Vol.40
オリジンの差し出した聖鍵に手を伸ばす。
ふいに、その手が止まった。
……震えていた。
「怖いか」
オリジンが俺の心を指摘する。
表情に動きはなく、能面のようだった。
アースフィアでの生活は、常に聖鍵とともにあった。
最初のうちは、その力に慄いた。
ディオコルトに出会ってからは全幅の信頼を置いた。
ザーダスを救うことができたのも、聖鍵の力のおかげだ。
同時に、聖鍵さえなければ……。
そう思うこともあった。
確かに聖鍵に代償はない。
自分の体の一部を持っていかれることも、魂を奪われることもない。
だが、何でも出来過ぎてしまうからこそ、使いこなせなかったときの精神的ダメージは計り知れない。
失敗を、聖鍵のせいにはできない。
己の無能さを、誤魔化すことができない。
すべて、自分の責任として跳ね返ってくる。
「俺は……」
聖鍵がなければ弱いままの自分でも、いられたかもしれない。
聖鍵を失って、実は安心していたのかもしれない。
失敗の言い訳ができると。
聖鍵がなかったから、うまくいかなかったんだと。
……それでいいのか?
俺は、それでいいのか。
確かに。
聖鍵を手放せば。
聖鍵があってもダメなヤツはダメなんだという現実も、忘れることができる。
だけど。
「俺には……確かに、聖鍵が必要だ」
「ああ。そのとおりだ。人間としての弱いお前を保存するためにも、これは必要なことなのだ」
結局、弱いヤツが何かを成し遂げようとするなら、強くならなければならない。
最弱でも最強なんて耳あたりのいい言葉は、ゲームかライトノベルの中にしかない。
……そんなこと、本当は誰だって知っているのだ。
「さあ、この聖鍵を手に取れ。最後の三好明彦として、安楽な人生を過ごすのだ。必要な戦いはすべて俺が代行する。お前が何かをする必要はない。すべての苦しみをヒュプノウェーブで忘れて、リオミたちと日々を楽しく過ごすといい」
――ああ、そうだ。
「そいつは違う」
「……何?」
自分の無能さなんて……本当は、聖鍵を手に入れる前から知っている。
だから恐れる必要なんて、ない!
そして……!
「俺の聖鍵は、そいつじゃない!」
俺はオリジンに向かって腕を伸ばした。
「むっ……!?」
オリジンは咄嗟に身を退こうとする。
「動くな!!」
「!?」
ピース・スティンガーは確かに効果覿面だった。
オリジンの動きが、止まる。
だが、俺の腕はオリジンの身体に届くことなく、ずぶりと何もない空間に沈み込む。
空間遮蔽は、空間操作能力を持たない相手からの攻撃を完全遮断する。
しかし、攻撃の無効化を驚いたのはオリジンの方だった。
「空間遮蔽? 魂魄認証ランクが同じなら、発動しないはず……」
空間遮蔽も、元々はただの倉庫だ。
三好明彦が手ブラでいても、いつでも必要なものを取り出すための、空間収納装置。
俺が手を伸ばしたのは、その中身。
……掴んだ!
「お前に預けていたものを、返してもらう!」
一気呵成に引き抜く。
小さな輝きとともに、それは現れた。
形は剣。
刀身に刃はなく、縦横に走る溝からは七色の輝き。
言わずもがな。
俺が使ってきた聖鍵だ。
神々しい輝きを放つそれは、俺に抗議するかのように瞬いた。
「ああ……おかえり。待たせたな……」
俺の手の中にしっくりと納まる硬い感触に、思わず笑みがこぼれる。
そう、これが俺の聖鍵だ。
なんて頼もしいんだろう。
こいつがあるだけで、俺は百人力だ。
宇宙の誰にも負ける気がしない。
掲げてみると、光の加減によって刃がきらめていているように見えた。
これじゃあ、まるで本当に聖剣のようだ。
「……なんのつもりだ」
オリジンは無表情のまま、俺の意図を測りかねている。
「……何の意味がある? パトリアーチの手が入っているとはいえ、聖鍵は聖鍵だ。どちらを選んでも何も代わりはない」
「……いいや、こいつはね。違うんだよ」
とんとん、と。
聖鍵の腹で肩を叩きながら、左手も腰に添えて片足重心になる。
オリジンの存在感など、もはやまったく気にならない。
所詮、救世主といっても素体は三好明彦に過ぎない。
聖鍵が帰ってきて、無闇に気が大きくなっているのかもしれないが。
その態度を改めようとは全く思わなかった。
「この聖鍵は、5兆4852億4363万5357人の三好明彦とともに戦い抜いてきた。まるで違う」
ループの中で、唯一。
ルナベースの中枢システム以上に替えの効かないアイテム。
それが、この聖鍵だ。
この聖鍵だけは、すべての俺とともに戦ってきたのだ。
だが、オリジンは「なんだ、そんなことか」と言わんばかりに首を振る。
「そんなもの、データに過ぎない。こちらの聖鍵にも必要に応じてコピー可能な、普遍的なものでしかない」
「いいや。コピーできないものだってある。一言で言うなら愛着だ」
「……愛着?」
オリジンはまるで初めて聞いた言葉を聞き返すように、目を細めた。
……それは、この男が初めて見せた表情らしき表情だった。
「こいつは間違いなく、俺が使っていた聖鍵だ。ともに戦ってきてくれた俺の……」
言いながら、切っ先を突き出すようにしてオリジンに聖鍵を魅せつけ、叫ぶ。
「……三好明彦の相棒だ!」
聖鍵と三好明彦はどっちが欠けても無意味。
三好明彦単体では虚弱な精神の大学生に過ぎず。
聖鍵も誰かに使われなければ、その全能を発揮できない。
ここに来て、ようやく。
俺は聖鍵とひとつになれた気がした。
「馬鹿馬鹿しい」
暫くの間、オリジンは思考に時間を割いていたが、デジタルな分析によって結論を出したらしい。
「意味不明だな。感情が昂ぶったことによる、蒙昧なる発言か? 何がそうさせるのか、わからんが」
肩を竦めるでもなく、目を伏せるオリジン。
疑問はひとまず棚上げにすることにしたようだ。
「お前がその聖鍵がいいというなら、別に構わない。どちらでも同じことだ」
オリジンにとっては、そうだろう。
どっちの聖鍵でも同じなら、彼の『俺に聖鍵をもたせる』という目的は達成できる。
だけど。
「それも違うんだよ……」
オリジンにとってはそうでも、俺にとっては違う。
胸の中で渦巻いていた、あの、奇妙な不快感がどんどん消えていくのがわかる。
「俺はひとつだけ悔いがあったんだ……お前に任せてしまったことで、唯一! 未だに取り消していない悔い、過ちがな……!」
「過ち? 俺は過ちなど犯していない。俺のしたことは、すべてが正解なのだ」
救世主が、胸を張る。
傲慢なのではない。
彼の為すことはすべて正しい、そのように書き換えられるのだ。
「だから、俺の過ちだって言ってるだろ。まあ、もうやってしまったことは取り消せないとしてもだ。取り戻そうと努力すること自体は、別に無駄じゃあないよな」
――聖鍵、起動!
俺の意志に従い、聖鍵が応える。
それは、いつものことだ。
「む……!?」
だが、オリジンは何かを感じ取ったらしい。
胸の奥を抑えるように、上体を揺らす。
「……何をした?」
オリジンが俺を睨む。
爬虫類が獲物を品定めするような視線だった。
「……お前の過去の命令を取り消した。ループ再開だ。メシアスのオリジナル聖鍵……そいつを最初の三好明彦に送るのをやめた」
「……貴様」
……メシアスの聖鍵は、俺が今持っている聖鍵の命令によって三好明彦に送られた。
ループは不確定な未来を確定させ、閉じられた。
このコマンドを取り消せば、今までどおりループは継続されることになる。
「愚かな選択だ。無限連環する宇宙の中で、幾度とない地獄の中に人々を叩き込むのか。意味がわかっていながら、自分でそれを選択するのか」
その言葉は、オリジンが俺の中にいたときのループに対する考え方そのものだった。
リオミは両親を石化されて苦しい修行を積み、シーリアは両親を失い、ザーダスは魔王としてダークスの調整に明け暮れる。
フランも謀略によって娼婦に堕ち、リプラも苦しい生活を強いられる。
そのようなことが、これからも無限に繰り返される。
「確かに、苦しいと思う。だけど、これまでの世界でもきっと彼女たちは乗り越えてきた」
苦しむのは彼女ばかりではなく、三好明彦を始めとした多くの人々も、同じような煉獄の中で数少ない選択肢の中から道を決め、藻掻きながら生きなくてはならない。
「苦しみそのものは、悪じゃない。苦しみに負ける心が悪だ……ようやくわかったよ、オリジン。お前のおかげでな」
「何を勝手なことを」
「苦しみの中で、人はちゃんと強くなれる。リオミたちだって、最初から強かったわけじゃない……苦しい経験が彼女たちを飛躍させるんだ。俺が憧れる彼女たちの人生は、決して安楽からは得られない」
「それすらもループによって繰り返されれば、すべてリセットされる。何の意味もないことだ」
「お前にはわからない……苦しみそのものを回避して、魂をダークスに染められる危険性を回避した機械である、救世主には」
ダークスの壮絶な精神攻撃から身を守るには、心を持ってはならない。
それは、メシアス多次元連合がダークスと戦う際に掲げたスローガンだ。
機械仕掛けの救世主は心ない機械だったから、造物主に勝利した。
いわば教訓である。
だが、魂無き無人兵器で非活性ダークスを観ることはできない。
心なくして、闇の底は見られない……きっと、非活性ダークスが有機生命体の目にしか見えないのは、そういうことなのだ。
苦しみを排除し、幸福のみを救済とするメシアス多次元連合には決してダークスを駆逐できない。
彼らは現状維持を選択したのだ。
「これからのループに、パトリアーチの管理はない。俺達は……ただ、見守るだけでいい。必要なことは、全部この聖鍵にブチ込む」
自分の経験以外にも、失敗を回避する方法はある。
歴史から学ぶことだ。
本当の意味で聖鍵に経験を蓄積させれば、三好明彦だって同じミスをそう何度もしないで済む。
ザーダスの戦いの真実も、すべて最初から明るみになる。
「俺で終わりにはさせない。聖鍵には、俺達の人生……殺戮王の人生、ノブリスハイネスの抱えていた虚無感、ライアーの罪……全部! 全部詰め込んで、次に送らせてもらう!」
きっと次の三好明彦以降は楽な道を歩けない。
だけど、確実に前に進むことができるはずだ。
「無限の可能性は閉ざさせない!」
そう……模索は続けなくては。
例え、俺が駄目でも次に繋げなくてはならない!
「俺は、救世主を超える!」
今回の世界に救世主が来たからエンディング。
そんな結末で終わらせるわけにはいかない!
俺は、改めて聖鍵の切っ先をオリジンに向けた。
「……三好明彦。やはりお前は、底なしの愚か者だ」
ゆらり、と。
オリジンの体がブレる。
物理存在として不定なのか、あるいは事象としての救世主が不確定なのか。
「自我を与えてもらった恩義と考え、多少なりとも尽くしてきたが……これで終わりだ」
オリジンの頭部から、細長い針のようなものが飛び出して、砕け散った。
「そんなぁ、ピース・スティンガーがぁ……」
事態を固唾を呑んで見守っていたチグリが悲鳴を上げる。
「良心回路など、いらなかったな」
オリジンが何でもなかったかのように嘯く。
事象改変……いや、時間操作か。
自分の頭にピース・スティンガーを打ち込んだ結果だけを巻き戻した……。
摘出不能といっても、オリジンにとっては関係なかったわけか。
「アキヒコ。俺はお前の過ちを修正する」
オリジンも、聖鍵の切っ先を俺に向けてきた。
奇しくも、互いに同じ構え。
俺に渡す予定であったメシアス聖鍵を、己の武器として使うと宣言している。
「殺しはしない。だが、聖鍵は返してもらおう。その聖鍵でなければ、メシアス聖鍵をスターターに送ることができない」
……嫌な予感がする。
ヤツは何を……。
「忘れているようだが、そちらの聖鍵にはパトリアーチのウイルスが仕込まれている。少し発動条件を工夫すれば、次の世界に送ることなく俺の手元に引き寄せることもできる」
「……くっ!」
そういえば、そんなものがあったか。
ここにきて……。
「俺の内に眠るパトリアーチよ……」
オリジンの意志に応えて、パトリアーチの量子体が出現する。
「ヤツの聖鍵を奪え」
くそっ。
結局、俺は何もできないのか。
だが、救いは意外なところから現れた。
『悪いが、そいつはできない』
パトリアーチはオリジンの命令に、従わなかったのだ。
「どういうつもりだ」
オリジンの追求に、パトリアーチは涼しい顔で答える。
『お前こそ忘れてないか? お前が自分に打ち込んだピース・スティンガーは俺を支配するためのものでもあったってことを。ループ再開、大いに結構。どうやら俺も結論を急ぎすぎていたようだからね』
「……」
オリジンはパトリアーチに失敗を指摘されても、無表情のままだった。
『いいかい、アキヒコ』
パトリアーチのアバターは、俺に向かって口を開くアクションをした。
『オリジンの能力……《 救世主の祈り 》は、自分が――』
「消えろ」
オリジンが一言。
それだけで。
パトリアーチは最後まで言い終えることなく、消滅する。
「…………」
オリジンは聖鍵をだらりと下げる。
……あれが、彼の構え。
いつもの自然体。
つまり、俺から聖鍵を力尽くで回収するつもりになったのだ。
だけど、パトリアーチの言いかけたこと……気になるな。
オリジンの能力が自分の望みをすべて叶えることだとするなら、どうしてその力で聖鍵を取り戻そうとしないのか。
俺の心の動きを書き換えて、心変わりさせないのか。
何かそうできない理由がある……ということか。
「チグリ。ちょっと行ってくる」
「へ、陛下ぁ……?」
「晩飯までには帰るよ」
このことは、みんなにも伝わるはずだ。
心配をかけるけど、ちゃんと帰ると言っておかないとな。
俺もまた、聖鍵を構え直す。
「オリジン……俺はもう、お前を恐れない。お前に任せない。俺の代わりに戦ってくれたことは感謝するけど、もう頼らない」
「……勝手な話だ。生み出しておきながら、結局不要と切り捨てるか。だが、それは俺のセリフでもある」
そして、同時に宣言する。
「「決着をつけよう、三好明彦」」
俺は左手に魔鍵を抜いた。
聖鍵と違って真っ黒で、刀身ももっとコンパクトで短い。
魔鍵の力を使って、周囲の景色を書き換えていく。
「……ほう」
オリジンが感嘆のような声を漏らす。
央虚界そっくりな、青い大地と赤い空。
どこまでも平面が続く無限の世界。
「シーリアに変装したクローンの奇襲を受けたときに使った、お前の力か」
「……ただの闇の帳のはずなんだけどな。魔鍵に造物主を取り込んだせいかもしれない。とにかく……ここなら、なんの遠慮もなく力を使える」
「それは、俺も同じことだ」
オリジンの宣言とともに、輝く魔法陣が宙に構築される。
円状のそれが回転しながらゆっくりと下降していくと、それに伴って鋭角的なデザインの巨大な人型が浮き彫りになっていく。
「グラナドか……!」
三好明彦の所有する最強の兵器。
因果律の逆転によってループを作り出し、その気になれば一撃で宇宙を破壊する究極ロボ。
無駄に突起物が多く、ラスボスの貫禄を漂わせている。
「手抜きはしない。お前もまた、聖鍵の使い手なのだからな」
グラナドの胸部から光が伸びる。
光を浴びたオリジンの身体がふわりと浮き上がり、グラナドへ吸い込まれていった。
「なら、こっちも行かせてもらう……!」
俺は魔鍵を掲げ、叫ぶ!
「来い!! グラディアァァァァッ!!!」
俺の背後の青い大地から直接ズブズブと浮き上がってきたのは、漆黒の俺専用グラディアだ。
グラナドの量産型であるが、残念ながら性能差は月とスッポン。
いくらチグリがブラックボックスを解析してくれたとはいえ、到底敵わないだろう。
グラディアのコックピットが開き、俺は空中で一回転しながら直接飛び乗り、魔鍵を差し込む。
聖鍵は邪魔になるので、空間の中にしまうことにした。
『グラディアのノーマル装備か。アタッチメントをつける時間くらいはやってもいいぞ』
腕を組んで空に浮き上がったオリジンのグラナドから、不遜な通信が届く。
『そうか。じゃあ、遠慮なく行かせてもらうぞ!』
俺はグラディアと意識を一体化する。
ジャ・アーク艦隊戦のときと同様、星辰の正しき位置に星々の配置を書き換え、オールエンチャント。
俺の時間が加速する。
グラナドの背部ブースターの輝きが、明らかに静止した。
ヤツは、俺の時間についてこれていない!
『喰らえ!』
全力でいくしかない。
グラディアの腹部が展開し、青い大地から漆黒の霧が吸い上げられていく。
魔鍵の力によってダークスの力を無制限に凝縮し放射する、グラディアの最強火器。
その威力は惑星を破壊できるハイパー・ホワイト・レイをはるかに上回る。
『ダークス・ブラスター!』
太く真っ直ぐな闇が、赤き空を開闢した。
黒き波動はグラナドをあっけなく飲み込み、さらにその先の赤い空をガラスのように溶かしていく。
本来であれば星々を消し去り、銀河の輝きを上書きし、完全に消滅させてしまう一撃だ。
俺の闇の帳は央虚界に匹敵する空間であるからか、未だに健在であった。
『やったか……?』
俺の視界の先はぐにゃりと歪んだ空間に変貌し、青の大地も赤い空もなくなっている。
無明の闇が広がるばかりの、深淵の宇宙と化していた。
『無駄だ』
なのに、グラナドだけはそこにあった。
『あの威力で無傷……一体どんだけのバリアを展開できるっていうんだ』
『バリア? 何を言っている……銀河団破壊レベルで、グラナドに傷を付けられると思うほうがおかしい』
超加速の中でも、オリジンはなんの問題もないとばかりに通信を送ってくる。
彼にかかれば、通信電波の速度でさえ自在に加速できるというのか。
というより、純粋に威力が足りないって……マジでどうしろっていうんだ。
『とはいえお前の魔鍵……聖鍵以上に破壊に特化しているようだな。しかも、今のでも本気ではないと見える』
『…………』
……くそったれ。
全部お見通しか。
『手加減……いや、全力の出し方がわからないだけか。では、今度はこちらから行くぞ。小手調べだ』
グラナドの手が動き、輝く。
それと同時に、俺のグラディアの肩が爆発した。
『ぬわぁ!?』
俺の能力で時間は止まった。
なのに回避できない!
直接、機体に干渉されて破壊された……!?
こんなの、どうしようも……いや!
――魔鍵、起動!
――コード:ウロボロス!
爆発して破損した肩パーツが瞬時に再生、元の機能を取り戻す。
『瞬間再生ぐらいの嗜みはあるか。ならば、次は連続で行くぞ?』
肩の次は、腕。
足、腰、背中。
グラディアがひとりでに爆発し、次の瞬間元通りに再生する。
『コクピットはどうだ?』
俺は、自分の目の前で爆発がゆっくり広がるのを目撃した。
オリジンが引き起こした爆発では、空間遮蔽は当然効くまい。
――魔鍵、起動。
――緊急転移……!
俺はかろうじて、爆発大破するグラディアから脱出する。
グラディアはすぐに再生したが……。
『どうした、乗り込まないのか?』
俺は歯噛みしながら、グラナドを見上げるしかなかった。
連続でコクピットを狙われたらどのみち戦いようがないし、ダークス・ブラスターが通用しないならグラディアに乗る意味はない。
俺は再び聖鍵を取り出し、グラディアを収納する。
聖鍵を右手、魔鍵を左手に構えた。
――聖鍵、起動。
――ホワイト・レイ・ソードユニット、展開。
聖鍵が白き輝きに包まれ。
――魔鍵、起動。
――コード:モルフェウス、白閃峰剣に擬態。
『シーリアの二刀流のつもりか?』
オリジンのセリフが言い終わる前に、グラナドに向かって駆ける。
だが、機体は既に地面のない宙に浮かんでおり、走ったのでは届かない。
《アンチ・マジックフィールド》を展開されたら、飛行魔法の《ハイフライト》ではグラナドの浮かぶ高さまで到達する前に真っ逆さまだ。
……なら!
――バトルアライメント・チップ、インストール。
――チップ:『ブラッドフラット』!
最も戦闘センスに特化した俺のクローン、ブラッドフラット。
ヤツの編み出した……空蹴りを使わせてもらう!
俺はまっすぐ、何もない空間を走りぬけながらグラナドに肉薄する。
オリジンが動いた。
グラナドが俺に向けて手を突き出して……。
輝く。ただのホワイト・レイだが、俺を殺すにはお釣りが来る。
だが、俺の加速能力が発動する。
停止した時間の中では光であるホワイト・レイさえも、ゆっくりと俺に伸びてくる。
俺はそれを落ち着いて回避してから、グラナドの胸に飛び込んだ。
「どんなに装甲が厚くたって!」
白閃峰剣なら、装甲は無効化できる。
剣聖アラムの剣に擬態した魔鍵を、ブラッドフラットのセンスを使って思いっきり叩きつける。
だが、弾き返された。
「嘘だろッ!?」
『何を驚くことがある。白閃峰剣如きの装甲無効化がグラナドに効くわけがない』
理不尽だ。
ルール無用、グラナドだからですべてが説明される、この状況。
まるで現実社会のような堅牢さだ。
右の聖鍵で斬りつけても、やはり同じだった。
ホワイト・レイもグラナドには効かない。
俺の心を絶望が支配する。
「届かない、のか……?」
俺は空蹴りを使う事も忘れて、闇の中を堕ちていく。
グラナドが腕を組んで、俺を見下ろしている。
その巨体が、どんどん小さくなる。
ああ、なんてこった。
聖鍵を取り戻して、いい気になっていただけか。
三好明彦は結局、一歩も進んじゃいなかった。
オリジンは素体が三好明彦とはいえ、自我を持った救世主。
造物主を打倒した、機械仕掛けの救世主。
俺が勝てるわけなかったんだ。
『終わりか? ならば、返してもらうぞ』
グラナドが俺に向かって飛んでくる。
聖鍵を奪い返すつもりだ。
まあ、そうだよな。
相手はオリジン。
最初から勝てないことなんて、わかっていたじゃないか。
あいつと一体になっていた俺が、誰よりも知っている。
どんな事象でも自分の思う通りに変換できる力……。
「…………」
やっぱり、あいつ、使ってない。
救世主としての力を、振るっていない。
先ほどから俺を圧倒しているのは、グラナドの力だ。
オリジンの能力は、欠片も絡んでいない。
いや、それは正しい戦い方だ。
三好明彦とは、本来弱いのだ。
オリジンといえど、生身ならば普通の人間と変わらない。
グラナドの力を前面に出すのは、三好明彦として正しい戦い方だ。
そういえば。
聖鍵を使って戦うとき、俺はいつも何を考えていたか。
自分で戦うことを考えていたか?
確かに、自衛手段としてシーリアのチップを使ったりはした。
でも基本的に、聖鍵で生み出した兵器に戦わせていた。
俺が実際に戦っていた場面など、本当に限られる。
そもそも、三好明彦が自ら戦う必要があるのか?
三好明彦が最強である必要があるのか?
いいや、そんな必要はない。
初心に帰ろう。
三好明彦は弱い。
ならば、やることはひとつ。
――救世主を倒せる存在を、創造する。
――聖鍵、起動。
――召喚。
――対神兵器……。
「いでよ、アルティメット・スペーサァァァァッ!!」
『何ッ』
アルティメット・スペーサー。
造物主に生み出された旧き神々を打倒した、機械仕掛けの救世主の奥の手のひとつ。
その大きさは、央虚界……超銀河の規模に匹敵する。
俺の真下に出現したソレは、途方もなく白い平面として目視できた。
全景はとてもではないが、確認できない。
きっと、この奈落の底にまで全身が伸びていることだろう。
『今更、そんなもので……』
だが、オリジンの言うとおり。
グラナドとアルティメット・スペーサーとでは、グラナドの方がはるかに上位。
ましてや、アルティメット・スペーサーは量産型の兵器なのだ。
こいつだけでは、勝てない。
だから、俺はさらに追加する。
――魔鍵、起動。
――召喚。
――究極宇宙怪獣……。
「今一度、我が意に従え! オルガダンテよッ!!」
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
それは、宇宙を滅ぼす咆哮。
かろうじて残っていた青い大地と赤い空がメキメキと音を立てて崩壊し、その中から名状しがたい何かが這い出てくる。
『究極宇宙怪獣オルガダンテだと……お前の魔鍵はそんなものまで召喚できるのか!』
「央虚界の青い大地は造物主の肉体……材料があるなら、いけるさ……」
オルガダンテ。
かつて、造物主が自らの肉体を引き裂いて創造したという終末の獣。
救世主に追い詰められた造物主が放った最凶最悪の存在。
純粋な破壊能力においては、造物主をはるかに上回る。
おそらく、今でもこいつに殴り合いで勝てるのは魔法少女リリカルディーラちゃんぐらいだろう。
「だけど、これでも足りない……」
グラナドを苦戦させることぐらいはできるだろうが、勝つのは無理だろう。
結局はオルガダンテも救世主の手によって次元の狭間へ放逐され、二度と戻ってくることはなかったのだから。
アルティメット・スペーサーでも、オルガダンテでも、オリジンには勝てない。
なら……俺も覚悟を決めよう。
安全なところから戦って勝てるような相手ではないのだ。
俺は禁忌を破る。
――魔鍵、聖鍵、ともに起動。
――コード:フュージョン。
そう念じながら、俺は聖鍵と魔鍵をクロスさせる。
「今こそ一つになれ。聖魔合体……!」
変化は白き輝きと黒き闇が混ざり合い、一刹那にて完了する。
聖鍵に黒い触手が捻じり絡みつくようにして、魔鍵が融合したのだ。
『聖魔鍵とでも言うつもりか!? 馬鹿な……なんてことを』
オリジンが怒りの感情を模して叫ぶ。
魔鍵の中には、造物主とノブリスハイネスが封印されている。
聖鍵に魔鍵を融合させるということは、ディラックの海の中で虚数化していた造物主とノブリスハイネスが、聖鍵と一体化することを意味する。
聖鍵とダークスの合体……それは、安全な理論が構築されていない危険な賭けだった。
「終わりじゃないぞ、オリジン!」
――聖魔鍵、起動!
――コード:デミウルゴス!
『俺の能力はフラビリスのように奪えんぞ! 造物主の権能如きでは届かん!』
「ああ、そうだろうな!」
だけど、目的はそれじゃあない!
――能力没収、対象……
――対神兵器アルティメット・スペーサー!
――究極宇宙怪獣オルガダンテ!
そして。
――因果の番人グラナド!
『貴様……!』
グラナドもまた、聖鍵によって創られた兵器。
後先考えなければ……いける!
アルティメット・スペーサーの白い巨大が。
オルガダンテの宇宙すらも押し潰す巨躯が。
そして、オリジンの駆るグラナドが。
聖魔鍵の中へと吸収されていく。
もはや、何が起きたのかを言い表すのは難しい。
ただ、俺は意識が巨大な何かに押しつぶされていくのを感じた。
「あ、ああああッ……!?」
消えていく。
痛みもなく、俺の魂がなくなっていく。
……やっべ、自爆したかな。
さすがにコイツはやり過ぎた。
まあ、駄目元だったんだし、しょうがないが……。
ふと顔をあげると、目の前には聖鍵を握った俺と。
魔鍵を携えた、黒衣……ダーク・ミヨシン……いや、アルティメット・ゴクアックがいた。
幻か。
ふたりは俺に向かって、言う。
「ディオコルトを倒してくれて、ありがとうよ。さあ、仕上げと行こうぜ」
「愛着か……それが、余の求めていた答えなのやもしれんな」
そして、手を伸ばしてきた。
俺はそれがどういう意味なのかを考える頭すらなく。
右手でもうひとりの俺の。
左手でゴクアックの手を掴んだ。
気がついたときには、俺は銀河の上に立っていた。
ここがどこか考えるよりも、この中が並行大宇宙ペズンの中なのだと理解する。
「お前は何者だ……」
俺と同じ姿をした何者かが、問いかけてくる。
そいつも、銀河の上に佇んでいた。
「究極宇宙怪獣オルガダンテか? 造物主か? それとも……」
問いには、答えねばなるまい。
それが礼儀というものだ。
「三好明彦……」
同時に、聖鍵を構えるその男が敵であると認識する。
俺は静かに、ソレを構えた。
聖剣。
右手に納まるそれは、確かに刃を備えた聖剣だった。
今までと同様、機械の光沢を備えた神殺属性兵器。
「お前が、三好明彦であるはずがない……その剣は……」
その男が……オリジンと名乗っていたことを思い出す。
俺はシーリアと違って剣士ではない。
ただ単に、聖鍵を、機械の聖剣を使う者でしかない。
「じゃあ、きっと……機械仕掛けの聖剣使いだ」
技巧もなく、工夫もなく。
ただ、そうすればいいのだという内なる声に従って、聖剣を振るった。
何もない宇宙で振られた剣は、何故かわからないけどオリジンの肉体を切り裂いた。
「俺は、お前の……代わりに……」
「概念に帰れ、救世主。お前が来るには、まだ早い」
光が、すべてを包み込んだ。
「陛下ぁ! 陛下ぁー!」
「……ん、あれ」
目を開けると、見慣れたドーム状の天井が見えた。
ついでに、大きなおっぱいとチグリの泣き顔も。
「よかったですぅ、陛下ぁ~……」
「む、ぐぅ!?」
そのおっぱいが、俺の顔を押し潰す。
「ぐ、ぐるじぃ……!」
「あっ、すいませんっ、陛下ぁ」
チグリはすぐに気づいて身を上げる。
解放された俺は咳き込んで、半身を起こした。
どうやら、チグリに膝枕されていたらしい。
しばらく落ち着いて深呼吸し、瞳を潤ませるチグリと目が合った。
「……夢オチ?」
「え、えっとぉ……」
「そんなことはない」
チグリの言葉を遮って、あの声が聞こえた。
咄嗟に起き上がって、声のした方を振り返る。
「……お前の意志は、よくわかった」
さっきまでと同じように、台座を挟む位置に佇んでいたのは……。
「オリジン!?」
彼が聖鍵を携え、静かにこちらを見つめていた。
あまりのことに、開いた口が塞がらない。
「あれは、あの戦いは……幻だったのか……」
否応なく虚脱感に襲われる。
すべてを賭けたつもりの戦いが、俺の頭の中の妄想に過ぎなかったなんて。
「いいや」
だが、オリジンは俺の思い込みを否定した。
「俺とお前は、確かに戦っていた」
なら、何故生きている。
あれで生きているとすれば、どんだけなんだ。
「お前が倒したのは、俺の現し身だ。おかげで少し力を失った」
「あれが……現し身?」
現し身とはいわば、神が自分の権能を分けて顕現させる分身のようなものだ。
神々が地上に降り立つ際によく使うとされていた、分身のようなものである。
クローンとは違って、死ねば分けていた分の力を失ってしまうが……その力は、さきほど見てのとおりである。
「元よりお前の意志を汲むために創られたのが、俺だ。お前がどうしてもそうしたいというのなら、仕方がない。俺の方針とは異なるが、可能性の模索……好きにするといい」
負けた癖に、なんでそんなに偉そうなのか。
とはいえ、俺も捨て身でかかって倒せたのが現し身だけか。
しかも、少し力を失っただけとか言っているし……駄目だ。
やっぱり勝てないんだ。
……でもとりあえず、俺を認めてはくれたようだ。
問答無用で聖鍵を取り上げる気配はない。
「では、俺はもう行く。介入すべき宇宙が山のようにあるからな……」
そして、立ち去ろうとするのも突然だった。
「おい、待て!」
「なんだ」
俺の呼びかけに特に億劫な様子もなく、首を傾げるオリジン。
「お前……どうして、救世主の力を使わなかったんだ。現し身でも、あれは使えるはずだろう?」
「油断していたのは確かだがな。この宇宙では運命の天秤が、お前に傾いていた。それだけだ」
訳の分からないことを宣って、オリジンは消えた。
「え、お、おい……」
結局、別れの挨拶すらなく、オリジンは去った。
そういう行為に意味を見出せないのだろうが、なんとも……。
「陛下ぁ……多分ですけど、陛下の特異点としての資質が、オリジンを上回ったためだと思いますぅ」
「……どういうこと?」
どうやら解説はチグリが引き継いでくれるようだ。
「事象改変には、当然ですけど自分の強い希望が必要ですぅ。しかも、それは具体的じゃないといけませんし……もしかしたら、陛下の中にも同じような力があるのかもしれないですぅ」
「……俺にもか」
確かに、心当たりはたくさんある。
例の時間停止能力もそうだし、俺の中にはまだまだ可能性が眠っているということか。
「そのあたりは、ちゃんと調べますぅ! あとあと、陛下! こんなことになっちゃって、ごめんなさぃぃ~」
「え? あ、いや……チグリは良かれと思ってやったんだから、謝ることないよ」
びーびー泣き始めたチグリの頭を撫でる。
もふもふとした犬耳の感触がたまらない。
やはり、ケモナーはいいものだ。
「……ん?」
なんとなく、自分の感想に違和感を覚えた。
何か、変わったような……。
「いや、気のせい……だよな」
念のため、聖鍵を取り出してみる。
うん、コード:フュージョンは一時的なものだから、魔鍵は分離されている。
今も身体に異常はないし、大丈夫だ。
「さあ、視察は終了。帰ろうか」
「はいぃ!」
撫でられてすっかりゴキゲン躁モードになったチグリは、ぴょんすか飛び跳ねながらテレポーターに飛び込んでいく。
俺もそれに続こうとして……ふと、背後の台座、オリジンのいた方を見る。
もちろん、そこには聖鍵もなければオリジンもいない。
もう、ここにやり残したことはない。
「ああ。俺は先に進むよ……」
誰にでもなく呟いて、俺もテレポーターを踏んだ。
生誕祭。
アキオミの誕生を祝う祭りは、おおよそ1週間に渡ってアースフィア全土で盛大に催される。
「アースフィアに生きる人々よ」
俺はマザーシップのイメージホールを通して、世界の人々に語りかける。
「俺はかつて、あなた達に笑顔をもたらすと約束した」
傍らにはアキオミを抱いたリオミ。
ミキサー室には、女性陣が勢揃いしている。
みんながみんな、希望に満ち溢れた笑顔を浮かべていた。
「俺は至らぬ王であり、若輩である。まだまだ、アースフィアには不幸な人々がいる。しかしアキオミの誕生は、今後のアースフィアに大いなる福音をもたらすであろう。苦しみも、楽しみも。俺はあなた達とともに分かち合いたい。力を合わせ、アースフィアを平和に導いていこう」
フェイティスが歓声を拾ってきて、俺に聴かせてくれた。
自然と笑みが浮かぶ。
「さて、堅苦しいことはこのぐらいにして……みんな! 生誕祭……存分に楽しんでくれ!!」
こうして俺の一声で。
アースフィアで、一番大きな祭りが始まった。
「おに~ちゃ~ん」
「おうっ……って、オイ。ディーラちゃん、酒飲んだのか?」
「酔ってないも~ん」
「指摘される前にそんなこと言うやつは酔ってるんだよ。解毒魔法かけるから、そこになおれ」
「え~っ、後生だよ~!」
「まだディーラちゃんにお酒は早いよ!」
「大丈夫だもーん、きのこじるしの甘いやつだもん」
「あーもー、しょうがないな。今日だけは特別な」
「ふむ、良い顔になったな」
「ん? なんだラディか」
「オリジンとの対決で、吹っ切れたようだな」
「……ああ。いろんなモヤモヤが吹っ飛んだ」
「とはいえ、油断はするなよ。そなたは喉元過ぎれば熱さを忘れるからな」
「へいへい」
「まあいい。余は命を拾われた身。そなたを見放しはせぬから、好きなだけしくじるが良い」
「……まさかとは思うけど、俺の失敗を期待してるんじゃないよな?」
「この顔がそんな風に見えるのか?」
「満面の笑顔じゃねーかよ!」
「おーっほっほっほっほ! 世の中、お金より大切なものがあるのですわぁー」
「ヒルデ……!? 使徒の《マインド・クラッキング》だな! 大丈夫、今はもう対策があるから……」
「失礼にも程がありますわ! わたくし、ちゃんと目覚めましたのよ!」
「ほう、いったい何に?」
「苦しみを分かち合える民たちへの愛! 愛ですわ! わたくし、愛に目覚めましてよ!」
「はい、1万円」
「とうっ!」
「聖鍵陛下……私、故郷の海を見たいです」
「なんだメリーナ。そのぐらい、お安いご用だ。ほら、ついたぞ」
「ああ、これが噂に名高い七色に輝く大海なのですね……」
「初めて……見るのか。そりゃそうか」
「わたし、これからはもっと外の世界を見て回りたいのです。お許しをいただけますか?」
「もちろんだ。あ、でもちゃんと護衛はつけるからね」
「アッキー!」
「おお、愛しのマイエンジェル!」
「すいません、あなた。生誕祭でお忙しいのに……」
「大丈夫大丈夫、行事はコピーボットが全部やるから。俺は諸国漫遊して食い歩きだし。リプラもどう?」
「ふーん、ずいぶんと気楽にやってるんだね。ちょっとは自重したら?」
「フランこそ、仮釈の身なんだから、あんまり無礼な口を利くなよ」
「サーセン……」
「アッキーがフランおばさんをいじめてる!」
「フランは悪いことをしたから、しょうがないのよ」
「自分はおばさんじゃないやい!」
「突っ込むとこそこじゃねーだろ!」
「陛下ぁ……」
「チグリ……泣いてるのか?」
「わたし、間違ってたかもしれません……」
「チグリ……」
「そうです、よね。苦しいことから逃げてたら、前に進めないんですよね……」
「お前、俺の記憶を同期したのか……」
「消してた記憶、戻します。きっと凄く辛いですけどぉ……」
「……大丈夫。俺にだって気づけたんだ。チグリは頭がいいんだし、平気さ」
「陛下ぁー」
「よしよし、今晩はたくさん可愛がってやるからな」
「……あれ? ベニー、そんなところで何蹲ってるんだ?」
「……結局、ベニーちゃんが何者なのか、陛下にわかっていただけませんでしたね」
「そんなことで落ち込んでるの? お前がフラグが立ったらって言ったんじゃないか。本当は話したかったのか?」
「そんなことないですもん! ベニーちゃんは謎の女ですから!」
「まあまあ、気にするな。別に俺の戦いはこれで終わりじゃないし、そのうちベニーがどうして助けてくれるのかとかも、わかるときがくるって」
「あーうー、陛下ー。次ループ始まっても、ここに残っていいです?」
「そんな弱気でどうする! 聖鍵インターフェイスとして他の世界の俺を導けるのは、お前だけなんだからな!」
「ひ、ひどい~! ベニーちゃんだけ扱いが違いすぎます~!」
「ご主人様。ジャ・アークに対する革命は無事に成功させました。人類同盟の勝利です」
「……ご苦労様、フェイティス。いろいろ、世話をかけたな」
「いえ、実益を兼ねた趣味ですので。それより、ノブリスハイネスの魂はどうされますか?」
「あー……実はな。どうも、俺の中にノブリスハイネスの霊が変な形で癒着しちゃったみたいでさ」
「それは……大丈夫、なのですか?」
「へーきへーき。並列思考みたいに口出ししてくるわけでもなし、欲望に引っ張られたりもしないからね」
「ご主人様……」
「ああ、そうそう。フェイティス……ノブリスハイネスは、お前に謝ってたよ」
「それは、別の世界のわたくしですから。謝られる筋合いなどありません」
「ははっ、つれないなぁ……」
「わたしは、アキヒコさえ無事なら、それだけで……」
「ん? 何か言った?」
「いいえ。ところで都市国家群の一部が今回の生誕祭に抗議行動を始めていますが、いかがいたしますか?」
「腕をあげたな、アキヒコ」
「いや、シーリア……お前にはまだ、全然かなわないよ」
「チップを使った学習、というのは馬鹿にならないな。わたしも少々参考にさせてもらおう」
「お前、それ以上強くなって何を斬るつもりだよ?」
「無論、アキヒコに立ち塞がる敵、すべてを」
「……本当に気の毒だよ。俺の敵には同情するしかないわ」
「私の子供にも、剣聖の技を叩き込む。アースフィアで最強の剣士に育てるから、楽しみにしていろ」
「……訂正する。一番かわいそうなのは子供のほうだった」
「お前もだ、アキヒコ。たっぷりと教えてやるからな」
「ひぎぃ!」
「……アキヒコ様」
リオミが、バルコニーで風に当たっていた俺に声をかけてくる。
「……前に見たときと変わらないな、ここからの景色は」
「はい」
生誕祭最終日。
俺は、リオミとともにロードニア公国にやってきている。
リオミが隣にやってきて、街の景色を眺めた。
「なんだか、アキヒコ様にお会いしたのが遠い昔のことのよう……」
そう呟くリオミの腕の中には、アキオミがいない。
アキオミは、ロードニア公王ことリオミのパパと一緒だ。
きっと今頃、大いに可愛がられていることだろう。
「俺はなんか、昨日の事のように思えるな」
最初にアースフィアに来た時は、王都に勝手に花火をあげたり、ヒュプノウェーブブラスターでどんちゃんしたりして、大変だったっけ。
「アキヒコ様……わたし、幸せです」
「俺もだよ」
「これからきっと……この幸せは、長く続きますよね」
そう言われ、俄に即答しかねた。
俺に対する攻撃は、目に見えないところからやってくる。
造物主の使徒については、造物主から情報を得た。
だいたい何が残っているのかは予想がついている。
例えば、事象改変能力を持つと思しきコームダイン。
奴はまだ、どこかで生きている。
だが、それが何だというのか。
「アキヒコ様?」
黙りこんでしまった俺を、不安げに見つめてくるリオミ。
「……ああ。大丈夫だ。何しろ……」
そんな彼女に向かって、肩を竦めて見せる。
そのまま両手を広げて。
「俺は聖鍵と」
右手に。
「魔鍵の使い手」
左手に。
「そして、リオミの三好明彦だからな」
両方の鍵を消して、リオミを抱きしめた。




