
「その……あんまりやり過ぎないでくださいね」
「そうだぞ。無為に命を奪うのは良くない、たとえ魔物であってもな」
思わずお前らが言うなと思ってしまった。
まあ、彼女たちが想像する戦いとは程遠い。
仕方がないか。
そして彼女たちにはまだ言っていないが……やはり、生来ダークス係数の高い魔物の種族を救うことは、不可能であることがわかっている。
ドラゴン色彩種やオーク、ホブゴブリンなどは、既に種族がまるごと瘴気に呪われているようで、その存在そのものを駆逐してやることでしか解放してやれないのだ。
殺すことでしか、その魂を救うことができない。
だから、これはやるしかない。
「さて、そろそろ目的地に着くぞ」
「そんなものがあったのか?」
訊ねるシーリアに、直接イェーガーのコントロールルームから見える光景を指し示した。
「あれは……壁、ですか?」
「要塞に似ているようだが」
「視察のついでに寄って行こうと思ってたんだ。ふたりも来る? あんまり愉快な場所じゃないけどね」
グローズ・イェーガーから降りて、砂漠を歩いて行く。
壁に手を触れると、転移ゲートが開いた。二人を促して中に入る。
「ここは、営倉区か……?」
シーリアが嫌な記憶を思い出したのか、顔をしかめた。
「ほとんど同じ構造にしてあるけど、ここはさっきの建物の中だよ」
「アキヒコ様、まさかここは……」
「ああ、ここは犯罪者を押し込めておく強制収容所さ」
少し前までは、マザーシップの営倉区に捕まえたやつらを押し込めていた。
しかし、あんな連中が同じ船に乗っていると思うと精神衛生上良くないことに気づいたのだ。
あそこなら脱走の可能性がないとはいえ、四六時中囚人を牢屋に押し込めておくことになる。
現に最初に捕まえた傭兵崩れたちの何人かは精神を病んでしまった。
それ自体は別にどうでもいいけど、軽犯罪者まで同じ憂き目に合わせるのも、さすがにかわいそうだ。
最初は営倉区がないことを疑問に思ったのだが、あそこは刑務所にすべきではなかった。
あのシップを作った者は、それを理解していたのだろう。
ここには現在、浄火派残党や元聖鍵派の暴徒、そして最近アズーナンから早速摘発されてきたマフィアの下っ端などがいる。
カドニア傭兵の連中も、ここに移送された。
仕組みとしては、手錠をかけて拘束した犯罪者にドッグタグを取り付けると、そのままこの強制収容所に転移されるようになっている。このときつけるタグの色によって政治犯、性犯罪者、重犯罪者、軽犯罪者にに分類され、それぞれの区画の入り口に跳ぶ。
政治犯は基本的に独房行きで、自殺もできないよう手足を拘束され、猿轡をかまされる。
特に重要な連中はコールドスリープにかけられ、永久保存される。
必要なときは連中の脳から情報を取り出したりする。バルメーなどがそうだ。
性犯罪者には麻酔なしの去勢手術が施される。
基本的には未遂の段階で捕縛するが、過去に同様の犯罪を犯した者もどんどん捕まえている。
ああいう連中は下衆だと相場が決まりきっているので、一切の例外はない。
たとえ、魔が刺したのだとしてもだ。
ヤツらは本来死すべき命を永らえるのだから、安いものだろう。
例の傭兵崩れや山賊の類、一部の悪趣味貴族などはここだ。
性犯罪者と重犯罪者には強力な洗脳措置が取り付けられ、精神の洗浄が行われる。
その間、自分のしてきたことを被害者側の視点で疑似体験させながら、最終的には選択を迫る。
すべての罪を悔いてやり直すか、精神の死か。
罪を悔いた者は、この施設で社会生活を身に付けて、最終的には顔を変え、聖剣派のスタッフとして登用されて社会復帰する。
死を選んだ者はコールドスリープにかけられ、封印される。
重犯罪者は、浄火派のメンバーなどが該当する。
人権? ヤツらに、そんなものはない。
殺さないだけ慈悲があるだろう。
彼らは人々のお役に立つために、残りの命をすり減らすべきなのだ。
ここにやってくる連中のほとんどは軽犯罪者で、食うに困って盗みを働いたり、酔った勢いで傷害を働くなどのレベルだ。
反省のないヤツはいつまでもここで暮らす者もいるだろうが、酌量の余地がある者は所定の手続きを終えて返される。
一応、いずれの区画でも死刑はない。尚、万が一にも出ないように細心の注意を払わせているが、自殺者などが出た場合は、俺に知らせず処理するよう設定してある。
いちいち知ると、心にダメージを受けそうだからだ。
今ふたりに見てもらっているのは、軽犯罪者の収容される区画にあたる。
「…………」
「…………」
特にコメントはないようだ。
そもそも、それほど用があったわけでもないので、適当に切り上げてイェーガーに戻った。
再度進軍を再開する。
「アキヒコ様は、逆らう者はあのような目に遭わせるのが良いとお考えですか?」
「……リオミは反対なの?」
「何も、こんな砂漠の真ん中に収容する必要はないのでは……」
「外からの脅威は、ルナ・オリハルコン製の壁と床を突破できない。あの壁は連中を脱出させないためではなく、誰にも殺させないために作ってあるんだよ。そしてここが永劫砂漠の真ん中であることは、最初に伝えられる。それを信じることなく脱走を図った者は最初は成功するようになってるんだ。そして、脱走後に魔物に襲われたり餓死しそうになってるところを見計らって、救出することになっている」
「……アキヒコ様……」
「俺は罪が償えないものだなんて考えちゃいない。でも、その罪を罪だとも思わず、さらなる邪悪に手を染めるヤツがいるってことも……知ってる。
俺は、あいつらを殺したりはしない。自殺も許さない。生きて生きて、自分のしたことを悔いてもらう」
「……アキヒコ。私は賛同しよう……貴方は彼らのような連中からも、あくまで機会を奪わないのだな」
「……そんな上等なものじゃないけどな」
視察は、こんなものだろう。
俺たちは一度、昼を食べるためにマザーシップに帰還した。
昼はいつもどおり、フェイティスの手料理を食堂で頂くことになっている。
聖鍵派スタッフも何人かいるのだが、俺達とは違う食堂を使うことになっている。
この辺はきちんと分けておいたほうが、彼らもリラックスして働けるだろうという配慮だ。
「改めて紹介しよう。今日から俺達の仲間……もとい、家族になるラディちゃんだ」
「よ、よろしく」
みんなの拍手がザーダスを迎えた。
リオミとディーラちゃんは満面の笑顔、シーリアは一見無表情だが口元にはわずかな笑み。
フェイティスは、いつもどおりの鉄面皮だ。
「ラディちゃんは、ディーラちゃんとはどういう関係なのですか?」
「ええと……」
「姉妹だよ、姉妹! あたしのお姉ちゃんだよ!」
「前から思っていたんだが、どう見てもディーラのほうが年上に見えるのだが……」
「それは……」
「それでもお姉ちゃんなんだってば!」
誰かがザーダスに話しかけると、言い淀んだ彼女のフォローにディーラちゃんが入る。
ディーラちゃんの気持ちはわかるが、これではザーダスなりに、みんなと交流を持つことができない。
「ディーラちゃん、たけのこあるからこっちにおいで」
「えっ……あ、ううう、でも!」
「2箱目~」
俺は呟きながら、たけのこの箱をテーブルに積む。
「だ、だめ……お姉ちゃんは、あたしが守らなきゃ……」
「3箱目だよ~」
「あ、あああっ……」
「ほれ、一気に5箱目」
「お姉ちゃん……ごめん、なさい……あたし、守れなかったよ……」
よろよろと、こっちにやってくるディーラちゃん。その目には涙が。
たけのこの力の前には、たとえドラゴンでも屈するしかないのだ。
それが、命より大切な姉であったとしても、差し出さざるを得ない。
いや、単純にディーラちゃんの本能を利用しただけなのだが。
「ラディちゃんは、どういうことが得意なんですか?」
「かつては直接的な魔力行使も得意だったが、今では小賢しく回る頭ぐらいか」
「策を練るほうか?」
「そうだな。退屈しのぎの余興には最適だった」
「そうなると、私の姉さんと相性がいいかもしれないな」
「ほう……」
興味深げに目を細めるザーダス。
これはちょっと面白そうだ。
「フェイティス。ラディちゃんと雑談してきてくれ」
「かしこまりました。ご命令とあらば」
横に控えていた彼女を、ザーダスの下へ派遣する。
尚、俺はディーラちゃんには、たけのこを1個ずつゆっくりと食べさせ、時間を稼いでいる。
「ご紹介にあずかりました、シーリアの義理の姉のフェイティスと申します。ご主人様のメイド兼愛人です」
ぐっはぁっ!?
「ほう、愛人か。あの男も無害そうな顔をしてやりおる」
「策を練るのが、お得意と?」
「とはいっても、遊びでやっている程度だが」
フェイティスの目がうっすらと細められる。
対するザーダスもまた、わずかに口端をつり上げた。
「どうでしょう。もしよろしければ、ショウギなど」
「……良いな。しばらく、いい相手に巡りあえておらんかった」
ザーダスの表情に不敵な笑みが浮かんだ。
「ルールなどは、いかがしましょう?」
「人族のルールにも精通しておる。そちらに合わせよう」
フェイティスはどこから取り出したのか、盤を取り出して駒を並べ始めた。
それを見ながら、俺は肩をすくめながら呟いた。
「……ショウギって。そこは、チェスじゃないのかよ」
「教団のもたらした遊戯が、魔物たちにも伝わっていたとは意外でしたね……」
リオミの言うとおりだ。
おそらく、あのザーダスのこと。人間がアレで遊んでいるのを見て、興味が湧いたのだろう。
こうして何故か昼下がりに、アースフィア将棋……魔王戦「フェイティスVSザーダス」が始まった。
あれ、この話って将棋マンガだっけ?




