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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode05 Clone Rebellion

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Vol.38

日常シーンは難しい。

 目覚めは、いつものベッドじゃなかった。

 暗闇の中。知らない天井に、記憶に無い生活臭。

 半身を起こして頭を揺り動かし、記憶を反芻する。


「ああ、そうか……昨晩は寮に泊まったんだっけ」


 殺戮王の死を伝えるために、リプラたちのところに来ているんだった。

 思っていた結果とは少し違ったが、確かに伝えた。


 ああ、これで全部……終わった。

 オリジン覚醒からクローン叛乱事件に至るまで、俺がやり残した宿題すべて。

 もちろん、これからやらなきゃいけないことだってたくさんあるだろうが。

 この朝からが、本当の再出発なのだ。


「おはようござざいます、あなた」

「え……あ、おはよう。リプラ」


 隣でもぞもぞと布団が動いて、中からリプラが顔を出す。

 一瞬ドキっとしてしまった。


「そういえば、久し振りだね。そう呼ばれるの」


 リプラたちと一緒に過ごしていたクローンの……要するに殺戮王の記憶だが。

 彼女たちとは、ちゃんと家族関係を結べていた時期があったのを思い出した。


「昨晩から元通りです。私とアッキー様は夫婦ですよ」


 嬉しい事を言ってくれる。

 ちゃんとやり直せるってわけだ。 


 それにしてもリプラって家庭的だと思ってたけど、こんな色っぽい顔もできるのか。

 やっぱりフランとは姉妹だなぁ。


 そんなリプラが寝ぼけ眼で壁の時計を見上げる。


「あ……もうこんな時間」

「ん? ああ、ヤムの通学時間か」

「昨晩は目覚ましかけ忘れてしまって……」


 しっかりしてそうなリプラでも、そんなミスはするんだな。

 少し頬が緩くなって、俺は普段ならら遣いもしない気を回した。


「俺がヤムを起こしてくるよ」

「えっ……あ、はい。おねがいしますね」


 一瞬、そんなことはさせられないという顔をしたが、思い直したらしい。

 リプラは俺の提案を承諾した。


 ベッドを降り、寝室を出て、ヤムの部屋へと赴く。

 彼女の部屋には鍵がないので、そっと開きつつ。


「ん、まだ寝てるな」


 ヤムは、くうくうと寝息をたてていた。

 やはり寝顔も天使である。

 思わず、いつまでも見ていたい衝動に駆られる。


 でも、だめだ。

 学院に遅刻してしまうから、もう起こしてあげないと。

 心を鬼にして、部屋に入ったところにある壁端末を操作した。

 カーテンと雨戸を開き、煌々と朝日がヤムの部屋を満たしていく。


 うわ、まぶしっ……!


「目が、目がぁ~!」


 効率的に光を取り込めるような構造になっていたのかもしれない。

 予想以上の採光量に、俺は目を抑えて悶える。


「んにぃ……あさ?」


 まだ目がちかちかしていて見えないが、ヤムの声が聞こえた。


「わー……アッキーだー……」

「お、おはよー、ヤム」


 ようやく目が慣れてきた。

 どうやらヤムは、まだ寝ぼけているらしい。

 よだれを垂らしながら、目をこしこししている。


「えっへーへー」


 寝巻き姿のヤムがだらしない笑顔のまま、よたよたとベッドから足を投げ出した。

 そのまま抱っこをせがむように両手を広げる。


「しょうがないなー。それっ」


 俺はそんな彼女を両脇を抱えて抱き上げる。


「ひゃーい」


 ヤムはキャッキャと喜んでいるが……うーむ。

 8歳の女の子にしては、いくらなんでも子供っぽい気がする。

 普段はこんなおねだりしてこないし、多分頭が起きてないのだろう。


 全然説得力がないなあと思いつつ、ヤムを下ろして一緒に洗面所へ。

 確か殺戮王の記憶によると、ここに着替えが用意してあるはず。


「ほらヤム、お着替えはひとりでできるかー?」

「できるよー。もう子供じゃないもん」

「じゃあ、お母さんのお手伝いしてくるからな」

「はーい」


 若干の不安を抱きつつも、甘やかし過ぎは良くない。

 ダイニングに戻ると、こちらも既にカーテンと窓が開けられて、すっかり朝の明るさに。

 リプラは、キッチンで朝食の支度を始めていた。


「ヤムを起こしたよ。今、洗面所」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 なんとも微妙なやりとりだ。

 普通の夫婦のコミュニケーションって、これでいいのだろうか。

 俺が知っているのは、男が家事を手伝わないことに不満を漏らす女性が多いことぐらいだ。

 俺も気をつけるべきか。


「何か手伝うことある?」

「え、えーと……それじゃあ、卵を剥いてもらえますか」

「わかった」


 少し気後れした様子のリプラだったが、俺の手伝いたいという意志が伝わったのか、簡単な仕事を任せてくれた。

 この世界にもちゃんと鶏がいて、卵といえば鶏の卵だ。

 コレは元からアースフィアにもあったらしいが……。 


「卵なんて一生に一度食べられるかどうかだと思っていたのに、今では当たり前に食べられるんですよね」


 と、リプラが漏らしたとおり、どちらかというと贅沢品である。

 もっとも、フォスでは1パックいくらで買えるのだが。


「そういえば、ヤムはいつもひとりで着替えできてるの?」

「あの子、朝はあまり強くないですけど、大丈夫だと思います」

「よっし、じゃあ我が子を信じるとするかー」

「まあ、あなたったら」


 クスクスと笑うリプラは、如何にも若奥様といった風情だ。

 こんな女性も俺の妻のひとりだというのは、バチのひとつでも当たってもおかしくない。

 ……いや、もう当たった後なのか。


「おかーさん、おはよう!」

「おはよう、ヤム」


 ヤムは着替えミッションに成功したようだ。 

 聖鍵学院の制服をちゃんと着こなしている。

 フォスの制服は、黒を貴重とした布地に金帯の刺繍が施されているブレザーだ。

 ヤムに堅苦しいイメージがついてしまうので、もっと可愛らしいデザインにして欲しいものだ。

 ちょっと寝癖が残ってるし、後で直してあげないと。


「おてつだいするー」

「おっ、ヤムもか。えらいなあ」

「助け合いは、むかしから当たり前だからっ」


 誰かに習った言葉なのか、ヤムは力強く両手に握り拳を作っていた。


「じゃあ、ヤムはお皿の用意と運ぶのを手伝ってもらおうかしら」

「はいっ!」


 ふたりは、俺なんかより手慣れた様子で朝食の用意を整えていく。


 出来上がった料理はハムエッグ。

 そこにパンとサラダが加えられて、出来上がりだ。

 フォスではごくありきたりな朝食だが、アースフィア全体の平均から見ると豪勢な方だろう。


「聖鍵の導きに感謝を。頂きます」

「いただきまーす!」


 俺の新しい日常は、そんなうららかな朝とともに幕を開けた。




 ヤムを学院行きのテレポーターに送り届けた後、リプラも聖鍵派スタッフとしての仕事に向かう。

 邪魔するわけにもいかないので、俺も王宮に帰るとしよう。


 今日からしばらく、俺は暇を見つけては後宮の女性陣に会いに行くことになっている。

 クローンを使って同時デートみたいな真似ができなくなった以上、昔のように1人でやらないといけない。


 スマートフォンで、今日のみんなのスケジュールをチェックする。

 この時間、仕事っぽいので埋まってないのは……やっぱりメリーナか。

 他のみんなはコピーボットも使わず、真面目に政務などに携わっているっぽい。


 そのままスマートフォンを操作して、後宮に転移した。

 メリーナの部屋をノックする。


「メリーナ、入ってもいい?」

「陛下!? 少々お待ちください!」


 うん?

 メリーナにしては珍しい反応だな……。

 大抵いつ行っても、すぐに部屋に入れてもらえるのに。


 待たされた時間は、そう長くなかった。

 使用人ボットが扉を開き、俺はいつもの庭園に案内される。

 そこには……。


「おはよう、メリーナ」

「おはようございます、陛下。ようこそおいでくださいました」

 

 いつものように優しい声と笑顔で出迎えてくれるメリーナ。

 ……と。


「おはようございます、陛下!」

「……おはよう、ゆ……いや。聖鍵陛下」


 少年と巨人が、彼女の傍らで俺に敬礼する。

 聖鍵騎士ライネルと、ゴズガルドだった。


「ご苦労……そういうことか」


 ライネルはわかるけど、何故ゴズガルドまで。

 彼はやりとりもどこ吹く風、ムスッとしたまま仁王立ちしている。

 ライネルと付き合いがあるのは聞いていたけど、それ関係か?


「申し訳ありません。お二人を招いて話を聞いていたのです……陛下がいらっしゃるとわかっていれば、きちんと用意したのですが……」


 メリーナが本当に申し訳なさそうに眉根を寄せる。

 普段すぐ入れてくれるのは、俺がいつ来てもいいように準備を整えていたからか。

 そして今日はそうじゃなかったと……。

 メリーナも俺がリプラのところに泊まっていたのは知っているはずだし、来ないと思われていたのかもしれない。


「いや、全然構わないよ。あんまり騎士団のメンバーと話す機会もなかったから」

「えっ……僕達はお暇させて頂きますよ!? 陛下とメリーナ様の逢瀬をお邪魔できませんし」


 ライネルがあたふたしだす。

 俺が招かれざる客であることは明らかだが、ここで俺が出ていくとメリーナが王を追い返したことになってしまう。

 ここはどう考えてもライネルとゴズガルドを退室させるのが普通だし、その方がメリーナたちも気が楽だろう。

 しかし、それだと俺の心労ゲージが溜まってしまう。


「俺もメリーナがわざわざ騎士を呼びつけてまで、何を聞きたかったのかに興味がある。話を続けろ」


 ここは戯れに付き合ってもらおう。

 犠牲になってくれ、ライネル。


「わかりました。メリーナ様、よろしいですね?」


 ライネルは、むしろ俺が命令したことで気が楽になったらしい。

 ほっと一息ついた後、笑顔でメリーナに確認する。


「は、はい。ですが、陛下。僭越ながら……陛下はもうご存知のお話かと」

「構わないさ。一体何の話をしてたんだ?」

「陛下が身を置かれている戦いのお話です」

「それは、クローンの?」

「いいえ。それだけではありません。先日、陛下は胸の内に秘めてらした戦いのお話をしてくださいましたよね」

「ああ。みんなにも知って欲しかったからな」

「恥ずかしながら、わたしにはまったく想像することのできない、理解の及ばぬお話でした」


 それはまあ、そうだろう。

 特にメリーナはディオコルトやライネルのこともあるし、できるだけ情報から遠ざけていたし。

 段階を踏まずに情報開示してしまったからな。


「しかし、わからないなりに陛下が苦しんでおられたことは感じていました」

「いつかは、ありがとうな」


 俺が心折れそうだったとき、献身的に支えてくれたのはメリーナだった。

 ダークライネルの意識に引きずられてのことだったとはいえ、彼女の優しさに救われたのは間違いない。


「わたしも、いつまでも安全な鳥籠の中で何も知らぬまま生きていては、陛下の苦しみを分かち合うことができないと思ったのです」


 ……メリーナも、外界に興味を向け始めたのか。

 チグリのように、行き着くところまで行き着かないか心配だが……。


 俺の表情から何を読み取ったのか、メリーナは懸命に笑顔を浮かべた。


「わたしも、頑張ります。陛下のお心を少しでも支えてあげられるように」


 ……そうだな。

 彼女も俺の奴隷じゃない。

 自分の意志で始めたことを、俺が無理に止めるべきではないか。


「わかった。そういうことなら、大丈夫だ。話は俺も聞かせてもらうよ」

「……かしこまりました。ライネル、話の続きを」

「では、僭越ながら……」


 こうして、奇妙なメンバーでのお茶会は昼まで続いた。




 メリーナと昼を食べた後、なんとなく手持ち無沙汰になったのでフェイティスの仕事を手伝うことにした。


 王宮での仕事は、フェイティスがほとんどを担当する。

 これに加えてジャ・アークに支配された星系の解放工作、各王国への根回しや外交などまで1人でやっている。


「フェイティスってさ」


 ふと思うところがあって、生誕祭関連の書類に目を通しながら声をかける。


「なんでしょう?」


 彼女も俺に目を合わせることなく、端末を操作しながら言葉だけを返してくる。

 これは、無礼ではない。

 彼女がいちいち仕事の手を止めては効率が悪いので、こうして作業しながらの会話に許可を出したのだ。


「なんで、そんなにいろんなことができるんだ?」

「自分ではなくてもよい部分を他の者にやらせているからです。特にコピーボットは便利ですね」


 いち早く聖鍵のテクノロジーの実用的な使い方を学習したフェイティスにとって、コピーボットはなくてはならないものである。

 自分のだけではなく、俺、リオミ、シーリアのコピーボットもまるで己の手足のように操っている。

 3Dプリンタによる書類複製を行えば、アースフィアの実質的な権限はすべてフェイティスにあることになる。


「たまには休んだ方がいいんじゃないか? 俺みたいに」

「ご心配なく。定期的に体を入れ替えてメンテナンスをしておりますので」


 本体に至っては、日替わりでクローンと魂を入れ替えて肉体的疲労を回復。

 精神的疲労はスマートフォンの精神メンテアプリや、MPポーションで間に合わせているらしい。


「MPポーションは俺も後から知ったけど……それ以外のことは同じようにやってたはずなのに、どうして俺だけ潰れちゃったんだろう……」

「わたくしとご主人様とでは、許容量にはさほど違いはないと思います。規則正しい生活とこまめな運動。それだけです」


 単純に自己管理スキルが桁違いに高い、ということか。

 超人メイドの正体は裏打ちされた努力の積み上げがあってこそか。

 積み上げのない俺としては、耳の痛い話だ……。


「情けないことをおっしゃっていないで、ご主人様も努力してください」

「努力かあ……しているつもり、なんだけど」

「常に頑張り続けることが努力なのではありません。継続を維持するための精神の修養や、身体の休養が大事なのです。力を適度に抜きませんと、また潰れてしまいますよ」


 フェイティスは言葉の最後の方だけ、仕事の手を緩めた。

 心配そうに俺を見つめてくる。


 わかってる。

 そう言うだけなら、簡単だ。

 いつもなら、そう返しただろう。


 だけど、思い直す。

 わかったつもりなだけで、わかってないから言われるんだ。

 つもりで終わるから、俺は成長がないんだ。


「……今度、やり方を教えてくれないか」


 俺が呟くと、フェイティスが今度こそ作業の手を完全に止めた。


「なんだ?」


 思わず俺も判を持ち上げたままの姿勢で停止する。


 フェイティスは何やら目を丸くしたまま固まっていたが。


「いえ……」


 やがて息をひとつついて、立ち上がった。


「わかりました。わたくしでよろしければ、教師役を努めさせて頂きます」


 まるで、勅命を受けたようにかしこまって、一礼する。


「ああ、頼むよ」


 何やら大げさだなと感じながら、俺は書類に判を落とす。

 フェイティスも何事もなかったかのように、すぐに仕事に戻った。


 そんな時間が、ゆっくりと過ぎていく。

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