Vol.06
さて、どうするか。
もちろん、こんな連中に危機感を抱くわけはない。解決手段は、いくらでもある。一番手っ取り早いのは連中を全員どこかに強制転移することだ。マザーシップに送り込んでしまえば人死も出ないし、落ち着いたところでアズーナン王国に突き出してやればいい。
必要ないとは思うが、もし逃げるなら転移対象は馬車でいい。非殺傷モードのバトルオートマトンで逆に包囲してしまうのもいいだろう。もちろん、俺が出て剣聖チップでもって無双しても構わない。
「アッヒャッヒャッヒャ! おい女ァ! もし、土下座して俺の靴を舐めるなら、カラダだけで許してやってもいいぜ!」
「へっへっへ、お嬢ちゃん。アジトでたっぷりとかわいがってやるぜェ」
「久々の女だ、ヒャッハーッ! 男は恋人か? こりゃNTRプレイもありだなぁ!」
……こいつら、下衆か。よろしい、ならば戦争だ。お前たちに相応しいソ○ルは決まった。死ぬがよい。いよいよもって死ぬがよい。
「アキヒコ」
「アキヒコ様」
「ん? ひっ……」
思わず呻く。ふたりが、俺の知らない顔をしていた。俺がヤツらに感じた殺意など、物の数ではない。
「お手を煩わせはしません。あの不届き者たちの始末は、わたしが」
「安心しろ。生け捕りにする。アキヒコの前で命は奪わない」
俺が止める間もなく、リオミとシーリアは馬車から飛び出した。
「うぉっっほおう! いいねーいいねー、この女ども、上物じゃねーか!」
「ヒューヒュー! かっこいいよ、お嬢ちゃん! これからストリップでも見せてくれるかなぁ?」
「ヒャッハーッ! 脱げー! 脱げー!」
連中は20人以上で、この馬車を囲んでいる。絶対的優位を信じきっている。
主に喋っているのは代表格っぽい3人だけだが、他の連中も思い思いに囃し立てていた。
ああ、なんてことだろう。あいつらは、まだ気づいていないのか。自分たちが怒らせてしまった相手が、修羅と魔神であることに。
まず、最初に動いたのはシーリアだった。この下衆どもにかける言葉はないらしい。連中には、何が起きたかもわからなかっただろう。
「へ?」
代表格のひとりが間抜けな声を上げた。
『女のうちひとりが自分たちの包囲網を瞬きをする間もなく走り抜けていったかと思うと、仲間たちがバタバタと倒れた』
そういうふうにしか見えなかったはずだ。
シーリアは既に、包囲の外で剣を抜いている。スレ違いざま、ソード・オブ・メンタルアタックで7人を切り伏せたのだ。剣の特性により、男どもは一切の流血なく、意識を刈り取られている。言葉にするだけならそれだけの話だが、驚異的なのは彼女が動く前、まだ剣は鞘に納まっていたという事実だ。
パワードスーツとチップを使った俺は、シーリアをパワーとスピードで上回る。さらにマインドリサーチをチップに同期させることで先読みを使えば、彼女にほぼ100%勝てる。だが、いずれの要素が欠けてもシーリアに勝利することはできない。
何故なら……。
「な、なんだ? 何しやが……ッ」
男は最後までセリフを言い終える前に、地に伏した。
「なんだ!? こいつ、何もしていないのにッ!」
もちろん、そんなことはない。シーリアは男に接近し、そして袈裟斬りにした。
ただ、その剣筋が見えない。速すぎるのだ。
超常的な剣速。超宇宙文明の技術でさえ、唯一再現できなかった剣聖アラムの強さ。彼女の動きについていけるパワードスーツはもちろん、先読みによってあらかじめ剣が来るところがわからなければ、俺だって彼女の剣の前には訳も分からず斬られるしか無いのだ。初撃の不意打ちを捌けたのは、呼吸と足運びから斬撃の軌道が読めたからであって、かわし続けるのは困難だ。
倒れた男を見下ろすシーリアが、つまらなげに鼻を鳴らす。
「弱すぎる。こんなものか?」
「クソッ、なんだこのアマ! おい、野郎どもやっちま」
「《その口を閉じなさい、下郎》」
「「「「「ッ……!?」」」」」
リオミの美声が絶対の命を下す。
それだけで。たったそれだけで、まだ健在だった下衆どもが一斉に黙り込んだ。
リオミは別に声紋魔法を使ったわけではない。魔法を使う時と同じ要領で言霊をぶつけただけだ。敢えて魔法として分類するならば、集団示唆といったところか。
「《隣同士で二組のグループを作り、そのまま10分間、交互に殴り合いなさい。殺さない程度に》」
無慈悲な勅命が、男どもを絶望に叩きこむ。そこからは阿鼻叫喚の地獄だ。男どもは恐怖に歪んだ顔で訳も分からず、無言で殴り合う。肉が裂け骨の陥没する音が響き、前歯が吹き飛び、血が流れても終わらない。どれだけ泣いても声を上げられないから、許しも請えない。まだシーリアのほうが、一撃で終わらせるだけ慈悲深いとも言えた。
「アキヒコ様。この者たちを視界から消してくださいますか?」
「は、はいぃ」
その手際に戦慄しながら、俺は男どもを聖鍵で倉庫送りにした。そして、『魔を極めし王女』を本気で怒らせた場合、おそらくこの程度では済まされないと肝に銘じたのだった。
「そ、そろそろ昼飯にするか」
馬車の中でバケシロの折り詰めを開ける。ハルードのお店で料理を褒めちぎっていたら、シェフが挨拶にやってきて、是非お土産にと渡してくれたのだ。
もちろん、全員分ある。今頃はディーラちゃんも食べようとしている頃だろう。
「アキヒコ。気分が悪いのか?」
「ア、アキヒコ様……すいません。少々やりすぎました」
「い、いや……大丈夫」
あの下衆どもに同情の余地はない。同じような犯行を繰り返していたことは言動から明らかであるし、毒牙にかかった女性たちがどのような末路を辿ったのかを考えれば、あれでも甘いほうだろう。
ただ、やっぱりリアルに流血沙汰を見てしまうと、結構きつい。
アースフィアに来て、初めて血を見たのだ。どこか頭の中に、ゲーム感覚があって、抜け切れていなかった。シーリアが不殺の剣を用いていなければ、俺はあの場で吐いていたに違いない。
「そういえば、シーリア。その剣について聞きたいと思ってたことがあったんだけど」
「この剣がどうかしたか?」
「いや、俺の思い過ごしというか、自惚れかもしれないんだけど。その剣を選んだ理由……ひょっとして、俺に気を遣ってくれたのか?」
「そ、それは……」
俺は彼女に人を殺すことはできないと、ずっと言い続けた。さぞ甘い男と評価されたのでは。そう考えていたのだが、シーリアが新たに選んだのが不殺の剣だと知ったとき、おや? と思った。
こんなふうに言うとリオミが怒りそうだが、俺はシーリアのことを冷酷・冷徹・冷血の氷の精神を身につけた戦闘マシンだと感じていた。人を喜んで殺すとまでは言わないまでも、殺すことについては何とも思っていないのではないかと。
「どうして、その剣にしたんだ? 差し支えなければ教えてくれ」
「この剣は……自分を鍛えるためだ」
「鍛える?」
「ああ。私はこれまで敵は殺すべしと考えてきた。それが最も後腐れがなく、殺す技術こそが強さであると」
「それもまあ確かに、強さなんじゃないかな」
「私もそう思う。だが、私は貴方からまったく別の強さの存在を学んだ。己がどのように想われようと、他人を活かそうとする強さだ」
俺がシーリアを殺さないと宣言したことは、それこそ彼女にとって天地がひっくり返るような出来事だったらしい。自分を殺そうとした存在を殺さず、自分を恨んでさえ生きろと言う男は、彼女の目には奇妙に映ったと。
「最初は甘さだと感じた。だが、考えれば考える程、弱い人間にあんなことが言えるとは思えない。ならば、あれもまた強さの発露であると考えるほかなかった」
「俺が、強い……?」
「うむ。貴方は自分が弱いと考えているようだが、それはない。貴方は自分が思っている以上に、強く。そして優しい人間だ」
シーリアの言葉をどこか遠い所で聞いているような気分を味わいながら、俺はバケシロを摘む。
味が、しない。昨日はあんなに美味しかったのに。
「私は貴方の強さを知りたい。そして、身につけたいと考えた。それが、この剣を選んだ理由。敵を活かすことによって見えるものがあるかもしれないと期待してのことだ」
私にはわからないかもしれないが、と彼女は自嘲気味に漏らす。
それも強さか。そんな風に考えたことは、一度もなかったな。
「現に私はこうして生かされて……いや、活きている。私は、貴方との戦いを経て変わったのだ。感謝している」
感謝? 俺はキミに恨まれているだけだと思っていたのに、そんなふうに……。
いや、そうだ。今、シーリアが浮かべている笑顔は、あのときと……城のパーティのときに見たみんなの笑顔と同じじゃないか。
不思議とあのときのように、わけがわからなくなったりはしない。冷静に、その事実を受け止めている。
ただ、胸から何かが溢れ出しそうなのを必死で堪えながら、味のしないバケシロを口に放り込み続けた。
「だから、私が生きる理由は貴方であり、私にしてくれたように貴方を活かすことが……剣聖の称号を失った後の、存在意義だ」
「は、はは……そっか」
俺は、今まで何も手に入れられない人間だと思っていたけど。手に入れても、すぐに手からこぼれ落ちて行ってしまうと思ってたけど。
なーんだ。もうこんなに、いろんなものを手に入れていたのか。大切で、かけがえのない存在を。
ああ、これ味がしないんじゃなくて、胸の中が別の味でいっぱいになってるんだ。
はは、せっかくの美味しい料理、もったいなかったな。
「この剣で、貴方を守らせてくれ。アキヒコ」
「もう、シーリア。貴女ばっかりずるいです」
ふたりが、俺の両隣にやってくる。
リオミはいつの間にシーリアを呼び捨てにするようになったんだろう。昨日、仲良くなってからか。
俺の力は、聖鍵だけだと思っていた。この力を使いこなして、アースフィアの役に立たなければと考えていた。
結局は、独りで戦っているんだと思っていた。
だけど、そうか。俺だけじゃ、なかったんだな。こんなにも頼もしいふたりがいてくれたんだ。あの程度の下衆ども、俺が手を下すまでもなかった。
無意識に、彼女たちを守るために遠ざけようとしてた。彼女たちにだって、戦う力がある。信じよう。俺だけが無理にひとりでやらなくてもいい。
彼女たちを頼ってもいいのだ。
俺の財産は。
アースフィア衛星軌道に待機するマザーシップでも、
魔王城を魔王ごと一撃で消し飛ばすホワイト・レイでも、
コストパフォーマンスに優れたバトルオートマトンでも、
圧倒的物量で魔物を制圧して版図を拡大するドロイドトルーパーでも、
コントロール不能になると味方を攻撃し始めるお茶目なセントリーボットでも、
未来の戦争に勝利するために人間の英雄を倒しにやってきそうなメタルノイドでも、
新たに手に入れた聖剣教団への命令権でも、
一国を一夜にして滅ぼすことも可能なヒュプノウェーブブラスターでも、
先日、魔王城跡地の争奪戦でオークとホブゴブリンを部族ごとゲル状の液体に変えたプラズマグレネイダーでも、
永劫砂漠でサンドワームの巣にクラスター爆弾を投下した戦略爆撃機でも、
ボタンをひとつ押すだけで各国間に核攻撃が可能なICBMでも、
あらゆる情報を蓄積し、いざとなればアースフィアを一撃で破壊できるハイパー・ホワイト・レイを発射可能なルナベースでも、
アースフィア太陽系を巡回中の一隻が月と同じ大きさのペネトレイター艦隊でも、
そのペネトレイター十個艦隊を擁する超巨大宇宙要塞パズスでも、
対旧神用銀河型決戦兵器アルティメット・スペーサーでも、
因果律を操作し宇宙を再創造するために用意されたロボット兵器インフィニティ・グラナドでも、
それらを量産するためだけに用意された専用並行大宇宙ペズンでも、
もちろん、聖鍵でもない。
彼女たちのような、仲間だったのだ。
友達や仲間がいるほうが必ずしもリア充だとは思わない。
俺は孤独が好きだ。ひとりでいる時間が好きだ。自分の妄想の中に閉じこもるのが好きだ。大好きなアニメを誰とも共有することなく観るのが好きだ。思考迷宮でいつまでも迷い続けるのもたまらない。
でも、孤独じゃないのも存外悪くはないな。




