Vol.29
「ここは?」
「フォスっていう、カドニアの中立の街だ」
「この街がカドニアの……!?」
おそらく、フランが知るカドニアの街とはあまりにも違うのだろう。
ここには、ゴミも飢えに苦しむ人間もいない。人々は笑顔で俺たちに手を振ってくる。
彼らは隣同士で助け合い、声を掛け合い、現状に甘んじることなく戦後に備えて温泉を掘ったり、古くなった家屋を建て直したりしていた。
これは俺の指示じゃない。
ガタン町長がやる気を出して、本格的に街おこしを始めたのだ。
まだ炊き出しなどの助けが必要な状態ではあるが、やがてフォスにお金が入ってくるようになりさえすれば、それも不要になるだろう。
「これを、勇者……貴方が?」
「俺は少し手助けしただけだよ。カドニアで生きてる人たちだってみんな、今よりずっと良くなりたいって本当は願っているんだ」
それだって、フェイティスの助言がなければ難しかった。
あれで女郎蜘蛛でなければ、神と崇めてもいいぐらいなのに。
「さて、予定より遅くなってるから、早いところ支部へ行こう」
「ほ、本当にやるのか? 大丈夫なのか?」
彼女には、これから始めることを伝えてある。
聖鍵派立ち上げ、フォスの街の聖鍵指定都市化などの公布だ。
そして、彼女には演説してもらうことになる。
「ああ、やるよ。むしろキミの協力なしでは、もっと多くの血が流れてしまうところだった。ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
ん、お礼を言われることに慣れていないのか。
フランが急に慌て出した。
ようやく弱点みっけ。
「シーリア。これから支部に行くんだけど……」
「……大丈夫だ」
使者を迎えたとき、アンダーソンを召喚することを伝えたら彼女は反対していた。
一応、聖剣教団がすでに俺のコントロール可能な状態にあることを伝えると、しぶしぶ納得してくれてはいたが。
そして、これから向かうフォスの支部にも、アンダーソンがいる。
「いきなり斬りかかったりしないでくれよ?」
「そんなことはしない。私とて昨日の今日で同じ過ちは繰り返さんよ」
既に時刻は昼を過ぎてしまっている。
フランの無茶のおかげで予定が伸び伸びになってしまった。
まあ、問題のない範囲ではある。
支部の放送室に到着する。
フランには予め施設については教えてあったが、それでも彼女は興味深げに音響装置を観察していた。
他のみんなは声明のリハーサルなどで何度か利用したため、慣れた様子で自分の居場所を確保している。
「マスター、ご命令を」
アンダーソン君だ。
使者を追い返したときと同じのである。
「始めろ」
「了解しました」
アンダーソン君はコンソールに手を置くと、装置が一斉に起動した。
自身と音響装置を同期しているのである。
「……いったい、彼は何者なんだ?」
「彼が白光騎士。アンダーソン君だよ」
「あれが……」
フランの驚きを尻目に、アンダーソン君が報告する。
「全基地の施設の稼働を確認」
「よし、予定通りやれ」
「了解。シークエンス移行」
アンダーソン君がフェイティスの作成した原稿通りに喋り始める。
「アースフィアに住まうすべての人々よ。私は白光騎士アンダーソン。
これより、聖剣教団として諸君らに大事な発表を行なう。
これまでこのような形で教団が声を発することはなかったため、驚いている者もいるだろう。
聖剣教団としても、これは初めての試みではあるが、魔王亡き今、我々も声をあげる必要があると感じた」
アンダーソン君には感情はないが、声の抑揚は必要に応じて演出可能らしい。
まるで本物の人間が喋っているかのように、違和感がなかった。
ヴォーカロイドもここまで来たか、という感じだ。
「諸君らも知っての通り、魔王は勇者の手により倒された。
現在、予言の勇者アキヒコはアースフィアに残り、人々の助けとなるべく奮進している。
事実、彼に助けられたという人々もいるはずだ。それらの祈りはすべて、聖剣教団にも届いている」
実際はマインドリサーチによる調査で、祈りの言葉を拾ってるってだけなんだけどな。
ところがこれは結構重要な情報源で、困った人々の祈りを聞き届け、助けるといったことができる。
もちろん、俺の手が回らないので魔物退治など、オートマトンの派遣で済む範囲でではある。
「そして現在、勇者アキヒコはカドニア王国が”見捨てた”中立の街フォスに滞在している。
非道にもカドニア王国は助けを求める人々の声を無視し、浄火派との戦いに明け暮れている。
そういった人々を見捨てることのできなかった勇者アキヒコは、彼らに綺麗な住まいと食事を分け与えた。
我々教団はその慈善の行ないに共感し、本日よりカドニアの各地にて同様の支援を始めることとした」
フェイティスめ、なんつう台本をアンダーソン君にダウンロードしてるんだ。
王国を挑発するのは、この間の脅しがあるからいいとして……俺の行為が教団に波及したことにされると、非情にむず痒い。
「同時に、勇者を我ら教団の庇護下に置くこととした。これは教団の総意であり、決定事項である。
勇者に害為す者は教団の敵とみなし、かつてのカドニア王国の轍を踏むことになる。
実際、カドニア王国はフォスへ使者を送り、この勇者を侮辱した挙句、強引に連れ去ろうとしたため、私が阻止した。
これが、その時の情景である」
ここでさっきの使者とのやりとりが、アースフィア全土に流された。
ほとんどそのままではあるが、完全に俺が被害者で、カドニアの使者側が悪役に見えるよう編集されている。
これもフェイティスが一晩でやってくれました。いや、1日経ってないけども。
「さらに、勇者アキヒコはフォスを今後、王国や浄火派の手から守りたいと我々教団に申し出た。
我々は少々困惑した。彼の持つ聖鍵は正確には聖剣ではないため、我ら教団と密接に関係しているというわけではない。
我々はあくまで、魔物などの瘴気に侵された存在を滅するための組織である。
そのため、我々は一計を案じた。勇者アキヒコを聖剣教団”聖鍵派”という新たな派閥組織に迎えた。
これは浄火派とは違い、我々が正式に認めた新たな信仰の主体である。
聖剣ではなく聖鍵を信じる者は、これら聖鍵派を敬う事になると同時に、我々聖剣教団にも帰依することとなる。
同時に、ここで正式に聖剣教団を不遜にも自称する浄火派については、これを異端として聖鍵派による征伐を認めるものとする」
ここまで来ると、もはや詭弁もいいところだ。
しかし、教団の公式発表となると他国とて無視出来る話ではない。
そして、教団が今まで何も言わなかったことをいいことに、その名声を利用していた浄火派にはきっちりツケを払ってもらう。
「聖鍵派は我々と違い、人間の邪悪な振る舞いなども見逃さない攻勢の派閥である。
己の心に闇ありと自覚する者は今すぐに悔い改め、善き行ないをせよ。
これらの行ないは聖剣教団……我らをこれより聖剣教団本派と呼称するが、本派はこれまでどおり聖鍵派を他国と同様、あらゆる行為を黙認する。
聖剣教団本派に対して異議を唱えても無意味であり、聖鍵派にそれを行なう場合、我らに楯突く覚悟をせよ」
実情は、聖鍵派に所属するに過ぎない俺の上に本派、またさらに上に俺がいるわけだ。
本来聖剣教団は、政治に対して関知しない。だからこそ、その活動に国も関与しなかった。
だがこれからは、聖鍵派が口を出せるようにするが、それはあくまで聖鍵派であって、本派ではないと宣言しているわけだ。なのに聖鍵派に異を唱えれば、そこには本派がしゃしゃり出てくる。脛に傷ある者にとっては、たまった話ではない。
まあ要するに「本派はこれまでどおり好きにやるけど、口出しするなよ。あ、お前らが悪いことしたら俺の子分が行くけど、それにもどうこう言うなよな。それでも文句があるなら、俺が相手になんぜ」ということである。
これはひどい。
さすがフェイティス。俺達にできないことを平然とやってのける。
「この地を以後、聖剣教団初の聖地とすると同時に、聖鍵派の聖地とすることに勇者アキヒコも同意した。
よって聖鍵派の成立とともに、聖鍵指定都市として勇者の滞在したフォスを、これに認めるものである」
実はこれに関してはちょっと、議論になった。
聖剣教団という名前を初めて用いたクラリッサ王国を、ないがしろにすることにならないかということだ。
クラリッサ王国は聖剣教団の信仰がもっとも篤い。聖鍵の堕ちた地であるロードニア以上に、だ。
だが、フェイティスはこれまた聖剣教団のクラリッサ支部づてに根回し済みだ。
クラリッサ王都を第2の聖鍵指定都市にすることを確約したのである。
タイミングとしてはフォスの後なら、好きなタイミングで指定都市になっていいという内容の書面を俺のサインつきで送ってあるので、あちらの面子を潰さないようにした形だ。
本当は一番がいいと思ってはいるだろうけど、そこはフェイティスが「少ししたら勇者が直接王都に挨拶に向かう」と約束したことで解決した。
フェイティス万能すぐる。
「各王都の教団支部には転移門を設置し、巡礼を希望する者にはお布施として金貨1枚を納めることで1往復を認める。
これらの寄付金はすべて勇者たっての希望により、カドニアの復興に当てられることとなる。
だが、今はまだカドニアは内乱状態であるため、これらの混乱を終息させる必要がある。
勇者アキヒコは現在、カドニア王国の現状を大変憂慮しており、これらを改善する必要があると判断している。
よって聖鍵派は最初の活動として、カドニア王国及び浄火派の在り方を是正の開始を宣言する。
この宣言は私が代行しているが、勇者アキヒコの強い意志である」
……さーて、これでもう引き返せないな。
まあ、引き返すつもりがあるなら、こんなことはしていない。
とっくに腹は括っているのだ、やれるところまでやる。
「教団からの発表は以上で終了である。だが、勇者アキヒコがつい先程、ある人物の救出に成功した。
その者から、アースフィアの人々に向けて言いたいことがあるとのことだ。
教団からの声と同じく、心して聞くように。浄火派の聖女、フラン・チェスカ殿である」
フラン救出後、フェイティスがすぐに原稿を修正してくれた。
ジェバン○もかくやという仕事っぷりに脱帽する。
フランは緊張の面持ちで、案内されたマイク前に立った。
「……皆様。聖剣教団浄火派の聖女、フラン・チェスカです。
いえ、もう既に私は浄火派ではありません。まずは、そのことを先にお話しなければなりません」
聖女モードのフランは、まるで女神のような優しさと声で訴えかけた。
「私は彼らとともにカドニアの民を解放するため、戦って来ました。
ですが、彼らは道を誤りました。あろうことか、魔物を操り利用する邪法を用い、王都を炎で包み込もうとしていたのです。
もちろん、浄火派すべての人が知っていたわけではないでしょう。バルメーという私の部下が暴走した結果、一部の者が始めたことです。
真実を知った私を、バルメーは殺そうとしました。しかし、聖鍵の勇者アキヒコ様が私を窮地より救ってくださいました。
勇者様は私に真実を語ってくださいました。王国の大臣ヴェルガードの悪しき所業を。
彼は現王国のアンガス王を薬漬けにし、操り人形にしていたのです!
現に王国はヴェルガードという悪臣により乱れ、権力を持つ一部の貴族だけが潤い、日々を享楽的に過ごしていると聞きます。
浄火派に参加している心ある者に訴えます。浄火派のやり方は捨ててください。聖鍵派として私とともにカドニアを救ってください。
私もまた勇者様の好意により聖鍵派の聖女として認められました。私を信じてついてきてくれた人たちは、悪しき浄火派を否定し、聖鍵派に来てください。
教団支部に行き、善なる心をもつのであれば、貴方がたは保護され、私の下に馳せ参じることができます」
教団支部でマインドリサーチによるチェックを行えば、スパイが紛れ込むことはない。
そういう連中は、営倉に直行だ。
「もちろん、王国で現体制を疑問に感じている者も同様です。真に国のことを想うならば、聖鍵派に、いえ勇者様の下へ集うのです。
教団は貴方がたを受け入れてくれるでしょう。
もしも浄火派やヴェルガードの手の者に囚われ、殺されそうになったら聖鍵へ祈りを捧げてください。さすれば祈りを聞き届けた白光騎士が駆けつけてくれることでしょう」
マインドリサーチによって本物の助けを求めた者には、非殺傷モードのアンダーソン君が転移して救出に向かってくれることになっている。
そのことをアドリブで言えるのだから、やはり聖女の実力は本物だ。
「カドニアの民よ、アースフィアの人々よ。今こそ、真の革命のときです。
聖鍵の加護の下、自由を勝ち取るのです。すべてが終わったとき、私は聖女としての仮面を捨てて、本当の姿で皆さんと向き合います」
……彼女も覚悟したか。
フライム王女としての正体を、公開するつもりなのだろう。
いよいよ、この局面もクライマックスだな。
こうして、アースフィアに向けた教団の発表が終わった。
名実ともに聖女となったフランは今後、俺達……聖鍵派の中心となる。
聖女を信じて戦っていた浄火派のメンバーは、聖鍵派につくだろう。
「よし、俺とリオミ、シーリアは王国へ行く。ヴェルガードを抑えるぞ。例の計画を開始する」
ついに始まる。
始まってしまう。
俺の悪ふざけに端を発した中二作戦が。
「今から俺たちは……超宇宙大銀河帝国ジャ・アークの刺客だ!」




