Vol.11
夕飯時。 俺は、みんなを迎えに行った。久々にマザーシップの食堂に集合する。
「バッカスには……留まらないのですか?」
リオミは少し残念そうに俺の顔色を伺う。
「ああ、先にやらなきゃいけないことができた」
「……なあに?」
俺の真剣な様子に、茶化すことなく促すディーラちゃん。
「魔物の件、だな」
「そうだ」
シーリアの呟きを肯定する。夢気分でいい旅をするのは、ここまでだ。
「結論から言うと、あの魔物はカドニアが原因だ」
「そ、それはどういうことですか……!?」
「言葉どおりの意味だよ」
リオミの驚愕に、俺は冷静なまま返答する。
「カドニアのどこかに、黒幕がいるんだ」
ルナベースの分析は明快だった。
ワイバーンなどの飛行系は、北西カドニアの鉱山付近にいたものが、突如消滅し、バッカス上空に出現したもの。守備隊が戦った魔物の群れは、都市国家群周辺にいた魔物が姿を消し、一度に全部現れたもの。そして、主力の岩石系はカドニア鉱山に棲息する魔物が同様に姿を消し、カドニア方面から侵攻してきたもの。
出現位置こそバラバラだったが、いずれもバッカスへ向かうように”設定”されていた。消滅と出現に関しては過去のデータがなく不明とのことだったが、魔力の形跡を追ったところ、いずれもカドニアに結びつくことが明白となった。
王国か、浄火派か。あるいは魔王の配下の生き残りか。
とにかく、バッカスに魔物の群れを出現させた黒幕がカドニアにいることは間違いない。カドニアの内乱状態や、ギルドからの依頼云々以前に、この事件の発端の調査をする必要が出てきてしまったのだ。
正直、あの国の印象は最悪に近いので行きたくはないのだが……。
「カドニア王国が、魔物を操っているということでしょうか……?」
「わからない。魔王がいなくなったあと、瘴気による支配力は薄まっている。
でも、あの魔物の群れは、どいつもこいつもダークス係数が臨界を突破してた。消滅と再出現をどうやったのかはわからないけど、あの魔物が作為的に集められてバッカスにけしかけられたことは間違いない」
リオミの疑念に答える形で、俺は自分の言葉を頭の中で整理した。犯人を決めつけるのは早計だ。それを調べるため、俺はカドニアに赴かねばならない。もちろん、調査ドローンは既に先行偵察に出して、いずれの勢力もチェック中。だが、ルナベースに任せっきりにすることの危険性は既に理解している。この目で見なければわからないこともあるはずだ。
「できるだけ、カドニアの内乱そのものには介入しない方向で考えているけど、魔物を操ってる黒幕次第では、どうなるかわからない」
カドニアの内情については、いずれ詳しくみんなに説明する必要があるだろうが、今はいい。リオミやシーリアには釈迦に説法になりそうだし。魔物の調査のほうが先だ。
……何故か、あの死体袋の列がフラッシュバックする。
くそっ……。
「すまない、食欲が無いから晩飯はみんなで済ませてくれ」
「えっ、アキヒコ様……」
俺は席を立った。リオミが何か言いたげだが、今の俺には気遣う余裕はない。転移で艦長室へ跳んでベッドに身を投げ出した。
「……はぁ」
今回の不調の理由は明確だ。
人の、死。
この世界でああいった形で人が死ぬのは、ある程度わかっていたことだ。
だが、生でリアルに体験するとなると、話は別だ。
「聖鍵の力でも、すべては救えない……」
そんなのは当たり前のことだと、わかっていたはずなのに。
これほど規格外の力を持っていても、助けられない自分が情けなくなる。もっと力をうまく使えていたら。もっと早くにこの事態に対処できていたら。俺がカドニアをもっと早期に調査していれば、防げたかもしれない。最適解があったかもしれない。
「いや、今は悩んでる場合じゃない」
前に進み続けると決めたのだ。これ以上、なんらかの被害が発生する前にカドニアに向かうのだ。
だが……何から着手すればいいのだろうか。
魔物を捕獲して、ダークス係数のサンプルを取るべきか?
王国と浄火派に深く探りを入れてみるべきか?
すばり、魔王の配下の生き残りがいないか調査すべきか?
いや。
全部だ。
すべてを並行して行なう。
聖鍵の組織力なら、全く不可能な話ではない。
これ以上の失敗は許されない。
バッカスのように、全戦力を投入するような戦いになってからでは遅い。
大丈夫だ、俺はひとりではない。
仲間の助けがある。
みんなで相談すれば、いい案が出るかもしれない。
精神的にダメージを受けていることは自覚している。
こんな時は素直に、リオミに甘えたい……。
この世界に来て、どれだけ彼女に救われているか。
あまり自分を責めても、いい結果につながるとは思えない。
リオミに会いに行こう。
「リオミ、いるか?」
「アキヒコ様! 少々お待ちください」
リオミは俺を部屋に招き入れてくれた。椅子に座り、彼女が淹れてくれたお茶をありがたく頂く。
良い香りだ……体の疲れがとれていくのを感じる。
「アキヒコ様、本当に大丈夫ですか?」
隣にやってきたリオミの心配そうな笑顔に笑い返した。
「ああ……うん。ちょっと、ダメになってるかもしれない」
強がることなく、素直に伝える。
「…………」
リオミは無理に言葉を作ったりせず、俺に寄り添ってくれた。それだけで……自分の気持ちが落ち着いていくのがわかった。
自分が、この世界に残る理由。
リオミの優しさ。
シーリアの頼もしさ。
ディーラちゃんの天真爛漫さ。
俺を歓迎してくれる、アースフィアの人々。
これまで長く悩むことが多かったが、思い出せればあっという間に自分の中に力が戻ってきた。そうだ、俺が失敗しても仲間がフォローしてくれるし、仲間の失敗も、俺はフォローできる。
聖鍵。そうだ、俺はダメでもコイツがある。今は聖鍵を使うだけの無能でも構わない。その分、有能な仲間がいてくれるのだから、心配はいらない。俺は誰よりもうまく聖鍵を使うことだけを、考えればいいのだ。
明日から、カドニア入り。心が弱ったままじゃ、やっていけないはずだ。
あの地では、もっと多くの人が……命を落としているのだから。
「みんな、おはよう」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おっはよ!」
いつもどおり、食堂で朝食を摂る。昨晩なかった食欲も戻っており、俺は小倉入りのコッペパンたっぷりおかわりした。
うん、ちゃんと味もする。大丈夫だ、俺は大丈夫。
食べ終わると、早速シーリアが手を上げる。
「具体的には、これからどうする?」
「まずはカドニアに入るけど……できれば、情報の得やすい場所に行きたい。王国と浄火派に偏ってないところがベストだな」
どちらかに偏った場所だと、動きづらくなる可能性はある。勢力の情報を得るだけなら、それでもいいのだが……。
「それなら、鉱山街がいいのではないでしょうか。中立を貫いている場所もあったはずです」
「じゃあ、そこから適当にピックアップしておくよ」
即決する。このあたりでウジウジ迷っても、しょうがない。
「ディーラちゃんは、ラディちゃんのお世話をしたい?」
「ううん、側にいるだけで何かしてあげられるわけじゃないから……お兄ちゃんたちを、手伝いたい」
最近、ディーラちゃんの様子に変化が見られる。ラディちゃんの側を離れ、俺達と行動を共にするようになってきた。
「アキヒコ。私は別行動でも構わないか?」
「ん、シーリア。何かアテがあるのかな」
「私なら、カドニアのギルドにも顔が利く。魔物関係の依頼を探ってみる」
……なるほど。
分布図として魔物が減っているらしいことはわかっているが、実際の依頼状況からも測ってみようというわけか。
「それとは別に、アキヒコ指名の依頼があっただろう。あれについても詳しい話を聞いてこよう」
そういえば、そういう話もあった。今のところ受ける気はないが、浄火派に関する情報を聞けるかもしれない。
「何かわかったら連絡をくれ」
ある程度方針を決めた後、俺達はカドニアへと降り立つ。結局、中立の鉱山街フォスという場所を選んだ。ここを拠点に、情報を集める。
最初に向かう場所は聖剣教団支部だ。さして大きくもなかったが、ここなら魔物の情報が聞けるかもしれない。
シーリアが同行していたら、苦い顔をしただろうな。
残念ながら、アンダーソン君はここにはいなかった。呼び出せば来るだろうが、話を聞くだけなら別の人でも問題はない。
「魔物の情報、どんな些細なものでも構いません。何かご存知ではないですか?」
「魔物……ですか?」
俺が質問したのは受付の人。俺と同い年ぐらいの女性だ。くすんだ茶色の毛はここしばらく手入れされた様子がない。痩せていて、不健康そうな顔色をしていた。こころなしか、声もか細くて元気がない。
「最近、このあたりで出没したという話は聞かないですね」
「大体、いつ頃から? 元々はどの程度の魔物がいたのですか?」
「もう結構長い間ですねぇ。前は冒険者に依頼してロックワームを狩ってもらったりしてました。多くも少なくもなかったですね」
ルナベースで分布図及びグラフと照らし合わせる。一致か。魔王が消える前から魔物の減少は観測されていた。アンダーソン君の任務も、ここら辺ではあんまりないようだ。
「ありがとうございました」
「それでその、貴方はいったいどなた様で……」
む、どうしよう。カドニアは反予言派だし、まずいだろうか。実際、今までの人と違って俺のことはわかってないみたいだし。だが、聖剣教団に勤めているぐらいだから、勇者に反感を持っているということは多分ないだろう。街も中立ってことは、必ずしも王国の方針に賛成だったという訳じゃないかも。
「三好明彦という者です」
「……え?」
茫然。彼女の反応はその一言で括れる。
特に意外でもない。
が、その後の彼女のセリフはそうじゃなかった。
「勇者様! 勇者様が来てくださった! ようやく、ようやく聖剣への祈りが届いたのだわ!」
「えっと……」
これまでのローテンションが嘘のようにエキサイトする受付嬢。このパターンはギルド長に似てる。
思わずくるりと踵を返す。
「それじゃあ、俺はこれで失礼して……」
「お待ちください!」
彼女は後ろからすがりついて来た。結構勢いがあったような気がするが、パワードスーツが受け流した衝撃の数値は異様に低く表示されていた。
「勇者様、どうかこの街を……フォスをお救いください!」




