Vol.05
「……それ、ほんとう?」
「こんなことで、嘘をつくもんか。今ちょうど知らせが来たんだ。彼女の意識レベルが覚醒に向かってるって! たぶん、あと数分したら……」
ディーラちゃんは食事も途中だというのに、あっという間に席を立って食堂の入り口に向かう。
「お、おい、ディーラちゃん!?」
「……行かせてやれ、アキヒコ」
シーリアは、すっ飛んでいくディーラちゃんの様子を微笑ましげに見守っていた。
「あの子はずっと、姉の目覚めを待ち望んでいた。すぐにでも声をかけてやりたいだろうさ」
「お、俺も行ったほうが……」
「ディーラちゃんなら大丈夫ですよ、アキヒコ様。しばらく、ふたりだけにさせてあげましょう」
「それもそうか……」
フェイティスが朝食のデザートを運んできた。
ディーラちゃん抜きになってしまうが、先に今日の予定についての話し合いを始めてしまおう。
「今日は魔王城跡地と永劫砂漠の視察に向かう」
あらかじめ聞かせてあるので、シーリアも落ち着いていた。
最初に魔王城跡地に建国すると聞いたとき、彼女は猛反対していたのだが……。
「アキヒコ。あの後も、瘴気はもう出ていないんだな」
「うん。ホワイト・レイ照射の後、あそこで瘴気が復活していないのは確認済みだよ」
一度、シーリアを魔王城跡地に連れて行くと、そこに魔王城があったという事自体、最初は信じてもらえなかった。
次にディスプレイシートで現在位置を確認してもらった後、瘴気がないことに驚かれた。
魔王城近辺は特に瘴気が濃いことで有名だったからだ。
「一応みんなには闇避けの指輪を渡しておく。これで万が一瘴気が出てても安全だ」
闇避けの指輪は聖剣教団謹製の装備品だ。
白光魔法が付与されているアーティファクトだとクラリッサ王国は発表しているが、実際はホワイト・レイを不可視のフィールドと化して、瘴気を寄せ付けないようにしている超宇宙文明ガジェットである。
「今日の視察の目的は、領土拡張プログラムによる……ここ3ヶ月の進捗状況を確認することだ」
「……え、まさか3ヶ月前から?」
リオミが、すっとんきょうな声をあげた。
「正確には3か月と1週間前かな。俺が魔王を倒したあの日から、実は魔王城跡地に要塞を作って、そこからずっと周辺の魔物を退治しながら勢力を広めていたんだ」
あれから俺が、魔王城跡地に手を加えたりはしてない。
俺がわざわざ指示を下さなくても、プログラムがある程度自動で兵器を生産、侵攻を繰り返して、統制を失った魔物たちを退治してくれるからだ。
「魔王城跡地付近には、半径3kmに渡ってほとんど何も残ってない。魔王城付近にいたっていうディーラちゃんの仲間たちも、ほとんどが最初のホワイト・レイで消滅した。
それでも周囲には強力な魔物が多い。残念ながら魔王の勢力圏はもともと瘴気が濃かったせいで、保護できそうな魔物もほとんどいない」
だが、それが幸いした。
あそこには人間はもちろんのこと、元来大人しいような魔物もほとんどいない。
いたとしても、ダークス係数が高いので助けることができない。
つまり、俺は一切の遠慮会釈なく、聖鍵の力をフルに使ってイジメにも等しい力の行使が可能なのである。
「みんなには心配をかけたみたいだから、今日は俺も聖鍵の力を使う」
「えっ……できるのですか?」
「うん」
聖鍵の力が使えず、疲労困憊なところばかり見せていたせいで、最近リオミには心配をかけ通しだ。
ここらで少し、安心させてあげたかった。
「じゃあ、詳しい説明はフェイティスから聞いておいてくれないか? 俺はちょっと、ディーラちゃんの様子を見に行く」
「わかりました」
「ああ、わかった」
俺は聖鍵をこれ見よがしに取り出して見せた。
――聖鍵、起動。
――転移先、メディカルルーム集中治療室。
跳んだ先では、ディーラちゃんとラディちゃんが抱き合っていた。
既にラディちゃんはメディカルポッドから排出され、患者用の服を羽織ってもらってからベッドに寝かせてある。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「……ディーラ……心配をかけたな……」
見た目的には、どう見てもディーラちゃんがお姉ちゃんなのだが。
ラディちゃんの見た目は、12歳程度の少女である。
前にも言ったと思うが、彼女の特徴はディーラちゃんとだいぶ違う。
まず、髪の色。色の抜けたような銀色。
次に肌の色。死人のような青さ一歩手前の白さ。
唯一、共通点とも言えるのが目。ラディちゃんの目は赤かった。
彼女の総合的特徴はいわゆるアルビノ……色素欠乏の要素を備えている。
ならば一応ディーラちゃんと同じドラゴンだけど色がないだけという可能性も一応あったのだが、そもそもディーラちゃんによれば彼女はドラゴンですらないのだという。
ラディちゃんが、俺に気づいてこちらに視線を送ってきた。
じーっと、見つめられる。
「ええと……」
「……お兄ちゃん?」
ラディちゃんに抱きつく形で俺に背を向けていたディーラちゃんが、振り向く。
「あ、うん……」
「お姉ちゃん。この人が、あたしたちを助けてくれたんだよ」
「そうなのか…………」
ラディちゃんの視線が少しだけ柔らかくなった。
「どうやら、余が眠っている間、随分と世話をかけてしまったようで……」
余?
一人称が余なのか、この子。
王様?
「いえいえ。彼女にもいろいろ助けてもらってます。あ、俺はアキヒコっていいます」
「申し遅れた。余は……」
「あーっ! あーっ!」
急にディーラちゃんが騒ぎ始めた。
きょとんとした様子のラディちゃんを尻目に、ディーラちゃんは俺の視線から姉を隠すように立ちふさがる。
「ラディお姉ちゃんは自己紹介しなくて大丈夫! もう教えてあるからね!」
「そ、そうか……?」
よくわかっていない様子のラディちゃん。
「ところで、ラディとは……?」
「何言ってるの! お姉ちゃんの名前でしょ! んもう、お姉ちゃんったら目覚めたばっかりで混乱してるのね! お兄ちゃん、ちょっとお姉ちゃんとお話があるから出て行って!!」
「え、ええーっ!?」
追い出されてしまった。
「な、なんなんだ……?」
ディーラちゃんの慌てぶりは尋常ではない。
元から彼女はラディちゃんのこととなると、いろいろ必死になる子だ。
最初に会ったとき、大人ぶって彼女を守ろうと頑張っていた健気さは今でも思い出せる。
「うーん……何か隠してるのかな?」
おそらく、そうだろう。
ラディちゃんにまつわる何かを、ディーラちゃんは俺に教えたくないのだ。
「あたしね……みんなに、ひとつおっきな嘘をついてるの。
今もね、そのことをみんなに言うことはできないんだ」
ディーラちゃんは、そう言っていた。
彼女が心を許している俺達に、今でもつき続ける嘘。
それはやはり、何よりも大切なラディちゃんの秘密が関わっているに違いない。
さて、どうしよう。
聖鍵を使ってしまえば、どうとでもなる。
幸い、今は聖鍵が使える。
……ビジョンはない。
最近、なんらかの決断を下そうとするとき、致命的な未来が見えることがある。
だが、この件に関しては何も見えてこない。
つまり、今無理に調べたりしなくても、ひどい結果に繋がることはないということだ。
よし、方針は決まった。
「お兄ちゃん、もう入っていいよ?」
ちょうどいいタイミングで入室が許可された。
「一体どうしたの?」
何食わぬ顔でディーラちゃんに探りを入れる。
「ううん、なんでもないの! ね、ラディお姉ちゃん?」
「う、うむ」
ラディちゃんの様子が明らかにおかしい。視線が安定せず、挙動不審になっている。
「あれ、ラディちゃん。なんか落ち着かないみたいだけど、大丈夫?」
「えっ。ああ、うむ。大丈夫だ、問題ない……」
大丈夫じゃなさそうだ。
「お兄ちゃん、改めて紹介するね!!」
無駄に元気よく声を張り上げるディーラちゃん。
ドラゴンの咆哮もかくやという大声である。
「あたしのお姉ちゃんの……」
「ラ、ラディ……だ。よろしく頼む、勇者殿」
「ん? 俺が勇者だって、どうして?」
「あ、いや、それはだな……」
「お兄ちゃんに出て行ってもらってる時に、話しておいたの!」
威嚇するように、がるるーっと喉を鳴らすディーラちゃん。
うーむ、からかったりしないほうがよさそうだな。
「ディーラちゃん、ちょっといい? ラディちゃんはちょっと待ってて」
「え、お兄ちゃん……?」
「あ、ああ……」
不安げな様子になったディーラちゃんを連れて、俺は廊下に出た。
ラディちゃんの聴覚がどの程度かわからなかったので、彼女と一緒に転移する。
転移した先は、ディーラちゃんと初めて出会った洞窟だ。
「えっ、何!? ここって……」
「……ディーラちゃん。怒らないから、本当のことを教えてくれないかな?」
「!!」
ディーラちゃんが俺から距離をとった。
その動きは普段とは違い、敵から間合いを取るような俊敏さだった。
「……ディーラちゃん」
「こ、来ないで!」
俺が近づこうとすると、ディーラちゃんは後じさる。
「なんで! お兄ちゃん、こんな……」
「ディーラちゃん、大丈夫。どんなことであっても、俺は怒らないし、秘密は守る」
警戒している彼女を宥めながら、俺は両手を広げた。
「前に嘘をついてること、謝ってくれたよね。だからもう、嘘をついてることについては怒ったりしないよ。
だから、正直に話してくれないか? 彼女……ラディちゃんのこと」
「う、うう……」
本来、彼女は隠し事が得意なタイプではない。
それでもこれまで何とかやってこれたのは、ラディちゃんの意識がなかったからだ。
今後、彼女がリオミやシーリアと話すことになれば、どんどんボロが出てくるだろう。
「ねぇ、ディーラちゃん。前に俺のこと、みんなに負けないぐらい大好きって言ってくれたよね。
あれ、すんごく嬉しかったよ。なんか、家族になれたみたいでさ」
「家族……」
「うん、家族。前から妹みたいだなって思ってたけどさ、あのときの告白はジーンときちゃった」
「あうぅ……」
ディーラちゃんが真っ赤になった。
元から赤いけど、さらに。
あのときのことを思い出したんだろう。
「家族の間でも、隠し事はすることもあると思う。なんでも言い合えるのが家族だなんて言葉、俺は信じない。
俺だって、リオミやシーリア、それにディーラちゃんに隠してることぐらいある。
だから、ディーラちゃんが隠してることがあることを、とやかく攻めたりするつもりはない」
「だったら……」
「それでも、このことについては、もう気づいてしまった。だから俺は聞かないといけない」
嘘をついていることも知っている。
何について隠し事があるかもわかってしまっている。
このまま見て見ぬフリをすることはできない。
「前に約束したよね。嘘をついたりしなければ、ディーラちゃんの心を読んだりしないって」
「それ、は……」
ディーラちゃんは自分にマインドリサーチを使わないでほしいと希望していた。
それも悪いことや嘘をついていなければ、という条件付きでの約束だった。
彼女が嘘をついていることは告白済みなので、ディーラちゃんも覚悟しているだろう。
だが実は、ある理由によって今の彼女にはマインドリサーチが通用しない。そこで俺は一計を案じる。
「でもできれば、俺はそれをしたくない。ディーラちゃんの口からちゃんと伝えて欲しいんだ。
もしラディちゃんが何者であったとしても、俺は絶対彼女に危害を加えたりはしない。
ディーラちゃんの大切な人を、傷つけたりしないって誓うよ」
「あ……」
彼女のガードが下がったような気がした。
俺は、少しずつ彼女に向かって歩き始める。
彼女は、逃げない。
「大丈夫。大丈夫だから。もうひとりで抱え込まなくていいんだよ」
ディーラちゃんを抱きしめる。
彼女の頭を抱え込むように俺の胸に。
「うっ……うわああああああん! お兄ちゃああああああん!!」
これまで、ずっと嘘をつき続けていたディーラちゃん。
その重みが少し、軽くなったんだろう。
すべてを吐き出すかのような彼女の叫びは、この洞窟の吹き抜けからアースフィアすべてに響き渡るのではないか。
そう思えるほどの号泣だった。
「ただいま、ラディちゃん」
「ただいま……」
「う、うむ。おかえり」
すべてを聞き終えた後、俺たちはメディカルルームに戻ってきた。
ディーラちゃんは、まだ目元が赤い。
「……その様子だと、ディーラはすべてを話したようだな」
「ええ、全部聞きました」
「そう、か……」
ふっと、ラディちゃんの表情が緩んだ。
「改めて名乗らせてもらっても良いか、勇者よ」
「どうぞ」
彼女は俺をまっすぐに見つめる。
覚悟を秘めた瞳。
「……余は、魔王ザーダス。そなたの敵だ」




