Vol.20
精も根も尽き果てた後、俺は工業プラントを視察した。
フェイティスの指示どおり、集合住宅の量産に着手したからだ。
といっても、既にある部屋のブロックを複数組み合わせていくだけなので、これなら今日中にでも用意できる。
「問題は設置場所だな」
「大丈夫です、ご主人様。既に町長には交渉済みです。許可の書類も書いてもらいました」
「早!」
「集合住宅への入居者リストも、すでに出来上がっています」
フェイティスは、必要だと思ったことを先回りしてやってくれる。
俺が考えなければならないことに先手を打ってくれているのだ。
素晴らしい秘書メイドである。
ディスプレイシートを受け取り、入居者リストを閲覧した。
俺が気になったのはヤムたんとリプラさんがこの中に入っているかどうかだ。
……入ってない。
「なあ、物乞いの中で入居させたい人達がいるんだけど」
「物乞いですか」
「うん、ちょっと知り合いになってね」
「ご主人様がそのようになさりたいなら、最優先で入居させましょう。
町長には連絡しておきますので、ご主人様は何も心配しないでください」
フェイティスは、俺の意をすぐに汲んでくれる。
それに応じて生じる問題の解決も、全部一手に引き受けてくれる。
確かにリオミの言っていたとおり、今後俺のやろうとすることに必要になってくる人材だった。
集合住宅の量産を確認したあと、清掃ボットのほうも確認しに行った。
ル○バみたいな形状の小型のものから、屋外用の大型のものまで様々だ。
吸引するのは汚れだけではなく、粉塵、細菌、ウイルス、その他魔法によって作られた呪いなどもすべて取り込んで、内部処理してしまう。
あらゆる意味でクリーンにしてしまうのだ。
今回使うのは、とりあえず屋外用のほう。
しばらくすれば、フォスの街はシンガポールもかくやというゴミひとつない街に生まれ変わるだろう。
「ご主人様、この先のことについて少しお話があるのですが」
「将来的な部分?」
「はい。フォスについては、軌道に乗ってしまえばほどなく状況は改善されるでしょう。しかし、問題がまだ2つあります」
「聞かせてくれ」
「1つはフォスの雇用についてです。現状、鉱山収入を当てにすることはできませんので、何か新しい産業が必要になります」
俺も色々考えたんだけど、どうもピンと来るモノがないんだよな。
どうしても技術が必要だったり、課題が多い。
「これに関しては、ご主人様の聖鍵の力を使うことで、比較的早期に解決できる方法を提案できます」
「えっ、そんなのがあるの? でも、リオミも言ってたけどすぐに効果が上がるものって、結構後々無理がくるんじゃ」
「これは、ご主人様がいなくては絶対にできない方法です。本来であれば成果が出るまで時間もかかるものです」
「一体なんなんだ? その産業って」
「観光です」
「観光? それってどういう……」
フォスの街には、これといって楽しい景色などがあるわけでもない。
特別な観光資源なんて何ひとつ……。
あっ!
「それってもしかして、俺を!?」
「そのとおりです」
盲点だった。
俺は聖鍵の勇者。アースフィアでは聖剣教団で信仰される神体なのだと、リオミも言っていた。
まさか、俺自身の価値をそういう風に使うとは。
「で、でもこの街にいつまでも俺がいるわけにも行かないだろ」
「ずっといる必要などありません。聖鍵の勇者が立ち寄った地であるという面を前に出すだけでいいのです。教団への信仰篤いクラリッサ王国が知れば、大挙して巡礼者が押し寄せますよ」
なるほど。
目に見えない付加価値、それに俺を利用しようってわけだ。
フェイティス、さすがだ。主人である俺すらもコマのひとつとして計算している。
「それと、この街を見回っていて気づいたのですが、ところどころから蒸気が噴き出しているのを確認しました」
「もしかして……」
「はい、温泉ですね。この付近には休火山があるので、そのおかげでしょう」
温泉。
それなら俺にもわかりやすい。
温泉スポットは日本でも人気の観光地だったしな。
「本来であれば、フォスの街はカドニア王都からも離れているし辿り着くにも時間と労力がかかるため、観光地には向きません。ですが、ご主人様にはそれすらも覆す力があります」
「……テレポーターか!」
いつかの金儲けプランで、テレポーター運送の説明をしたと思う。
街にテレポーターを設置すれば、行き来自由にすることも可能なのだ。
ロードニア王都にでも繋げれば、効果覿面だろう。距離という最大の敵がいなくなれば、フォスは観光地として申し分ない要素を持っているということだ。
「すごい! すごいぞ、フェイティス! キミがいてくれて、本当に良かった! 生まれてきてくれて、ありがとう!」
「は、はい……ご主人様。ありがとうございます。あまりにも、もったいないお言葉です」
今回ばかりは、あのギルド長にも感謝せねばなるまい。
フェイティスがいなければ、俺が来る前にロードニアもリオミも危なかっただろうし、彼女には足を向けて眠れない。
「ですが、ご主人様。まだ問題がなくなったわけではありません」
「というと?」
「問題その2です。カドニアは、とても危険な国。内紛が終わらない限り、観光でやっていくには無理があるでしょう。ですので、このプランはあくまでカドニアが平和になった後のためのものです」
「そ、そうか……」
それまでは、俺がなんとか衣食住の世話をするしかないということか。
いや、それぐらいなら大丈夫だ。できるできる、きっとできる。
「でもなんか、お先真っ暗だったと思ってたけど、おかげで随分気が楽になったよ」
「ご主人様。喜ぶのはまだ早いですよ? フォスはモデルケースに過ぎません。今後、同じような国おこしをやっていかないと、ご主人様の大目標には届きません」
「でも、フェイティスがいれば、本当になんとかなる気がしてきた」
俺はどうにも理想ばかり先走って、肝心の方法に目が行かないことが多い。
その点、フェイティスならば安心だ。完璧に俺の意図を理解した上で、必要な手段と根回しをしてくれる。
ロードニアで摂政をしていた少女は伊達ではなかったのだ。
「本当に……ご主人様のお役に立てて、嬉しいです。これに勝る喜びはありません」
目をつむり、胸を押さえて感動するフェイティス。
「いつか、王女と話したことがあるのです。勇者様を召喚したら、王女は勇者様を魔法で支え、わたくしが奉仕すると。
あの頃は夢物語だと思っていましたが、王女は本当にやってくれました。あのときの約束も覚えていてくださり、わたくしをご主人様のお側に置いてくださいました。
わたくしは一生をかけておふたりにお仕えし、かならずお役に立って見せます」
作りものではない満面の笑顔を浮かべたフェイティスは、とても綺麗だった。
リオミへの気持ちはブレようもないけど、彼女のことも好きになってしまいかねない素敵な微笑みだった。
一度、ルナベースからの情報を分類、分析することにした。
無論、フェイティスにもアクセス権限を与え、手伝ってもらう。
彼女ならアースフィアに詳しくない俺より、気づけることが多いかもしれない。
「おかしいですね……」
早速だった。
「浄火派の動きが妙です。大して戦略的価値のない場所に、幹部クラスが何人も集まっています」
「どこだ?」
「ハルトン丘陵です」
「そんなところに……?」
本当に何もないところだ。
「ドローンを派遣する」
転移したドローンがすぐに映像を送ってくれた。
ディスプレイシートに表示する。
浄火派の連中は7人。
うち3名は幹部クラス、しかもうち1人は……。
「バルメー……浄火派の聖女の腹心じゃないか」
聖剣教団浄火派を率いているのは、女だ。
聖女フラン・チェスカ。
彼女は、この場にはいない。
代わりにいるのが、彼女の腹心のバルメーだ。
象徴であるフランに対し、この男が行なうのは実働全般だ。
フランを担ぎあげて浄火派を立ち上げたのも、この男である。
浄火派で最も注意しなければならない男だった。
バルメーたちは、檻を2つ囲んでいた。
おそらく、近くに停めてある馬車から下ろしてきたものだろう。
中には……。
(あれはロックワーム……)
岩芋虫。
バッカスを襲った岩石系の魔物で、最も数が多かったのがこいつだ。
カドニアの山々を棲家とし、時折鉱山に出没するため、カドニアの魔物といえばロックワームというぐらいメジャーだ。
ロックワームが入っているのは、バルメーたちから見て右の檻。
左の檻には、何も入っていない。
「よし、始めろ」
バルメーの指示で幹部のひとりが指輪をこすりながら、何やら念じている。
劇的な変化が起こった。
ロックワームが苦しみだしたかと思うと、その姿がどんどん黒い霧に変化していくのだ。
黒い霧はやがて完全に消滅する。
「続けろ」
バルメーの指示で、今度はもうひとり別の幹部が指輪に念を送る。
すると……。
(左の檻に……!)
先ほど完全に消滅した黒い霧が左の檻に出現する。
それはやがて、ロックワームの形をとった。
ワームは何が起きたかもわからず、檻の中で暴れだした。
バルメーが合図すると、呪言魔法使いと思しき男が《スリープ》を唱えた。
ロックワームが大人しくなる。
バルメーが満足気に頷いた。
「今回も成功か」
「ええ。精度も調整できるようになってきました。これなら行けますよ」
「ああ、革命の日は近いぞ、諸君」
浄火派は檻を回収し、馬車へと戻っていった。
しばらく追跡させたが、どうやら拠点に戻るだけらしいので見送った。
「……ご主人様」
「ああ、間違いない」
聖剣教団浄火派は、バッカス攻防戦に一枚噛んでいる!
「ですが、あの様子は何やら実験をしているようでした。バッカスの際は大規模な魔物の転移があったと聞き及んでおります。
浄火派がバッカス襲撃の黒幕と考えるには、少々無理がある気がしますね」
「そうだな。そもそも連中があの戦力を投入できるなら、カドニア王都に送り込むはずだからな」
いや、浄火派はおそらく……恐ろしいことに……最終的にソレをするつもりなのだ。
これはアースフィアでも前代未聞のテロリズムだ。魔物を利用し、人間の住む街を襲わせる。
そう……俺が浄火派を調査した上で彼らに協力する道はありえないと判断したのは、この過激なやり方によるところが大きい。
それにしたって、魔物まで利用するとは……俺も似たようなことを考えていただけに、怖気が立つ。
「バッカスはおそらく、デモンストレーションだったのでしょう。今の魔物転移の方法を売り込んだ者がいるはずです」
フェイティスの言葉に頷く。
魔王支配の時代ですら、あんな方法で魔物を転移させたデータなんて、残ってなかった。
魔王亡きアースフィアに、黒い闇が迫っているのだ。
その正体を暴くとなると……。
「浄火派に接触するしかないな……」
精神が陰鬱に沈みそうになる。
そんな俺をフェイティスが支えてくれた。
「ご主人様、浄火派は危険です。あの者たちは聖剣教団を名乗る資格のない無法集団です」
「ああ、でも、ヤツらの計画だけはなんとしても阻止しないといけない」
「お任せください。浄火派から泣いて謝ってくる策を用意致します」
こんなときリオミは何も言わずに寄り添ってくれるが、フェイティスは具体性のある助言をしてくれる。
「ああ、便りにしてるよ。フェイティス!」
待ってろよ、浄火派ども。
俺の聖鍵とフェイティスが、お前らをギャフンと言わせてやるからな!




