Vol.14
俺は買ってきたパンと水を人数分、取り出した。 周りの人々が羨ましそうに見ていたので、つい、他の人にも配ってしまった。
「これは、ヤムからの贈り物です。皆さんで分けあってください」
ここにいる人全員に配っても、パンと水はまだ余っている。彼らは口々に感謝の想いを伝えながら、とても大事そうにパンを少しずつちぎって食べ始めた。
「あ、ごめん。勝手にあげちゃって」
「ううん、もらったおかねじゃなかったし……」
そういえばそうだった。
「父の最期まで伝えてくださった上に、このようなお恵みまで……」
「ただの自己満足ですから。本当に気にしないでください」
そう、罪悪感から逃れたかっただけ。
リプラさんを騙したこともそうだし、俺がこの人達にしてあげられることが限られているという現実からも。
今この時だけは、何かしたかった。
……多分、この街を窮乏から救い上げることだけならできる。だが、それは俺がずっと彼らを世話し続けるという意味でだ。自立を促すともなれば、相当長いスパンで考えなくてはならない。
だが、カドニアは反乱の真っ最中だ。フォスの援助だけを続けていくと、良くないことが起きる……。
「お名前を聞かせていただけませんか」
「俺は……」
「アッキーさん、だよ」
うは。
もうちょっとマシなの名乗ればよかったよ。
「改めてありがとうございます、アッキーさん」
「お兄さんは冒険者なんだって」
「やはり、そうでしたか。何か報酬をお支払い出来ればいいのですが……」
「いえ、もうお父上から頂いておりますので」
俺の口も、よく回るものだ。
「これほどの大恩、一生かかってもお返しできそうもありません」
「娘さんとご自分だけで手一杯でしょうに」
「受けた恩は返すというのが、父の教えでしたから」
勘当されてからも、父の教えを守り続けているのか。その教えは、ヤムたんにも受け継がれている。
「ええと、じゃあ……また遊びに来てもいいですか?」
「はい、そのようなことでしたら喜んで」
「お兄さん、またきてくれるの?」
ヤムたんが期待の眼差しで俺を見上げる。
「うん。必ずまた来るから」
少女の頭をくしゃくしゃと撫でる。
全然洗っていないから脂ぎっていた。
「うーん……」
「?」
小首を傾げるヤムたんを見ながら、俺は考えていた。
「もったいないな」
「えっ、お兄さん?」
「すいません、リプラさん。娘さんを少々、預からせていただいてもいいですか?」
「ええと……」
流石にちょっと困った様子のリプラさん。
「わかりました。父の遺言を伝えてくださった方が、悪いことをしているとは思えません」
「すいません」
「ヤム。お兄さんと一緒に遊んでらっしゃい」
「いいの? うん!」
ヤムたんは喜んでくれた。リプラさんたちに手を振りながら、俺は空き地を離れる。
「どこに、いくの?」
「ちょっと、いいところへね」
俺はヤムたんと手をつないで歩いている。
ヤムたんはどこに連れて行かれるのかと、ちょっと不安そうだ。もう片方の手でぬいぐるみの手をぎゅっと掴んでいる。
いかんな、この光景だけで考えると俺が犯罪者のようだ。
聖鍵を取り出す。
――聖鍵、起動。
――範囲転送、半径1m以内の有機生命体。
――だが! ウイルスは許可しないッ!
――ヤムたんを蝕む病原菌、ノミ、寄生虫などの生命体は一切許可しないィィッ!
――転送先、マザーシップ大浴場入り口前。
「……!? ……!?」
突然光に包まれ、あたりの景色がまったく見覚えのない場所になり、ヤムたんは混乱していた。
俺たちの前には引き戸の扉。そして雰囲気を出すために設置された暖簾。これは俺が後から拡張の際に用意した、大浴場の入り口である。
「大丈夫、魔法を使ったんだよ」
「え、え」
さすがに自分の身に起きたことが信じられない様子で、なかなかわかってもらえなかった。ヤムたんの手を引いて、暖簾をくぐる。俺の記憶にあった公衆浴場を元に作らせた脱衣場は、日本の銭湯そっくりだった。残念ながら番頭のところに座っているのは、管理ボットである。
「ヤムはお風呂に入ったことはある?」
「お、ふろ……?」
ないらしい。
アースフィアの風呂は教団が広めたらしいが、彼女のような物乞いが嗜む機会はなかったのだろう。
「うん、体を綺麗にするところだよ。とっても気持ちがいいんだ」
「そうなんだ……」
「これから、ヤムと俺が一緒に風呂に入るんだよ」
うーん、我ながら変態的なセリフだ。
大丈夫。俺はイエスロリータノータッチの精神を持つ紳士。それ以前にロリコンではないが。
俺はヤムの目の前というのを気にすることなく、服を脱ぎ始める。最後の一枚をカゴの中に放り投げ、ヤムの方に向き直った。
「わぁ……ほんとうについてる」
どこを見ている、どこを。
そこは俺の聖剣だぞ。
「ヤムも服、自分で脱げる?」
「う、うん」
特に羞恥心はないようだ。ボロきれ同然の服を手早く脱ぎ捨てるヤムたん。下着も布を巻いただけの帯だった。それを外すと、ヤムたんも生まれたままの姿になった。
ところどころ垢と汚れだらけだ。今からこれを洗い流す。発育は歳にしてはいいほうかもしれないけど、さすがに俺も興奮したりはしない。
いや、本当にロリコンじゃないってば。
「ついておいで。あ、足元は滑りやすくなってるところもあるから、走っちゃだめだよ」
ふたりで浴場へ入る。当然、こちらも古式ゆかしい銭湯だ。もちろん湯は張ってあり、辺り一面湯気まっしぐら。俺のこだわりである富士山の絵が、どどーんと視界に入ってくる。
「そこに座って」
「うん」
ヤムたんは、俺の示した風呂椅子にちょこんと座る。
「ここを押してみて」
「……えいっ」
ヤムたんが押したのは、お湯の注ぎ口だ。一回押すと、ちょうど一杯分のお湯が桶に注がれる。
「この入れ物のお湯を被って」
「…………ん」
湯気の出ているお湯が珍しいのか、逡巡した様子で桶の中におそるおそる手をいれる。
「あったかい」
「うん、だから被ると気持ちいいよ」
ヤムたんは意を決して、言われたとおりにお湯を被った。
「ひゃあ~っ」
「気持ちいいでしょ」
俺も隣に座って同じようにお湯を注ぎ、体に流す。ヤムたんはやり方を覚えたようで、何度かお湯を被っていた。
「じゃあ、次は体を洗おうか」
「あらう……?」
この子は、水浴びもしたことがないのだろうか。俺は備え付けのボディーソープをナイロンタオルに染み込ませ、泡立てた。
「やったことないなら、今から教えてあげるね」
俺はヤムたんの柔肌を丁寧に洗いあげた。最初はむず痒そうにしていたヤムたんだったが、やがて慣れてきたのか気持ちよさそうに鳴いていた。汚れは面白いように落ちていく。長年の垢も、彼女から剥がれていく。
最後に洗い流してあげると、見違えるように綺麗な肌になった。
「じゃあ、次はシャンプーだな。目が染みるかもしれないから、ちゃんと瞑ってて」
ヤムたんは言われたとおりにきゅっと目を瞑る。俺はまずヤムたんの頭にお湯を流してから、シャンプーを自分の手に垂らした。シャンプー液をヤムたんの頭に落としながら、ぐしゃぐしゃと髪を洗った。流石にごわごわしていて手強い。
「あいたっ」
「あ、ごめん。強すぎたか」
一言謝ってから、俺はシャンプーをさらに追加。今度はゆっくりと丁寧に髪を梳かしていく。
一度洗い流して、またシャンプー。これを何度か繰り返すと、だいぶ髪が柔らかくなってきた。
「頭、どこか痒いところある?」
「てっぺんのところが、かゆい」
素直だ。日本人ならここは大丈夫と答えるところだ。誰だってそうする、俺もそうする。
言われたところを丹念に、爪を立てることなく掻いてあげると、ヤムたんは気持ちよさげな声をあげた。
うーん、このシチュエーション、なんだろう。和むのと同時に、えもいわれぬ背徳感があるな。
リオミと一緒にお風呂もありか……いやいやいや。特殊なプレイを試すのは、もっと仲良くなってからだ。そこまで考えて、今は喧嘩してることを思い出してがっかりする。
最後のお湯で洗い流すと、ヤムたんの髪は赤茶けた黒から、透き通るような紅になった。ディーラちゃんに近い色だな。ディーラちゃんとお風呂もいいかもしれない。あの子は人間の羞恥心がないから、恥ずかしがったりはしないだろう。いや、流石に俺の聖剣が祟り神になってしまう。ダメだ。リオミにバレた場合、永久氷柱に閉じ込められかねん。
今度はリンス&トリートメントだ。髪をすくい上げるように馴染ませていく。もう汚れは洗い落としているので、これはすんなりと終わった。
「じゃあ、立ってみて」
ヤムたんを目の前に立たせる。
あ、まだ洗ってないところがあった。
一言謝ってから、ヤムたんを再び座らせて、今度は洗顔。ヤムたんはちょっぴりイヤイヤをしたが、顔は女の命だ。ここで手を抜くことは許されない。
さらに先ほどは遠慮したお尻もちゃんと磨いた。前の方は、ヤムたんに自分で洗わせる。
「よし、今度こそ終わりだな」
もう一度立たせたヤムたんは、見違えるようだった。どこぞの貴族のお嬢様と紹介しても、通るぐらいになっている。そう、顔を洗った後のヤムたんは天使だった。天使は地球ではなく、アースフィアにいたのだ。
一糸まとわぬ天使が、俺を不思議そうに見ている。胸はぺったんこだが、リプラさんを見る限り将来は有望だろう。
そういえばシーリアも、結構胸があったんだよな。シーリアとお風呂……いや、これは提案した段階で斬られる。
「鏡を見てごらん」
「え……これ、わたし……?」
信じられなさそうに驚くヤムたん。鏡には、まさに生まれ変わった自分が映っていたのだった。
「やっぱり、俺の目に狂いはなかったな」
「お兄さん……すごい。やっぱりまほうつかいなんだ!」
お姫様に変身させちゃったという意味では、そのとおりかもしれない。
かぼちゃの馬車も用意してあげようか。
「じゃあ、俺も体を洗うから……その間に湯船に入っててもらおうかな?」
「ゆぶね? うん」
聞き返しながらも俺についてくるヤムたん。
「じゃあこの桶でもう一度、体にお湯をかけたらゆっくりと入るんだ」
ヤムたんは言われたとおりにして、湯船につかる。
「ほえ~……」
「あんまり、長湯しないようにね」
一言注意してから、俺も体と頭を洗う。
終わった頃には、ヤムたんは既に湯船に慣れていて、潜ったり泳いだりしていた。
「こらこら、危ないよ」
「だって、気持ちいいんだもん」
俺も浸かる。マザーシップの風呂にはいつも入っているが、大浴場を使うのは何気に初めてだった。まあ、最近できたわけだからな。
ちなみに俺が入っているのは男湯で、女湯も別に用意してある。本来ならば、ここを利用するのは俺だけだ。
男といえば、カドニアの傭兵を幽閉したままだったのを完全に忘れてた。一応、営倉区画もできたので、そちらに移すように指示しよう。連中はこのまま、永久禁錮刑だ。二度とシャバには出さない。
「あ~、極楽極楽」
「ごくらく~?」
俺はここ最近の悩みもすっかり忘れ、お風呂で仲良くヤムたんと戯れた。




