Vol.23
活動報告にも書きましたが、Vol.23~25はやや鬱展開となります。
なんでアキヒコがこんなことをするのか、理解に苦しむ方もいると思います。
好みが分かれると思いますので、読むときは注意してください。
フォスの支援活動は軌道に乗った。
ここからは、カドニアの反乱を終わらせるための活動にシフトすることになる。
その会議も兼ねて、全員がマザーシップの食堂で、フェイティスの作ってくれた昼ごはんを食べている。
「ンマァァァイ!!」
「お褒めに預かり光栄です、ご主人様」
ヤムたんとの別れの悲しみを忘れるべく、俺は料理をおかわりしまくっていた。
「アキヒコ様……お気持ちはわかりますが、そのような暴飲暴食をされてはお体に障りますよ」
「うううっ、酒! 飲まずにはいられない!」
「それ、オレンジジュースだよ?」
「ぼかぁ、ぼかぁもう……!」
いくら食べても悲しみは癒されない。
もうヤムたんの笑顔を見ることはできないのだ。
覚悟してたはずなのにっ。うううっ。
「いい加減にしてください! そんなにあの子がいいんですか? わたしじゃダメなんですか!?」
「ヤムたんは、そういうんじゃないんだよォォォッ!」
「んなっ!?」
リオミが立ち上がり、わなわなと震えている。
「……あたしで良ければ、お兄ちゃんのこと慰めてあげてもいいよ?」
「おお、心の妹よォォッ!」
「むぅ~……」
頭をなでなですると、何故か不満そうに口を尖らせるディーラちゃん。
「ご主人様、そろそろシーリアのマインドゲージが臨界に達します」
「うぇ?」
スマートフォンを覗きこみながら、フェイティスがよくわからないことを言ってくる。
マインドリサーチも自力で解放してるんだろうか。
「どういう意味?」
「えー、要するに……」
俺の目の前に、鬼神の如き風貌の女剣士が降り立ち……。
「プッツンするということです」
手が一瞬鞘にかかったかと思うと、俺の意識は闇に沈んだ。
「はっ!? ああ、夢か」
一瞬、死んだかと思ったが、そんなことはなかったぜ。
部屋の時計で時間を確認すると、あれからちょうど1時間。
ソード・オブ・メンタルアタックで気絶する時間きっかりだ。
「……いてて。いや、夢じゃなかった」
どうやら、ブチギレたシーリアが乱心したらしい。
まさか、いきなり斬りかかってくるとは思わなかった。
マザーシップではバトルアライメントチップはオフをにしてあるから、まったく反応できなかった。
部屋を見回す。
どうやらここは、メディカルルームのようだ。
おそらく俺の危機を察知したルナベースが、救急転送してくれたのだろう。
「ん?」
そういえばシーリアにはゲスト権限を与えてあったが、聖鍵を持つ俺を攻撃した場合、どうなってしまうのか。
状況の報告に目を通す。
「うわ、やばい」
メタルノイド10機とバトルオートマトン236機がシーリアを追跡中。
彼女を逃がそうとした他の面々は、倉庫区画に強制転送されたようだ。
すぐに聖鍵を取り出した。
――聖鍵、起動。
――戒厳令解除。シーリアを最優先捕獲目標から削除。
ふぅ、とりあえずこれで大丈夫だ。
他のみんなより、攻撃を受けていただろうシーリアが心配だ。
すぐに跳ぶ。
「くっ……ア、アキヒコ、か……?」
「もう、お前……本当に何やってんだよ」
シーリアは食堂区画の一角で、息も絶え絶えの様子だった。
念のため、セキュリティは全部非殺傷にしてあったのが幸いした。
こんな馬鹿みたいなことで、仲間を殺してしまっては目も当てられない。
「すまない。頭が真っ白になって、つい」
「はぁ……忘れてたよ、お前がそういうヤツだってこと」
とりあえず、シーリアをメディカルルームに運び込んだ。
「面目ない」
「とりあえず、そこで反省してろよ?」
俺が去ろうとすると、
「待ってくれ!」
シーリアが俺を呼び止めた。
「ん? まだ何かあるのか?」
「……今回のことは、迷惑をかけた。どんな処分でも受けるつもりだ」
「……ばーか。俺がお前の生殺与奪を握ってること、忘れてるだろ。殺したりするなら、あのときにそうしてる」
「だが……!」
「怪我治したら、営倉区で一晩反省な」
これ以上話してると、まだグチグチと言いそうだったので、倉庫区画へ跳ぶ。
「アキヒコ様!」
オウフ、久々にリオミのチャージハグをくらった。
「みんな、大丈夫か?」
「うん、あたしたちは平気……でもシー姉が!」
「シーリアは、もう保護した。安心してくれ」
「……彼女がご主人様に手を上げるのを阻止できなかったのは、わたくしの責任でもあります。どのような処罰でも」
「……お前ら、義姉妹揃って同じこと言いおってからに」
嘆息する。
「シーリアは後で営倉区で反省させる。フェイティスには、彼女への説教を頼む」
「お任せください」
これでシーリアには相応しい罰が下るだろう。
処分がどうのと言わなくなるはずだ。
「まあ……今回のことは、俺も悪かった。みんなも、あんまり気にするな」
それでとりあえず、この馬鹿騒ぎは一段落した。
この時点で、俺はソード・オブ・メンタルアタックのダメージが抜け切れていなかった。
精神ダメージの残留と、ここ最近の精神的疲労。
今思えばそれが、この後のさらなる騒動の原因であったかもしれない。
聞いていて愉快な話にはならないと思う。
だから、このあとに起きることは、後でちゃんと解決するってことをあらかじめ先に言っておく。
解決には程遠いという意見もあるだろうけど……。
ディーラちゃんには一応念のためラディちゃんの無事を確認しに行ってもらい、フェイティスはシーリアのところに送った。
リオミを連れて、ブリッジに行く。
「ここは久しぶりだな」
「はい」
いつ来ても、アースフィアの蒼い輝きは俺達を魅了する。
ここから見るアースフィアは、俺が何をすべきか見失ったとき、いつも原点に立ち返らせてくれる。
「……アキヒコ様。ふたりきりになったら言おうと思っていたのですが、フェイティスのことは許してあげてくださいね」
「え?」
「その……アキヒコ様を誘惑したことについてです」
ああ……。
あれに関しては、俺もまだ腸が煮えくり返っている。
むしろ、リオミが怒ってもいいところだと思うんだけど。
「俺の方こそ悪かったよ。まんまとやられた」
「まあ、フェイティスなら何かするとは思っていました」
「……なんでフェイティスとリオミがそんな関係でいられるか、不思議でならないよ」
そもそも、フェイティスのような女郎蜘蛛を俺に近づけること事態、リオミの性格から考えておかしいのだ。
いくら必要だからといって、自分の恋人を籠絡しようとした部下を許せるものだろうか。
「……実はですね、アキヒコ様。わたしとフェイティスは、賭けをしていたんです」
「賭け?」
「はい。どちらがアキヒコ様の御心を手に入れることができるか……」
なんつーことをしてるのよ、あんたら。
「俺の心を弄ぶなんて、酷いじゃないか」
「あああっ、すいません! そんなつもりじゃ……」
「冗談だよ。で、その賭けっていうのが?」
「はい。アキヒコ様を召喚する前に、そう決めてあったんです。
あのときはフェイティスもわたしも本気じゃなくて、どちらかというとちょっとした余興みたいな感じだったんです」
「へーえ」
俺があからさまに不満をアピールすると、リオミが慌てた。
「ちっ、違うんです! あくまで会う前の話です!
アキヒコ様と一緒にいる間に、わたしはどんどんアキヒコ様に惹かれていって……今は本気です!」
「……ごめんごめん、それはよくわかってるよ」
「ぅぅ……」
俯いてしまった。
まあ、女の子が結構可愛い顔してやることがえげつないのは、地球にいた頃に学んでるからなぁ。
アースフィアでも同じかと思うだけだ。
「それで、フェイティスのほうは?」
「フェイティスは……迎えに行った日に、彼女から聞きました。一目惚れ……だったそうです」
「マジすか?」
彼女と初めて出会ったのは、召喚された直後だったはずだ。
あの時、既に恋に堕ちていたと?
とてもそんな風には見えなかったが、フェイティスのことだ。
自分の気持ちを隠す技術には長けているだろうし、そもそもリオミに話した内容は嘘で、ただ揺さぶりをかけただけとも考えられる。
真実は、フェイティスにしかわからない。
「わたし……抜け駆けして、凄く悪いことをしてしまったなって。彼女がすることに文句を言う権利は、わたしにはないんじゃないかと」
「なるほどなぁ……」
リオミとフェイティスは、ただの主従関係ではないはずだ。
これまでもそれを裏付ける発言はいくらでもあったし、俺もほぼ確信していた。
「なあ、リオミ」
「はい」
「フェイティスとは、ちゃんと話をしたのか?」
「え……」
「今の気持ちをだよ。抜け駆け云々について」
「それは、してません……できるわけ、ないじゃないですか」
「どうして?」
「どうしてって……」
リオミは迷っているようだ。
俺の視線をまっすぐ受け止めることができていない。
「……きっと、恨まれてます」
「は?」
「わたしは、ずるい女です。彼女との約束を破って、わたしだけがアキヒコ様を独占しようとしました」
約束。
フェイティスが言ってたやつか。
リオミが俺を魔法で支えて、フェイティスが奉仕するという。
でも、フェイティスはあの約束を守ってくれたと言っていたはずだ。
……このふたり、すれ違っているな。
「……そう思ってるのは、案外リオミだけだったりするんじゃないか?」
「そんなことは……」
「フェイティスに直接言われた?」
「まさか。彼女がわたしに本音を伝えるなんてこと、有り得ません。わたしたちは主従関係なのですから……」
うーん、重症だな。
これはなんとかしてあげないと。
「よし。ちょっとフェイティスに話をしてくる。ちょっと待ってな」
「え? ア、アキヒコ様?」
リオミに構うことなく、営倉区に跳んだ。
フェイティスは扉の前に立ち、つらつらと言葉を紡ぎだしていた。
シーリアに説教中だな。
「貴女は昔から自分を制御することが苦手だったけど、結局剣聖になった後でも変わっていなかったようね。まったく何一つ成長していないわ。剣聖になれば強くなれるというのがそもそも思い込みだったのではなくって? 剣の腕だけを上げた所で、貴女のその心の弱さについては何一つ解決していないじゃない。今回のことはもちろんだけど、もしご主人様と魔王討伐に参加できたとしても魔王の術中に嵌って、ご主人様に剣を向けたでしょうね。私にはその光景がありありと浮かんでくるわ。まったく嘆かわしいったらありゃしない。オーキンス家で妹として貴女に接したのは間違いだったのかしら。甘やかし過ぎだったかしら? 思えば、貴女を崖の上から突き落としたとき、考え直してロープを下ろしたのは失敗だったわ。心を鬼にして貴女が自力で登ってくるのを待つべきだった。それで野垂れ死んだとしても、父には貴女が家出してもう戻ってくる気がないと伝えておけばよかったわ。そういえば、あのときロックワームに襲われて死にそうだったと言っていたわね? あんな雑魚に手こずるような実力で、よくもいつかは魔王を倒して仇をとるなどと大きな口を叩けたものね。いっそのこと自分の弱さというものを、徹底的に叩きこまれた後で剣聖になるべきだったわね。なまじ妙な才能があったせいで貴女は増長し、剣聖だった頃にもご主人様に剣を向けるような真似をしてしまった。今回のことも結局はその延長線よ。わかっていて、シーリア。貴女は今のままだと、同じ事を繰り返すわよ? いっそのこと、しばらくご主人様から離れて……あら、ご主人様。このようなところに、何の御用ですか? シーリアとはまだ会わせられませんよ」
「い、いや……」
え、えげつねぇ……。
それ以外の言葉が、浮かんで来ねぇ……。
「ちょっとシーリアへの説教を一度切り上げてくれ。大事な話がある」
「かしこまりました。いいことシーリア、しばらくそこで反省なさい」
シーリアの返事はなかった。
今は何もかけるべき言葉が見つからない。
フェイティスと艦長室へ跳ぶ。
「なぁ、いくらなんでもいいすぎじゃないか?」
「あら、ご主人様。シーリアは甘やかせばどこまでも付け上がりますよ? 狂犬には躾が必要です」
「そ、そうか……」
シーリアが何故あんなにフェイティスを恐れていたのか、その片鱗を見た。
「実はリオミのことなんだが……」
「王女が、どうか致しましたか?」
「なあ、フェイティスは俺の命令ならなんだって聞くんだよな?」
「はい、どのようなご命令でも。わたくしの体を自由にすることはもちろん、どこかの王族を籠絡する必要があるなら喜んでこの肢体を武器にしましょう。死ねと言われれば喜んで。毒をあおってもいいですし、もちろんご主人様に殺されることも構いません」
予想どおりの答えが帰ってきた。
彼女の忠誠は徹底している。
だが、彼女の忠誠心がリオミにも向けられている以上、ふたりが本当の意味で分かり合うことはない。
それはいけない。
もう、フェイティスは俺のメイドなんだ。
「じゃあ、命令するぞ。フェイティス……」
フェイティスは無表情で俺の目を見ている。
その鉄面皮は決して崩れない。
仕事をしているときのフェイティスには、まったく隙がない。
完璧だ。
俺に見せる笑顔も、計算し尽くされたものだろう。
だが。
「リオミを殺せ」




