Vol.21
「第三回マザーシップツアー ~ヤムたんといっしょ~」は無事に終了したようだ。
食堂に集まり、みんなでフェイティスの手料理を愉しむ。
約1名、立ち上がれないほど落ち込んでいたが。
「アキヒコ様……わたしが、間違っていました。自分の心が、いかに黒く汚れていたかを自覚しました……」
「そうかそうか。これを機に心を入れ替えるんだぞ」
「ダメです。もう戻れそうにありません」
さめざめと涙するリオミ。
よしよし、今晩はたっぷり慰めてあげよう。
「私は特に思うことはなかったが……まあ、自分の子供時代はあんなに明るく過ごせはしなかったし」
うぐっ、シーリアさん重いです。
「ねーねー、ヤムタンはどっちがいいと思うー?」
「また言うの? たけのこー」
「だよねーだよねー!」
あの子は放っておこう。
ずっとあの調子だ。よほどたけのこの同志が嬉しかったのだろう。
「純粋な心を失ったわたしには、アキヒコ様に愛される資格などないのではないでしょうか?」
「そこまで!?」
一体なにがあったんだ。
リオミはブツブツとひとりごとを呟いていて、現世に戻ってこない。
それとなくシーリアとディーラちゃんを呼び出して、耳打ちしてみる。
「すまん、友の名誉のためだ。聞かないでくれ」
「リオ姉はね、ヤムタンに大人げない意地悪をしようとしたの」
「……斬られたいか、竜よ」
「ひぃ!?」
久々に見た、このやりとり。
「意地悪って?」
「嫉妬していたらしい。あまりにも、あの少女が貴方の歓心を得ているから、大人気ないとわかりつつもやってしまったのだそうだ」
あんな小さな女の子でも、リオミのヤキモチを刺激してしまうのか。
難儀だなぁ……って、他人事じゃないか。
「で、あの子が大切そうに持っている人形があるだろう」
いつも持ってる汚れたぬいぐるみのことだろう。
今もフェイティスとお話をしながら、お子様ランチをほうばっているが、隣の椅子にはちゃんとぬいぐるみが座っている。
「まさか、バラバラに引き裂いたり……?」
「リオ姉はそんなことしないよ! ちょっと、命を吹き込んだだけ」
「はぁ!?」
「《パペットコントロール》は知ってるか? 人形を一定時間自在に操る魔法なんだが」
「一応、魔法はひととおりどんなものがあるか勉強したよ。それを使って人形を?」
「ああ、ひとりでに歩き出させて隠したんだ。リオミにしてみれば、ちょっとした悪戯のつもりだったらしいんだが」
「それで?」
「びっくりしたヤムタンが転んで、怪我をしてしまったんだ。すぐにリオミが《ヒール》で治したら……」
「ああ~……」
お礼を言われて、そこでズキっときたと。
「でも、それぐらいならまだ」
「……終わりじゃなかったんです」
リオミが復活して入ってきた。
「あの子が必死になって人形を追いかけてるのを見て、すぐにかわいそうになって。魔法を解除したんですが……」
「それでね、ヤムタン泣いちゃったの」
「人形がせっかく歩くようになったのに、死んでしまったとな」
「それで、また《パペットコントロール》をかけて動かしたら……そしたらあの子、今度は大喜びして『ピーカを生き返らせてくれて、ありがとう』って……ありがとうって、あの笑顔で……あああああああああっ!」
また壊れた。
「魔法はどのみち一定時間しか続かないから、結局人形は動かなくなる。だから、リオミは人形が自分の力だけだと動けなくて、また元に戻っただけだから、今度一緒に遊ぶときに魔法で力を貸してあげると約束してしまってな」
「普通にいい話じゃないか」
シーリアの言うとおりの展開なら、めでたしめでたしだ。
「それでヤムタンは、すっかりリオ姉に懐いちゃったの」
「わたしはあの子につまらないヤキモチで意地悪しようとした挙句、お礼を言われ、あの子に笑いかけられたんです! あの天使の笑顔でです! わかりますか、アキヒコ様!」
「どうどう、リオミ、どうどう」
「ふしゅるるる……」
「とりあえず、俺がロリコンに目覚めた件に関してだが」
「不問とします」
解決。
まったく、ヤムたんは最高だぜ!
「ヤムたんはまあ、ソレでも特別だよ。あの劣悪な環境の中で、あれだけ純粋な心を維持できてることが奇跡みたいなもんだよ」
「それは確かにそうですね」
一同でうんうんと頷く。
おや、フェイティスがこっちにやってきたぞ。
「ヤムタン様がリオミ王女とのお話をご所望です」
「うっ……」
どうやら、彼女の罰はまだ始まったばかりのようだ。
ヤムたんを無事に送り届けた後、全員で集まって作戦会議だ。
場所はブリッジでもよかったのだが、きちんとしたミーティングルームを利用することにした。
「では、進行は不肖わたくしフェイティスが務めさせて頂きます」
彼女が壇に立ち、他は俺も含め全員が着席している。
一応、作戦の概要は手元のディスプレイから閲覧できるようになっているが、さすがにみんなはまだ使いこなせないようだ。
フェイティスの適応力が、おかしいのである。
「まず浄火派が、バッカス襲撃に用いられた『闇の転移術法』を所持していることが明らかになりました」
『闇の転移術法』。
これは、俺とフェイティスで決めた呼称だ。
「では、浄火派が……」
「シーリア、意見があるときは挙手なさい」
「す、すいません」
シーリアが手を挙げると、フェイティスが改めて促した。
「浄火派が、バッカス襲撃を企図したということで間違いないのか?」
「そうではありません。浄火派は魔物の転移については、まだ実験段階であると思われます。
あれほど大規模な転移が行えるなら、利害関係のないバッカスに魔物を送り込む必要がありません。王都を直接狙うはずです」
この辺は、俺にとって前回の復習だ。
みんなも特にこれ以上質問はないようで、フェイティスは言葉を続ける。
「浄火派に対して『闇の転移術法』を売り込んだ黒幕がいるものと思われます。
まだ何者かは明らかになっていませんが、私とご主人様の共通見解を申し上げます。
おそらく、この術法をもたらしたのはザーダス八鬼侯のうちの誰かです」
びくりと、ディーラちゃんが反応した。
リオミが挙手する。
「その根拠は?」
「はい。理由は3つあります。
まず第一に、あれほど大規模な術を使いこなせる者が人間であるはずがないこと。
第二に、魔王がいなくなった後であれほど大規模な術法を使いこなせる者が並大抵の魔物であるあるはずがないこと。
第三に、転移条件が闇の瘴気にかなりの濃度で侵食された魔物である必要があること。
以上から、『闇の転移術法』は瘴気と大きく関わりを持ち、尚且つ魔王が倒された後も力を持っている存在、つまりザーダス八鬼侯の暗躍が最も疑わしいのです」
みんな黙り込んでしまった。
だが、この論法にもおかしな点はある。
予めフェイティスと打ち合わせしておいたとおりに、俺が挙手してその点を指摘する。
「仮にザーダス八鬼侯だとして、どうして魔王の支配があった時代に『闇の転移術法』が使われなかったんだ?」
「その点に関しては何とも言えません。魔王がいなくなったために使えるようになった力なのか、隠していただけなのか、あるいは……」
「魔王が『闇の転移術法』を使うことを戒めていたか」
「そうですね。その可能性が高いと思います」
もともと魔王ザーダスは、アースフィアを滅ぼそうと思えば3日で滅ぼせるといわれた存在だ。
結局魔王の意図は不明のままだったが、その目的にそぐわないため、敢えて使わなかったと考えられなくもない。
「仮に八鬼侯でなかったとしても、わたくしたちのやるべきことは同じです。浄火派の計画を阻止し、黒幕をあぶり出すことになります。
ですが、既に皆さんの手元に表示された資料にあるとおり、浄火派だけを殲滅すると腐敗した王国の体制が残り、王国側を打倒すれば浄火派は計画の実行は踏みとどまるかもしれませんが、彼らの新政権が他国に承認される可能性は低く、新たな火種となりえます。よって」
フェイティスが言葉を切り、俺に視線を送る。
引き継ぐ形で、俺が宣言した。
「王国と浄火派。カドニア国民及び周辺国家の支持を俺たちが奪い、双方を潰す」
これが、結論。
王国も浄火派も論外である以上、カドニアを建て直すにはそれしかない。
「武力による双方の討伐なら、別になんてことはない。聖鍵の力を使えば簡単な話だ。
だからこそ、タイミングはもちろんだけどアフターフォローの方が大切になる。
王国からも浄火派からもあらゆる正当性、大義をねこそぎ俺達がいただく。これが勝利条件だ」
誰も茶化したり、慌てふためいたりしない。
俺がようやく決意したことに異を唱える人間は、ここにいないのだ。
「俺はアースフィアの異物だ。現体制にとっては大きな脅威になるだろう。
だからこれまでは、俺も遠慮してきた。人々に恐れられることを避けてきた。
だけど、それも終わりだ。俺は俺の理想を実現するために、聖鍵を正しく使う。
すべてが本当に大丈夫だと思えるまで俺はこの世界に残り、役目が終わったらアースフィアを去る」
最後の言葉に、静かに聞いていたみんなが息を呑んだ。
「聖鍵は所詮道具だ。こいつに意志はない。どんなにうまくできた聖鍵の兵器だって、所詮は人形だ。
俺の仲間じゃない。俺の頼りにする仲間はみんなだ。ついていけないと思ったら、去ってくれていい。
俺についてきてくれるなら、どうか俺を支えてほしい。俺が間違った方向に行こうとしていたら、殺してでも止めてほしい。
聖鍵はそれで止まる。だから、俺のことを恐れる必要はない。
みんなとは出会ってからそんなに時間は経っていないけど……みんなのこと、信じてる」
そうだ……俺は恐れる必要なんてない。
聖鍵を使えるのは俺だけだが、使い方を全部自分で考えなきゃいけないわけじゃないのだから。
「……では、浄火派及び王国に対する作戦の説明に移ります」
俺の決意表明が終わると、フェイティスの作戦説明が始まった。
その夜。
まあ、いつもの逢瀬だ。
ピロートークというやつである。
「わたしはアキヒコ様がたとえ間違えても、殺したりなんてしませんから」
「あー……まあ、できれば殺さないで話し合いでの解決を所望するけどね」
リオミの依存度は日に日に悪化してる気がする。
俺を全面肯定してくれるのは嬉しいが、下手すると本気で世界を敵に回しかねない。
その点、俺を止めてくれるだろうシーリアは安心だ。
ディーラちゃんとフェイティスはどうだろうなぁ……。
「今、他の女性のことを考えてますね……」
「そんなことない」
さらっと嘘の返事を返す。
なんでわかるんだろう。
「他のみんなも同じだと思いますよ。アキヒコ様を殺す子なんていません」
「なはは……」
まあ、あれは割とその場の勢いで言ってしまったんだよな。
でも間違えても修正してくれるって安心感は、代えがたいものがある。
俺は本当に、この聖鍵の力をずっと恐れていた。
今でも、まだ恐れている。
得体のしれない超宇宙文明の遺した力をどこまで信じていいのか、わからない。
あるとき、俺の命令を一切受け付けなくなるかもしれない。
言葉を交わせる相手がいるわけでもなく、ただの道具であるからこそ、全責任が俺にのしかかる。
このプレッシャーを、普段は考えないことにしている。
力あるものの責任がどうのという物語はよくあるが、嫌というほど思い知らされた。
「わたしは、ちょっぴり黒めかもしれませんけど、アキヒコ様のためならそんな自分だって変えてみせます」
ヤムたんのことは、よっぽどショックだったらしい。
政治に関わっていれば、綺麗事だけではやっていけないのだし。しょうがないと思うんだけどな。
「だから、アキヒコ様も他の人に目移りしたりしないでくださいね? できればフェイティスにだって……」
「うっ……」
「……まさか、もう何かあったんですか?」
リオミがじっと俺の目を覗きこんでくる。
俺は耐え切れずに白状した。
「……それはおかしいです」
「ご、ごめん。ほんとにごめん。まさか俺の知らない間に彼女と関係を持ってたなんて、ぜんぜん覚えていなくて。
しかも、リオミも知ってたなんて、俺ちょっと死にたくなったよ」
「いや、そうじゃないです。その話、わたしは今初めて聞きました」
……はいぃ?
「……フェイティスにしてやられましたね、アキヒコ様」
はぁ、とため息を吐くリオミ。
は。
は。
謀ったな、フェイティスゥゥゥッ!!




