Vol.26
夕飯時となる。
食堂には、シーリア以外の全員が集まっている。
彼女は、まだ営倉だ。もちろん、食事はフェイティスに運ばせてある。
「フェイティス、シーリアの様子はどうだ?」
「かなり、落ち込んでいますね。まあ、反省をするように促しているからですが」
まあ、あの説教を1時間以上されたら、俺でも他人と一切関わりを持たないで済む孤独な世界を創世する気になるだろう。
シーリア、立ち直れるだろうか。今回は相当ショックを受けていた様子だったし……。
「きっと大丈夫ですよ。シーリアは、ああ見えて強い女性ですから」
リオミは、やや楽観しているようだ。
「シー姉……」
ディーラちゃんも心配している。
喧嘩することも多いけど、最近だと結構仲良く小突き合ってる場面も見かけるようになった。
「食べ終わったら、俺も話をしに行ったほうがいいかな」
「そうですね。明日の午前には、おそらく彼らが来ますから」
「ああ、そうだったな……」
フェイティスが言っているのは、王国の使者のことだ。
既に迎える手筈は整えてあるので、こちらは座して待つのみ。
「念のため、ドロイドトルーパーを配置しておきますか?」
「うーん……」
その気になれば、フォスの街の近くにドロイドトルーパーを運用できる要塞モジュールを設置することは可能だ。
だが、下手に軍事力をちらつかせると、フォスが戦場になる可能性もある。
「いや、今はやめておこう。悪戯に刺激したくない」
「……かしこまりました」
ん、フェイティスの返事の前に、少し妙な間があった。
「フェイティスの考えを聞かせてくれないか?」
「……では、僭越ながら申し上げます。おそらく、フォスは既に王国と浄火派に睨まれていると思われます」
「え?」
何故だ。
まだ、フォスに略奪するほどの物資や、取り込むほどの戦略的価値はないはずだ。
「理由はご主人様が、フォスを拠点に構えていること、そのものです」
「俺が? だって、援助は抑えめにしてるし、双方へは明確な敵対行動は取ってない。フランも俺のことは他のメンバーに話してないし」
「カドニアが反予言派だということをお忘れですか? フォスに予言の勇者がいるということ自体、王国側にとっては由々しき事態です。彼らはそのために使者を送り、ご主人様を王都へと護送するつもりなのですから」
「うーん……」
どうにも、俺自身の価値というものがピンと来ない。
観光の神体として役に立つっていう話を聞いたから、多少はそうなのかなと思える部分はあるが。
「アキヒコ様の悪癖ですね。ご自身の価値を低く見積もるのは……」
リオミが嘆息している。
「浄火派は逆に予言派の聖剣教団を名乗っているからこそ、自分たちの味方につかない勇者に業を煮やしているはずです。
あちらからもしばらくすれば、非公式での接触をはかってくると思われます。こちらは明日の昼の件次第で変わるので確実ではないですが」
浄火派がフォスに来る。
それは、ぞっとしない……。
「ですので、何らかの形で防衛力を誇示するなり、示威活動は必要かと存じますが」
フェイティスがここまで言うからには、それが正しいのだろうが。
「いや、やめておこう。何も普段から威嚇しなくても、いつでもその気になれば呼び出せるんだからさ。
ドロイドトルーパーだってマザーシップから直接派遣して、そのときだけ戦わせる分にはシップでメンテできるし」
「よろしいのですね? では、そのように」
フェイティスもこれ以上、俺の判断に口を挟んではこなかった。
だが、何故か俺はそのとき……この決断を物凄く後悔する予感がした。
なんだ……?
妙なビジョンが見えた。
血に濡れた、人形……?
どこかで見たような覚えが……。
「なあ、フェイティス。やっぱり周辺に要塞モジュールを複数投下しよう。あの声明の後で構わないよな?」
「え? は、はい。よろしいのですね?」
「ああ」
指令を変更すると、奇妙な感覚は嘘のように消えた。
どんなビジョンが見えていたかさえ、記憶から洗い流されていく。
いったい、なんだったんだ?
今晩の間は、シーリアは営倉入りということにしてある。
俺も一度顔を出しておくことにした。
「シーリア、大丈夫か?」
「……アキヒコか」
扉越しに聞こえる彼女の声には、力がなかった。
「その分だと、だいぶ絞られたな」
「……姉さんの説教は心が折れる」
「さっきちょっとだけ聞いたけど、あれはきつそうだな」
「なまじ図星な部分もあるからな」
ふたりして苦笑する。
「俺は気にしてないからな。あのときはちょっと、俺もヤムたんにもう会えないと思ったらたまらなくなっちゃってさ。
シーリアが見苦しい俺を斬りたくなったのも無理はないよ」
「…………」
「……シーリア?」
む、どうしたんだ。
また怒らせてしまったのだろうか。
「ごめん、邪魔したな。明日の朝飯のときには出すから、それまではゆっくりと休んでくれ」
「アキヒコ、違うんだ!」
「え、違うって何が……」
「私が貴方を斬った理由だ。そんな理由じゃない……」
シーリアは、俺が予想だにしないことを述懐した。
「私は、嫉妬していたんだ」
「……え?」
嫉妬。
何にだ。
俺の強さにか?
ばかな。俺の戦闘力は本来彼女譲りだし、聖鍵の力は彼女が妬むようなシロモノではない。
「私は……貴方に近づく女たちを、妬んでいたんだ」
…………。
その言葉の意味するところを、俺は早々に理解してしまった。
つまり、彼女は。
「……シーリア、お前」
「私は、アキヒコを憎んだり、恨んだりは……もうしていない。私は既に貴方のことが……」
「……よせ」
「アキヒコ……!」
俺はシーリアのことを、そういう目では見ていなかった。
彼女の気持ちには、応えられない。
俺には既に、リオミがいる。
フェイティスは少々特殊だ。彼女は恋人ではない。
「……すまない、シーリア。
その先を聞いてしまったら、俺は今までどおりの態度でお前に接することができなくなるかもしれない」
「……ぅ」
扉の向こうからの小さな呻き。
それは、嗚咽だった。
あのシーリアが……。
とても信じられない。
「どうして……どうして、私だけ、駄目なんだ。リオミのことはわかる。
だが、姉さんが良くて、私が駄目な理由は何なんだ……」
「シーリア……」
「私は別に、2番目でもいいんだ。姉さんがいるから、もう3番目でも構わない。
頼む。私を側に置いてくれ、アキヒコ……もう、私はこの胸の痛みを抑えきれないんだ」
思い出した。
いつかシーリアは2番目でも構わないと言っていたが……まさか、そんな意味だったとは。
「……シーリア。わかってくれ」
俺には、そんな言葉ぐらいしか思いつかなかった。
思考してのことではない。
今の俺は感情の方がいっぱいいっぱいになっていて、まともに考えることができなくなっている。
「うわあああああああっっ!!」
彼女の叫びだった。
俺は逃げた。
転移することも忘れ、ひたすら逃げた。
「だ、誰だ!?」
「人だ、人がいる!」
「助けてくれぇ、ここから出してくれ!」
いつかの下衆どものいる場所だ。
無視して走り抜ける。
無我夢中で走り回って息が切れ、ようやく聖鍵のことを思い出した。
とりあえず、ここでない場所ならどこでもいいと跳ぶ。
跳んだ先は見知らぬ場所だった。
アースフィアのどこかだろう、ということしかわからない。
周囲は砂と岩しかない。座標を確認すると、永劫砂漠だとわかった。
もう夜なので、凍てつくような寒気に襲われる。
パワードスーツの設定を弄って、快適な温度環境を保った。
「は、ぁ……」
砂地に体を預けて、大の字になる。
星々が綺麗だった。アズーナンで、みんなで見た星空を思い出す。
ここから見える星は、アズーナンとまったく違っていた。
だが美しい。星は、どこで見上げても感想は同じだ。
「俺、いったい何してるんだ……」
さっきまでリオミとフェイティスにはすれ違ってるなんて偉そうに説教を垂れておきながら、このザマだ。
結局、自分が同じような状況になったときには、相手に向きあう事すらできない卑怯者。
聖鍵を放り出して、このまま野垂れ死のうと一瞬本気で思った。
だが、すぐにみんなの顔やフォスの街、ヤムたんの笑顔を思い出して馬鹿な考えを振り払う。
「帰らなきゃ……」
立ち上がった瞬間、目の前の砂が盛り上がり、爆発した。
周囲に砂の雨が降る。目に入らないように手で庇いながら、その先にいるモノを目視した。
「サンドワームか」
同じワーム種でありながら、そのサイズはロックワームなど物の数ではない。
5階建てのビルぐらいはある体躯が、うねるように俺に迫った。
俺は冷静に『俺』にバトンタッチする。
聖鍵を取り出し、ホワイト・レイ・ソードユニットを起動。
大出力モードにして、白い光の刀身を20mほどにまで伸ばす。
あとは、無造作に振るうだけ。そこには何の技もない。
斬れたというより、消えた。
サンドワームの残りカスが、その辺にバラバラと転がる。
「いつも、ありがとな」
俺は『俺』に礼を言う。
「……こんなに助けられてるのに、お前に何も返してやれてないよな、俺」
『俺』は所詮戦闘データ。謝られたところで困る。
本人に言ってやれよと思いつつ、俺はそれに賛同した。
ひとつ深呼吸をしてから、シーリアの営倉の中に跳ぶ。
シーリアは、まだ泣き叫んでいた。
「シーリア」
「……アキヒコ……」
俺は彼女に歩み寄って、その頭を抱き寄せた。
「アキ、ヒコ……?」
「ごめん。ごめんな。リオミより先に会ってあげられなくて。
魔王を一緒に倒しに行けなくて、ごめんな」
「ぅ、あ……」
「気持ちに応えてやれなくて、ごめんな」
「ぅうん……」
「でも、ありがとう。お前がいるおかげで、俺は戦える。お前が横にいてくれれば、俺は誰にだって負けない。
こんなのずるいってわかってるけど……これからも、俺と一緒に戦ってくれ。
俺のために、剣を振るってくれ。どんな理由でもいい……俺に勝つためでも、俺を殺すためでも」
「あ、ぅううう」
シーリアは意味のない叫びをあげるばかりで、まるで泣きじゃくる子供のようだった。
俺は、ひたすら彼女を宥めた。
彼女が求めてきても、俺は肌を重ねることだけはよしとしなかった。
そのたびにまたシーリアが泣いて、そのたびにまた慰めた。
落ち着いたシーリアを残し、俺はリオミのところへ行く。
夜を共に過ごす習慣をすっぽかしたことは一度もない。
「アキヒコ様、泣いているのですか?」
まだ少し不機嫌そうだったリオミだが、俺の顔を見るなりそう言った。
「ああ……少し、ね」
どうすればいいか迷う、なんてことはない。
俺は既にリオミを選んでいる。シーリアの気持ちに応えることはできない。
それは不誠実だ。
「どうぞ、アキヒコ様」
両手を広げるリオミは、すべてを受け入れる慈母の笑みで俺を受け入れてくれた。
俺は存分に甘えた後、今日のことを改めて詫び、今度は俺の思いつく限りの気遣いで彼女に優しくした。




