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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode02 St. Revolution Key

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Vol.28

 フォスから帰還し、フランからの連絡があるかどうかをブリッジで待っているときだった。


「ご主人様、まずいです!」


 フェイティスの緊張を滲ませた報告に表情を引き締める。


「どうした?」

「フラン・チェスカが、バルメーに『闇の転移術法』の実験について問い正し始めました!」

「……!」


 馬鹿なことを……!

 予想をしていなかったわけではないが、まさか本当にやるとは!


「座標はテリスカだな? いつでもヒュプノウェーブブラスターを発射できるようにする。モニターを続けろ」

「はい!」


 だが、バルメーの動き次第ではフランを確実にこちらに引き込めるチャンスでもある。

 テリスカの屋敷に潜伏させてあるドローンから、リアルタイムの情報を共有する。

 フランの音声が聞こえてきた。


「何故黙っている、バルメー!」

「…………」


 フランはバルメーに指輪を突きつけていた。

 証拠まで確保した上での追及か。これではバルメーも言い逃れはできまい。


「……黙って担がれていればいいものを」

「バルメー……貴様。それが本音か」

「象徴は象徴らしくしていればよろしい。もともとそういう話だったでしょうに」

「魔物を利用することが、カドニアの解放に繋がると本気で思っているのか!」

「別に魔物でもなんでも構いませんよ。真の自由のためならば」

「それによって、多くの犠牲が出るとしてもか」

「革命の成就には、流血が必要なのですよ」


 ……危険だ。

 表層思考を読んでわかったが、既にバルメーはフランを切り捨て、替え玉を立てるつもりでいる。

 フランを煽って聖鍵派に恭順させ、浄火派を否定させるつもりだったが……。

 彼女は俺が思っていた以上に、浄火派に理想を見ていたか!


「バルメー……貴方のことは信じていたのに」

「私も残念だよ、フラン。キミは組織をまとめあげるには良い傀儡だったが……」


 バルメーの殺気が膨れ上がっている。

 ブラスターの照準はまだか……!


「クッ……!」

「殺せ!」


 バルメーの指示で、浄火派の部下がダガーを抜いた。

 フランに襲いかかる!


 ……ギリギリか!

 ヒュプノウェーブ照射!


「……ふぅ」


 ひとまず全員を気絶させた。

 この隙にドローンを使って、フランを回収させる。


「バルメーはどうします?」

「この際だ。ヤツに術法をもたらした存在を尋問するか……」


 リーダーと副リーダーが行方不明になると、浄火派が暴走する可能性もある。

 下手をすれば、王国側が浄火派の勢力に侵攻し、大規模な虐殺が行われる危険もある。

 だからこそ、これまでどおりに拮抗させたいのだが……。


「……ヴェルガードの拉致も早めるか?」

「ご主人様、今双方の首領格がいなくなった場合、両勢力がどう動くか予想できなくなりますが」


 今のところ、どちらの勢力も頭に統制されているおかげで、各所でのぶつかり合いを俺のほうで調整できている。

 ヒュプノウェーブブラスターはもちろん、バトルオートマトンによる撹乱が効いている。

 だが、どちらかが暴走すれば、戦争をコントロールできなくなってしまうかもしれない。


「……やめておこう。フランだけを確保する。一緒に指輪を回収して解析しよう」

「かしこまりました」


 今は欲をかく時期じゃない。

 バルメーから情報を得れば黒幕に近づける可能性もあるが……。

 今はフランだけでも十分だ。流石にこれだけの裏切りの後ならば、協力してくれるだろう。


 ドローンとともにフランをブリッジに転送する。

 ヒュプノウェーブの照射範囲から出たフランが、正気に戻った。


「……!?」

「危ないところだったな、フラン・チェスカ」

「貴様は……予言の勇者!?」


 先程まで殺されそうだったからか、相当警戒されている。


「おいおい、俺は貴女が殺されそうだったところを助けたんだぞ?」

「…………」

「とりあえず、その武器をしまってくれ」


 フランは襲われる直前、突剣……エストックを抜いていた。

 両手で使うレイピアといったところか。

 少なくとも危険はなくなったと判断したのか、フランは剣を納める。


「ここは……」

「アースフィアの空の上さ」

「あれは一体……」

「あれがアースフィアの大地だ」

「……信じられない」


 お決まりのやりとりで、少しずつフランの緊張を解こうと試みる。


「浄火派の聖女フラン・チェスカ様。ようこそいらっしゃいました。我が主の船へ」


 フェイティスが優雅に挨拶した。


「ここが……船だと? しかし……」


 彼女が知る船とは大きく違うからだろう。周囲を見回している。


「まあ、ここじゃ落ち着いて話すには何だし、食事でもどう?」

「私を馬鹿にしてるのか?」

「そんなつもりじゃなかったんだが……」


 うーん、扱いづらい。


「フラン様。我が主は貴女を客人として、もてなしたいだけなのです。

 不躾な招待とはなってしまいましたが、フラン様の突然の危機に我が主も焦りを感じていたのです。

 どうがご容赦ください」

「う、うむ……」


 フェイティスのとりなしのおかげで助かった。


「フェイティス、みんなを食堂に集めておいてくれ」

「かしこまりました。連絡しておきます」


 混乱させないようにいきなり転移せず、テレポーターを使って食堂まで移動することにする。


「…………」


 俺が先導するマザーシップ内を、警戒しつつ進むフラン。


「それにしても、まさかあんな無謀な手に打って出るとはね」

「…………」

「ああなるとは予想してなかった?」

「…………」

「えーっと」

「…………」

「…………」


 あかん、この人。俺と会話する気ない。

 結局食堂に到着するまで、だんまりだった。

 気まずい。


「その辺に座って待ってて」


 とりあえず、お茶を汲んで出した。

 毒でも入ってると疑ってるんだろうか。

 フランはじーっとお茶を観察している。


「…………」

「…………」


 お願い、早く誰か来て!


「アキヒコ様、お待たせしました」

「おお、女神よォォッ!」

「ええっ!?」


 思わずリオミに抱きついてしまった。


「ア、アキヒコ様~っ」


 リオミがあたふたしている。

 そういえば、俺の方から抱きつくのって初めてのような。

 いいにおいがする。すりすり。


「ひゃぁうっ!? ちょっと、アキヒコ様! 見られてます! 見られてますからぁ~っ!」

 

 はっとして、リオミを解放する。

 振り向くと、そこにはジト目で俺を睨むフランさんが。


「あー……彼女、俺の恋人でして」

「…………」


 無反応。


「貴女がフラン・チェスカさんですか?」

「……ええ」

「わたしはタート=ロードニアの王女、リオミ=ルド=ロードニアと申します」

「貴女が、あの……」

「ええと、その……アキヒコ様とはお付き合いをさせてもらっています」

「それは別に聞いていない」

「そ、そうですよね……」

「…………」

「…………」


 リ、リオミでも駄目か。


「やほー、ディーラちゃんだよー」

「…………」

「あれ、この人誰?」

「フランさんだ。浄火派のリーダーだった人」

「へー」

「…………」


 ディーラちゃんには期待してなかったから、まあいいや。


「……アキヒコ」

「……よう、シーリア」


 シーリアとは、あの晩以来気まずい。


「む? そちらは……」

「貴女はまさか、剣聖アラム……!?」


 おお、アラム時代の知り合い!?

 シーリアの反応に注目する。


「会ったことがあったか?」


 ……じゃなかった。


「お初にお目にかかります。私は浄火派の聖女フラン・チェスカ……いえ、もうこの名は使えないですね。

 フライム=リド=カドニア……かつてはカドニア王国の第三王女でした」

「それは知っている」

「え?」


 シーリアのそっけない返事。

 俺は咄嗟にフォローに回る。


「あー……フランさん。ここに集まってる人は、貴女が元王女であることは全員知っています」

「そ、そうだったか……」


 ん、ちょっとヘコんでる?

 驚いてもらいたかったのだろうか。


「あと私はもう剣聖アラムではない。アキヒコに敗北し、今はただのシーリアだ」

「貴女が……勇者に負けた!?」

「ええ。剣でも心でも負けた」


 むむ、明らかにフランの俺を見る目が変わった。

 シーリアがアラムとして役に立ったのは久しぶりだな。


「……勇者アキヒコ」

「ん?」


 フランの方から俺に話しかけてきた。


「貴方は本当に、私のことを全部知って……いるのか?」

「ああ、うん。それどころか、貴女が知らない真実も知ってる」

「何……!?」


 フランが目の色を変えた。


「まあまあ、とりあえず……昼飯にしよう」


 改めて俺達は、テーブルに腰を落ちつけた。


「聞かせてもらおうか……」


 フランが偉そうにしている。

 うーん、自分の立場を弁えているのだろうか、この人は。

 まあいい。今は協力してもらうことが目的なわけだし、ここは俺が折れよう。


「じゃあ、みんなにも整理がてら彼女の来歴について話そうか……」


 カドニア王国第三王女フライム=リド=カドニア。

 親予言派貴族である母親が前王の側室となり、その子供として生を受ける。 

 その来歴から、かなり苦しい立場だったが、母親が前王の寵愛を受けていた為、親予言派閥からは後継者として担がれていた。

 この頃のカドニアは、反予言派が優勢ではあったものの、聖剣教団の指導により遠征が立ち行かなくなり、親予言派にもチャンスが巡ってきていた。


 だが、5年前。フライム王女が14歳だったときに母親が暗殺されてしまう。

 陰謀により、殺害の現場からは王女の髪飾りが発見され、母親の暗殺容疑をかけられる。

 これにより王女は投獄され、親予言派のほとんどが王族暗殺の片棒を担いだとして粛清された。


 これにより、反予言派貴族が支持していたアンガスが王となることが確実となった。

 ヴェルガードはフライム王女を獄中死と発表し、国外追放した。

 処刑されなかったのは、アンガス王の第一子が生まれたことの恩赦とされるが、実際はヴェルガードの悪趣味の発露だろう。

 フライム王女が護送された先が、都市国家群のひとつ、背徳都市ヴェゼッカだったのだから。

 その後の彼女はヴェゼッカのスラム街で、女性としても王族としても屈辱的な生活を送った。


 彼女は生き延び、正体を隠し、フラン・チェスカとしてカドニアに戻ってきた。

 復讐のためである。母親を謀殺した主犯であろうアンガス王とヴェルガードを殺害する。

 それが、彼女が生にしがみついた理由だった。


 やがて、反カドニア勢力の活動に参加するようになり、そこでバルメーと運命の出会いを果たす。

 自身が元王女であることを明かしたフランは、バルメーとともに聖剣教団浄火派を打ちたて、その聖女として反政府組織を率いることになった。


 過酷な人生を送ってきたフランは、そのカリスマ性によって浄火派の心をひとつにまとめあげた。

 荒くれ者の集団に過ぎなかった者たち、傭兵崩れ、盗賊、そして本当の意味で革命を信じて聖女を信仰していた者。

 すべてを統合し、浄火派は巨大な炎となってカドニア王国を包み込んだ。


「だいたい、こんなところだな」

「……訂正するほどの間違いはないな。それで、私の知らない真実というのは何だ?」

「単純なことだよ。アンガス王は貴女の母親の暗殺に関与していない。黒幕はヴェルガードただひとり」

「何……?」

「アンガスは、ヴェルガードに薬を投与されて操り人形にされている。彼に意志はないも同然だ」

「馬鹿な……何故そのことを、誰も気づかない?」

「気づいてるさ。でも、誰もヴェルガードの権勢を止められない。王宮におけるヤツの権力は、それほどまでに強大なんだよ」


 文字通り、アンガス=リド=カドニア……フライム王女にとっての腹違いの兄は、ヴェルガードの人形。道具なのだ。


「つまり、私の仇は……」

「ああ。ヴェルガードだけだ」


 彼女には、ヴェルガードを討つ大義名分がある。

 暗殺事件の真相を明かし、罪が晴れれば……彼女は間違いなく、カドニア王国の正統後継者として認められる。

 アンガスが既に玉座の上の置物に過ぎず、第一子が病死して後継者もいない現在、カドニアを治められるのはフランしかいない。


 もし俺がヴェルガードを倒す場合、例えそれが悪の大臣であっても、傀儡の王を退けたとしたら王位簒奪になってしまう。

 俺にカドニア王国を治める正当性はないのだ。

 もちろん王国という体裁を取らず、新たな国号として簒奪王になることはできる。

 共和国制にしたり、元老院などを設置するという手もあるだろうが、フランの正体を知って以来、俺は彼女こそがカドニアの玉座に座るべきだと考えていた。

 おそらくバルメーも、将来的には彼女の正体を明かすなどして新政府の首脳として置き、自身が実権を握るつもりだったはずだ。


「もし、貴女がカドニア王国の王位につくというのなら、俺は全面的に協力する」

「私は……」

「やはり、女王になるつもりはないのか?」

「もともと、革命が成った暁には、その後の政治はバルメーに一任するつもりでいた……」


 そうか。

 彼女は本当に、バルメーのことを信じていたのだ。


 バルメーも最初から彼女を騙そうとしていたわけではなかったのだろう。

 いつしか理想を追うフランと、現実の戦いを指揮してきたバルメーの間には、大きな溝ができていた。

 この別離は、革命が成功していたとしても、いずれ訪れていただろう。


「なあ、フラン……いや、フライム王女。貴女はどうして、カドニア王国に戻ってきたんだ?」

「それはもちろん、ヴェルガードとアンガス王を討ち、母の仇をとるためだ」

「最初はそうだった。でも、今はそれだけじゃない……違う?」

「…………」

「貴女はこの国に戻って、見たはずだ。この国がどれだけ腐っていて、多くの人々が苦しんでいたかを。

 元は貴女も、この国の王女。この国のために生きることを教えられてきたはずだ。

 貴女の母は……なんと言っていた?

 この国は今は困難な道を歩いているけど、貴女が女王となって人々を導き、他国に協力を求めれば……必ず道は拓けると。

 そう言ってたはずだ」

「……母さま……」

「本当は覚えているんだろう? いや、この国に来て思い出したんだろ? 母の教えを」

「…………」

「だからこそ、貴女は浄火派の聖女となって、人々の希望となる道を選んだんだ」


 それが、浄火派の聖女フラン・チェスカのルーツ。

 復讐という真の目的を胸に秘めつつも、人々の暮らしを良くしたいと願った聖女。

 かつて会ったとき、彼女は王国はどうでもいいと考えていた。

 だがそれは、王国という体裁に拘らないというだけで、そこで暮らす人々を見捨てるという意味ではないはずだ。


「貴女はヴェニッカのスラムで暮らしていた頃、この世を呪っただろう。

 だが、国に帰ってきたとき。それ以上に過酷な生活を強いられている人々を見てしまった。

 それが貴女が反政府組織に身を委ね、バルメーの発案に乗った本当の理由。そうじゃないか?」

「…………」

「もし、そうなら……俺は貴女の味方になれる。

 貴女の理想の実現を手伝う。それは、俺の目的を果たす事に繋がるから」

「勇者……貴方は既に魔王を倒したはず。そんな貴方の目的とは、一体」

「アースフィアで暮らしている善良な人々の笑顔。それだけだよ」

「…………」


 果たして、俺の想いは届いただろうか。

 もし彼女が完全な復讐鬼に過ぎないとしたら、その手伝いだけをして彼女は解放するつもりだった。

 だが、違ったら。彼女が本当の意味で聖女になろうとしているのだったら。


「仲間になれとは言わない。カドニア王国の人々を助けたい。手伝ってくれ」

「……できるのか。この国を、救えるのか。このどうしようもなく八方塞がりの現状を、変えられるのか」


 それは、かつての俺の問い。

 一度は否と、カドニアの救済は不可能だと断じた。

 今は違う。俺は胸を張って答えた。


「ああ、変えられる。俺ひとりじゃ無理だが、俺の仲間や……キミの協力があれば。必ず」


 俺はフランに手を差し出す。


「一緒に行こう」

「……あ」


 目の前の手に、聖女と呼ばれた女性が惑う。


「……貴方も、バルメーと同じかもしれない」

「…………」

「だが、私はひとりでは何もできなかった。今の私があるのは、バルメーのおかげでもある……道は違えても、その事実は変わらない」

「フライム王女……」

「フランでいい、勇者」


 俺に見せる初めての笑み。

 不敵な笑みだった。


「すべてを信じたわけではない。だが、貴方の語った理想……子供じみた夢には……賭けてみてもいい」


 そう言って、彼女は俺の手を取った。

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