Vol.18
城は当然の如く顔パスだった。勝手知ったる他人の城である。もはや顔なじみとなったメイドさんに連れられ、謁見の間へ通された。
「おお、アキヒコ殿。ちょうどよいところへ」
王と王妃が玉座に、そしてリオミも一段下がった座に腰を落としていた。
にこっと笑いかけてくれるリオミ、やはりかわいい。
「先日は大したご挨拶もせず、申し訳ありません」
「いや、もうそのことは気にせずともよい。こちらこそ、無粋な真似をしてしまった」
王はちらりと横目でリオミを見る。
リオミが赤くなってるってことは……さては、関係の進展を聞いたな。王妃もいい笑顔だ。まあ、リオミのことはきちんと覚悟を決めた。王の目論見に乗ってやるのも、やぶさかではない。
なんて言っておきながら、まだキスまでなんだけど。
いやいや、ホントだよ?
「実はちょうどアキヒコ殿の意見を聞きたいと思っていたところなのだ。カドニアへは行くつもりか」
「はい?」
カドニア。
ああ、盗賊退治の依頼が来ているっていう国だったな。
「まだ考え中です」
「そうであったか。もし行くというのなら、あらかじめ耳に入れておきたい話がある」
王が兵に何やら耳打ちすると、俺達以外の兵士たちが謁見の間から出て行く。
人払い。つまり、デリケードな話題だということだ。
「まず、カドニア王国と我がタート=ロードニアは微妙な関係となっている」
「と、言いますと?」
「カドニアは予言を否定していたのだ」
「それは……」
それだけで、だいたいわかってしまったぞ。
「余と王妃が石にされている間、リオミは予言に従い自らが『魔を極めし王女』となるべく、大賢者タリウスの下で魔法の修行を積んだそうなのだ。
修行に向かう前に、リオミは民の前で大々的に予言を成就することを宣言してな」
「確かに、そのような話を聞いておりますが」
「カドニアは、予言など当てにせず魔王討伐は国が連合して行なうべきだという方針をついに曲げなかった国家だ。リオミの大宣言以来、事実上カドニアとは国交を絶たれている」
なんともややこしい話だ。眉唾の予言なんて信じないって気持ちは、わからないでもないけど。
「15年前の遠征のことは、すでに知っておるか? 余にとっての時間感覚は5年前なのだが」
「ええ、だいたいは」
「余の治世における、最大の失敗だ。討伐隊を派遣していない国がタート=ロードニアだけであり、それはいかなるものかと言われてな。
カドニア他諸王国の圧力に屈し、余は友のディアスを死地へ送り出さねばならなくなった」
「……友?」
「うむ。これでも若いころはやんちゃをしてな、冒険者だったこともあるのだ」
なんともはや。
そういう関係なら、シーリアがロードニアに複雑な感情を抱くのも頷ける。
でも、アースフィアの全体像が見えてきた。
「つまり、カドニアが反予言派の最先鋒で、100年間の魔王討伐を主導してきたということですか?」
「さすがアキヒコ殿、話が早い。そういうことだ。そしてここからが本題なのだが」
王は一度、言葉を区切った。
「カドニアの冒険者ギルドは事実上、国営だ。これがどういうことか、わかるか」
「……反予言派だった国が、俺を名指しで?」
話がきな臭くなってきた。
「連中は焦っている。予言の勇者によって魔王は倒されてしまった。そなたに面子を潰されてしまったわけだな」
「では、俺を呼び出して審問にかけるか、暗殺を?」
「いや、さすがにそこまではすまい。魔王を倒した勇者を殺したとあっては、ダメージを受けるのはカドニアだ」
「それは確かに」
「だから、連中に勇者の名声を失墜させる何らかの策があるか、あるいは方針を転換して反予言派の貴族を一掃し、予言の勇者を称える方向に政治体制をシフトするかだ」
「後者なら、俺を呼ぶ必然性は?」
「保守派の粛清の後でなければ必然性などないであろうな。国として歓迎するのではなく、ギルドを使って依頼をするようでは前者の可能性が極めて高い」
「なんでこんな、あからさまな罠を?」
「半ば脅しであろう。断れば我が国を贔屓にしているとかどうとか言うのではないかな。国として大きく出られないのは、連中も苦しいからだ。反乱が絶えない国なのでな」
反乱? 面白いキーワードが出てきたな。
戦争はしばらく起きる様子はないっていうルナベースの報告があったけど、元から内乱があったというなら例外にあたるわけか。確かに、諸外国との戦争というわけでもない。
「反乱というのは?」
「聖剣教団浄火派を自称するレジスタンス活動だ。とはいっても、実際には聖剣教団の名を借りた反政府活動に過ぎないが」
反予言派国体への反抗に、予言を広めた聖剣教団の威光を借りているってわけか。
「ひょっとして、依頼の盗賊退治って……」
「うむ。十中八九、浄火派の鎮圧であろうな」
これは、予想以上に厄介な話だ。
俺が名指しという時点でただの盗賊退治ではないと思っていたが、よもや反政府活動を潰せとは。
「この依頼、断るとどうなります?」
「カドニアの出方は色々考えられるが……まあ、潰した面子に塩を塗りこむことになるのは間違いない。
余はそれでも良いと思うが。魔王が倒れたことで、もはや大勢は決した。今更カドニアの肩を持つ国はないであろうよ」
王が悪い顔をしてらっしゃる。
要するに断った所で、カドニアにどうこうできる余力はないと言っているのだろう。
とはいえ、断ると浄火派との関係がどうとか言われそうで嫌だな。一応建前上は聖剣教団を名乗ってる連中らしいし。
「実際、本当に苦しいだけで藁をも掴みたいという可能性もなくはない。おそらく今後、予言が成ったことで浄火派は活性化すると見られている。カドニア王国が戦火に包まれる日は遠くない」
「本当に助けを求めているかもしれない……と」
ギルド長がリオミに目配せしていた理由は、よくわかった。リオミが一度城に戻った理由も。王の判断を仰ぐためだったわけか。
前後関係考えると、あのギルド長と王もマブダチ同士ってことじゃないか? あのギルド長、ただの変態かと思いきや、とんだタヌキだ。あるいは冒険者ギルドに自分の息のかかった男をちゃっかり据えている、王の手腕を称えるべきか。
「ありがとうございました。ひとまず、依頼については様子見でもいいですかね。情報を集めたいので」
「それがよかろう。そなたは大事な体なのだから、慎重にな」
一応頭を下げて、謁見の間を出た。もちろんリオミは俺に同行する。
「リオミ、いろいろ気を遣わせちゃって悪かったな」
「いえ、これがわたしの役目でもありますから」
笑顔には癒されるけど、やっぱりリオミもきちんと帝王学を身に着けているな。俺も結局ロードニアに取り込まれてるし。でも、こういうしがらみも悪くないような気がしてきた。
要するに聖鍵の力を誇示しないようにすればいい。そう、俺は男だが二言もある。朝令暮改。それが俺だと言うにや及ぶ。ずっとこうやって生きてきたのだ。今更そうそう変われはしない。
「あれ?」
城を出た先に、見覚えのある人物がいた。
「用は済んだか?」
「……シーリア、どうしてここに」
昼ごろ別れたはずの元剣聖が俺たちを待っていた。
「どうしてとは?」
「いや、だってギルドの依頼も済んだじゃないか。もうパーティは解散したわけだし……」
シーリアは怪訝そうな顔をしている。
そして、
「何を言ってる。私は今後、アキヒコについていくぞ」
「はいぃ!?」
いうに事欠いて、とんでもないことを言い出した。
「今後は貴方に勝つために生きると言ったではないか」
「え、いやでもだって」
「まさか違えるつもりか? 私に生きろと言ったことを」
「それは訂正しないけど!」
「で、あろう。今後は好きなだけ、アキヒコのことを想いながら生きることにするのだ」
「……アキヒコ様?」
まずい。
これは非常にまずい流れだ。
「誤解を生むような言い方をするなよ!」
「何が誤解か」
「好きなだけ恨めとか憎めとは言ったけど、今の言い方だとなんか違うだろ」
「違わない。憎悪と愛情は紙一重。私は貴方に愛憎とでも言うべき感情を抱いている」
「お前みたいな殺人狂に表情ひとつ変えずに言われても、ぜんぜん嬉しくない!」
「アキヒコ様、その物言いは女性に対してどうかと思います」
修羅場だ。
本物の鬼修羅と猫魔神に完全包囲されている。
「……付いていっては迷惑か?」
シーリアは不安げに聞いてくる。
ぐ、その顔は卑怯だ。
これまでのクールさとのギャップが、半端ない。
「そ、そういうわけでは……」
「そうか! ならばこれから道々よろしく頼む。剣は新しいものを調達してきた。剣聖の称号は失ったとはいえ、役に立つぞ」
「さ、左様でございますか」
大事な剣をぶっ壊してしまった手前、そのことを言われると大きく出られない。
まあ、頼もしいことは間違いないのだし。
時々サイ○さんだけど。
「わ、わかった。よろしく頼むぞ、シーリア。
ただし! いきなり斬りかかってきたり、魔物を問答無用で殺したりするのはなしだぞ!」
「…………」
「そこであからさまに『え~』って顔するなよ! やるつもりだったのかよ!」
ぽん。
叫ぶ俺の肩に。
満面の笑みを浮かべたリオミが手を置いた。
「ときにアキヒコ様。いつからアラムさんを、本名で呼ぶようになったのですか?」
こうして。
聖鍵の勇者こと俺のパーティに、リオミに続き、剣聖アラム改めシーリアさんが仲間に加わったのでした。
このしばらく後、俺がメディカルルームで胃潰瘍だと診断されたことは言うまでもない。
Episode01 Sword Saint Aram ~FIN~
Episode01「剣聖アラム篇」は、これで完結です。
次回から、Episode02「カドニア革命篇」となります。




