Vol.01
「そういうわけで、よろしく頼む」
「ひぃ!」
「ちゃんと言い含めておいたから、大丈夫だよ」
「……ホント?」
「うむ。今の剣では竜の鱗を貫くのは骨だ。何もしない」
「ひぃっ!?」
「おいシーリア、お前わざとやってるだろう」
「いや、場を和ませようと……」
シーリア。
結局、俺についてくることになった元剣聖。彼女が改めてディーラちゃんに挨拶をしてたのだが……。
それがこのざまである。
「シーリアって、実はアホの子なのか?」
「む。それは聞き捨てならないぞアキヒコ。これでもきちんと勉学には打ち込んでいた方だ」
「……いや、俺が悪かったよ。人って向き不向きがあるよな」
「むぅ……」
「ふふ……あはははっ」
マザーシップの食堂で夕ごはんを頂いているわけなのだが、記念すべきシーリアの食卓デビューが、ずっとこんな調子なのだ。
「お願い、ひどいことしないでー」
「ほら、ディーラちゃんが泣いてるじゃないか」
「いや、あれは嘘泣きだ」
「シーリアすごい! どうしてわかるの!?」
「って嘘泣きだったんかい!」
「くく、あはははははっ!」
シーリアも、なんだかんだ仲良くやれそうで安心する。
食事が始まるまで昨日のテンションを引きずっていたディーラちゃんも、今はすっかり元気だ。
リオミさんは、さっきから笑い過ぎです。
「そういえば、シーリアにはまだ艦内を案内してなかったよな」
「言われてみれば、ここは一体どこなのだ? 随分と広いようだが」
「ふふ、シーリアさんもきっと驚きますよ」
……いや、今行くとリオミも驚くことになるよ。たぶん。
「アースフィアが見えるの! まんまるだよ」
「むぅ?」
「じゃあ、食べ終わったら観に行こうか」
夕飯を食べ終わったあと、俺たちはブリッジに上がった。
俺が予想したとおりの光景に、全員が息を呑む。
「これが、アースフィア……だというのか」
初めて目撃したシーリアはもちろん、一度観たことのあるリオミとディーラも口々に叫ぶ。
「なんで〜!? なんでこの間と形が違うの? あ、でも、よく見るとなくなってるわけじゃない!」
「アースフィアが、闇に包まれて……アキヒコ様、一体何が起きているのですか? まさか魔王が復活して!?」
「いやいやいや」
世界の終わりを嘆くかのようなリオミをなだめる。
そう。この時間だと、マザーシップの軌道から見た場合、アースフィアの大半が真っ暗なのである。
「あの部分は、太陽の光が当たってない。つまり夜なんだよ。アースフィアは自転しているんだ。そして太陽の光を半分ずつ自分に当ててるんだよ」
アースフィアが生き物であるかのような説明になってしまったが、頭のいい彼女たちはそれである程度、理解してしまったようだ。
「まさか、このような形をしていたとは。道理で目を凝らしても地平の果てが見えぬわけだ」
地平線のあたりまでは見えるらしい。シーリアらしい感想だ。
「アキヒコ様と出逢った日から、世界の見え方がどんどん変わっていくのを感じます。どうすればいいのか、わからないくらい」
奇遇だねリオミ、俺もだよ。
この感覚に慣れきってしまったとき、果たしてどうなってしまうやら。
「あたしがいたところ、どのへんかな?」
ディーラちゃん、キミが窓にのしかかるとドラゴンパゥワーで壊れかねないから、今すぐやめて!
三人は思い思いに、アースフィアの姿を楽しんでいる。そんなみんなの姿を眺めながら、俺は不思議な安心感を味わっていた。俺がアースフィアに召喚されてから、明日で一週間。いや、一週間すら経っていないという事実は驚嘆に値する。
最初の1日はこれまで生きてきた人生の中で最も長く、濃い1日だった。リオミと過ごした時間はまだ短いのに、もはや恋仲。シーリアとは昨日知り合い、殺し合った関係である。ディーラちゃんに至っては、出会ってちょうど24時間ぐらい。
だというのに……なんか全員、ずっと長い時間を共に過ごしてきたような錯覚を覚えている。多分、みんな同じように感じているんじゃなかろうか。過ごした時間の長さではなく、密度が大切。俺がアースフィアに来てから学んだことのひとつである。
「お兄ちゃん、こっちをじーっと見て、どうしたの?」
「また私が何かしてしまったか?」
「アキヒコ様?」
「ああ、うん。平気だよ」
……もう知っているとは思うけど、一応、自己紹介しておこう。
俺は三好明彦。大学三年生。21歳。
日本からファンタジー世界に召喚されて魔王を倒した勇者であり、聖剣ではなく聖鍵の担い手であり……この宇宙戦艦を始めとした、超宇宙文明テクノロジーの使い手であり。
「あ、お兄ちゃん。あたしたちのこと見て、えっちなこと考えてるんだ!」
「ふむ、視姦か? そんなに見たければ、遠慮せず言えばいいものを」
「……ア・キ・ヒ・コ様〜!」
……最近、胃が痛いのが目下の悩みである。
シーリアのマザーシップツアーが始まった。
彼女は施設内のセキュリティを細かくチェックし、満足していた。
「堅牢な作りだ。これならば手練が数百人攻めて来ても、分断した上で各個撃破できる。いい要塞を持っているのだな、アキヒコ」
女性らしからぬご意見は、実にシーリアらしい。
唯一、トラブルというか軽く喧嘩になったのは、お菓子生産プラントに差し掛かったときのこと。
「シーリアさん、このきのこ、すごく美味しいんですよ」
「え〜、たけのこの方が美味しいよ!」
「むむっ、ではいただこう」
お菓子を食すシーリアを固唾を呑んで見守る二人。
やがてシーリアの軍配が上がる。
「……きのこだな」
「ええ〜っ、なんで!?」
「シーリアさんとは仲良くなれそうですね」
ぐっと握手を交わし合う王女と元剣聖。ディーラちゃんはぎゃあぎゃあ喚いていたが、様子を見ていた俺と目が合うと、ピタリと騒ぐのをやめて、俺ににじり寄ってきた。
「お兄ちゃんはたけのこだよね? ね!?」
「えっ」
涙目のディーラちゃんはかわいいなぁとか考えてただけなのに。
はっ、殺気。きのこ派閥の燃えるような視線が俺を焼く。まさか、この状況で選べと。
現状、たけのこ派であるディーラちゃんは、きのこ派の二人に対して不利だ。ここで味方をしてあげれば、お兄ちゃんの好感度は鰻登りになるだろう。
だが、そうすると俺はリオミを裏切り、シーリアすらも敵に回すことになる。それはヤバいしコワイ。
だからといって、きのこ派につけばディーラちゃんはひとりっきりの孤独、少数派のレッテルを貼られる。それはあんまりにもかわいそうだ。
かくして、俺の選択は。
「ち、中立でお願いします」
せっかくだから、俺は日本人らしく玉虫色を選ぶぜ!
あ、女性陣の視線が氷点下に冷え込んだ。
「アキヒコ様……信じていたのに」
「見損なったぞ」
「お兄ちゃん、ひどいよ……」
う、うん。女の子達の心がひとつになった!
計画通り!
しかし、アースフィアにおいても戦争とは。人は、こうも分かり合えないのか。
胃の痛いツアーになることを覚悟したけど、ディーラちゃんがおねむになってきたので解散になった。そのあとは邪魔の入らないブリッジで、リオミと二人の時間を作る。
と言っても、ラブイチャするだけではない。ラブイチャもするけど。
「そういえばアキヒコ様、例のダークス係数と魔物の関係については、お父様に報告しておきましたよ」
「ん、ありがとう。悪かったね」
「いえ、私も今伝えてないことを思い出しまして。すいません」
「シーリアが合流したあとのゴタゴタで、俺もすっかり忘れてたから、おあいこってことで。それで王様は、どうだって?」
「ロードニアとしては全く問題ないそうです。他国には外交を通して伝えてくれるそうですが、対応は各国次第ですね」
それは仕方ない。
必要ならば、俺が行くまでのことだ。
「聖剣教団はああ言った手前、ダメ元で連絡したのですが。アキヒコ様の指示だと伝えたら、最優先でやってくれるとのことです。アキヒコ様の威光はさすがですね」
聖剣教団。そうだ、リオミに訊いてみようと思ってたんだった。というか、そうするしかない事情があるんだが。
「リオミ。実は今日、聖剣教団の支部に行ったんだけど、あれは一体何なんだ?」
「と、言いますと?」
「だって、あきらかに支部の建物だけ浮いてただろ?」
「そうですか? 昔からああいう建物が教団の様式だったので、気にしたこともありませんでしたが……」
なんてこった、教団はあれがデフォルトなのか。
「わかった、聞き方を変えるよ。聖剣教団って、どんな組織なんだ?」
「アキヒコ様の問いの答えとして適切かどうかわかりませんが、一言で表すならば……謎ですね」
「謎?」
「はい。いつの時代から存在しているか、正確に知っている者は長寿種であるエルフ族にもいません。ただ、活躍が表に出るようになったのは、魔王ザーダスが現れてからですね」
また魔王か。どこにでも顔を出しやがる。
「それでも表立った活動が確認できるのは、白光騎士と鋼の従者だけですね。主に彼らは凶暴な魔物の討伐を行います。予言をもたらしたのも彼らです。さまざまな技術を持ち込んで、あらゆる発展に貢献しました。でも、一番の功績は瘴気への対抗策をアースフィアに広めたことでしょうね」
魔王が放つ闇の瘴気。それは魔物を操り、人を死に至らしめるという。ルナベースにおいては、汚染度合いをダークス係数という項目であらわしている。
その瘴気への、対抗策。
「それって凄いことじゃないのか?」
「もちろんですよ。彼らの使う白光魔法と闇除けのリングは、教団以外が再現しようとしたことは数あれど、成功例がひとつもありませんから。だからこそ彼らは一切国の権力に介入しない代わりに、アースフィア全土での活動自由が保証されているんです。といっても、彼らの活動が目撃されることは、滅多にないですが」
俗世に一切関わらない宗教組織なのか。
「俺、会ってないよな」
「まあ、教団の正式メンバーには、会いたくても会えませんから」
「教団が俺の召喚や聖鍵を抜くときに立ち会わなかったのは、必要がないからか?」
「一応支部に知らせましたが、予言の成就そのものには無関係だという返事でしたね」
なんだそりゃ。予言は広めたのに、それが当たるかどうかはどうでもいいと? まるでお役所だな。この分じゃ、聖鍵が落ちた地が特別視されていないのも、同じような理由になりそうだ。
後、気になるのは……。
「聖剣教団での俺の扱いって、どうなるんだ?」
「教団から積極的に干渉してくることはないと思います。ですが、話を通しに行った者の感触だと、請えば協力してくれそうだったとのことです。アキヒコ様はやっぱりすごいんですよ」
「ちょっと大袈裟じゃないかな?」
「いえいえ、前代未聞だと思います。ある国が武力による白光魔法の体系公開を迫ったとき、すべて力づくで跳ね除けたなんて逸話まであるくらいですから」
『教団のすることに関わるな』
これが常識なのだと、リオミは言った。祈りを捧げるのも民間で始まったことであり、支部の職員も嘱託なのだという。
怪しい。怪し過ぎる。
実を言うと、ルナベースで調べても、そういう宗教があるという概要ぐらいしかないのだ。ブラックボックスでもないのに調査不要とされている唯一の組織。
それが、聖剣教団だった。
さて、かたい話はこれぐらいにして。
本命の話を始めよう。
「実はリオミに渡したいものがあるんだ」
俺は、空間に収納しておいたペンダントを取り出した。
「えっ。人魚の涙じゃないですか……これをわたしに?」
「まあ、安物なんだけど。ちょっとじっとしてて」
リオミの首からペンダントを下げた。
「うん、よく似合ってる」
「アキヒコ様……」
リオミは真っ赤になっていた。宝石商の話だと、恋人に贈る物だという話だし。あ、今更さりげに恥ずかしくなってきた。
しばらくは何か葛藤している様子だったが、やがてリオミは抱きついてきた。いつもの強烈なハグ。
だが、リオミの攻勢はそれで終わりではなかった。
「〜〜っ!?」
普段はどちらかというと、おしとやかな彼女からの熱烈なキス。
ファーストキスの時のような、躊躇いも遠慮もない。
貪欲で、俺を食い尽くさんばかりの略奪キスだった。
かくいう俺は訳も分からず、されるがままで。
「ぷはっ!」
ようやく解放されて酸素を求めたとき、目の前には熱っぽい表情のリオミ。
「……アキヒコ様は、わたしを喜ばせる天才です!」
そう叫んだ彼女は物凄くはしゃいでいて、歳相応の女の子に見えた。
ああ、今夜は俺、自制できないかも……。




