Vol.12
わかったつもりでいた。
解決したつもりでいた。
仲直りしたつもりでいた。
甘すぎた。
ちょっと話しただけで、何が変わるというのか。
剣聖アラムを、安く見すぎていた。
剣聖とは即ち、剣を極めし者の称号。
比類なき腕前を礼賛されるアースフィアの宝。
その領域に至るとなれば、余人には想像もできない艱難辛苦が待ち受ける。
魔物はもちろん、必要なら人を斬ることも厭わない。
そんなのは、アースフィアの戦士であれば当たり前。
なら、剣聖は? 剣聖の殺戮には、どれだけの数と質を伴うのか。
剣聖の称号を受け継げるのは、たったひとり。
彼女が5代目なら、残りの1~4代目はどうなったのか。
考えるまでも……なかった。
「ア、ラム。いったい、どういうつもりだ」
「痴れた事」
ようやく出た言葉さえ、斬って捨てられる。
「私は魔王を斬るつもりだった。
斬れるだけの腕前も自負していた。
だが、魔王はもういない。
斬ることができないのならば、魔王を倒した勇者を斬るしか無いだろう」
無茶苦茶だ。
前後が成立してない。
彼女の狂気は、今のセリフに正当なる意味を見出しているのか?
「許してくれ。もうお前を斬ることでしか、自分の意味を見い出せそうもない」
本当に申し訳なさそうに、アラムは嗤う。
冗談じゃない。
「ふざ、けるな! そんな理屈があってたまるか!」
「すべては我が身の不徳の為すところ。アキヒコには何の落ち度もない。だから……」
ふっと、アラムの姿が消える。
「私のことも遠慮なく斬ってくれていい」
白き閃刃が奔る。
……髪の毛を数本、持っていかれた。
「……!」
動きが止まる。
呼吸を整え、構えをとる。
俺が、ではない。
アラムが、だ。
アラムの刺突は正確に俺の喉元を狙ったものだった。
斬撃のような線による攻撃ではなく、点の攻撃。
線より点のほうが防ぐのが困難なのは自明である。
初撃に刺突を選択したのは魔王を倒した勇者を一撃の下に確殺するという、アラムの意思表明に他ならない。
だが、外した。
先の攻撃は、脅しなどではなかったのに、三好明彦の髪の毛が数本舞っただけ。
……いや、それは正確ではない。
「……まさか、今のを避けられるとは思わなかった」
そう、アラムの呟きのとおり。
『俺』が、避けたのだ。
剣聖の、音が後からついてくるような速度の刺突を、『俺』は避けた。
姿勢を低くし、文字通り間一髪。
髪の毛数本の犠牲だけで回避せしめ……さらに大きく跳ねて間合いを仕切りなおした。
『俺』は無言でアラムの動きを観察するように、目を細める。
「アラムさん、やめてください! こんなことをしても……!」
リオミが叫ぶ。
「……リオミ、いいんだ」
「アキヒコ様?!」
「あいつは言葉じゃ止まらないよ」
『俺』もまた、聖鍵を構える。
アラムと寸分変わらぬ、静置の構え。
「……何故貴方が、その構えを……」
アラムが訝る。
当然だ。見よう見まねではない。本物と全く同じ、流派を極めた者にだけ許される剣聖独自の構え。
アラムの不意打ちに反応できたことには、俺が一番驚いている。
だが、『俺』にはできて当然だ。
何しろ、敵は『自分自身』。初動さえ見切れば、どこに一撃が来るのか手に取るようにわかる。
アラムは、己自身と相対しているように思えるはずだ。
正直、俺に戦う気はなかった。
アラムがの姿がかき消える直前まで、小賢しく策を巡らせようと考えていた。
クレーターの時と同じく。
だが無理だ。
リオミに告げたとおり、彼女には言葉じゃ届かない。
剣だ。
剣でしか、彼女を説得することはできない。
これは、バトルアライメントチップの経験に基づく結論だった。
俺には理解できない世界だが、『俺』に任せてもらう他あるまい。
「『俺』が勝ったら、俺に従ってもらうぞ、アラム」
「もう勝ったつもりでいるか、アキヒコ!」
もちろんだ。
お前がどれほど努力しようと。
お前がどれほど足掻こうと。
俺はそのすべてを超える装備の恩恵でもって、お前を倒す!
――聖鍵、起動!
――マインドリサーチ、対象、アラム!
――俺ではなく『俺』……バトルアライメントチップと同期!
驚異的な速度の踏み込み。アラムは足を滑らせるような動きで間合いを詰めてくる。『俺』は焦ることなく姿勢を低くし、聖鍵を腰の当たりに横に倒して迎え撃つ。アラムの右からの一閃を敢えてさらに踏み込むことによって間合いを外し、そのままの勢いで肩をぶつけんとアラムの顎を狙う。咄嗟に半身を逸らし体を後ろに倒すことで躱したアラムの反応速度はさすがと言えよう。しかも態勢が後ろに倒れ込んだ拍子に、後ろにずらした左足を軸足にして、右足で打ち上げるような蹴りを打ってきた。
『俺』は予め横倒しにしておいた聖鍵で蹴りを受け止め、その勢いを利用して地面を蹴りあげ、アラムの右足と聖鍵のぶつかった部分を起点に宙返りし、ちょうどアラムの真上に逆立ちするような態勢に持ち込む。そのまま体重をかけて聖鍵を押しこみ、剣聖の右足を破壊せんと試みるが、アラムは右側方に転がり込むことで回避する。アラムは、その回転を利用して倒れこんだまま宙空で無防備となった『俺』の首筋に剣を奔らせるが、聖鍵を引き戻した『俺』はいともたやすく受け止め、剣撃の勢いに逆らうことなく左へと逃れる。即座に体制を立て直すアラムに、『俺』は聖鍵を投げつける。
「なっ……!?」
まさか武器を捨てるとは思っていなかったのだろう、聖鍵を打ち払うものの『俺』の次手への反応が遅れた。ディスインテグレイターを抜き打ち、腰だめに撃つ。狙いはアラムではなく、彼女の愛剣。
「剣が……!?」
原子に還った白磁の輝きを眺めながら、『俺』はディスインテグレイターを捨て、払われた聖鍵に念じて空間に収納。アラムの胸部に向けて左掌底を放つ。
「か、は……っ!」
肺の空気をすべて排除されたアラムが呻く。だが、『俺』はそこで止まらない。右手に再度空間から出現させた聖鍵を掴んで、体を右回転しながら勢いをつけて聖鍵の刀身部分をアラムの腹にぶち込んだ。
パワードスーツで強化された『俺』の一撃は、アラムを洞窟の壁までふっとばすのに充分過ぎる威力を発揮した。岩壁に叩きつけられ、地面に落ちたアラムはぴくりとも動かなくなる。
「安心しろ、峰打ちだ」
聖鍵に刃はないからな。
「アキヒコ様……剣聖アラムを、圧倒するなんて……」
「あわわわ」
リオミとディーラちゃんは泡食ったまま、一歩も動けていない。
無理もない。攻防は一瞬だった。
俺だって動体視力強化がなければ、何が起きたのかもわからなかっただろう。
勝てたのは当然の結果だ。
アラム単体の戦闘力が同格なら、パワー、スピードにおいてスーツを着た俺は彼女のそれを上回る。
そして一手二手先を読めるマインドリサーチをチップに同期すれば、結果は見ての通り。何しろ、戦う相手が自分自身で、しかも考えてることもわかるなら、負ける道理がない。
俺がアラムに対して余裕を持って応対していたのは、こうなることがわかりきっていたからだ。
結果はルナベースに何度も何度もシミュレーションさせてあった。そのために、アラムについてはマインドリサーチも含め、細部のデータをとっておいたのだ。
うん、実際かなり怖かった。
勝てる確信、安心安全の保証がないと精神の平静を保てなかった。
装備で戦闘はできるけど、心はそうはいかない。
「正直、やりたくはなかったんだけどな」
剣聖アラムの矜持を踏みにじる結果となってしまった。
最強が最強でなくなったことで、彼女に消えない傷を作ってしまったかもしれない。最悪、俺の罪悪感を据え置きにして、記憶操作もやむを得ないかもしれない。
「アラムさん、死んじゃったんですか……?」
「いや、かろうじて生きてはいるよ。これから治すための場所に行くから、リオミたちもちょっと来てくれ」
「き、来てくれって……」
「あたし、どこにつれてかれちゃうんですか。まさか、見世物小屋に売られちゃう!?」
「あー、もう面倒臭い」
――聖鍵、きどー。
――半径50m以内の有機生命体ね。
そんなわけでマザーシップへ。
はー、今回はさすがに疲れた。体はスーツのおかげで平気だけど、精神的に疲れたわ。
アラムはメディカルルームに運ばせた。
彼女については、とりあえずこれで死ぬことはないだろう。
倉庫区画に待たせたリオミたちと落ち合う。
「いやあ、剣聖アラムは強敵でしたね」
「いや、全然苦戦したふうじゃなかったですけど」
「予言の人、こわいよ~……」
「こわくないこわくない」
リオミはどうやら、あの戦闘がきちんと見えていたようだ。
洞窟に入る前に視覚強化魔法を使っていたおかげだろう。
ディーラちゃんは、いきなりわけもわからずマザーシップに連れて来られて、少々混乱しているようだ。
うむ、混乱しているだけだろう。
俺はこわくない。
「実際結構危なかったと思うよ。先に有効打がなかったら、やられてたかもしれない」
「やられてたかもしれない、じゃないですよ! 剣聖アラムの白閃峰剣に斬られたら、アキヒコ様といえども命はなかったんですよ!」
「大げさだなぁ。俺だって防具は妥協してないんだし、大丈夫だったって」
「……ああ。アキヒコ様はご存知ないのですよね。あの剣の特性を」
「んー?」
そういえば、シミュレーションのときは特に武器のことは加味してなかったんだよな。
どれどれ、えーと。
なんだ、それほど攻撃力は高くないじゃないか。
これなら、パワードスーツでも充分にダメージを吸収できて……。
……。
ん?
・白閃峰剣
初代剣聖アラムから受け継がれる剣。
(省略)
だが、最大の特徴は防具を透過する特性である。
いかなる鎧や外皮に身を固めようと、剣聖の前では裸同然なのである。
えっと。
これは、つまり。
パワードスーツの防御力は、アラムの剣相手にまったく通用しなかったってことですか?
嘘。
ちょ、おま。
今になって震えが来た!
やべえ!
これは漏れそう!
お手洗いに駆けこみながら、俺はアラムとの問答を思い出していた。
「ドラゴンの鱗は鋼鉄よりも硬いらしいけど……」
「大丈夫だ、問題ない」
大丈夫じゃない、問題だ。




