Vol.04
指輪についての報告をフェイティスから聞いた。
概ね予想どおり。
少なくとも、これ以上被害が広がる可能性はほとんどなくなったと、今は言っておこう。
今朝はグラーデン王国への外遊だ。
フェイティス曰く、状況さえ整えてしまえば、この国に対して手こずることはそうないという。
まず、グラーデン王国を語る上で絶対外せないのが、この国が三国連合の立役者であるという点だ。
地理的に西にクラリッサと東にエーデルベルト、南に都市国家群、北は魔王の旧勢力圏。
三国連合はグラーデンを中心に発足されたと言っても過言ではない。もちろん目的は魔王に対抗するため各国力を合わせようという、わかりやすいお題目だ。
だが、その協力体制は非常に多岐に渡る。
詳細は無駄に長くなるので省くが、クラリッサ及びエーデルベルトへの各支援が、基本的にグラーデンを中継することになる。
地理的にも各国の貿易の通り道となるグラーデンは、まさに大陸の中心地だ。リオミの大宣言前ならばカドニアも含め、すべての国と国交があった。
各国のリーダー的存在。それがグラーデン王国である。
だが、そのグラーデンにも弱みがないわけではない。
最大の強みである各国との関係こそが、この国のアキレス腱なのだ。
「ご主人様は既にエーデルベルトとの約束を取り付けました。クラリッサに関しても同様です。
三国連合の中心であるグラーデンは、まさにこの二国を両手をつないでいます。これらの国が手を上げれば、グラーデンの両手はそのまま一緒に挙げられてしまうというわけです」
くすりと笑うフェイティスは蠱惑的だった。
「グラーデンはおそらく、聖鍵王国の建国に本音では反対でしょう。しかし、連合二国が賛成の立場にある以上、配慮しないわけにはいきません」
「うーん……グラーデンが聖鍵王国に反対の理由を一応聞かせてもらっていい?」
「他国と同様です。国内での地位が高くない人間は、チャンスを求めて新しい国……しかも今回はご主人様のような実績ある王が建国する国に、移住を希望します。
自由民なら問題はありませんが、農民などが土地を捨てて移住することは基本的に禁じられています」
「まあ、当然だな」
「ですが、それでもやはり流出は避けられません。グラーデンは、それを何より恐れています」
フェイティスいわく、グラーデン王国は内政が非常に優れている国でもあるのだそうだ。
しかし、同時に他国に民が流れることがないよう、管理運営している面もある。
産業のバランスは非常にいいが、特産品がコレというのが少ない。
他国と比べると「グラーデンでなければならない」理由は、それこそ良質な鉄ぐらいだ。
「譲歩としてはやはり、グラーデンからの移住をアキヒコ様が公式に認めないようにするか、グラーデン王都に移住用のテレポーターを置かないことを約束させられるか、両方だと思いますね」
そうすると、もしグラーデンで圧政に苦しむ人達がいたとしても、聖鍵王国が受け皿になるのは難しいということになってしまう。
「うーん……この辺はちょっと課題になるか。でも、グラーデンの立場もある程度尊重しないといけないのはわかるし。
何も聖鍵王国に来てもらわなくても、グラーデン内で問題が解決できる方向に誘導すればいいしな」
「カドニアのことで味をしめましたね、ご主人様」
ふたりしてニヤリと笑い合う。俺も染まってきたな。
そんなわけで。
グラーデン王国の王、クラップ=アド=グラーデンとの交渉は、比較的早めにまとまってしまった。
ある種、この国に打てる手が決まりきっていたため、こちらが妥協案を飲んでしまえばあっさりとしたものだった。
「残るはアズーナンとカドニアですね」
「バッカスはいいのか?」
「行っても構いませんが……むしろ、バッカスにしてみれば王国がひとつ増えたところで経済圏に取り込む自信があるでしょうし、ライバル視はしてくるでしょうけど。
アキヒコ様が建国するとなれば反対はしないでしょうね」
トランさんの情報操作のおかげで、どうも本当に俺の人気は高いらしい。
ゆく先々でも似たようなことをしてるらしいからなぁ。初めて行く場所で歓迎されるのが普通になってきた。
「そもそも反対したところで、それを止めるような権限は、バッカスにはないんです。他国に外交筋から働きかけることはできるでしょうが、今回はこちらが先に手を打っていますし、覆すのは困難です」
「結局そうすると、アズーナンとカドニアか」
「ご主人様。カドニアのアンガス王とは、私が既にある程度話したのですが……」
「芳しくないのか?」
「はい。ご主人様には、すぐにご理解頂けるかと思いますが、聖鍵王国建国ともなればグラーデン以上の危機に陥るのはカドニアです」
「……ああ、そうか」
民の大流出。
これは、どの国でも国益を大きく損じることになる。
カドニア王国の場合、ようやく復興の目処が立ってきたところだ。
まだ苦しい暮らしを強いられている人もいる。
彼らが聖鍵王国に雪崩れ込んでくることになってしまえば、せっかくの復興ムードに水を差すことになる。
「でも、その顔だと何かいい案があるんだろう?」
「ご主人様もおわかりになってきたようですね」
ふたりして、にっこり笑い合う。
「お任せください。カドニアにとっての大きな国益になる方法を、アンガス王に提示します。もっともこれを飲むかどうかは、彼がカドニア王国という体裁にどれほどこだわるか否かですが」
「おいおい、国じゃなくなるような方法をとるのかよ」
「国には変わりません。もし、アンガス王がこの案を受け入れた場合……おそらく、カドニアはフォスのことを抜きにしても、聖鍵王国の建国によって、アースフィアで最も得をする国になると思いますよ?」
フェイティスだけが微笑んだ。
俺は戦々恐々としながらも、この策は絶対にうまくいくんだろうなと確信した。
「そういうわけですので、カドニアは置いておいてアズーナン王国です。おそらく、これに関してはご主人様も既になんとなく察してらっしゃるかなと思うのですが」
「ふむ……」
「ご主人様、ここでテストです。アズーナン王国がもっとも頭を悩ませている問題と言えば?」
「マフィアか」
「そのとおりです。アズーナン王国は国内の犯罪組織に悩まされています」
「……うん。そうすると、あの国にできる最大の援助といえば、やっぱり……」
「「麻薬組織の撲滅」」
完全にハモった。
フェイティスは既に俺の秘書メイドというより、補助脳になりつつあるな。
「聖鍵派は既にアースフィア全土に対して、悪為す存在に対して武力介入することを大々的に宣言しています。
本来、こういった横槍を各国は嫌うでしょう。しかし、今回のケースは違います。ご主人様はそれが何故か、おわかりになりますか?」
「ええと……聖鍵派に介入されることに反対すれば教団本派がしゃしゃり出てくる。
そのことを他国も理解しているから、アズーナンは聖鍵派に手伝われるのは不本意だけどしょうがないんだという態度を取ることができる」
「他国に手伝ってもらったとなれば、メンツの問題もありますが?」
「今のところ、聖鍵派は国じゃない。だからこそ、表向きは反対しつつも裏では喝采をあげる。そしてアズーナンの場合、犯罪組織を潰してもらえるなら万々歳」
前に街道警備を冒険者ギルドからの依頼ということにして、傭兵のアジトを改造したときは、非公式筋で感謝された。
あの国は本当に治安の問題で頭を抱えているのだ。猫の手も借りたいぐらいに。
「正解です、ご主人様。正式に聖鍵派……いえ、聖鍵騎士団の派遣と活動を公的に認めさせれば、アズーナンでの治安維持活動が大手を振って行えます。そして、この実績があれば?」
「聖鍵騎士団が他国で動いた前例を作れる。これによって、他国がメンツを気にせずに、アズーナンと同じような形で聖鍵騎士団の犯罪捜査を受け入れる土壌ができる……かな」
「完璧です、ご主人様」
ふぅ。どうやら合格らしい。
アズーナンの治安については各国も知っているだろう。
これを解決できるところを見せられれば、聖鍵派、ひいては聖鍵騎士団の実力を世に知らしめることができる。
フォーマンたちなら、間違いなく成果を出してくれる。
「建国後も、聖鍵騎士団は国の所属ではなく、あくまで聖鍵派内組織としての体裁を整えておけば問題はありません。その実態がたとえ、聖鍵王国の走狗だとしても」
「まるで世界の警察だな」
「ケイサツ……ですか?」
「要するに、治安を守るための活動をする組織のこと」
「ふむ……では、王国建国後はそういう組織を作りましょう。聖鍵騎士団は今後、規模を大きくする必要がありますからね」
となると、聖鍵騎士団が最終的に目指す姿は、ICPOとかの国際警察組織ということか。
今までも同じような活動はしてきたけど、あくまでバレないようにお忍びだったからな。
公的な活動ともなれば、アースフィアでの実績になる。
もちろん、それが目的というわけではないけど。
「では、アズーナンはその方向でまとめましょう」
こうして、残りの国との交渉をクリアすることができた。
正直、フェイティスがカドニアに提示した案はちょっと本当に大丈夫かと心配になったが、アンガス王は意外とすんなり受け入れた。
どうやら、彼は拘らないタイプだったようだ。
「お疲れ様です、アキヒコ様」
「ふぅ……ありがと、リオミ」
ひとっ風呂浴びて戻ってくると、リオミが艦長室で俺を出迎えてくれた。
既に艦長室というより、俺とリオミの夫婦部屋となっている。
「今日は、どこに行かれたのですか?」
「グラーデン、アズーナン、カドニア。行かなきゃいけないところは全部行ったよ」
「ということは……!」
「ああ。式の日取りも決まったよ」
俺達はふたりでベッドに座っていた。そこにリオミがハグしたきたので、そのまま押し倒されてしまった。
「おいおい、ちょっとは休ませてよ」
「ちょっとだけです、ちょっとだけ。こうしてたいんです」
俺は、だいぶ疲れている。
その旨はちゃんと伝えてあるので、今夜はお休みだ。
寂しい思いをさせてしまうが、こればかりは我慢してもらうしかない。
「アキヒコ様、最近、お体の調子が優れないのでは?」
「いや……これはただの疲労だから、気にしないでいいよ」
笑って誤魔化す。
ん、リオミのこの顔を見る限り、無理を見破られたかな。
「……最近のアキヒコ様はおかしいですよ。聖鍵の力が使えないみたいですし、この時間になると、いつも疲れてらっしゃいます。前はここまで辛そうになることはなかったのに」
「いやほら、忙しいからさ……」
ぶっちゃけ、今日の1日も最近の活動のダイジェスト版みたいなものだ。
この間のハルードでの宴会が、久しぶりの休暇だったりもした。
おそらく今の俺は日本のサラリーマン以上に忙しいし、寝ていない。
「お願いですから、もっと休んでください。公務が大切なのはわかりますが……」
「今が山場だから。ここさえ越えれば、なんとかなるよ」
と言っても、明日は魔王城跡地と永劫砂漠の視察に入る。
リオミたちにも付き合ってもらうことになる。
「むしろ、リオミには本当に申し訳ないよ。俺がこんなザマじゃ、ろくに相手もしてあげられないし」
「わたしのことはいいんです! アキヒコ様は、ご自分のことをもっといたわってあげてください」
リオミがさらに言葉を続けようとしたので、唇を塞いだ。
献身的な彼女に、これぐらいのお返しはしてあげなくてはならない。
だが、睡魔には勝てない。
リオミに、ごめんと言えたかどうかも定かでないまま、俺の意識は沈んでいった。
事件が起きたのは、次の日の朝だった。
朝食に集まった俺たちが、今日の予定について話し合っていた時だ。
「……ん、なんだ?」
「どうした、アキヒコ」
俺の視界内に報告を知らせるポップアップ。
緊急性は高くないようだが、優先度が高い発色だ。
シーリアには大丈夫、という旨を告げて直ぐに確認する。
その内容にびっくりさせられたが、すぐに俺の中で喜びに変わる。
「ディーラちゃん!」
「ふおえっ!? む、むぐぅっ!」
口の中に目一杯食べ物を放り込んでハムスターみたくなっていたディーラちゃんが、胸を叩きながら、むせる。
「な、何っ!? お兄ちゃん、死ぬかと思ったじゃない!」
「死んでる場合じゃないぞ!」
俺はディーラちゃんの両肩をがしっと掴んで、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「お前のお姉ちゃんが……ラディちゃんが、意識を取り戻す!」




