Vol.10
バッカス戦闘空域に戻る頃には、バッカス守備隊は、かなり優勢に戦いを進めていた。飛行系の魔物を掃討し、リオミたちが地上の援護に回れたのが大きい。
だが、主力の岩石系の大群はまだ接近してきている。
マスドライバーとヒュプノウェーブブラスターの効きが、あまり良くないのだ。岩石系は精神耐性が高い魔物が多く、マスドライバーのような隕石攻撃にも親和性が高い。それでも、規模は半分程度にまで削れている。
――フライブルを8機転送。
――敵主力の上空へ。
俺は聖鍵に命じて、戦略爆撃機を召喚する。スマート爆弾による絨毯爆撃で、主力に対する足止めを試みる。
だが、やはり硬い。アレを使うしかないか。
「リオミ、聞こえるか?」
「アキヒコ様! はい、聞こえます!」
俺はリオミに通信を送る。回線は、こちらからかける場合は自由に開ける。
「こっちで足止めをしてるんだが、このままだと全滅させる前に合流される。どうも連中、撤退する気はないみたいだ。なんとかあいつらの進軍を少しの間でいい、止められないか?」
「わかりました、任せてください!」
リオミは《ハイフライト》で主力の群れへ急行した。
あと少し……あと少しで、射程に入る。
「《大地よ。我が意に従い、爆ぜ割れよ! アースシェイカー!》」
リオミの声紋魔法が炸裂する。
魔物が踏みしめていた大地が割れて、魔物どもを呑み込んでいく。地面が隆起し、地形が変わった。生き残りの魔物も大きく迂回せざるを得なくなる。
「よし、充分だ……ありがとう、リオミ!」
「はい、お役に立てて嬉しいですっ!」
俺のフリーバードもまた、連中の頭を押さえるべく対地ミサイルによる射撃を加える。無人機も次々に主力を蹴散らしていく。この主力は対空攻撃手段は乏しいので、一方的に攻撃できる。
それでもやはり、数が違いすぎる。
バトルオートマトンは守備隊の援護に回しているので、どうしても頭数が足りないのだ。
「こちらも、ほぼ片付いた。向かったほうがいいか?」
シーリアが連絡を入れてくれる。
そうか、守備隊の方は大丈夫そうだな。
でも、これ以上損害を出させるつもりはない。
「いや、残りの群れには絶対に近付かないでくれ。この世界から消えたくなかったら」
「……わかった。大丈夫なんだな?」
「ああ、俺はともかく聖鍵は信じてくれていい!」
いつもの軽口を叩きつつ、俺もまた旋回して撤退する。無人機もそれに続いた。
準備が、整ったのだ。
――聖鍵、フリーバード制御解除。
俺は機体の操作を無人用に切り替える。確実を喫するため、俺はもうひとつの兵器の制御に専念する。
――聖鍵、起動。
――マリンボウイ、直接制御開始。
俺の意識が、全く別の場所へ飛ぶ。バッカス南沿岸に接近した大型潜水艦……マリンボウイへ。
普段はアズーナン王国周辺に出没するクラーケンなどの掃討に利用する兵器だが、今回のためにわざわざ呼んだのだ。転移で移動する能力がないので時間がかかってしまったが、ギリギリで間に合った。この潜水艦には、沿岸部を広範囲に攻撃できる奥の手が搭載されているのだ。
――反応弾頭イレイサー、対地ミサイルに装填済み。
――バッカスに集結中の敵主力部隊に向けて、並列発射!
南海から次々に弾体が打ち上げられ、大きく弧を描き、次々に魔物の群れに降り注いでいく。ミサイルの雨は1分ほど止むことなく、容赦の無い無慈悲な殲滅を試みる。例えどんなに装甲が厚くても、無駄だ。反応弾頭イレイサーの爆発は空間ごとその存在を削り取る。ザ・ハ○ドを広範囲に及ぼすと言えば、わかる人にはわかるかもしれない。
攻撃が終わった後、文字通りそこには何も残っていなかった。魔物がいた形跡さえ、完全に消滅している。
「ふぅ……」
戦況を確認する。ルナベースの報告では、周囲にダークス反応なしと出た。もう、この周辺に瘴気に侵された魔物はいない。なんとか、凌いだようだ。
「魔物の全滅を確認。もう大丈夫だ」
「やりましたね、アキヒコ様」
「それで……この状況はどうするんだ?」
「ああ、街のほうでの救助活動に移ろう。俺も合流する」
「うん……あたしも頑張る」
ディーラちゃんも、やる気だ。罪滅ぼしができると思っているのかもしれない。
しかし、これほど大規模に聖鍵の力をおおっぴらにしまうことになるとは。あまり俺のやったことだということをアピールせず、早々に退散したほうがいいかもしれない。過ぎたる力を持っている者は、恐れられるものだ。
「リオミ。済まないが、今回、予言の勇者は関わっていないってことで話を通してくれないか?」
「え? どうしてですか?」
「俺がこういう力を使えるんだということがアースフィアで知られてしまうと、各国から脅威と見られる可能性が高い。できれば今回の戦力は聖剣教団が遣わした使徒だとか、そんな感じにしておいてくれ」
「は、はい……」
リオミは俺に対する好感度が高いので、ピンと来ないかもしれない。ロードニアの人々だったら、受け入れてくれる可能性も高いが……バッカスが同じとは限らない。
「他のみんなにも頼む。俺は、あくまで個人の力で戦ったってことで」
「ふむ。それが賢明だろうな」
「はーい」
シーリアは流石に俺の言わんとしていることが理解できたようだ。剣聖アラムも相当、恐れられていただろうからな。
ディーラちゃんは素直に返事をしていたが、どう思ってるんだろう。
合流後、それとなくみんなに再度の釘を刺してから、俺は救助活動に従事した。
「やっぱり、死人も出るよな……」
人が入った袋がずらりと並べられている光景は結構、きついものがある。幸か不幸か俺は直接死体を見ることはなかったが、救えなかった命があったことは俺の胸を締め上げた。
リオミは、バッカスの上の人に話を通しに行っている。
シーリアは、てきぱきと救助活動をこなしていた。
ディーラちゃんは、そのかわいらしい姿でみんなを励ましていた。
俺は……俺にできることは、そんなになかった。まだ火が広がっているところには専用装備に換装したドローンを派遣して、消火活動に従事させた。瓦礫をどけたりする作業は、メタルノイドにやらせたり、転移で跳ばす。
俺は聖鍵に命じるだけだ。
バッカスの人々は、こういった事態にも逞しく対応している。自由都市と名のつく街に住んでいるだけあって、自助努力が当たり前らしい。大きな被害は事前に食い止められたからか、作業そのものは手早く終わった。昼を過ぎたからだろうか、作業を終えた人々が思い思いに食事を摂っている。
俺も適当な屋台で串焼きを買い、腹をふくらませる。本当なら、この街も観光気分で回ることができたのだろうが、流石にそんな気分にはなれない。
そういえば、トランさんを迎えに行かないといけない。きっと心配していることだろう。
そう考えた俺はマザーシップに跳んだ。
「トランさん、なんとか最悪の事態だけは防げました。犠牲者は出てしまいましたが……」
「それは仕方がありません。むしろ、アキヒコ殿はよくやってくださったと思います」
む? 状況を把握できているのか。
俺が怪訝に思ったのを見て取ったのか、トランさんは得意げにスマートフォンを示した。
「なかなか面白いですね、この道具は。この船と連動させたら、いろいろと状況がわかりましたよ」
トランさんには、まだ簡単な使い方しか教えていないのに。自力でそこまで機能を解放するとは、やはりやるな。
「アキヒコ殿の意向も伺いました。確かに、あれほど大きな力を持っているとなれば、人々には恐れられることでしょう。ですので、私がバッカスの住民を代表してお礼を言わせて頂きます。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げてくれるトランさん。その言葉で、俺は幾分救われた気分になった。
「それで、この船……キャンプシップでしたか。この船で、必要な物資を運搬したいと思います。ここにリストを作っておきましたので、もしアキヒコ殿に用意していただけるものがあれば、お願い出来ますか?」
そのリストとやらも、スマートフォンを使って作ったようだ。トランさんの適応力には舌を巻くばかりだ。リストは聖鍵のアドレスに送信してもらった。
「これなら、ここの施設でほとんど用意できると思います。特に元手がかかっているわけではないので、すべて差し上げますよ」
「今回ばかりはありがたく頂戴しておきます」
トランさんも、物資を高く売りつけたりとかするつもりはないだろう。信用して物資を渡すことにした。
俺にできることは、こんなものだろうか。
いや。
最もやらなければならないことが残っている。
今回の魔物の発生経緯だ。
俺はポイント稼ぎも兼ねて、中枢へ移動する。聖鍵をセットし、情報を整理する。
やはり、あのポップアップした最新情報は緊急連絡だったらしい。あのタイミングで初めてルナベースも事態を把握したのだ。あの魔物の軍団は、どこからともなく出現し、その直前まで超宇宙文明の探査に引っかからなかった。どこかに潜んでいたか、なんらかのジャミングがあったのか。
俺は、ルナベースに早急に状況の分析をするように命じた。
結果はほどなく出た。
「……そういうこと、か」
嘆息する。
どうやら調べて以降、放置することを決めていた場所に行かざるをえないようだ。
「……カドニア王国」
こうして。
俺はすべての元を断つべく、カドニアへの入国を決めたのだった。




