Vol.17
「わたしはこれから一度城に寄りますが、アキヒコ様はどうしますか?」
リオミが訊ねてくる。
「俺も行ったほうがいいのかな?」
「いえ、アキヒコ様には来ていただかなくても大丈夫ですよ。ちょっとした野暮用ですから」
「ん、それなら俺抜きで行っておいでよ。後で迎えに行くからさ」
「はい! では、アラムさん……ではもうないんでしたっけ。お先に失礼しますね」
リオミは城のほうへと帰っていった。
自然とアラムと俺だけになる。
「……これから、どうするんだ?」
「…………」
アラムは何も言わない。
ギルドの依頼が完了した時点で、アラムとはお別れだ。
結局、喧嘩別れみたいになってしまったな。
咄嗟に思いついた話題で引き止める。
「そういえば、俺が魔王を倒したあと、ずっとギルドに留まってたのか?」
「……しばらくは、何も考えられなかった。宿で時間を潰していたよ」
目的を見失って、自暴自棄になっていたようだ。
「ギルドに顔を出したのは、たまたまだ。オーキンスさんに別れの挨拶を済ませようと思ったところ、ドラゴン退治を受ける話になった」
「なるほどね……」
俺たちがギルドを訪れたのが、そのタイミングだったと。
本当に偶然だったわけか。
「私も聞きたいことがある」
「俺に答えられることなら」
「どこで、あの構えを……いや、あの流派を会得したのだ? あれはまるで……」
「自分と戦っているみたいだった?」
俺が引き継いだ言葉に、アラムは頷く。
「簡単な話だ。俺の戦闘技術は、アラムをコピーしたものだからね」
「……どういう意味だ」
後ろめたさは、もちろんあった。
だけど、彼女には伝えておきたい。
「聖鍵の力のひとつだと思ってくれればいい。俺の戦士としての動きはすべて、剣聖アラムから盗んだものだ」
これで怒らせてしまうことになるかもしれない。
「だから、アラムは誰にも負けてなんていない。俺自身の力なんて、たかがしれてるよ」
いや、それでもいい。
俺に対する怒りが、彼女の生きる活力になるなら、それもいいのではないかと思った。
「俺は聖鍵を使ってアラムの力を借りてるだけの、卑怯者なんだよ」
だから、アラムが死ぬ必要なんてないのだと。
掛け値なしの本音を伝える。
「…………」
アラムは無表情だった。
そこには、怒りも悲しみも、かつての無軌道さも見られなかった。
「……そうか」
彼女はただ、頷いて。
「私の、完敗だな」
と呟いた。
「………………は?」
俺は思わず声に出していた。
どうしてと聞くこともできず、俺は呆然としてしまう。
「どうやら私は自分のことを未熟だと言っておきながら、随分と自惚れていたようだ。剣聖という称号、そしてその強さに」
「ふむ」
「聖鍵の力といったな。貴方は盗んだと言っていたが……そんなものにあっさりと真似されてしまう程度の実力だったというだけの話だ」
「はあ」
「しかも、そのことを謝られたとあってはな。もはや剣の腕だけではなく、性根の部分でも完敗だ。ぐうの音も出ない」
「さいですか」
「私はな、心のどこかでは負けていないと思っていたんだよ。剣聖の決闘の意味を知らない貴方に、意固地に掟を持ちだして……本当に、自分が情けない」
「ほほう」
なんでかよくわからないが、彼女は敗北が腑に落ちたらしい。
やっぱり、アラムの精神構造はよくわからん。
「意地だ。結局、私は意地という最大の弱点を克服することができずに、魔王と戦えなかった。お前の言うとおりだ」
……そういえば、そんなようなことを言ったような気がする。
あのときはもう、自分でもよくわからない怒りに駆られてたから、実は何を言ったかうろ覚えである。
いや、言わないでおいたほうが吉だね、こりゃ。
「貴方は自分を憎めと言ったな。お言葉に甘えさせてもらおう。これからは、アキヒコ。貴方に本当の意味で勝つことを目的に生きる」
「……そっか」
俺はアラムの目の光に、これまでと違う輝きを見た。
これまでは、死んだ魚のような淀んだ目をしていた気がする。
「なら、良かった」
俺みたいな屑でも、誰かの生きる目的になれるのなら。
それは、とても素晴らしいことだと思う。
「貴方は本当に不思議な人だな」
「そうかなぁ?」
「今のはいい笑みだった」
ん? 俺は今、笑ってたのか。
自分では気づかなかったな。
「じゃあ、私も宿に行くが……」
「ああ、うん」
今度こそ。
アラムとは本当にお別れだ。
「また会おうな」
俺はそう言って手を振った。
アラムは散歩にでも出かけるような歩調で去っていく。
実に、彼女らしいあっさりとした別れ方だった。
「あ、そうだ。おーい!」
俺の呼びかけに、アラムは何事かと振り返る。
「もう、アラムじゃないんだろ。本当の名前を教えてくれないか?」
アラムは目を大きく開いて、しばらく固まっていたが、やがてまっすぐにこちらに向き直って、言った。
「シーリア。私の名前は、シーリアだ」
俺は、彼女の微笑む顔を初めて見た。
リオミには浮気者と怒られそうだが。
シーリアの笑顔は、素直に綺麗だなと思った。
「さて、暇になった」
こちらの世界にやってきてから、久々のオフだ。一人の時間は多かったけど、何かしらやっていたからな。幸い、ロードニアの王都の地理はリオミの案内のおかげで頭に入っている。
「異世界観光と洒落こむかな? それとも、城に行くか……」
あるいはマザーシップに帰って、留守番中のディーラちゃんと戯れるのもいいかもしれない。でも、せっかく金を手に入れたのだ。ちょっと遊んでいってもいいだろう。
広場の方へ歩いて行くと、バザーが開かれていた。露店を冷やかしつつ歩いていると、宝石店を見つけた。東京では、イミテーションのアクセサリを買ったりしたこともあり、懐かしくなる。
「そうだ。リオミに何かプレゼントしよう」
王族である彼女に相応しい一品など、こんな露店に転がってるわけはないが、こういうのは真心が大事なのだ。
陳列されている中では一番綺麗な緑色の宝石のペンダントを手に取ると、露店商が話しかけてきた。
「ひ、ひょっとして予言の勇者アキヒコ様でしょうか?」
「違います」
咄嗟に嘘を吐いてしまった。
ここで騒ぎになるのも面倒だし。
「そ、そうですか。それにしてもお客様はお目が高い。それは人魚の涙ですよ」
「人魚の涙?」
途端に胡散臭くなった。
「はい。かつて人間に恋をした人魚が、愛する人を想って流した涙と呼ばれる宝石です。恋人に送るには、良いものですよ」
なんだか露店商が即興で考えたような話だが、検索してみたところ本当にそういう逸話があるようだ。ならば、恋人に送るモノというセールストークに乗ってやろう。
「これをひとつくれ」
「はい、5,000円になります」
買い物のたびに、これがあるのだろうか。
いちいちホームシックにかかりそうになる。
「金貨1枚でいいか」
「はい、品と銀貨50枚で5,000円です。お確かめください」
ふむ。
通貨のレートをググってみる。
こういうことか。
1円=銅貨1枚
100円=銀貨1枚=銅貨100枚
10,000円=金貨1枚=銀貨100枚
1,000,000円=白金貨1枚=金貨100枚
露天商は5,000円=銀貨50枚と言っていたので、金貨1枚=10,000円を渡すと銀貨50枚が返ってくる。
特にお釣りをごまかされたりはしていないようだ。とはいえ、日本とはやや物価が違うように思えるし、あんまり参考にならないな。
散策を続ける。
バザーを離れてしばらく歩くと、俺は興味深い建物を見つけた。
「……なんだこれ」
それは、近未来的な建物だった。ビルを22世紀風にしたとでも言えばいいのか、明らかに他の建物とは違う。どう考えても、周囲に溶け込めていない。一歩間違えば、景観を壊しかねないイレギュラーだった。
人の出入りはそこそこといったところ。ほとんど普通の町人だ。
別にとって食われるわけでもなし、入ってみることにする。受付っぽい人がいたので、話しかけた。
「ここは何の建物なんですか?」
「こちらは聖剣教団ロードニア支部の基地となります」
ここが聖剣教団の支部? しかも基地?
なんだろう、イメージしていたのとは随分と違う。もっと西欧風の教会だと思っていたのに。
「あ、あの失礼ですが、ひょっとして予言の勇者様ですか?」
「違います」
即答する。
聖剣教団がどういう組織だかはまだよく知らないが、俺が予言の勇者だと知られると面倒くさいことになる予感しかしない。聖剣を信奉しているというのなら、俺も信仰の対象になっていると考えたほうがいいだろう。
「さ、左様でございますか」
む、疑われてる気がする。
さっさと退散することにした。
聖剣教団がどういう扱いになっているのか、聞いておいたほうがいい気がする。よくよく考えれば、聖剣が落ちた地がロードニアの近くにあるんだから、ここは聖地として扱われていてもおかしくないんじゃないか?
でも、聖剣教団の関係者らしき人と、俺は会ったことがない。召喚の場やクレーターにいてもおかしくないはず。前にリオミに街を案内してもらったとき、ここには案内すらされなかった。
聖剣が落ちてたクレーターは、特に教団に関係するっぽい建築物とかはなかったはずだ。案外杜撰な組織なのかもしれないな。
そろそろいい時間になる。
リオミを迎えに行くべく、城に足を向けた。




