Vol.22
朝、起こしに来てくれたフェイティスを廊下に連れ出して、問い質した。
「おや、王女には確か話したと思いましたが。勘違いでしたかね?」
ニコニコ顔でシラを切られた。
「いやいやいや、リオミは聞いてないって言ってたぞ! 本当はあのとき、何もなかったんじゃないのか?」
「いえいえ、ご主人様。あのとき関係があったかどうかなど、些細な問題です。なにしろ、もう既成事実があるのですから」
やけに楽しそうなフェイティスに、俺はもはや言葉もなかった。
「申し訳ありません。ああでも言わねば、ご主人様を落とすのに時間がかかるかと思いまして。
ああ、ちなみにロードニアでわたくしが男性のお世話をすることなんて、一度もありませんでした。こっちは嘘です、白状します」
なん……だと……!?
「よく考えてみてください。10年間、王がどうなっていたか」
「……し、しまったぁーッ!」
な、何故あのとき指摘しなかった!
いや、確かあのときは……。
「ええ、わたくしはアースフィアではそういったことが一般的だと申し上げましたけど、わたくしの場合にどうだったとは一言も」
「な、なんでこんなことを」
「それはもちろん、わたくしもご主人様をお慕い申し上げているからです。どのように罵られようとも構いません。
わたくしを王女より愛してほしいなどと、おこがましい口も叩きません。ほんの少しの寵愛を頂ければ、それで満足です」
なんてことだ。
フェイティスさん。あなたが、蜘蛛だったのですね。
アースフィアにきてこっち、女性関係が爛れてきている気がする。
そうか、これがモテ期というやつなのか。
なんとかならないものだろうか。
この辺、超宇宙文明の技術は全くの無力である。
「この話は終わりに致しましょう。今日から動くのですから」
「あ、ああ……」
これ以上突いても藪から蛇が出てきそうだ。
正直、内心ではかなり怒っているのだが……今はやめておこう。機を見ることにする。
一度みんなと朝食を済ませた後、みんなをフォスへ転送し、艦長室でフェイティスと落ち合う。
「でも浄火派のほうはともかく……王国には、本当にあの案でいいのか?」
ちょっと悪ふざけのつもりで話した案が採用されてしまったのだ。
その関係で、昨日の作戦会議で王国への作戦が決まってからマザーシップで、ある装備を作らせている。
完成には今日1日かかるが、まあ……新型装備と言えなくもない。
「装備のデザインを決定したときはご主人様もノリノリだったではないですか」
「いや……まぁ、ねえ?」
俺も男の子。一度やってみたかったというのはある。
まさか、本当にやることになるとは思わなかったが。
「王国は後回しです。まずは浄火派の……フラン・チェスカとの接触が先ですね」
「まあね」
浄火派リーダー、フラン・チェスカ。
彼女との交渉、そしてその目的の達成に対してどう援助するか。
これが浄火派を無力化できるかどうかの鍵である。
既に、彼女の過去の経歴については洗い出してある。
弱みも、真の目的も、すべてだ。
どんな手を使ってでも引き入れる。
「恐喝、懐柔、洗脳。どれでもご主人様のお好きな手段でどうぞ」
「できれば2番目で行きたいところだけどね……」
フランが俺に友好的であることを祈るばかりだ。
彼女の背景を考える限り大丈夫だとは思うのだが、無理そうなら誘拐も視野に入れる必要がある。
「現在位置は、テリスカのままだな」
王国側と浄火派はそれぞれ北と南に勢力を大きく二分している。
北のカドニア王都が王国、南の通商の要テリスカが浄火派によって占拠されている。
テリスカはカドニア唯一の港町であり、ここを反乱初期に押さえた浄火派は優位に立っている。
カドニアに入っていた海ルート貿易の収益が、まるまる浄火派に流れてしまっているわけだ。
と言っても、先に説明した背景のとおり微々たるものだが。活動資金としては充分なのだろう。
「じゃあ、手筈通り行くぞ」
テリスカには領主の屋敷がある。ここが現在では浄火派の拠点となっている。
広場で演説をするとき以外、フランはここを出ることがない。
まずはマザーシップから、毎度おなじみヒュプノウェーブブラスターでもって屋敷内の人間を全員催眠状態に置く。
当然フランにもかかるが、死ぬわけではない。
全員を地下倉庫に移動させ、フランを除いて全員を縛り上げさせた。
声も出せないように適当な布で猿轡。
フランに最後の見張りを縄で縛り上げてもらい、念のため倉庫に鍵をかけさせる。
他のメンバーが戻ってきた時に備え、入り口や窓もすべて施錠させた。
準備完了。フランを私室に戻す。部屋の鍵は開けておいてもらう。
「では、いってらっしゃいませ。ご主人様」
「うわー、緊張する」
――聖鍵、起動。
――転送。テリスカの領主の屋敷内。フラン・チェスカ私室の扉前。
到着と同時に部屋をノックする。
「誰です?」
「聖鍵の勇者、三好明彦です」
「……は?」
間の抜けた声が聞こえた。
構うことなく入室する。
「貴方は……どうやってここに。見張りの者がいたはずです」
「皆さんにはちょっとの間、眠ってもらいました。大丈夫、命に別状はありません」
縛り上げた本人相手に、俺は何を言ってるんだろうな。
「浄火派の聖女、フラン・チェスカ。貴女に折り入ってお話があって足を運びました。突然の無礼をお許しください」
「…………」
フランは警戒を解かない。
俺は聖鍵をしまってあるので、なんの武器も持っていないように見える。
ディスインテグレイターは腰に下げているが、彼女にはこれが武器だとは判断できない。
「もちろん、貴女に危害を加えにきたのでもありません。他の者がいると本音で話せなくなってしまうと思い、このような舞台をセッティングしました」
「一体、何のことを言っているのですか……」
冷静を装ってはいるが、彼女は心の中ではかなり動揺している。
今回は、フランに対するマインドリサーチをオンにしてある。
「浄火派の目的はカドニア王国の圧政からの解放。そして、身分の違いのない平等な国家を樹立すること……でしたっけ」
「そのとおりです」
「人心を集めるために、聖剣教団を名乗っている」
「…………私は、聖剣の加護を受けた聖女です」
「自分にそう言い聞かせていますね?」
「……ッ。そんなことはありません」
「本当は貴女、聖女なんかじゃないでしょうに」
「無礼な……! いくら予言の勇者と言えど、許しませんよ」
「……まあ、いいでしょう。今は貴女が聖女という前提でお話します」
「……」
……混乱しているな。
まあ、こちらが敢えて煙に巻くような喋り方をしているせいなんだけど。
「浄火派は目的のためなら、どんなことでもやりますね」
「理想を実現するために、やむを得ません」
「その是非については、今は置いておきましょう。ですが、貴女はバルメーがやろうとしていることを、ご存知なのですか?」
「……どういう意味です」
「彼は敢えて、貴女に話していないことがある。貴女が彼には自分の秘密を打ち明けたのとは違ってね」
「……何を知っている、貴様」
うは、こわ。
「たぶん、貴女が想像しているとおりのことですよ」
たぶんじゃないけどね。
「……バルメーが私に隠し事をするはずがない。そんなことをわざわざ言うために来たのか?」
「貴女だって、彼に秘密にしてることがまだあるじゃないですか」
「……!」
「本当は、理想なんてどうでもいいはずです。貴女の目的は……ヴェルガードとアンガス王への復讐なのだから」
「……ば、ばかばかしい。いい加減にしろ!」
「そうじゃありませんか? フラン・チェスカ……いいえ。カドニア王国第三王女フライム=リド=カドニア」
「ど、うして」
フランの顔がみるみる青ざめる。
「第三王女である貴女がどうして浄火派で聖女なんてやっているか、ここでわざわざ全部説明しましょうか。時間がかかりますけど」
「……いや、いい。どこで知ったかなど、どうでもいい。私を脅しに来たのか?」
「いいえ。こちらの情報収集能力を信じてもらうためです。貴女にしかわからない真実を私が知っていることを認識してもらい、忠告に耳を傾けてもらうため」
「……」
俺はここで意識的に声のトーンを落とす。
「浄火派から手を引け」
「何を馬鹿な」
「貴女はバルメーに利用されているだけだ」
「そのようなことはない!」
「じゃあ、彼がハルトン丘陵で最近、新しいおもちゃに夢中なのもご存知でない?」
「……なんのことだ」
この辺はルナベースの情報どおりだ。
バルメーは『闇の転移術法』について、フランに伝えていない。
「貴女にも自分の手駒ぐらいはいるだろう。その者に、この地図の場所を見張らせ、そこに誰がやってきて何をしていたかを聞いてみるといい」
「あんなところに、誰も来るはずがない」
「バルメーはそこで、おそろしい実験を繰り返している。貴女にバレないようにね」
「…………」
ん、考えてる考えてる。
表層思考を読み取る限りだと、どうもバルメーが自分に何かを隠していることを、なんとなくだが察していたようだ。
あとひと押しだな。
「……俺は浄火派のやろうとしていることは絶対に止める。貴女がここの聖女とやらをやっている限り、俺は敵に回るだろう。魔王を消し去った力を浄火派に使うことになる」
「あの光を……我々に!?」
ほう、フランもホワイト・レイの照射を見ていたのか。
「だけど、俺は貴女個人の復讐に関してなら、手伝うこともやぶさかじゃない。ヴェルガードとアンガスを打倒した後、カドニア王国の復興に本気で携わる気があるならだけどね」
「私は王国など……」
あー、どうでもいいみたいだ。
だとすると、彼女に王国を任せるルートは諦めるかなぁ。
「バルメーは夕方頃、また同じ実験をするはずだ。今まで毎日やっていたからな。
それを確認して、また俺と話す気になったら聖剣教団支部の受付に『アキヒコと話がしたい』と言えばいい。
ただし、期限は明後日の昼までだ。俺が本気だということは、その日にわかると思う。聖剣教団からの告知に耳を傾けることだ」
「いったい、何をするつもりだ……」
「さあね。今言えるのは、俺を信じなければ貴女に待っているのは破滅だけということだ」
できるだけ何の感情も交えずに、セリフを言い切る。
「それじゃあ、そろそろお暇させてもらう。お仲間は全員、屋敷の倉庫にいるから。俺が帰ったら助けてあげるといいんじゃないかな」
「待て! これだけのことをして、ただで帰すと思うのか」
「もちろん、帰してもらう」
空間からゆっくりと聖鍵を取り出す。
「それが、聖鍵……本物の勇者なのか」
「今まで偽物だと思ってた? さて、また会えるときを楽しみにしているよ」
――聖鍵、起動。
――転送。マザーシップ艦長室。
「ふぅ」
「おかえりなさいませ、ご主人様。上首尾でしたね」
「いやー。めっちゃ緊張したわ」
「お戯れを。とてもそうは見えませんでした。あれも聖鍵の力なのですか?」
「まさか。ああいうのは、ちょっと得意なんだ。それでも緊張はするんだよ」
もちろんフェイティスは、ディスプレイシートでやりとりの一部始終を見ていた。
台本を書いたのは彼女だ。俺はそれに従って、言うべきことをすべて言ってきた。
あとはフランがどう動くか次第だが、もしダメな場合は別の策もあるので問題はない。
「さて、次は集合住宅の設置だな」
「はい。初期清掃は昨晩の間に終了しましたので」
今頃、フォスの街は見違えるようになっているはずだ。
町長宅の前に跳ぶと、ガタン町長とリオミたちがいた。
挨拶を交わした後、街を見回す。
「うわー、こうも変わるもんか」
ドラム缶型の清掃ボットがあっちこっちを動き回っている。
街を汚染していた糞尿は影も形もなく、周囲に堆積していたゴミなども跡形もなくなっていた。
鼻を突くような臭気もすべて、空気清浄されている。
さらにこれを続けていけば、目に見えない汚れなどもなくなっていくはずだ。
「アキヒコ様、やはり聖鍵の力は素晴らしいですね」
「言われたとおり、街の人達は移動させておいた。あとはアキヒコ待ちだ」
リオミとシーリアは問題なく役目を果たしてくれたようだ。
「ディーラちゃんは?」
「あの少女のところにあそびに行っている。今頃は先に住宅設置予定地に到着しているだろう」
そうか。
実はディーラちゃんには、ひとつ頼み事をしてある。
そのために、先に向かったのだろう。
「そういえば、ヤムタンちゃんも今回の集合住宅に引っ越すんでしたね……」
リオミが涙目になった。
ヤムたんのことを思い出すたび、胸が痛むらしい。
これを機に、リオミにも自分を見直して貰いたいものだ。
「勇者様」
ガタン町長が話しかけるタイミングを見計らっていたようだ。声をかけてくる。
「街の者を代表してお礼を言わせて頂きます。街の清掃だけではなく、住むところまで用意していただいて……炊き出しも」
炊き出しは、フェイティスの指導のおかげで支部に物資を置いておくだけでよくなっている。
いずれ、テレポーターと物資集積所を行き来できるようにするだけで、炊き出しは定期的に行われるようになるだろう。
「お礼を言うには早いですよ。まだ終わったわけじゃないですから」
そう、まだ終わったわけじゃない。
街にやってきてから3日。
フォスの街とて、周囲の村々と人の行き来はある。
噂は徒歩と同じスピードで広がっていくというし、そろそろ俺がフォスにいることは王国側や浄火派にも伝わってしまう頃だ。
浄火派はどうだかわからないけど、王国側は必ず俺に接触を図ってくる……というのがフェイティスの予測だ。
「ガタン町長。もし王国が使者を送ってきた場合の対処なんですが……」
それに対して、どう対処するかも決めてある。
連中が俺を縛ろうとした場合は、断固とした態度を取る必要がある。
「ふむ。かしこまりました、勇者様の仰せのとおりに致します」
町長にも頼んだし、布石は打った。これで王国側の接触を待ったあと……アレをやることになる。
俺もう21になるのに……いやいや、これもアースフィアのためなんだ。
決して中二病なんかじゃない。
そんなことを考えながら、集合住宅建設予定地へと向かった。
町長宅から、そんなに遠くはない。
既に居住予定の人たちが周りに集まっていた。
「アッキー!」
ヤムたん!
ヤムたんヤムたんヤムたん。
俺の心はヤムたんに支配されてしまった。
「今日から、こっちに住むんだって」
「うん。俺が今から家を呼び出すからね」
「まほう!」
「うん、魔法だ!」
予定地に人が踏み入っていないことを確認し、聖鍵を取り出した。
――聖鍵、起動。
――転送座標送信。居住ブロック第0001、転送開始。
光の中から、四角く区切られた集合住宅ブロックが現れる。
人々は喝采と歓声を上げた。
「アッキー、やったね。すごいね」
ヤムたんには笑顔がお礼だよって伝えておいたから、俺がこうして何かしてあげるたびに満面の笑みを浮かべてくれる。
俺はそのたび、ヘヴン状態になる。
諸君、ロリコンはいいぞ!
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
俺の袖を引いてきたのはディーラちゃんだった。
「その……ちゃんと話しておいたよ」
「ああ、そうか。ありがとな……」
ディーラちゃんの頭を撫でる。
彼女はむず痒そうにしながら、おとなしく撫でられていた。
既に人々は誘導に従って、新しい衣服を受け取った人から集合住宅に入居していく。
中は1LDK、もちろん風呂つきなので、人々の身なりも改善されていくだろう。家具なども簡単なものなら運び込める。
これ以降、住居は生産が終わったものから、順次オートで転送されてくるように設定してある。
予定地は基本的に立ち入り禁止となっており、新しい住居が転送され次第、入居者がやってくるはずだ。
これで、俺がこのフォスの街で能動的にやらなければならないことは、終わったわけだ。
あとはこのくだらない内乱を終わらせた後、事業計画に従ってフォスをカドニアの中心地へと改造していくことになる。
内乱には、最低でもあと4日でケリをつける。
明日の昼から開始し、早期に収拾を図る。
これ以上長引かせても、いいことは何一つ無い。
俺が物思いに耽っていると、こちらにひとりの女性が歩いてくる。
覚悟を決めよう。
「アッキーさん……いえ、聖鍵の勇者アキヒコ様」
「……リプラさん」
……そうだ。
俺にはまだ、最後にやらないといけないことがある。
「お話は聞かせて頂きました。貴方が父の遺言を伝えに私に会いに来たのは、嘘……だったのですね」
リプラさんは、儚げな微笑を浮かべていた。
その瞳に映るのは、悲しみ。泣き腫らし、赤くなっている。
「……はい。俺はバルドさんに会ったことはありません」
結局俺は、リプラさんを騙し続けることに耐えられなくなった。
自分でもわかっている。これはずるい。底なしに卑怯である。
嘘をつくなら、最後までつき通すべきであるという意見もあるだろう。
だが、俺が聖鍵の勇者であることはいずれバレる。
ディーラちゃんに頼んで、俺の正体をはっきりと告げてもらった。
「俺が貴女の名前を知っていたのは、聖鍵の力によるものです。
貴女がヤムた……ヤムの母親であることが一瞬信じられず、反射的に聖鍵の力を使って貴女のことを調べてしまったのです」
「…………」
「本当に申し訳ありません」
「……父の言葉も、嘘だったのですか?」
「……信じてはもらえないと思いますが、貴女のことを調べたとき、父親に関することも俺は知りました。
彼は病に伏し、毎日のように貴女への謝罪の言葉を呟いていたそうです」
「……もういいです、聞きたくありません」
「リプラさん!」
「家をくれたことも、ヤムと遊んでくれたことも、感謝しています。
ですが、もう……わたしたちのことは放っておいてください。行くわよ、ヤム」
「……お母さん?」
リプラさんは、ヤムたんの手を引いて、集合住宅へと早歩きで入っていく。
ヤムたんは事態がよくわかっていないのか、嬉しそうに手を振りながら、リプラさんに連れられていった。
ディーラちゃんが、ヤムたんに手を振りながら呟いた。
「お兄ちゃん、これでホントによかったの?」
「……ああ」
これは罰だ。
あのとき嘘をついたことへの、罰。
聖鍵の力を無闇に使ってはならないという、戒めだ。
「さようなら、ヤムたん……」
天使ヤムエルよ、永遠なれ。
キミはいつでも俺の心の中で生きている。




