Vol.01
カドニアの暴動が沈静化するまで、ちょうど1ヶ月程度の時間を要した。
フェイティスの予測通りだ。
情報開示レベルが3になった後から、ちょうど1週間である。
ここまで毎日忙しい日々を送っていたが、イベントを全部連ねていたらキリがない。ざっくりとだけ話そう。
まず、カドニア王国は回復したアンガス王を玉座に据え置くこととなった。
聖鍵派に帰依した王は、ヴェルガードを国外追放した旨を発表した。
実際はフランにも言ったとおり、銀河漂流刑である。
コールドスリープは解いたので、ヤツは魔物としての長い寿命を虚空で浪費することなるだろう。
猿轡つきなので、ヤツは自殺もできず永遠に苦しむことになる。
いずれ考えるのをやめるだろう。
ヴェルガードはリオミの大宣言以後も、反予言保守本流を維持してきた。
その裏には、カドニア王国を封殺しようという魔王の狙いがあったわけだ。
カドニアの新たな未来を模索しようとする親予言派。
既得権益を守るために武具の需要を生み出すべく、浄火派の跳梁を許した反予言派。
自然と親予言派に賢明な人材が集まり、反予言派には頑迷な者たちが残留した。
そんなわけで、カドニアには有能な人材がほとんど残っていなかったが……例外も何人かいた。
その数少ないひとりが、使者の護衛をしていた騎士隊長フォーマン・グレックスである。
彼は伯爵位を持つ、それなりに由緒ある家柄である。
グレックス家は反予言派だった。
しかし、彼は若い頃に親の反対を押し切ってクラリッサに留学し、聖剣学園で青春を謳歌した。
その結果、反予言派貴族の出でありながら、彼自身は敬虔な予言信者となったのだ。
本来グレックス家ならば、もっと上の地位を目指せた。
しかし、その経歴のせいもあって、あんな使者の騎士隊長なんぞに甘んじていたのである。
彼はフランの謝罪の後、ほどなくして俺の下へ馳せ参じ、騎士としての忠誠を誓ってくれた。
「私は予言が成就した暁には、勇者殿にお仕えすることを夢見て来ました。どうか私を閣下の幕僚に加えてください」
閣下と来たもんだ。
カドニアを離れ、完全に俺の配下に加わりたいと言ってきたのは彼が初めてだ。
もし魔王征伐の冒険に普通に出かけていたなら、彼がパーティメンバーに加わるようなイベントもあったのだろうな。
略式騎士叙勲の方法を適当にググって、聖鍵を使って彼の両肩を叩いた。
これでフォーマンは完全に俺の騎士となった。
彼には、聖鍵騎士団という新しい部署を任せることになった。フェイティスの発案である。
マザーシップ内でのゲスト権限Bランク、キャンプシップ2隻、ドロイドトルーパー50機、そして彼が信用できると判断した人材を自由に騎士団にスカウトできる人事権を与えた。
Bランクはブリッジ、中枢を除く区画の出入りが自由となる。
ちなみにリオミたちにはカドニアでの活動中にAランクを与えた。中枢以外の出入りが自由である。
フォーマン自身は正直言って、戦士としての実力は中の上といったところで、シーリアとは比べるべくもない。
俺が驚いたのは、フォーマンが引き抜いてきた人材が生え抜きの連中ばかりだったことだ。
なんでも聖剣学園時代の学友や、そこから派生したコネクションを通じて集めたらしいのだが、聖鍵騎士団は内部組織としてあっという間に頭角を現した。
フォーマンが秀でていた点は、独立愚連隊同然の彼らを組織として成立させた指揮能力と人脈にこそある。
発足してから間もないというのに、彼らのおかげで浄火派残党や暴徒の活動を何件も防ぐことができた。
個性的なメンバーたちなので、いずれ紹介することもあるだろう。
そして、もうひとり。
これが意外なことに、現国王アンガス=ルド=カドニアその人であった。
「勇者殿には返しきれぬ恩をもらった。我が命尽きるまで報いる所存である」
脱薬の手術を終え、精神が回復に向かいつつあった彼が俺に言ってくれた言葉。
彼はもともと、反予言派に担がれた神輿も同然の王。
正直期待していなかったのだが、その考えはいい方向に裏切られることとなる。
彼は正式に自分が聖鍵派に帰依したことを国内外に発表。聖剣教団聖鍵派を国教とすることを定めた。
てっきりフェイティスの指示でやったんだろうと思っていたのだが、これは違った。アンガス王たっての希望なのだという。
そこからは早かった。
反予言派貴族を尽く遠方に置き、これまで冷遇されていた親予言派を王宮へと招いた。
混乱する人事だったにも関わらず、彼はこれをあっという間に正常化し、カドニア王国の政治を健全にしてしまった。
汚職役人の類はあらかじめ聖鍵派の情報網で彼にリークされていたため、地方の人事刷新もあっという間だった。
これまでヴェルガードの支配下においても、あくまでカドニア王国の命令書面は魔王が倒されるまでアンガスのサインだった。
アンガスのサインは、そのままヴェルガードの横暴なやり方に通じていたというわけだ。
そのため、これに逆らうことが何を意味するかを、カドニアの役人たちは遺伝子レベルで理解していた。
彼が復活してからまだ数週間。王宮はヴェルガード保守本流が完全に淘汰され、アンガスによる革新的な政治が始まっている。
彼は本来、賢王だったのだ。人心を集めるのが得意なのがフランだとしたら、彼は決断が早かった。
ただ、聖鍵派はやや締め付けがきつく、不正がやりにくい。役人たちへのガス抜きも必要となった。
彼は一計を案じ、功績を挙げた者には王宮勤めのチャンスが与えられるよう、改革を行おうとしている。
努力をした者は聖鍵派の情報網によって引き上げられ、より有能な者が中央へと向かうシステムを確立させるべく、アンガスは寝る間も惜しんで働いているという。
そして……大穴がリプラさんだった。
彼女自身はもちろん何らかの技能を修めているというわけではなかったのだけど、実は彼女の父バルド・フリスカさんが只者ではなかったのだ。
これは俺もバルドさんを詳しく調べなかったので後から判明したことなのだが、バルドさんはフランの母フレイア王妃の側近だったのである。
バルドさんはひとり娘のリプラさんが盗賊に誘拐され、フレイア王妃の許を去るよう強要された。これも例によってヴェルガードの謀であったわけだが、彼はリプラさんを見捨て、王妃のもとに残るという選択肢をとることができなかった。
バルドさんは、なんとしてもリプラさんを守らねばならなかった。
バルドさんにとって、リプラさんが大事な家族だったことももちろんあるが。それとは別に彼女を殺されることだけは、なんとしても避けねばならない理由があったのだ。
ヒントは、フランとリプラさんの年齢。彼女たちはともに19歳であり、同年代である。それだけならどうということはないのだが、ルナベースで調査した結果、彼女たちは同じ日に生まれ、しかも同一の親から生まれた遺伝子を持つことが判明したのだ。
そう、フランとリプラさんは前王とフレイア王妃のもとに生まれた二卵性の双子だったのである。
ヴェルガードの魔の手から守るため、双子のうちひとりをバルドの娘として偽り、もしフライム王女の身に何かあったときには、リプラさんがその出自を公にして親予言派の王族を残す算段だったようだ。それが結果的にヴェルガードの陰謀の犠牲になってしまったのは、皮肉としかいいようがない。
リプラさんは冒険者の活躍により助けられたが、既に身も心もボロボロにされた後だった。
バルドさんは、リプラさんを守るために、彼女が子供を産みたいと言い出したことをきっかけに彼女と縁を切り、信頼出来る部下に影ながら彼女を守るように指示していたのだという。
晩年ではその決断を後悔していたようだが、結果としてリプラさんはヤムたんという天使を産んだ。
さて、もうおわかりだろう。
リプラさんはフランと同じく、カドニアの王族に連なる者。そして、ヤムたんも半分とはいえカドニアの王族の血を引いているのである。
今のところ、この情報は俺とフェイティスだけが知っている。
彼女たちには聖鍵派のスタッフとして働いてもらっている。いずれ彼女たちさえ知らない生まれの秘密を打ち明けることがあるかもしれない。
フランは流石にフライム王女には戻れない。そして、彼女は彼女で自分の道を見つけつつある。
カドニアは彼女の手を離れ、未来を紡ごうとする者たちの手によって復興していくだろう。
もはや、俺がこの国でやることはない。
「そんなわけで……俺もそろそろ、別の国に顔を出そうかなと思う」
食堂でみんなにリプラさんの事以外を話した後、そう切り出した。
「そうですね。アキヒコ様の言うとおり、カドニア王国はもう危機状態を脱したと思います」
リオミは頷き、俺を全肯定する笑顔を浮かべた。
「しかし、行くと行ってもどこへ? クラリッサ王国には先日、顔を出したばかりだろう」
「それは、お前の姉さんが約束しちゃった件でな。クラリッサのメンツを保つためなんだと」
俺の指摘にシーリアは無言で腕組みをしている。彼女の教団嫌いは随分良くなったとは思うが、教団一色なあの国に行くのは二度と御免だと言いたいのだろう。
「おいしい食べ物があるところがいいな、お兄ちゃん!」
「たけのことどっちがいい?」
「それならたけのこ!」
食欲ドラゴン娘ディーラちゃんは相変わらずだ。時折見せる儚げな雰囲気は、滅多に表に出さない。
「ご主人様、三国連合のうちクラリッサ王国への挨拶は済ませました。妥当なところとしては、次はグラーデン王国かエーデルベルト王国ですね」
三国連合は、クラリッサ、グラーデン、エーデルベルトの三国の連合体のことである。
クラリッサ王国は親予言派の急先鋒であり、カドニア王国と犬猿の仲だった。
遠征が禁止された後、真っ先にカドニアを干すよう他二国に促した国家でもある。
不幸中の幸いだったのは、三国連合の中では最も西側、ロードニアに近い国だったため、直接矛を交える機会がなかったことか。
現在ではアンガスが聖鍵派を国教に定めたため、関係は回復しつつある。もっとも、本派のクラリッサと聖鍵派のカドニアとでは、まったく同じというわけにはいかない。
クラリッサがカドニアに対して、上から目線らしいのだ。これは聖鍵派が本派の下に来る構造を作ってしまったから、ある程度仕方がない。クラリッサという国の特徴については、今後触れる機会があるのでその時に詳しく話そう。
グラーデン王国はアズーナン王国から連なるベーベル山脈が半分ほど国土にせり出しており、ここから取れる鉄が非常に良質なことで知られる。この国がなければ、カドニアは今でも三国連合に鉄を供与していただろう。
カドニアのような極端な施政は行われておらず、各技術に秀でた職人を多く抱えている。カドニアの武具職人の職業支援先として有力なのがグラーデンというわけだ。
今度、フェイティスと一緒にこの辺を詰めに行こうと思っている。既に書面でのやり取りは済ませてあるため、あとは顔合わせが残るのみといった感じだ。
さて、名前が初出となるエーデルベルト王国であるが、これは連合の中での役割が非常にわかりやすい。クラリッサが宗教、グラーデンが資源を担当していると考えると、エーデルベルトが司るのは軍事力だ。
よく訓練された重装歩兵、板金に身を固めた軍馬を駆る騎兵部隊、軽装の槍隊、弩隊など数多くの兵科を揃えている。連合ではもっとも東側、カドニアとも国境を面する国家であり、魔王が登場する以前はカドニア王国とは戦争もあったのだという。
彼らの軍隊は連合各国にも派遣されており、魔王の支配地域から攻めてくる魔物と戦っていた。ゴズガルドが攻略を任されていたのも、彼らというわけである。
これらの国家は魔王が討伐された後もその関係を継続しており、南下してくる魔物もだいぶ数を減らしたため、魔王ザーダスがいなくなった後に平和を謳歌している国々であると言えた。
「今まで特に聞いてなかったけど、グラーデンとエーデルベルトの王族ってそれぞれどんな人達なんだ?」
特に気にして調べたこともない。重要な情報などがピックアップされてくることもなかった。
「それなら、フェイティスよりわたしが話した方がいいですね」
フェイティスへの質問だったが、リオミが頷いたので彼女に説明を求める。
「まずグラーデン王国ですが、政治力に秀でたアド氏族ですね。現在の王はクラップ=アド=グラーデン。内政関連が得意な方ですよ」
「……そういえば、リオミもルドって名前がついてるけど、それって氏族名なのか」
「アキヒコ様は、なんでも知ってるようで知らないことは全然ご存知ないのですね……」
「そりゃ何でもは知らないよ」
なんか、このやりとりはむず痒い。恐れ多い気がする。
「現在アースフィアの王族に連なる者は、氏族名をミドルネームとする慣習があります。わたしのルド氏族は、魔法に秀でた氏族だと言われていますね」
「フランとか、アンガス王のリド氏族は?」
「指導力に秀でた氏族とされています」
色々納得。
確かに10年以上前だと、カドニア王国は反予言派として三国連合なども含めて、魔王への討伐体制を取りまとめていたわけだしな。
「グラーデンのアド氏族が、政治力と」
「ご主人様、一応その分類でいうとわたくしの氏族もアド氏族となります」
「えっ、じゃあフェイティスも王族なの!?」
「いえ、そんな恐れ多いことは。アースフィアの人々はみな何らかの氏族なのですよ。あくまで王族が氏族名を名前と国号の間に入れる決まりが、今まで続いているというだけです」
氏族はあくまでみんな何かしらあるけど、名乗るのは王族だけというわけか。
「じゃあ、シーリアは?」
「私はサド氏族だ」
「サド!?」
「……そこまで驚くことか? 武勇に優れるとされる氏族だそうだ」
武勇に優れるサド氏族シーリア。一発で覚えてしまった。
「氏族に関しては、将来を決める際の参考にされることが多いです。もっとも絶対というわけではありませんよ。ルド氏族でも魔法の才能がない者もおりますからね」
リオミが何やら悲しそうな顔をしている。
才能あるのに、なんでそんな悲しそうなのだろう。
彼女のことじゃないのかもしれない。
「ディーラちゃんは、ないの?」
「んー、だってそれ人間のでしょ。あたしにはないよ。敢えて言えば名前の前についてるシャっていうのが、そうかなぁ……」
首を傾げている。彼女もよく知らないのかもしれない。
代わりに俺がググって調べてあげよう。
「あー……ディーラちゃん、キミのシャは氏族名でも苗字でもないね。ドラゴンの言葉で『美しい、綺羅びやかな』という意味みたい」
「へー、そうなんだ! 言われてみれば確かに、お母さんもお父さんも全然違うのが名前の前についてた」
要するに、親竜が子竜につける形容詞のようなものらしい。
「こうして聞いてると、アースフィアも結構いろいろ歴史があって決まりがあるんだなぁ」
「アキヒコ様の世界でも、やはりそういうものでしたか?」
「そうだね。例えば俺の三好っていう姓は、元々は鎌倉時代から室町時代にかけての守護代で、戦国時代には有名な戦国大名になった人たちの末裔の名前らしいし。こっちで言えば伯爵位を持つ家柄の騎士ってところかな?」
まあ、これは自分の姓の由来が気になってWikiで得た知識だけどね。
「そうだったんですか! 由緒正しき家柄だったのですね……」
リオミが手を叩いて喜んでいるが、そんな大したものではない。
「あ、すいません。話を戻しましょう。グラーデン王国に関しては内政が安定していて、王も温厚な人柄です。会うにあたって注意するような点はほとんどありません。
エーデルベルトはサド氏族の王、シーリアと同じ武勇に優れる氏族ですね。名前はグランハイツ=サド=エーデルベルト。どちらかというと実務肌の方です」
なんかマンションみたいな名前の王様だな。確か地元の高田馬場にもあるよ。
「グランハイツ王は若くして数多くの武勲を打ち立てた方です。あの方とは少々縁があって、幼少のみぎりに何度かお会いしたことがあります」
「へぇ、幼馴染だったの?」
「いえ、その……」
リオミが言い難そうにもじもじする。
「ご主人様。グランハイツ王とリオミはかつて、親の決めた許嫁同士だったのです」
「えっ」
許嫁。つまり、結婚の約束をしていた者同士ということ。
「む、昔の話です。お父様とお母様が石になってしまってからは、流れてしまった話ですし……」
「そ、そうなんだ。いや、別に気にしないよ」
グランハイツ王、か。きっと俺なんかよりイケメンで強いんだろうな。
もちろん、こっちがパワードスーツとチップなしの条件で。
「グランハイツか……あの男は強いぞ」
シーリアらしい評価だ。
この言い方だと、一緒に戦ったことがあるのだろう。
「ゴズガルドと戦ったときも、自らが陣頭に立って戦っていた。個人の武勇で負けるつもりはないが、総合的にはあの男の方が私を上回るだろうな」
彼女にそこまで言わしめるとは、よほどの英傑に違いない。
ちょっと興味が湧いてきた。
「それなら、エーデルベルト王国に先に行ってみるんでもいいかな?」
「そうですね。位置的にもカドニアの北ですし、いいと思います。それに、エーデルベルトとの話をまとめたほうが、グラーデンとの交渉もやりやすいかと」
何のことをと思うかもしれないが、実は各国を回るのには明確な目的があるのだ。
こうして俺達は、エーデルベルト王国へと訪れることになった。




