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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode02 St. Revolution Key

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Vol.13

「まず、魔物退治の依頼だが……ここ数年、ほとんどなくなっているとのことだ。元からこの国は魔物が少なかったはずだが、それに輪をかけて減っている」

「ギルドの人は、なんて言っていた?」

「原因は不明だそうだ。魔物の被害が減るのは確かだから、あまり追求しようという動きもない」

「バッカスに大量に現れた魔物については?」

「それについては、まだ噂にもなっていないな。ギルドの者は一応知ってはいるようだったが、対岸の火事だな」


 カドニアは内乱で他国どころではない。それは当たり前か。ギルドが魔物の出現に絡んでいるという線はもともと考えていなかったが、案の定のようだ。


「ちなみに、アキヒコへの依頼だが……やはり、盗賊は浄火派の隠語だった」

「…………」


 それももう、ほとんどわかってはいたことだが。

 これで確定になった。


「指名したし、依頼を受けてほしいそうだ。報酬は大したことなかったが……」


 王国の財政状況を考えれば、それはまあ納得だ。

 むしろ、気になるのは。


「罠の気配は?」

「少なくとも、ギルドの者はアキヒコを悪しざまに言ったりすることはなかった。王国はどうだか知らないが。アキヒコと私が知り合いなら、絶対に呼んでほしいそうだ」

「……行けば、強制みたいな?」

「まあ、依頼を受けるまで、そう簡単に帰してはもらえないだろうな」


 まだ罠かどうかの判断は難しいようだ。ルナベース検索でも、特にヒットはしない。


「わかった。ありがとう、シーリア」

「礼には及ばん。それで、私は今後どうすればいい?」

「王都で集められそうな情報は、そんなところ?」

「ギルドには、情報屋のツテがある。そちらに当たれば、王国側の動きについてなら調べることはできるが」


 ……どうだろう、必要だろうか。

 魔物の動向に関わる動きがあるかもしれないし。検索のとっかかりも増えるかもしれない。


「じゃあ、それを頼む」

「わかった。ところで……アキヒコ」

「ああ、なんだ?」

「大丈夫か?」

「…………」


 俺が、いつもと違うことに気づいたのか。シーリアにまで心配をかけてしまった。


「ああ、大丈夫……」

「そうか」

「……あ、いや、待ってくれ。実はリオミと喧嘩した」

「…………原因は何だ」

「カドニア王国に対するスタンスを巡って、っていったところかな。詳しくは後で話す。できれば、ちょっと相談に乗って欲しい」

「いいだろう。あんまり、無理はするな」


 通話終了。


「さて、どうするかな……」


 フォスを適当に歩きながら通話していたから、リオミたちから随分と離れてしまった。この街で魔物に関する情報を聞くべきかと思ったが、ドナさんの話はシーリアの情報で裏付けが取れてしまった。これ以上、有力情報が得られるとも思えない。

 そんなときだった。


「おめぐみを……」


 力ない声をかけられる。物乞いか。


「これでパンでも買ってくれ」


 人魚の涙を買った時のお釣りがあった。

 銀貨を50枚渡す。


「こ、こんなに。ほんとうにいいの? ありがとうございますっ」


 相場は銅貨なんだろうか。

 ググってみると、銅貨数枚。あげすぎだった。


「このあたりでは見かけないひと。あなたは……?」


 よく見ると、物乞いは少女だった。7~8歳ぐらいだろう。身なりは汚らしく、ボロ布を纏っただけのみすぼらしい姿。ところどころも垢だらけで、髪もボサボサ。元の色もわからない、赤茶けたうさぎのようなぬいぐるみを抱えているのが印象的だ。


「俺は……ただのしがない冒険者だよ」


 予言の勇者。そんなふうに名乗る気には、なれなかった。名乗る資格すら怪しい。


「お兄さん、たくさんのお金ありがとう。なにかお礼がしたいです」


 物乞いにしては殊勝な心がけだな。


「キミは自分の生活だけで手一杯だろう。俺にお礼なんて余裕はないんじゃないか」


 やや突き放すように言う。


「そう、かもしれないけど。たくさん、もらっちゃったから……」

「うーん……じゃあ、ちょっとお話聞いてもらっても、いいかな」

「う、うん」


 俺は少女の隣に腰掛けた。特に舗装もされていない土の上なので汚れてしまうが、別に構わないだろう。


「実はお兄さん、ちょっと喧嘩をしちゃってね」

「けんか?」

「うん。相手にひどいことを言っちゃったんだ」


 俺がカドニアを救えないと判断しているのは、事前の情報があるからだ。

 リオミは、あの話を初めて聞いた。あのタイミングで俺が見放すような発言をすれば、彼女が怒るのは当然だった。

 そんな彼女に、俺もあんな言い方はなかった。イライラしていたとはいえ、俺のほうが年上なんだ。大人の態度で接しないといけなかった。


「けんか、よくないよ……」

「そうだね」

「ちゃんと、謝らないとだめ」

「うん。ちゃんと謝らないといけないよね」


 ……苦しい生活をしているはずなのに。

 この子はどうして、こんなに優しい言葉をかけられるのだろう。お金をたくさんもらったから、だろうか。


「ごめんね、お兄さん。お母さんにパンとお水を買って帰らないと」

「ああ、そうか」


 きっと腹をすかせているに違いない。

 このときの俺は多分、きまぐれでその言葉を口にした。


「だったら、一緒に買いに行こうか」

「えっ」

「俺も昼、まだなんだ」


 苦笑する。

 リオミたちは……多分、大丈夫だろう。確かいざというときの保存食もあったはずだ。

 今はちょっと、会いたくない。謝らなきゃいけないのはわかってるけど、今すぐというのはハードルが高かった。

 少女は困惑していたが、別に嫌がる様子は見せなかった。

 道すがら会話をする。


「俺はア……アッキーだ」


 本名を言うのを躊躇ったら、口をついて出たのは小学校時代のアダ名だった。女の子っぽくってイヤだったやつだ。


「ヤム、です」


 ちょっと恥ずかしげに少女は名乗った。


「ヤムちゃんか。いい名前だね」

「…………そんなこと、ない」


 目がばってん印になって、ぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめている。

 照れているのかな。本当は人見知りする子なのかもしれない。というか、ちゃん付けするとサイバイマ○の自爆で死にそうだな。別の呼び方を考えよう。

 到着した食料品店は強盗対策なのか、店主は格子の向こう側にいた。先ほど渡したお金を袋から取り出そうとするヤムたんを制し、俺は金貨を取り出した。


「この店で一番いいパンと水を、買える分だけ」


 驚いた店員は大慌てで商品を持ってきた。

 ……やばい、とんでもない量が来た。金貨1枚で10000円だから、その認識で使ってた。

 しょうがないので、食料品は聖鍵を収納してある異空間にどんどん放り込む。その様子をヤムたんと店員は驚きながら見ていたが、いちいち気にしてもしょうがない。

 店を出る。


「お兄さんは、まほうつかいなの?」

「う、うん。そうなんだ」


 子供からすれば、そう見えるよな。というか魔法使いを名乗るのも、あながち嘘でもない気がする。


「……パンと水」

「え、ああ……」


 パンも水も全部俺がしまってしまった。


「家まで運ぶよ。どこ?」

「えっとね、あっち」


 ヤムたんは俺を先導して歩き出した。何やら、ちらちらと俺の方を気にしてる。警戒されてるのかな。


「おかね……」


 ああ、俺が払っちゃったから気にしてるのか。


「いや、いいよ」

「でも……」

「このパンと水も、物乞いでもらえたと思って」

「……」


 流石にそれは無理があったのだろうか、ヤムたんは挙動不審になっている。恩を売ったみたいで、何か気まずい。


「そ、そうだ。俺もちょっと疲れてるから、ヤムのおうちで休ませてもらえないかな? その代金ってことでどうだろう?」

「ほんとうにそんなのでいいの……?」


 見知らぬ男を家に上げるのに、もっと抵抗とかないのだろうか、この子。


「じゃあ、ごしょうたい、するね」


 笑ってくれた。

 身なりが汚いからアレだけど、きっと磨けば綺麗になると思う。


「ここだよ」

「え、ここが……?」


 ヤムたんに裏路地をぐるぐると巡って案内された場所は、空き地だった。

 ここに何人かのみすぼらしい格好をした人々が寄り集まっている。ボロ布を地面に敷き詰めて、各々の寝床を確保しているようだ。

 俺は彼らにジロジロと好奇の視線を向けられたが、ヤムたんは人々に挨拶をしながら俺を案内してくれる。みんな、ヤムたんには笑顔を見せていた。どうやら、虐められたりってことはないらしい。

 いい子だもんな。苦しい生活の中では、数少ない癒しなのかもしれない。

 やがて、畳一畳分ぐらいの広さの敷物のところでヤムたんは止まった。俺より年下に見える女性が寝転がっている。おそらくは姉だろう。ヤムたんのお母さんらしき人は見当たらない。


「お母さん、ただいま」


 ……え?

 今確かに、ヤムたんは寝ている女性にお母さんって言ったよな。

 当の女性が身を起こして、うろんな瞳で俺を見上げた。


「……ヤム、その人は……?」

「お金くれたひと」

「だからって、連れてきたりしちゃダメでしょ」


 ……本当に、母親、なのか。まさかハーフエルフで長寿だから、若作りとかだろうか。

 俺は思わず、彼女のことを検索してしまった。軽率な詮索。俺はすぐに後悔した。


「リプラ……」


 19歳……だと……。


「え? どうして、わたしの名前を……」


 しまった。


「あ、いや。聞いたもので」

「そうなの、ヤム」

「ううん、言ってないよ。どうしてお母さんの名前を知ってるの?」


 ふたりから、不審の目で見られる。


「いや、これはその……」

「……お兄さん?」

「えっと、ごめん。嘘ついた。本当は聞いたんじゃなくて、知ってたんだ」

「それは、どういうことですか……?」


 俺は知ってしまった彼女の経歴から、作り話をでっち上げる。


「リプラ・フリスカさん。貴女は……お父様に勘当されましたね」

「どうしてそれを……」

「私はお父様の死後、彼から遺言を承りました」

「え、それでは父は……」

「……はい。バルドさんは病でお亡くなりになりました。2年前のことです」

「……そうですか。父は、なんと?」 

「はい。『リプラ、許してくれ』と」


 それは、バルドという人物が末期に呟いた言葉だ。そんな情報まで、ルナベースのデータには残されていた。どうしてそんな言葉を遺したのか、どんな想いでバルドがその言葉を遺したのかさえ、ルナベースは例外なく俺に伝えてくれた。


「そんな、どうして父が……」

「貴女がヤムを身篭った後、貴女は生むことを決意し、バルドさんはそれを許さなかった」

「はい、そのとおりです」

「ですが、バルドさんはそれを後悔していました」


 勝手に死人の最期を伝えることは、許されるのだろうか。だが、無念の想いで死んだバルドという男性に、俺も少なからず感情移入し始めていた。

 本来なら決して伝えることのできなかった想い。

 俺は、偽りのメッセンジャーになりきることにした。


「俺はその言葉を伝えるため、貴女をずっと探していたのです」


 無茶苦茶もいいところだ。バルドが病死したとき、俺はまだ大学1年生で、アースフィアにはいなかったというのに。

 だが、リプラさんはそれで納得してくれた様子だった。


「ああ……お父さん……」


 込み上げる想いにリプラは口元を押さえ、涙を流した。


「お母さん、泣かないで……?」


 母を慰める少女を、リプラが抱きしめる。

 俺は少なからぬ罪悪感を抱きながら、ふたりを見ていた。

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