Vol.25
「……ふー。なんとか誤魔化せたかな」
今回は綱渡りだった。
一歩間違えれば、本当にパーティ解散も有り得た。
いや正確には、この後のフェイティスのリアクション次第。危機が去ったとは言い切れない。
最後はなんとか怒っていることを伝えて、ふたりを封殺してきたが、後々根に持たれる可能性は高いだろう。
だがフェイティスは、どうも俺のことをナメていた節がある。
なまじ完璧超人なせいで、仕えるべき主ですら心のどこかで見下しているような気がしたのだ。
どちらが主人で、どちらが従者か。
最初の内にはっきりさせておく必要があると感じていた。
リオミからフェイティスの話を聞いたのは、きっかけに過ぎない。
なんとかしてあげたいと思ったのは確かだが、それとフェイティスのことは別だ。
いずれ彼女には引導を渡すつもりでいたが、彼女はやり手だ。
そう簡単には勝てない。
口だとそもそも、男性は女性に勝てるようにできていない。
だからこそ、今回は自分の得意分野に引きずり込んだ。
最初のうちは「嘘だ」と言っていた彼女も、俺の演技に引きこまれていった。
少なくとも俺はあのとき、本気だったのだ。
本気でリオミのことを邪魔と思い、殺そうと考えていたのだ。
自分がそう思うように、自身を調整したのである。
だから「嘘」ではない。嘘でなければ、嘘だとは見破れない。
「自分でも、リオミのことをあんな風に考えられるなんてな」
恒例の自己分析と自己嫌悪。
あんなに愛しているリオミですら、俺はその気になれば本気の殺意を抱くことができてしまうのだ。
たまに自分が本当に人間なのか、疑わしく思えるときがあるが、今がまさにそうだった。
こういうときは一度思考を打ち切り、何かに打ち込んだほうがいい。
「そういえば、ディーラちゃんはどうしてるかな?」
シーリアは営倉区、リオミたちはブリッジに置いてきてしまった。
ディーラちゃんはラディちゃんのところにいるはずだが……。
俺は久々に、ラディちゃんが眠る部屋へと足を運んだ。
「ディーラちゃん、入るよ」
「え、お兄ちゃん?」
中に入ると、ディーラちゃんが出迎えてくれた。
「……ラディちゃん、まだ?」
「うん。目覚める気配なしだよ」
テンションダウンしてしまったディーラちゃんを、頭を撫でて慰める。
「……ありがと」
「いいって。そういえば……」
ラディちゃんの様子を見る。
彼女はメディカルポッドの中で眠っている。
サ○ヤ人が傷を直すのに使うアレだ。
ラディちゃんは服を着ていないが、ディーラちゃんの手前、いちいち気にすることでもないだろう。
これがリオミかシーリアだったら気を遣うが。
「ラディちゃんって、何のドラゴンなの?」
「お姉ちゃんはドラゴンじゃないよ」
「そうなの?」
「うん」
それで会話は終わってしまった。
続きはないらしい。
「えっと……じゃあ、ラディちゃんっていったい何者なの?」
「そ、それは……」
困ったようにもじもじするディーラちゃん。
久々にかわいいなって思ってしまった。
最近は完全に妹扱いしてたからな。
「ザーダスの近くにいた人……かな」
「……へぇ」
魔王の側仕え。
俺の頭の中に、魔王を大きな扇で扇いでいるラディちゃんが思い浮かんだ。
「ディーラちゃんもそうだったの?」
「うん。魔王ザーダスはあたしのことを一番、かわいがっていたの。綺麗だなって」
確かに、ドラゴン形態のディーラちゃんは美しいの一言だ。
ルビードラゴンの中でも、随一の輝きではなかろうか。
「魔王ってどんなやつだった?」
「すごく……おそろしかったけど。でも、ときどき優しくしてくれたの」
「そうなのか」
魔王が優しい。
これまでの話からは、ちょっと想像しづらい。
「……本当だよ。みんなが知らないだけ。知ろうとも、しなかっただけ」
「ディーラちゃん?」
「……ごめんね、お兄ちゃん。お姉ちゃんとふたりっきりでいたいの」
「ああ、邪魔をして悪かった」
部屋を辞す。
特別やることもなくなってしまったので、中枢に趣き、報告を分析することにした。
王国側は案の定、フォスに使者を送っているようだ。使者が1名と、護衛の騎士が10名か。
思っていた以上に到着が早い。出発地もフォスから遠い王都ではないな。早馬を使い、明日の午前には着くようだ。ヴェルガードの直接の指示を待つことなく送り込んできたのか。
面々についても細かくチェックする。特別注意するような相手ではないとわかった。
これなら、フェイティスと打合せたとおりにやれば、フォスに手を出しては来なくなるだろう。
浄火派の動きは魔王が消えてなくなってから、どんどん活性化している。
今のところ、支部に「アキヒコに会いたい」と言いに来た女性はいない。
どうやらフランは俺に言われたとおりハルトン丘陵の実験を確認したようだ。ドローンのマインドリサーチの結果、どうやら葛藤しているらしい。
期限は明日の昼だ。それまでに答えを出さないようなら、こちらは別の計画を実行に移すことになる。
その場合、浄火派とは全面戦争だな。
魔物のサンプルたちから獲れたデータからは、『闇の転移術法』に関する手がかりは得られなかった。
これらの魔物を調べるだけでは、ダメなのかもしれない。
そうなると、浄火派の幹部がつけていたあの指輪を奪取する必要があるだろうか。
指輪はそれなりの数を用意してあるようだ。奪うのは簡単だが、また新しく補充してくるかもしれない。
しかし、値段が高ければ補充を諦める可能性があるし、また『闇の転移術法』を売り込んだ八鬼侯と想定される者が新たに接触を図ってくる可能性が高い。
指輪の奪取は実行に移すべきだろう。これも、明日の昼以降だな。
今のところ、連中が大規模な転移を行なう予定がないことは、バルメーのマインドリサーチで確認済みだ。
まだ、大丈夫。
着信が入った。フェイティスからだ。
「……俺だ」
「……ご主人様。お話がありますので、リオミの部屋に来ていただけますか?」
「わかった」
フェイティスが電話をかけてきて、リオミの部屋ということは、ふたりともいるということだろう。
部屋の前まで跳んだ。
「待たせたな」
「いえ、ほんの10秒程度です」
フェイティスが出迎えてくれる。
リオミは……ベッドの上でふてくされている。
むぅ、睨まれた。しょうがないけど。
「アキヒコ様、今回はさすがに悪辣過ぎると思います。わたしをダシに使って……しかも、殺すだなんて酷いです」
「あー……それに関してだけは謝る。すまなかった」
謝らないと言ったのは、嘘を吐いたことそのものについてだしな。
こういう部分謝罪は、女性に対して謝れない男性にもおすすめの方法だ。
「もし殺すというのなら、フェイティスを使ったりしないで、わたしに命じてください。そのときは自害致します」
「……リオミ、俺はそんなことは言わない」
「今回のことで、わたしは初めてアキヒコ様のお気持ちを疑いました。わたしのことも、どこまで本気なのですか?」
「俺はリオミのことは本気だよ。自分を誤魔化したり、自己暗示をかけて好きになったわけじゃない。さっきのとは違う」
「…………」
今回は、相当怒ってるな。無理もない。
「ご主人様、今回のことはわたくしも同意見です。女心を踏みにじるにも程があります。
もっと柔らかい方法を取ることもできたはずです。私見を申し上げるなら、ご主人様はハイリスクローリターンの方法を選んだと思います」
「そこまでか?」
「話し合いましたが、リオミとわたくしは本気でロードニアに帰ることも検討致しました」
「それは困るな……」
「では、何故あのような非道までして、わたくしを試すような真似を?」
「非道? キミが俺にしたことは、そうじゃないと言うのか」
「それは……いえ。わたくしも確かに調子に乗っておりました。申し訳ありません」
「フェイティス!」
リオミが声を荒げて割り込んできた。
「貴女が謝ることなんてない」
「リオミ、貴女……」
「アキヒコ様、フェイティスにもちゃんと謝ってください。
彼女も自分の行いを恥じ、謝罪しました。今度はアキヒコ様の番ですよ」
リオミは本気で怒っている。
今まで見た怒りとは別種の怒り。友を踏みにじられた怒りだ。
俺は予定通り、前言を撤回して頭を下げた。
「……わかった。今回は俺も明らかにやりすぎた。本当に悪かった、フェイティス」
「ご主人様……」
フェイティスは、俺が頭を下げるとは思っていなかったようだ。
「それもまた、演技なのですか?」
「……いいや」
「かしこまりました。その言葉を今一度、信じます」
その言葉が合図だったかのように、フェイティスは元通りの鉄面皮に戻った。
どうやら、好感度はともかくフェイティスは残ってくれるようだ。
まず、そこに安心する。
リオミは、まだ怒っているようだが。
「…………」
俺はこれ以上、何も言わない。
言い訳をしたところで、何の意味もないからだ。
「アキヒコ様は、弁解なさらないのですか?」
リオミが水を入れる。
ここからは、俺も何も考えていない。
「何を弁解できるっていうんだ? 俺がしたことは最低だ」
「……確かに方法は最低でした。ですが、わたしの知るアキヒコ様はなんの意味もなく、最低の方法を選んだりはしません」
「それは買いかぶりじゃないかな」
「どうして……」
リオミは悲しそうな目で、俺を見つめた。
「どうしてアキヒコ様は、いつもそんなに自分を下に下に落とすのですか?
今回のことだって、まるで……敢えて悪役に出ることを買って出たように思えます」
「別にそんなつもりじゃなかったけど。俺は単に、2人に仲良くして欲しかっただけだ」
「本当に、それだけのために……」
「2人が、すれ違ってると思ったんだよ。それは、いけないことだから。どんな手を使ってでも、すぐに分かり合って欲しかった」
打算があるとすれば、その1点に尽きる。
もし、フェイティスが表情ひとつ変えずにリオミの暗殺を了承していたら、俺はすぐに止めて、その決断を非難しただろう。
言葉を失ったリオミにかわり、フェイティスが語る。
「ご主人様。わたくしは今回のことで、ご主人様をある意味で見直しました。
ただ理想を語っているだけの人ではないということが、よくわかりました。
貴方はその気になれば腹芸もでき、自分の手を汚すことを躊躇ったりはしないのですね。
フラン・チェスカに対する交渉も、もっと綱渡りになると思っていましたが、ご主人様は思いの外やってのけました。
これまでもそうやって、危機を乗り越えたことがあるのではないですか?」
「まあ、そうでもしないと生き残れなかったもんで」
ゴズガルドと相対した時、ビビりながらも、そんな内心はおくびにも出さなかった。
ソニックドラゴンに僚機をやられたとき、運が悪ければ自分も同じように死ぬかもしれなかった。なのに俺は、そのことを完全に頭から排除してデスレースに夢中になった。
リプラさんに問い詰められたとき、俺は咄嗟に調べあげた情報から作り話をでっち上げた。あたかも最初からリプラさんに近づくために、ヤムたんに取り入ったような態度で応じた。
わかっている。異常だ。
普通に召喚されたどこにでもいる地球人が、そんな簡単に適応できるわけがない。
あるいは、俺が勇者として予言に選ばれた理由は、そこにあるのかもしれない。
思考迷宮に慣れきった俺は、思考の邪魔になるものの排除に長ける。
逆に感情が高ぶると制御ができなくなり、記憶が飛んで、その間に起きていたことを覚えていられない。
精神鑑定を受けていたら、あるいは狂人だと診断されていたかもしれない。
俺は自分を、最低の人間だと思っている。
それでいながら、自分が普通だと思っている。
自分以外の価値観があるということを理解しながらも、納得していないからだ。
「恋も冷めたろ、フェイティス」
「……いえ、それとこれとは別です」
これだけのことをされても、まだ惚れていると言い張るのか。
大した女郎蜘蛛だ。
「ご主人様。改めて、わたくしは貴方に忠誠を誓います。
貴方の底知れなさを認識した上でも、わたくしは貴方に仕えます。
どうか、この愚かな女めを見捨てることなく、こき使ってください」
フェイティスが優雅に一礼する。
再度の宣誓。
そのとき理解した。
彼女もまた俺と同じように、自身を儀式という形で律しているのだと。
「わかった。いいだろう……フェイティス。俺の役に立て」
おそらく、彼女にとっては最高の返事を贈った。
「この命、ご主人様に捧げます」
「…………アキヒコ様……フェイティス……」
リオミは、この展開に納得できていないようだ。
どうしてフェイティスが俺に改めて忠誠を誓えるのか、俺がそれをいともあっさり受け入れるのか。
理解に苦しんでいる。
おそらく、彼女には俺とフェイティスの関係は理解できないだろうな……。
いや、彼女だけではなく、多くの者には理解できない。
己の寄る辺のない者同士の馴れ合いなど、見るに耐えないだろうから。
「さて、と。最低ついでに、ふたりに相手をしてもらおうかな」
「えっ、ここで、これからですか……!? 今、そんな気分じゃ……」
おや、リオミはムードがないとダメか。いや、普通はそうだろうな。
「じゃあ、しょうがない。フェイティス、俺の部屋で」
「かしこまりました」
「えーっ! ま、待ってください。や、やっぱりわたしも……」
置き去りは嫌だったようだ。
「……本当に、無理はしないでいいよ?」
「ぅ……なんでいきなり、そんな優しい声が出せるんですか。
いいです、大丈夫です。放って置かれるほうが、切ないです……」
「いい子だ」
「アキヒコ様ぁ……」
泣きそうなリオミの頬を撫で、キスする。
「ごめんな、リオミ。怖かったよな」
「ぅぅぅ~っ!」
リオミが泣きながら抱きついてきた。
いいにおいがする。
「ご主人様、わたくしもお側によろしいですか」
「ああ」
しなだれかかってくるフェイティス。
俺は邪険にすることなく、腰に手を回した。
「言葉に出来ない不満は、今ここでぶつけ合おう。それで全部、終わりにするんだ」
ふたりが頷いたのを確認すると、俺は聖鍵に念じて照明を消した。




