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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode02 St. Revolution Key

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Vol.35

 舞台は壇上ではなく、マザーシップのイメージホールだ。

 半球状の部屋で、中央に立った人物をアースフィアの空に投影することができる。

 何より、ギャラリーの反応を気にすることなく、フランが最後まで謝罪を続けることができる。


 これなら、万が一にもディオコルトによって妨害されることはない。

 最初から、こっちを使っておくべきだった。

 収録したものを流そうかと思ったのだが、フランたっての希望で生放送となった。

 そのほうが、彼女は自分を出すことができるらしい。


「じゃあ……いいか? 始めるぞ?」

「……うん」


 今の彼女は、どのモードでもない。

 できるだけ演じず、素の自分でやるようには言ってある。

 ただ、演じることに慣れきっていた彼女には、どれが自分なのだかわからなくなるのだという。


 意外に思うかもしれないが、これは俺にはよくわからない感覚だ。

 あくまで俺は自分という個を保ったままで演技する。

 フランのようなパーソナリティをそのまま設定した人格を演じるのとは、だいぶ違う。


 みんな見守る中、フェイティスがキューを出す。

 開始だ。


「……アースフィアの、みなさん。こんちは……フラン・チェスカと名乗っていたもんです」


 そんな区切りで、彼女の舞台は始まった。


「既に知ってる人もいると思うけど、自分はカドニア王国の第三王女フライム=リド=カドニア……本人だよ」


 今頃、アースフィア……特にカドニアでは魔女コールとブーイングの嵐になっていることだろう。

 だが、衛星軌道上のマザーシップまで、その声は届かない。

 拾うことはできるが、それをフランに聴かせる必要はない。


 そこからは、既に俺達が知っている話だ。

 ヴェルガードの陰謀により母親を殺した濡れ衣を着せられ、背徳都市ヴェニッカのスラムで苦しい生活を体験し、その後は金を稼ぐために娼婦になったこと。

 そこでディオコルトと出会い、ヤツに夢中になって貢いだこと。

 ディオコルトに身請けしてもらったが捨てられて、カドニアに帰ってきたこと。 ……やはり奴はいつか殺す。

 カドニアでは自分より悲惨な人々が暮らしていて、自分に何かできることを探し、反政府活動に身を投じたこと。


「……ご主人様。騒いでいた者たちが、静かに話を聴き始めました」

「……そうか」


 一応フェイティスにはヘッドセットをつけてもらって、カドニア王都支部に集まっている人々の声を聴いてもらっている。

 少しずつだが、彼女の壮絶な人生の話に、人々が興味を持ち始めたようだった。


 やがて、フランの話は浄火派で行なった数々の作戦の話へと移った。

 それは俺が初めて聞くような話もあり、思わず怒りを感じてしまうような内容のものも含まれていた。

 これは、俺達にも聞かせているのだろう。


「……前に話したとおり、魔物を使って王都を攻めようとしていた部下を問い質したところ、自分は殺されそうになった。

 あのとき、殺されることは……予想もしてたし、覚悟もしてた。でも、それでもいいって思った。

 もし信用してた仲間に裏切られて殺されるなら。こんなクソみたいな人生が終わるなら。ここで死んじゃうのもありかなって……」


 かつて聖女として演説したときは話さなかった、フランの本音。

 あのときの行動には、どこか自棄を感じていたが……そういう理由もあったのか。


「でも、自分は助けられた。聖鍵の勇者に。そのとき自分は……ほんとうは、勇者に怒ってたんだ」


 なんだって?


「なんだか知らないけど、自分の正体を知ってたし? 得体のしれない喋り方するし? 人の気も知らないで命の恩人ヅラするし? それはもう気に入らなかったねー」


 確かにあのときのフランはじっと黙り込んだまま、俺を睨んでいた。

 どうやら好感度は相当低かったらしい。

 というか、これがフランの素なのか? まるでヤンキーじゃないか。


「ぶっちゃけ、浄火派の活動はそれなりに真面目に取り組んではいたし、みんなを助けたいって気持ちはあったけど、それ以上に自分はヴェルガードとアンガスのヤローをどうやってブチ殺すかばっか考えててさ。それを全部お見通しだぜって言ってくる勇者は、それはもう、不気味でしょうがなかったね」


 おいおい、いくらなんでも言い過ぎじゃないか。

 これ全国放送されてるんだぞ。俺まで道連れにする気か。


「でも勇者はさ、自分なんかよりよっぽどカドニアのみんなのことを考えてたよ。あいつはマジで凄い。まったく関係ない異世界から召喚されたっていうのに、本気でこの世界のことを考えてやがるんだ。どんだけアホかと思ったね」


 褒めるのかけなすのか、どっちかにしろよ……。


「まあ、あいつのことはともかく、仇討ちには協力してくれるって言うし、浄火派を売れって話には喜んで乗らせてもらったよ。まあ、殺されそうになったわけだし、未練はさらさらなかったからね。

 で、連れてかれたのが……なんだっけ? 聖鍵指定都市とかになったフォスって街だ。最初はもう、一体どこの外国に連れて来られたんだって思ったわけだけど、カドニアの街だって言うじゃん? いやもー、そりゃびっくりしたよ。だって、ゴミがないんだよゴミが。クソも落ちてねーし、みんなヘラヘラ笑ってるし。しかも後で聞いたら、ほんの2日かそこいらでそうなったっていうじゃんか。いやもー、勇者はバケモノだと思ったね、マジで」


 …………。


「なあ、フェイティス。俺が乱入するってありなのか?」

「ご主人様が今入った場合、かなりの確率で漫才風味になって恥をかくこと請け合いですが?」

「……やめとく」


 うがーっ! 行きたい! 行きたいぞ!


「まあ、それはともかくだ。みんなも聴いてくれたと思うけどさ、アンダーソンっつーどう見ても、コイツ人間ジャネーって感じのヤツが聖鍵派の認定だとか、浄火派の否定とかしてくれちゃって。その後、自分が担ぎ出されたってわけ。

 ちなみに、あんとき自分が話した内容は本当だよ。マジのマジマジ。あれで本当にみんなが助かるんなら、別に復讐とかもういいかなって本気で思ったんだわ。あ、ひとつだけ嘘があった。すべてが終わったら仮面を捨てて本当の姿を云々ってあれね、あくまで実は王女でしたってサプライズの話だから。今の自分をこのままさらけ出すってわけじゃなかったから。まあ、結局こうやって自分出しちゃってるわけだけど」


 それはそうだろう。もし、あの時点でこんなフランをみんなが見たら、それこそディオコルトに操られなくても、今と同じかそれ以上の状況になっただろうから。

 しかし、素をさらけ出した彼女の言葉だが、なんというか……奇妙な説得力があった。

 素だからかなんなのか知らないが、こいつは本当のことを言ってるなーっていうのがわかるのだ。

 たぶん、アースフィアで聴いてる人たちも苦笑しながら、同じようなことを考えてる。


「えーっとそれから……なんだっけ。ああ、そうだそうだ。実は今の王宮って超宇宙大銀河帝国っていうとんでもないヤツらに占領されてたらしいんだよ。そのときにヴェルガードのヤツも捕まったみたいでさ、結局、自分の手で倒すって話はなくなっちまった。ちなみに勇者が頑張ったおかげで、そいつらはもういなくなったんだってよ。この話は別に信じなくてもいいけど、とりあえずもう大丈夫ってことは確かだね」


 げっ、俺の黒歴史ノートの話を言いやがった!

 ああでも、このドサクサに紛れて、さらっと王宮が正常化してることを、みんなに伝えたのか。

 これでまた芝居をしなくてもよくなった。


「で……その後は例のアレね。うん。みんなを怒らしちゃったアレだよ。いやー、本当に参った参った。勇者が言うには、実はあのときディオコルトに操られてたらしいんだよ。まさか、自分を捨てたアイツが、ザーダス八鬼侯とかいうヤツだったとはね。考えもしなかった。バルメーの馬鹿に魔物を転移させる指輪を送りつけたのもアイツだっていうし、結局自分がアイツの手の平でずっと踊らされてたってわけだね。いや、ほんと参った……ね」


 笑いながら言ってるが、声はかすれている。少し涙も出ている。


「フェイティス、どうだ?」

「……さすがというべきでしょうか。あのような挑発的な言動で敢えて怒らせたかと思えば、その後自分の弱みを晒して同情を誘い、今や彼女の言葉に唾を吐いている者はおりません」


 結局、彼女はどんなふうにやったところで、人々を惹きつけてしまうわけだ。

 これはもう、天性の才能という他ない。


「まあ、何が言いたいかって言うと……操られたことはともかく、自分が元娼婦で実際は聖女でもなんでもなく、みんなを騙してたっていうのはマジだってこと。これに関しては、本当に言い訳のしようもないよ。みんなを助けるための嘘だって自分にゃ言い聞かせてたけど、どうだかね。結局、自分がチヤホヤされたかったのかもしれない。みんなを助けるっていうのは方便で、結局復讐のために利用してたってのも間違いないと思うし。

 その上で、自分は改めてみんなに言わなきゃならないことがあるんだよ……」


 フランは咳払いをして姿勢を正す。

 そして、すかさず腰から頭までを90度の角度でお辞儀した。最敬礼だ。


「ごめん。自分を信じてついてきてくれたのに、自分は最後まで嘘をつき通すことなく、みんなの期待を裏切っちまった。

 ごめん。復讐のためにみんなを利用してた。みんなが心地よくなるような言葉で扇動して、いろんな人の命を奪った。

 ごめん。許されるとは全然思ってない。こうして頭を下げたって、自分に石を投げたい人が山ほどいるってのもわかってる。

 それでもごめん。これだけは言わせてほしいんだ。ほんとうに、ごめんなさい」


 アースフィアの人々だけではなく、もはや俺たちまでもが、フランの謝罪を固唾を飲んで見守っていた。


「勇者に聴いた。自分があんな醜態をさらしたせいで浄火派の連中と暴徒になった元聖鍵派が手を組んで、フォスを襲ったって。

 そのときに、勇者の友達だった子供が犠牲になったって、聞いた」


 ……ん?


「勇者は自分に、その子に謝って欲しいって言ってた。みんなの前で、その子に謝れって。

 他の誰が許してくれなくても、その子は天使になっちまったから、謝ればきっとその子だけは許してくれるって。

 だから、自分は謝らなくちゃいけない。他の誰が許してくれなくても、もういなくなってしまった命にだけは」


 ああー……そっか。


「みんな、俺ちょっと席外すわ」


 返事を待つでもなく、俺はホールを後にする。

 どうもフランを誤解させてしまったようだ。

 ちょうどいいから、今この場で誤解を訂正してしまおう。


 目的の人物のところに向かい、連れてきた。

 そしてそのまま、フランのところまで行く。


「……え、なに?」

「あー、いいところで邪魔して、すまん。どーも、みなさん。アキヒコです」

「あ、この人が勇者ね」


 フランがなんか紹介してくれた。間の抜けたやりとりになってしまった。


「えー、ちょっと訂正がありまして。彼女が今、死んでしまった子供に謝りたいって言ってましたが、それは間違いです」

「……へ?」

「実はその子、ちゃんと生きてます。ほら、ヤムたん」

「こんにちは!」


 俺がつないだ手の先には、みんなの天使ヤムエルがいた。


「え、その子……あのぬいぐるみの?」

「うん、今も持ってるっしょ」

「ホントだ」

「どうも俺の言い方が悪かったみたいで、すまん。この子、なんとか助かったんだよ」


 ……そう。

 俺はあのときヤムたんとリプラさんが殺されるビジョンを、確かに見た。

 しかし、俺が彼女たちの部屋に跳んだとき、ふたりともままごとで遊んでいるところだった。

 突然現れた俺にびっくりするリプラさんと、喜んで飛びついてきた大天使ヤムエル様。

 俺は一瞬、わけがわからなくなったが、箱を開けてみたらなんてことはない。


 テロリストどもは、ドロイドトルーパーに包囲され、とっくにお縄になっていたのだ。


 要塞モジュールを大量に投下して、フォスの周囲にイゼルロー○要塞もかくやという鉄壁の布陣を築いてしまったことを、すっかり忘れていたのである。

 そもそも、あのビジョンを見て嫌な予感がしたから、フォスのセキュリティを最強状態にしていたのだ。


 あのビジョンについて、まだはっきり言えることはないが。

 おそらく俺が要塞を配置しなかったら、あの悪夢は実際に起きる未来になっていた。

 ひょっとしたら予知能力に目覚めたのかもしれないと思ったが、たぶん違う。

 これもおそらく、聖鍵なりルナベースの演算による未来予測とか、その辺だったのだろう。はっきりとしたことはわからないが、そういう風に納得することにした。


 俺はヤムたんとリプラさんが無事だったことに感涙し、しばらくはふたりに宥められた。

 その後、ヤムたんにお願いしてピーカを借り、嘘にならない程度に彼女の良心を煽って、フラン説得の材料にしたのである。


「そうか……生きてたんだ」

「フランさま?」

「え?」

「フランさまだよね!」

「う、うん……」

「せいじょさま! たくさんのお恵み、ありがとうございます!」


 彼女は支部の放送のときお昼寝中だったので、フランが偽の聖女だったことをまだ知らない。

 フォスには緘口令を敷いたので、フランの情報がヤムたんの耳には入らなかったのだろう。


「えっと……自分はね、もう聖女じゃないんだよ」

「……そうなの?」

「みんなに嘘をついてたんだ。だからもう聖女じゃない」

「嘘はだめだよ」

「うん……嘘はダメ。そうだよね」

「ちゃんと、謝らないとだめ」


 ……初めてヤムたんと会ったとき、俺も同じ事を言われたな。


「……ごめんね。みんなを騙してて、ごめんね……」


 フランがしゃがみこんで、ヤムたんを抱擁した。


「……フランさま、泣いてるの?」

「ううん、泣いてないよ……」

「嘘はだめ」

「……泣いてる」

「かわいそかわいそ。よしよし」


 ヤムたんが、フランの頭を撫でている。


「フランさまは謝ったから、だいじょぶ」

「…………」

「嘘をついたときはね、ちゃんと謝るの。もう嘘つかないって約束したら、ゆるしてもらえるんだよ」

「…………」

「だから、フランさまはもうだいじょうぶ。ゆるしてもらえるよ」


 天使の微笑みだった。

 あらゆる不浄と罪を洗い流す、まさに祝福だった。

 少なくとも、フランはそう感じたに違いない。


 フランは、せきを切ったように泣きだした。

 ヤムたんを一心不乱に抱きしめる。

 ヤムたんも強く抱きしめられて痛いだろうに文句ひとつ言わず、フランの頭を優しく撫で続けた。


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