Vol.15
「……ん」
気づけば、俺は大の字で寝っ転がっていた。
慣れ親しんだ頭痛に額を押さえながら身を起こす。眩しい中枢ミラーボールの輝きに俺は目をしばたたかせる。
どれぐらいの時間が経過したのだろう。それほど時間は経って無いと思うのだが。
こつん。
「ん?」
床に聖鍵が転がってる。
いつの間に出したんだっけ? 拾って状態を確かめたが、特におかしな点はないようだ。
マインドリサーチも、マザーシップに帰ってきた時にちゃんと全員分オフにしてある。中枢でやることなんて、聖鍵のオンライン接続設定ぐらいのはずだが。俺が覚えていないだけで、何かしたあと戻したんだろうか。
いや、やれることはもうひとつあった。
「ブラックボックスの解放か」
聖鍵を所持し続けることによって、情報閲覧レベルを上げることができる。だが、これは何もしないで、ただ持っているだけではダメだ。一ヶ月に一度、聖鍵の正式な所持者でいたことを証明するために、更新を行う必要があるのだ。
「この間やったような気もするけど……まあ、頻度を上げたほうがいいみたいだしな」
1ヶ月に1度で1000ポイント稼げるのが所持によるボーナスだとしたら、毎日接続することで稼げるポイントはせいぜい1ポイントといったところだ。微々たるものではあるが、魔王のルーツや超宇宙文明の秘密にある程度早く迫るために、少しでもやっておいたほうがいいかもしれない。
一応試してみたが、やっぱり接続済みになってた。意識失ってる間にやってたっぽい。
記憶が吹っ飛んだ時の俺は、本当に何をやらかすかわからない。
馬鹿なことをしないようにここに跳んだのだが、よく考えたらその間だって聖鍵は使えるのだから、あんまり意味がなかった。
今度やばそうだったら、聖鍵をどっかに放り出すぐらいのことはしておかないと。
ガンガンする頭を抱えながら、俺はリオミたちを待たせていた部屋に跳んだ。
部屋では、3人の女の子が仲良く眠っていた。
リオミも疲れていたのかな。一緒のベッドで寝てる。
みんなそれぞれ、かわいらしい寝顔だ。
ここにいると変な気を起こしそうなので、俺ももう別の部屋で寝ることにしよう。
アラムには……冷静になって考えてみると、ちょっと言い過ぎた。明日の朝、謝ろう。
艦長室に跳ぶ。内装が多少豪華で広くなってること以外、他の船室と大差ない部屋だ。シャワーを浴び、用意した寝具に着替える。ベッドに寝転がり、今日1日のことを思い出した。
信じがたいことに、リオミに再会したのが今日の朝のことなのだ。その後、アラムと出会い殺し合いを演じるまでの長い一日になった。
ギルドに報告しに行かなくちゃいけないのだが、アラムの件が片付いていない。アラムはあの様子じゃ、しばらく納得してくれないだろう。
どう説得したものか。
ん、そりゃこれだけ激動の一日を過ごしたんだから、すぐに睡魔も来るよな。
さっきまで意識を失ってたのはノーカンだし……。
次の日。
身支度を整えた後、部屋にリオミたちを迎えに行く。
「おはよう。入って大丈夫?」
「アキヒコ様! ちょっと待っててください、すぐに済ませますから」
俺は一つ頷き、腕を組んで仁王立ちの構え。
こういうとき、迂闊に女の子のいる部屋に踏み込んではならない。俺はエロゲ主人公ではないのだから、こういうときにやらかしたイベントのしっぺ返しは、後々長く響いてくる。
だから、扉が俺を自動認証して開いてしまったとき、俺の目は驚愕に見開かれた。
「あ」
「え? きゃあっ!?」
俺は見た。
リオミがちょうどブラジャーを付け替えている場面を。
ばっちりと、その、見えてしまったわけで。
俺の頭に「責任」「結婚」「さもなくば死罪」というキーワードが浮かんでは消え、浮かんでは消え。
半ば無意識に聖鍵を抜く。
――聖鍵、起動!
――緊急転移!! 艦長室!
大丈夫、俺は何も見なかった。
もう一度、やり直しだ。
「お、おはよう。リオミ、さっきはごめん。扉が勝手に……」
「……アキヒコ様のえっち。もう他国へお嫁にいけません」
リオミは真っ赤になって俯いていたが、怒っているというわけではないようだった。
ディーラちゃんはそんなやりとりをジト目で見ていた。主に俺を。いかん、せっかくお兄ちゃんとしての地場を固めつつあったのに。ドラゴン妹化計画がガラガラと崩れる音を聞きながら、俺はふたりを朝食に誘った。
ラディちゃんは案の定、起きて来なかった。
「アラムさんは……」
「あの人、くるの?」
さすがにディーラちゃんと会わせるのはな……。
聖鍵越しにカメラでアラムの様子を見る。特にあれから脱走などを試みてはいないようで、不気味なくらい大人しい。
「アラムへはちゃんと食事を運ばせるから、心配はいらないよ」
食事が喉を通るか、わからないけど。
朝食の日替わりはベーコンエッグだった。これ結構好きなんだよね。リオミはBLTサンド、ディーラちゃんは全メニュー制覇するつもりなのか、いろいろ食べていた。
「こんなにたくさん食べていいなんて、幸せ~」
喜んでもらえたなら、よかった。
こういう笑顔が見たいんだ。
「昨日は、アラムさんと何を話したんですか」
「うーん……実は」
特に秘密にすることはない。気恥ずかしくはあるが、リオミにはきちんと話す。
こういうことで隠し事はなしだ。
「……アラムさん、辛かったんですね」
「だからって、俺があいつを殺すだなんて無茶苦茶もいいところだよ」
「剣聖アラムは今生に一代のみと聞いていましたけど、そんな壮絶な掟があったなんて」
「あいつは頑張ってるんだから、ちゃんと報われるべきだよ。リオミもそう思うだろ?」
「そうですね。ちょっと、そこまでアキヒコ様に言わせるアラムさんには、嫉妬しちゃいそうですけど」
ひぎぃ!
王女さまの嫉妬ゲージががが。
「あっ、大丈夫ですよ。アキヒコ様は自分のことより他人のことを考えてしまう人だっていうのは、わかってますから」
「ん?」
リオミは何を言ってるんだ。俺ほど利己的な男も、そういないと思うんだが。アラムに対しても、無性に腹が立ったから言ってやったまでのこと。
リオミは俺のことをフィルターを通して見過ぎだ。
「うう…っ…」
ディーラちゃんには刺激の強い話だったかな。
「……お兄ちゃん、あのひとに会ってもいいですか」
「えっ!?」
自分から言い出すなんて……物凄く意外だ。
「もう剣も持っていないし、大丈夫だと思うけど。いいの?」
「うん。あたし、あのひとに謝らないと」
謝る?
何を、謝るのだろうか。
「じゃあ、みんなでお見舞いに行きましょうか?」
リオミの一声で、俺達は朝食が終わった後、メディカルルームへと跳んだ。
「おはよう、アラム」
「おはようございます」
「……おはよう」
ディーラちゃんは、俺のうしろに隠れて顔だけアラムに見せている。
アラムは、ディーラちゃんを見ても、特に何も反応しなかった。
するわけないか。ドラゴンの姿じゃないし。
「斬られにきたか、魔物」
アラム殿は、心眼をお鍛えになってらっしゃいましたか。
「……アラム」
「冗談だ」
アンタが言うと本気に聞こえるんだよ。
脅しに屈しそうになっていたディーラちゃんが、勇気を振り絞ってアラムの前に出てくる。
「あの……」
「何だ?」
「15年前、お父さんとお母さんがお亡くなりになったと聞きました」
おいおい、アラムが俺の方を「何故話した!」という目で睨んできてるんだけども。
「あたし、多分そのひとたちのこと知ってます」
「……何だと!?」
……ああ、そうか。
ドラゴンは寿命がない代わりに、成長段階が進むのに50年程度のサイクルを要する。
ドラゴンが魔王城の要所を守っていたのが本当なら、アラムの両親と遭遇していてもおかしくない。
「ものすごく強くて、仲間の子たちも何人かやられましたから、よく覚えてます」
「……待って。魔王の支配下にいたときのこと、覚えてるの?」
質問したのは俺だ。
てっきり、正気を奪われてる間のことは覚えてないものだと思ってた。
「ほとんど眠ってるような状態だったんだけど、ときどき意識がはっきりすることがあって。
それでも、暴れることばっかりしか考えられなくなってたんで、あんまり意味はなかったとおもう」
何気ないことのように言ってるが、それってものすごく辛いことじゃないだろうか。
「待て、何のことを言ってる」
「アラム。魔王ザーダスは闇の瘴気で魔物を支配下に置いていたんだ」
ディーラちゃんの肩が、魔王の名を聞いてビクリと反応する。
「……確かに、エルフから魔王が現れる以前はすべての魔物が凶暴だったわけではないと、聞いたことがあるが。とても信じられないな」
「わたしも師がそんなことを呟いていたような気はしますが、あのときはっきりと教えてくださったのはアキヒコ様が初めてです」
「本当のことなんだ。アースフィアに生きる魔物が、魔王が消えた後で支配から開放されたんだ。
逆に制御されなくなって凶暴化した魔物と、おとなしくなった魔物がいることも突き止めた」
このあたりは念入りに調べたので、自信を持って言える。
「これから魔王がいなくなって、世界は確実に変わる。俺はできるだけ、ディーラちゃんのようにダークス係数の下がった魔物を保護したいと思ってるんだ」
「「「……ダークス係数?」」」
あ、しまった。ルナベースの専門用語を使ってしまった。
いや、この際だからちゃんと話してしまおう。
「一言で言えば、闇の瘴気にどれだけ侵食されているかどうかの指数だ。こいつが高いほど、魔王によって支配される可能性が高くなる。
普通の人間でも、心に闇を持っていれば1~10ぐらいの数字は算出される。0っていうのは、かなり心が綺麗な方だ。
その点、ディーラちゃんはまったく瘴気に侵されていない。彼女は魔王の支配から完全に脱しているんだ。
魔王が倒れたことによって、魔物の支配はなくなった。その結果、生来ダークス係数の低かったものがおとなしくなり、高かったものが暴走してるんじゃないかっていうのが、俺の分析だ」
本当は、ルナベースの分析だけど。ここは俺の手柄にしておいたほうが話が早そうだ。ダークス係数については、これぐらいわかればいいだろう。
というか、俺もこれぐらいしか知らない。
「仮にそれが本当だとしても、魔物を保護しておくことなどできるのか?」
「あっ……」
アラムの疑問の答えに、リオミは行き着いたようだ。
「アキヒコ様、まさかここの施設を……?」
「うん。俺ひとりじゃ使い切れないしな」
マザーシップは、人間の偏見から魔物を守るのにはうってつけの場所だ。
今の状態でも、かなりの数の衣食住を保証できるだろう。
「本気なのか……」
「それで、その」
呆れた様子のアラムに、ディーラちゃんが声をかける。
そうだ、今はディーラちゃんのターンだった。
「アラムさんのお父さんとお母さんは、あたしたちを突破して城に突入したんです。そのあとのことはわからなかったけど…………ザーダスが『久しぶりに骨のある人間だった』って言ってたから、たぶん……」
「……とうに父と母は死んだと思ってる。今更言われてもな」
帰って来なかった両親の仇討ちだと言っていた。
とっくの昔に両親のことは諦めていただろう。
「それでも、あたしたちがアラムさんのお父さんとお母さんを殺してしまったことには、変わりないとおもう……」
「…………」
「ごめんなさい」
ディーラちゃんは頭を下げた。
「操られてたせいだなんて、言い訳しません。みなさんにたくさん迷惑をかけてしまって、ほんとうにごめんなさい」
ええ子や。
なんてええ子なんや。
こんなええ子を操るなんて。
魔王許すまじ。もう消えたけど。
「……わかった、もういい」
アラムは嘆息する。
「悪いが、謝られたからといって許せるほど、私は寛大ではない」
「……はい、わかっています。でも、ごめんなさい」
「…………おまえが殺したわけではないのだろう。何故そこまでする」
アラムの問いに、ディーラちゃんは。
「あのひとの罪は、あたしも背負わないといけないとおもったから」
その言葉の意味は、発した本人以外の誰にもわからなかったが。
とてもとても、重たい響きを持っていた。




