Vol.06
今思えば、ヒントはあった。
魔王城跡地から飛び去ったディーラちゃんとともに助かった人物である事実。
ディーラちゃんが、最初に彼女の名前を聞かれたときの反応。
「ならば、余も覚悟を決めよう。勇者よ」
「はい」
「余を殺すか?」
びくりと俺の横にいるディーラちゃんが震えた。
不安そうに、俺を見上げてくる。
決して傷つけないと約束しているけど、それでもやはり怖いのだ。
「余にはもう、何の力も残っておらぬ。この首を取るのは容易ぞ?」
「そうですね。今なら赤子の手を捻るのと同じぐらい、簡単だ」
「お兄ちゃん!?」
涙目で叫ぶディーラちゃんの頭を撫でる。
決して悪いようにはしないと、彼女に微笑みかける。
「貴女の罪は重い」
「……うむ」
「俺が知るかぎりでも、貴女に苦しめられた人々の数は両手じゃ数えきれない」
「で、あろうな」
「貴女の罪が赦されることは決して無いだろう」
「…………」
「だけど……貴女に償いの機会が与えられないというわけじゃない」
「……なんと?」
「貴女はもう、魔王なんかじゃない」
彼女もまた、ディーラちゃんと同じくダークス係数が0になっている。
ホワイト・レイによる浄火により、瘴気が完全に消えているのだ。
「勇者よ……そなたの使命は、余を倒すことのはず。己の役割を放棄するか?」
「魔王なら、とっくに倒しているんだよ」
「……ならば何故、お前はここに残っている?」
「いつも誰かに聞かれるけど、答えは同じだよ。アースフィアの善良な人々、すべての笑顔のためだ」
「……なるほど。その中には余も含まれると?」
「もちろんだ。また同じように魔王になるようなら、今度こそ倒させてもらうけど……」
「いいや、魔王に戻るなぞ二度と御免だ」
……やっぱりか。
「なあ、ザーダス。お前も実は結局のところ、瘴気に当てられてただけなんじゃないのか?」
「……よくわかったな。ご名答だ」
「え、どういうこと!?」
ディーラちゃんが驚くのも無理はない。
おそらく、正気に戻るまでザーダスすら知らなかった事実だ。
「まだ詳しいことがわかってるわけじゃないけど、魔王ザーダスも結局、瘴気によって操られていた人形に過ぎなかったってことさ」
「そ、それじゃあ……」
「……ああ。あくまで彼女は、司令塔として利用されていただけなんだ」
いわば魔王ザーダスとは、携帯電話の基地局だったのだ。
もちろん、携帯電話は魔王軍である。
魔物たちのすべてを統制し操るためには、大きな魔力を持つ素質ある者を乗っ取り、核とする必要がある。
だが俺が魔王を潰してしまったため、あらゆる魔物が圏外になってしまった。
ダークス係数の高い魔物は暴走し、低い魔物はおとなしくなったのだ。
これもまた、ダークス係数に関わる情報開示によって判明していたことである。
これを見て、おそらく魔王ザーダスも黒幕というわけではないのだろうと思ったが、案の定だった。
「だからといって、余が魔王として人々を苦しめてしまったことに変わりはない」
リオミは10年もの間、両親を石にされていた。
シーリアに至っては、彼女に両親を殺されている。
フランも間接的に魔王の手によって人生を大きく狂わされている。
それらですら、氷山の一角だ。
彼女が魔王ザーダスであることが露見すれば、それこそフランのときの比ではない。
確実に俺の手による速やかな討伐が求められるはずだ。
本意ではないが、そのときはやるしかない。
「ザーダスには俺がそうしない限り、アースフィアに近付かないでもらう。それで、いいな?」
「無論だ。余にその資格はない」
「このことは、俺達だけの秘密だ。リオミにも、シーリアにも伝えない」
あるいはシーリアにザーダスのことを伝えないのは、彼女に対する裏切りになるかもしれない。
シーリアは、ザーダスを殺そうとするだろう。
だが、そうすればディーラちゃんとの関係は決定的に破綻する。
それだけは、避けなければならない。
「……ん、ふたりがここに来る」
ふたりの位置情報が、医療区画に入った。
「この話はここまでだ。ザーダス……お前は今後、この船ではラディだ。いいな?」
「承知した」
これでいい。
多分、これでいいんだ。
……俺の倒すべき敵は魔王などではないのだから。
「アキヒコ、遅いぞ」
「アキヒコ様、準備が整いましたので……」
ふたりがメディカルルームに顔を出した。
「初めまして、ラディだ。妹が世話になった」
なんと、ザーダスが先手を取ってふたりに挨拶した。
ディーラちゃんが目をまん丸くしていていたので、俺が笑いを堪えるのに必死だった。
「初めまして、リオミ=ルド=ロードニアと申します」
「シーリアだ」
ふたりは簡潔に挨拶を済ませてしまった。
「ラディ……ちゃん? もう、お体のほうは大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。すべては勇者のおかげだ」
「無理はしないようにな。ディーラは私にとっても既に妹のようなものだ。ゆえに貴女も同様だ。何の気兼ねもいらない」
「……ありがとう」
シーリアにも、いつかは打ち明けることになるかもしれない。
そのときまでに、シーリアとザーダスが家族のような関係になれることを望む。
それがたとえ、俺のエゴであるとしても。
「じゃあ、本当はディーラちゃんにも来てもらう予定だったんだけど……せっかくお姉ちゃんが目覚めたし、今日は留守番かな」
「ごめんなさい……」
「謝ることなんて、何もないだろ?」
申し訳なさそうに顔を俯かせるディーラちゃんの頭を撫でる。
いろいろな意味を込めた俺の言葉に、ようやくディーラちゃんは笑顔を取り戻した。
「お兄ちゃん……ほんとうに、ありがとう」
「ああ、気にするな」
俺はシーリアとリオミを連れて、メディカルルームから出た。
「よかったですね、アキヒコ様。ラディちゃんが目覚めて」
「ああ、そうだな」
「これで少しはディーラも安心するだろう」
多少の罪悪感を抱きながら、俺は聖鍵に転移を命じた。
「……ここが本当に前に来た魔王城跡地と同じところなのですか?」
「信じられんな……」
かつて彼女たちをここに連れてきたとき、魔王城跡地は焦土が広がっているだけだった。
だが今は……。
「あれから随分時間も経ったからね」
まず周囲を埋め尽くしているのは、要塞の壁だ。
幾重にも張り巡らされた堅牢なルナ・オリハルコン製の壁。
地面も同様だ。むき出しの岩盤や地面はなく、同様の金属で整地されている。
向こうでは整列したドロイドトルーパーが、一糸乱れることなくいずこかへ進軍していくのが見える。
キャンプシップやクラッシュイーグル圏内戦闘機が滑走路から出撃して行き、地下帝国上空の制空権を獲得すべく飛んでいく。
今ちょうど俺達の上を通過したのは、最近ロールアウトしたガンシップだ。制空権を確保した場所では、驚異的な戦果を叩きだす攻撃機の一種。AC-130と言えば、わかる人にはわかるだろうか。
「さあ、俺達はこっちだ」
要塞でも一際大きな建物に入る。
この中には司令室があり、マザーシップのブリッジと同様の官制が可能となっている。
「ここから指揮を行えるのですか?」
「その辺は同じだね。でも、今回はここから視察するわけじゃないんだ」
さらに奥、格納庫に入る。
格納庫と言っても、そんじょそこいらの規模ではない。
端から端までキロ単位の大きさだ。ここには製造が完了した兵器がオートで次々に運び込まれてくる。
そして……。
「……これが今日、俺達が乗り込む陸上戦艦【グロース・イェーガー】だ」
ふたりはぽかーんと口をあけて、その威容を見上げた。
グロース・イェーガーの全長は、おおよそ300m。
前面主砲は格納式マイクロ・ホワイト・レイ4門。180度駆動するため、照準がつけやすくなっている。
側面は片面につき対空砲32門、副砲12門。副砲については上下に駆動するリフトの上に搭載されているため、横及び正面、空への攻撃などが可能で、フレキシブルに動くようになっている。
さらに艦後方の両側には6連装ミサイルランチャーが3門ずつ、合計6門搭載されている。
最大の特徴は艦橋部分に相当する場所が、巨大ロボットの上半身になっている点である。
甲板上の守護神とも言えるこの【ツェアシュテールンク・ギガント】は、両肩に360mmキャノン砲を搭載し、徹甲弾及び榴弾、プラズマグレネイダーを撃ち分け可能。
さらに胸部には開閉式のマイクロ・ホワイト・レイ発射装置が備え付けられており、これはギガントが360度回転可能なため、あらゆる方角に向けて発射可能だ。
両腕に相当する部分には、伸縮式のクローアームが搭載されており、同規模の魔物との白兵戦も可能になっている。
移動方法はブースターとハイパーイオノクラフトの併用。地面に浮いた状態で、前後左右に移動するわけだ。
こんなのでも速度は180ノット出るのだから、まったくもって出鱈目もいいところだ。
最高速度はもっと出るだろうが、流石に危険かな。
「こんなものを隠し持っていたのか、アキヒコ……」
「いや、流石にこっちじゃないと使えないよ。移動するだけで周囲の地形を変えちゃうから」
尚、ふたりにはこの一隻しか見せていないが、この戦艦は量産型である。
旗艦となる【リィーズィヒ・イェーガー】は全長1kmの巨大戦艦となる予定。
流石にデカすぎて、ホバー移動だと運用が難しいから、空を飛ばすことにした。
空中戦艦である。艦底部に砲を搭載するから地上攻撃もでき、空母としての役割も果たせる。
残念ながらまだロールアウトしていないので、今日はこれで我慢してもらうしかない。
というか、デカけりゃいいってものじゃないし、巡洋艦サイズとか陸戦艇、バトルトレーラーも造っておこう。
開発コマンド開発コマンド。
そもそも、コレほどの巨大兵器は、それこそ魔王城跡地や永劫砂漠でしか運用不可能である。
逆に言うと、このレベルの兵器がないと、この地の開拓は困難だということでもあるのだが。
「今日はコイツが出張るほどの戦線には行かないけど、まあ一応安全のために」
「アキヒコ様は一体、何と戦っているのですか……?」
「もちろん魔物だよ。俺も報告でしか聞いてないから、どんな戦いになるのか詳しく知らないけど」
「……お前というやつは」
シーリアに呆れられてしまった。
しょうがないじゃないか。そのための視察なんだよ。
「よし、一番艦出撃ー。随伴兵力は……よし、こんなもんでいいか」
キャンプシップ200機にドロイドトルーパーを満載。合計10000機。
クラッシュイーグル圏内戦闘機600機、万能攻撃機フリーバード120機。
ガンシップも念のため3機ほど。コイツの名前もいずれつけてやらないといけないな。
陸戦兵力どうしよう。
とりあえず主力のボットタンクを1500輌ばかし。
バトルオートマトン輸送用の装甲車輌を1000ほど連れて行こう。これでオートマトンの頭数30000機。
うーん、これで足りるだろうか。
今回は聖鍵持っていくんだし、足りなければ随時補充すればいいか。
そんなわけで、俺達は魔王城跡地の基地から東方の永劫砂漠に向けて出発するのだった。




