Vol.02
エーデルベルト王都の教団支部のテレポーターに到着する。
「ようこそ、勇者様! エーデルベルトへ!」
一瞬ぽかんとしてしまった。
テレポーターを取り囲むように、聖鍵派スタッフの人達が俺たちを歓迎してくれたのだ。
「ご主人様がエーデルベルトに向かうことを決めた後、すぐに支部と王宮に連絡を入れました。事前に連絡を入れずに行くわけにも行きませんから」
「そういや、アポとか考えてなかったな……」
その辺はいつもフェイティスがやってくれるので、特に心配していなかった。
クラリッサ王国に訪問したときも、既に俺を迎える体制はできていたしなぁ。
あのときは、こんなもんじゃなかった。
最初から神輿が用意されていて、必死に断ったものの結局乗せられて王宮まで運ばれた。
リオミが俺のことを教団の神体と表現してて、大袈裟だなぁと考えていたのだけど……王様が俺に向かって身を投げ出すようにひれ伏したとき、その認識が正確であることを理解した。
「グラーデンでもエーデルベルトでも、どちらを選んでいただいても大丈夫なように計らっておきました。といっても、王宮側がこちらへの面会を希望しているのですから、向こう側が時間を作ってくれています」
今更、フェイティスの手回しの良さにいちいち驚いたりはしない。
俺は適当に手を上げて挨拶をしながら、支部を出た。
既に支部の前には迎えの馬車がやってきていた。
華美な装飾のない、質実剛健な作りだ。
さらっと検索してみたが、どうやらエーデルベルト王国は実用性重視、シンプルな構造にこそ美しさが宿るという風潮があるみたいだ。
格式高いロードニア、綺羅びやかなクラリッサとは一線を画する。
また、支部から王都に出て真っ先に感じたのが空気の違いだ。
アースフィアの空気はうまい。最近は慣れているのでいちいち感動に打ち震えたりはしないが、マザーシップの無味乾燥な酸素に比べると味があるのだ。
ところがエーデルベルトの空気は、ロードニアやアズーナン、カドニアで慣れ親しんだものとは違った。
「まるで、帰ってきたみたいだ……」
東京の空気に似ている。
もちろん支部のような未来的ビルが立ち並んでいるということはないが、街の建物もどことなく近代の様相を呈している。
つまり、都会なのだ。
同じく都会のバッカスは、潮の臭いのほうが強く、そんな風には感じなかったのだが。
「確かにアキヒコ様の世界は、エーデルベルトに少し雰囲気が似ていましたね」
「全部が全部ってわけじゃないけどね」
リオミからすれば、そういう感想になるか。
馬車に揺られながら、俺は外を眺める。
大気が汚染されているのだろうか。
ルナベースに大気の汚染度マップを要請した。エーデルベルトはもちろん、比較対象としてロードニアを並べる。
特にこれといって違いはないようだが……。
「エーデルベルト ロードニア 空気 違い」と検索をかける。
いくつか検索結果を見聞し、答えを見つけ出した。
「なるほど、空気に含まれる魔力量が違うのか」
「どうかされましたか、ご主人様?」
「ああ、いや。ここは他と比べて空気が違うなぁって感じてたんだよ」
「アキヒコ様もわかるのですか?」
フェイティスは、俺の言うことがよくわかっていないようだ。
逆にリオミは、俺が空気の違いを理解できることについて驚いている様子だった。
「わかるって何を? 別に空気が違うのなんて、普通だろ」
「アキヒコ様、それは魔素の違いですよ」
「魔素? ああ、この世界に満ちる魔力の源のことか」
地球とアースフィアの大きな違いのひとつとして、この魔素の濃淡がある。
例えばリオミの声紋魔法は、声によって魔素に働きかけて魔法を発動する。
地球の魔素は薄いため、リオミもアースフィアに比べておおっぴらな魔法が使いづらくなるのだという。
「魔素を感じ取ることができるかどうかは、人によって違います。例えば呪言魔法を使うのには魔素の成り立ちなどを正確に理解し、魔素を計測するための専用の魔法を習得することから始めねばなりません。逆に言うと、魔素を感じ取ることができなくても、彼らは魔法を使うことができるのです」
「なるほど」
リオミの説明はわかりやすい。
つまり呪言魔法使いは、電波を感じ取る能力はないけど電話機を使えば会話できることを理解している現代人みたいな認識でいいのか。
呪言魔法はどちらかというと、アースフィア独自の科学といえるのかもしれない。
「逆に私のような声紋魔法の使い手は、魔素を感じ取る能力が絶対不可欠となります。この才能を持つ者が多いため、ルド氏族は魔法に優れているとされているのです。魔素の感じ方は人それぞれ違うのですが、アキヒコ様は『空気の味』を感じ取るようですね」
「それってつまり、俺も声紋魔法が使えるってこと?」
「才能があるということです。使いこなすためには、やっぱり修行が必要ですね」
そこまで聞いて、俺はふと疑問に思った。
マザーシップの空気には味がない。魔法習得オプションも使える魔法が限られる。
だけど。
「リオミはマザーシップの中でも魔法を使えるよな?」
「ええ……魔素は非常に薄くなっていますが、特に不便というほどでもありませんよ。アースフィアに比べると使用回数に制限がある程度ですから」
どうやらリオミはシップ内の魔素を感じとれているらしい。これは才能の違いなのだろうか。
「話を戻しますと、エーデルベルトも魔素が他と比べて少ないのです。そのため魔法はほとんど発達しませんでしたが、エーデルベルトは全く別の方向性で自分たちを鍛えたのだと聞きます」
それが、効率主義ということか。
エーデルベルト王国は無駄を嫌う。
実を伴わない思想などには一切興味を示さず、腹の膨れない絵に描いた餅は口に入れようともしない。
聖剣教団との関係も、 利害に基づくものである。
瘴気対策のため、闇避けの指輪を供与してもらうのだ。
「その点、エーデルベルトでは本派より聖鍵派がより評価を得ているようです」
「ああ、確かに聖鍵派は俺が思っていた以上に実践重視になったしなぁ」
形のない組織だった聖鍵派に、人が集まり、いつしか大きな流れが生まれた。
俺が末端のほうまで把握できているわけもないが、しっかりとした縦社会が出来上がっているようだ。
その辺はフランが健在だった頃に骨組みが形成され、フェイティスによって体系化された。
今はフランが失脚したため、リーダーは俺ということになっているが、運用はフェイティス任せの部分が多い。
「ジャ・アークと戦うためだもんね! お兄ちゃんも頑張らなきゃだよ」
「その設定生きてんの!?」
ディーラちゃんは真実とフィクションの区別がついていないのだろうか。
いや、あのニヤニヤ顔は、俺がからかわれただけらしいな。
そんな会話をしていたら、王宮についてしまった。
案内された先は、例によって応接間。
調度品の類はやっぱり値段の高そうなものはなく、本当の意味でいい品を揃えているようだった。
「よう、待たせたなぁ勇者。それと……久しぶりだな。リオミ、シーリア」
快活な声とともに、部下を連れ立つでもなく現れた好青年。
顔はイケメンだろうが、どっちかというとガタイの良さのほうに目がいく。
一種の気安さを覚えるが、フレンドリーとは違う種類の親しみやすさを感じる。
「えーと、どうも。聖鍵の勇者アキヒコです」
「ご無沙汰しております、グランハイツ王」
「いい、いい。オレとリオミの仲だ。グランで構わん」
「いつかは世話になったな」
「なぁに、こっちこそ剣聖には助けられたっての」
彼が現国王グランハイツ=サド = エーデルベルトである。
俺がイメージするタイプの王様とは明確に違う。
俺達の挨拶に豪快に笑いながら、グランハイツことグランは、どっかとソファに座った。
「いやー、聞いちゃいたが。お前ら凄いな。あのカドニアで派手にやらかしたんだって?」
「そんなことは」
「いいっていいって、謙遜すんな勇者! 俺としちゃ、反乱が終わった後のカドニアとコトを構えることも視野に入れてたんだ。無駄な血が流れずに済むなら、それにこしたこたぁねぇ。お前はいいことをしたぜ、アキヒコ」
王族がここまで掛け値なしの本音を言ってくるとは、エーデルベルトはクラリッサと大分違うなぁ。
あ、本音だとわかるのはマインドリサーチのおかげ。
不遜と言われようと、これはフェイティスの指示なのだから仕方ない。
「ともかく前置きの挨拶とかは抜きにしてよ。本題と行こうじゃねえの」
グランの目つきが変わった。
開放的に見えても、彼は一国を預かる王。
勇者であろうと何であろうと、自国のメリットになるかどうかで、その存在価値を測る。
「オレの方からの要求は、我が国への物資の援助だ。こちとらカドニアほど切羽詰まっちゃいないが、飢えた民はいるんでな」
フェイティスから事前に聞かされていたとおりの話だ。
カドニアと同じく、ほぼロードニアの反対側にあるエーデルベルトは、主要な貿易ルートとなる河川も海に面した港もない。
そのため、他国から輸入された食料品は非常に貴重で高級だ。パンの値段ですらロードニアの倍はある。
魔王との戦いがあったときは三国連合からの援助もあったが、それが終結したあとでは支援縮小の締め付けが始まっている。
フェイティスに目線で合図を送ると、彼女は頷いてくれた。予定通りでいいらしい。
「その件に関しては、概ねそちらの要望どおりにやりますよ。俺だって、困ってる人がいるなら助けたいから」
「へぇ……マジで? カドニアだけでも結構精一杯だって話を聞いてたが、実は余裕があったってわけか?」
ヒュゥと口笛を吹いてくるグラン。不謹慎だが、王がやってるんじゃ注意できる人間がいない。
なにしろ彼は側仕えすら引き連れていないのだ。
人件費削減らしい。
「まあ、それも最初期の頃でしてね。今はだいぶ問題も解決しているんですよ」
俺が来た頃の生産施設だと、カドニア全土を賄うのは、どうしても無理があった。
今は違う。ルナベースで生産したプラント施設をまるごと、魔王城跡地や永劫砂漠などに設置している。
これらの施設は地下水などを組み上げて、水質を良化した後、作物を作る。
今ぐらいになってようやく、それらの施設で生産された食物が最初の収穫を迎えたのだ。
ここから施設は増設、生産のスピードは右肩上がりになっていく。
グラン王の要請した食料支援程度だったら、カドニアを切り詰める必要はもうない。
「なるほど。こっちの要求が通るとなりゃ、そっち側から言われてたことも認めなきゃいけないな」
「ええ、おねがいしますよ」
「もちろんだ。約束を違えたりはしねぇよ」
公式書面に、俺とグラン王の合意のサインが書かれた。
契約成立だ。
「今度会う時は、案外お前も王になってるんじゃないか?」
「ははは、ご冗談を」
笑ってはいたが、グラン王の目は本気だった。
まあ、あの書面の内容なら、当然そういうふうに考えるだろう。
面会の時間が終わったので、グラン王は他の公務へと向かった。
自由にエーデルベルトを見て回ってくれと言われたので、お言葉に甘えて王都を観光がてら歩いている。
「ねぇねぇ、あの人何か言ってたけど。どんな内容で合意したの?」
「ディーラちゃんも合意なんて言葉知ってるんだ」
「えっへん! ちゃんとフォスの学校にも通ってるし、フェイ姉とかにも人間のこと教わってるもん」
さりげに重要なことだが、フォスには最新の教育機関が設立された。
その名も聖鍵学院大学。附属の普通学校も併設された。
フォスには本来そんな土地はないのだが、廃坑になった山をまるごと別の場所に移して土地を広げている。
何しろ聖鍵指定都市になってしまったせいで、人々の出入りが多くなってしまったのだ。
大袈裟でもなんでもなく、フォスは今後アースフィアの中心地となるだろう。
他の中立の街も同じような改革が施され、テレポーターによって一つの街のように繋がっていく予定だ。
とにかく、その学校にディーラちゃんは入学することになったのだ。
ヤムたんも初等部に通い、字の勉強から始めている。
ああ……置き去りにしたとき、書き置きを残しても結局読めなかったんだなぁ。ルート分岐はなかった。
「学校はともかくとして、フェイティスにもか? なんか嫌な予感がするんだけど」
「そんなことより、さっきの話は?」
「んーと……じゃあ、これ読んで」
俺が渡したのは、先程の書面の控えだ。
「んーっと、なになに……聖鍵派独自の土地についての合意文書……」
「要するに、エーデルベルトは今後、俺が誰のものでもない土地を獲得した場合、そこは正式に俺の土地になることを認めるって内容だよ」
「それって、どういう意味があるの?」
「じゃあ、あそこで飯を食べながら説明しようか」
俺が指し示したのは、ちょっと高級そうな雰囲気の店だ。エーデルベルトでも、旅行者ならば多少の贅沢はできる。
エーデルベルトでも、こういう店ならそこそこいい飯が食えるらしいのだ。
とはいっても、ハルードのバケシロのような料理にはお目にかかれないが。
そこそこに舌を愉しませながら、俺はディーラちゃんへの説明を続けた。
「まず、俺は現在、誰の国のものでもない土地を一応所有してる」
「えっ、そうなの?」
「魔王城跡地周辺と、永劫砂漠だ」
リオミにも話した土地のアテ。それが、このふたつだ。
間違いなく100年以上に渡って、どの国のものでもない。
魔王城跡地はもちろんのこと、永劫砂漠は魔物のテリトリーだし、それ以前に資源も作物も採れない不毛の大地なのだ。欲しがる国はない。
「でも、これらの土地は俺が一応自分のものだと主張したところで、他国の承認がなければ公的には認められない。万が一、そこが俺の土地じゃなくて我が国の領土だとか言い始める国があったら、俺の方に大義名分はないんだよ」
「そーなのかー」
ディーラちゃんはリブステーキを美味しそうに頬張りながら、話を聞いている。
いや、聞いてるんだろうかこれ、聞き流してるんじゃ。
「だからこうやって他国への援助などと引き換えに、譲歩を引き出してるんだ。今のうちにこうやって公式に言質取って根回しすれば、後からトラブルになることはほとんどない……だそうだ」
この辺もフェイティスの受け売りであって、各国への援助内容などの細かいことは基本的に彼女が決めている。
俺は目を通してサインするだけだ。この辺は、さすがに署名付き書類で済ませるわけにはいかない。
「既にクラリッサには承認させて、今日エーデルベルトも済んだ。他国も回るつもりだよ」
まだ別の大陸の国家などがあるが、これら全部に承認をとる必要はない。
外国がそれを認めなくても、承認国家が俺の味方になってくれるからだ。
そもそも万が一海を越えて戦争を仕掛けてきても、彼らを無傷のまま退散させる術などいくらでもある。
「実はこれ、援助といいつつ、俺がやりたいことを他国に全部認めさせるっていう作戦なんだよ」
俺は各国への援助を積極的にやっていきたいが、各国にも面子はある。
国側も援助を受け取るからには、何かしらの条件と交換という形にしなくてはすわりが悪い。
つまり、Win-Winの関係を築きつつ、俺も望みを叶えちゃおうというわけなのだ。
「すごいね、お兄ちゃん。誰も損をしないんだ」
「みんなで幸せになろうよっていうのが、本当の交渉だよ」
「……アキヒコ様、本当にやってくれるのですね」
ディーラちゃんとは別の意味で目をきらきらさせているリオミ。
「アキヒコ。私は貴方が王になるならば、剣を捧げて騎士となる……いいのだよな」
「ああ、むしろ大歓迎」
「えっ……お兄ちゃん、王様になるの?」
「うん」
事も無げに答える。
そういえば、ディーラちゃんにはまだ話していなかったんだ。
だから、さっきの書面についても聞いてきたんだな。
「お兄ちゃん……いったいどんな国を作るの?」
「ああ……俺はアースフィアに聖鍵王国を建国する」
そうすることで、俺はあのビジョンを止める。
国を作らなくても、俺が他人の目やリオミの気持ちを気にしなければ。止めるだけなら簡単なアレを。
ちっぽけな自分への言い訳のために、俺は……王になるのだ。




