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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode01 Sword Saint Aram

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Vol.11

「正気で言っているのか!?」


 俺の言葉にすぐさま反応したのはドラゴンではなく、アラムの方だった。

 ちょっとカチンときて、思わず大声で言い返す。


「あたりまえだ!」

「相手は魔物だぞ。しかも、強欲で知略に長けたドラゴンだ!」


 ええい、アラムは聞き分けが悪いな。


「あのドラゴン、悪い子には見えませんけど……」


 さっすがリオミ様、話がわかる!


「王女まで、そのような……」

「まずは、お話だけでも聞いてあげてもよいのではないでしょか」

「……知らんぞ!」


 剣聖は拗ねてしまった。大人げない。


「ええと、その」


 おっと、当のドラゴンちゃんが困惑している。


「あー……うん。あの人は気にしないで。俺は三好明彦。アキヒコって呼んでくれ」

「まさか、予言の……?」


 ドラゴンまで予言を知っているのか。どれだけ有名なんだろう。


「ということは……はっ、だめです!」


 ぎゅうっと体を縮めるドラゴンちゃん。


「べ、別に何か悪いことをしてるってわけじゃないなら、何もしないよ」

「ドラゴンさん。アキヒコ様はとても優しいひとです。時々ひどいですけど、安心してください」

「ひぃ」


 こら、リオミ。

 ますます怯えさせてどうするんだ。


「ひどいことしないで」

「しないしない」

「ほんとうに?」

「うんうん」

「…………」


 うーん、随分警戒されてしまったな。おのれリオミ。女の子と仲良くする俺が、そんなに気に入らないのか。

 

 聖鍵はこんなとき、俺に何も教えてくれない。

 粘り強く話しかけるしかないかな。


「どうすれば信じてくれるかな?」

「えっと……そっちの人が剣をしまってくれたら」


 言われて見てみれば、アラムはまだ剣を納めていなかった。


「アラム」

「……本当にどうなっても知らないからな」


 俺の念押しで、アラムはしぶしぶ剣を納める。


「さあ、こっちも剣をしまった。今度はキミが名乗ってくれ」

「……シャ=ディーラ」

「いい名前だね。ディーラちゃんって呼んでもいいかな」

「うん」


 なんだろう、ヤングアダルトドラゴンにしてはちょっと幼い感じがする。実際はヤングぐらいなのかな。だんだん、頑張って大人ぶらなくなってきたのは素が出てきてるのかもしれない。

 もう少しだ。


「ディーラちゃんは、どうしてここにいるのかな?」

「えっとね、逃げてきたの」

「逃げて……どこからかな?」

「なんか、真っ白い光のなかから」


 ホワイト・レイじゃないですか、やだー。

 俺は、こんないたいけなドラゴンまで光の中に消し去ろうとしてたのか。自分で自分を許せない。

 ……というか今、聞き捨てならないセリフを言ってたような。


「……白い光の()から?」

「うん。その前のことは、あんまり良く覚えてないんだけど……」


 俺の知る限りのスペックだと、ホワイト・レイを浴びて生き残れる有機生命体は存在しない。

 どういうことだ? 嘘の情報を掴まされているのか。それとも、俺の知らない秘密がまだ何かあるのか?


「お姉ちゃんと一緒に逃げてきたの」

「お姉ちゃん?」


 ディーラちゃんが羽根をそっと上げると、そこには12~3歳ぐらいの女の子がうずくまって眠っていた。プラグスーツみたいな、肌にぴったり張り付いた未来的デザインの服を着ている。

 なんか、デザインがアースフィアっぽくないような。


「お姉ちゃんとお話できるかな?」

「だめ!」


 ディーラちゃんは羽根を閉じてしまった。

 そうか、彼女が守りたかったのは、お姉ちゃんだったんだな。


「ごめんごめん、お姉ちゃんには何もしない」

「……お姉ちゃん、起きないの」

「まさか、その子も光の中に?」


 ディーラちゃんは首を動かした。ドラゴンなりに頷いたみたいだ。


 さーて。

 さてさてさて?

 わけがわからなくなってきたぞ?


 光の中で生き残ったという事実は、保留しよう。

 ホワイト・レイの洗礼を受けたってことは、この子たちは魔王城にいたことになる。俺が聞いた話だと、魔王城の周囲には人間が生き残れないレベルの闇の瘴気が立ち込めていたということだった。

 もちろん、リオミが嘘を吐いたわけじゃない。実際過去のデータでも、魔王城付近のダークス係数は100%以上。臨界を突破していた。ダークス係数に関する話は今度に回すとして。

 とにかく、ディーラちゃんたちも瘴気に侵されていたはず。今はともかく、魔王健在の間に邪悪なドラゴンだったことは、疑いようもないのだ。お姉ちゃんのほうが人間の姿なのは、多分ルビードラゴンに備わった擬似魔法能力の《シェイプチェンジ》を使っているからだろう。

 

 まさか。

 まさかとは思うが。


「キミたち以外に生き残った子はいる?」

「ううん、あたしたちだけだと思う」


 彼女たちが例外なのか?

 だめだな、今は答えが出ない。


 でも、ひょっとして。

 ひょっとするとだが。

 ホワイト・レイには闇の瘴気を祓って、対象を救う効果があるのかもしれない。


 だが、そうでないと彼女が正気を保ってここにいる説明がつかない。

 魔王城付近の闇の瘴気は消滅していたが、だからといって確証はない。他にもダークス係数の高い魔王支配下の魔物はいくらでもいたはずだが、照射跡地には何もいなかった。ホワイト・レイを食らって尚、生き残るだけの生命力が必要だったりとかするのだろうか。このダークス係数に関しての詳細はブラックボックスで、推測しかできないんだよな。

 うーむ。


 彼女たちが助かった経緯はともかく。

 ドラゴンによる人的被害は出ていないとのことだし、今回の討伐依頼はお流れだな。せっかく生き残って魔王の支配から逃れられたんだし。彼女たちには新しい人生があっていいはずだ。


「わかった。本当はキミたちをやっつけるお仕事を受けてたんだけど」

「や、やっぱりひどいことをするんだ!」

「ううん。キミたちのことはやっつけない」

「……え?」

「人間のことを襲わないって約束する?」

「す、する。いや、します!」


 ディーラちゃんの首がぐいんぐいん動く。

 必死で頷いてるみたいだ。


「リオミもそれでいいよな?」

「は、はい。アキヒコ様がそうおっしゃるなら。それにしても、こんなおとなしいドラゴンがいるなんて聞いたことありませんでした」

「これまでは魔王に操られてたんだよ。これからは、そういうおとなしい魔物も増えるんだ」

「そうなんですか……」


 リオミの顔が曇る。

 ナンデ?


「魔物は凶暴だというイメージが定着してますからね。

 魔物に家族を殺されたことを恨みにもつ人たちもいますから。

 魔王に操られてたからといって、許せない人は多いと思います」


 やはり、か。

 魔王支配体制100年の因縁は深い。


 それにしても、アラムは案外静かだな。


 ……いや、静か過ぎる。


 ていうか。

 リオミの今の言葉を聞いてから、あからさまに気配が変わってないか?


 やばい。


 何が?


 わからないけど。


 何か、良くないことが起きてる。

 

 俺は予感に従って。


 アラムに対する聖鍵のマインドリサーチを、オンにした。


 アラムの感情が。

 アラムの表層思考が。

 これまで、ルナベースに送られた報告を含めて。

 俺に流れこんでくる。


 ぐっは。

 なんだ。

 こんな感情、俺は知らない。


 怒りか。

 憎悪か。

 悲しみか。

 虚しさか。

 絶望か。

 希望か。

 あるいはすべてか。

 

 どうすることもできない。

 どれだけ努力しようとも。

 最善を尽くしていようと。

 私は無力。


 戦う力を。

 仇を取るための力を。

 すべての魔物を斬り殺す。

 そのための力を。 


 修行をした。

 辛いと思ったことはない。

 私には才能があった。

 先代は褒めてくれた。

 育ての父親だった。


 免許皆伝となる。

 魔王を倒すための奥義を受け継ぐため。

 剣聖アラムの称号を受け継ぐ。

 そのために恩師である先代を斬った。


 私にはもう何もない。

 あとはもう魔王を倒すため。

 予言の勇者を待つ。

 

 待った。

 勇者は。

 勇者は、やってこなかった。

 勇者は私を無視して、魔王を倒した。


 なんだ。

 なんなのだそれは。


 私は女としての自分を捨てて犠牲にして修行して魔物を斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬りまくって大好きだった父親代わりだった師匠だった先代を魔王を倒すために殺して殺して殺して殺して殺して殺してしまったというのに、あははははあはははははははははははははははははははあははははははははははっははああはははははははははははははは。



 ど、くん。

 ルナベースからの心理データの提供。 

 それは、一瞬。

 現在進行形の思考が最後の最後に流れてきた。

 俺は怖くなって、マインドリサーチを切ってしまった。


 アラムの様子は、先ほどから変わらない。

 変わっていない。

 いないはずだ。


 なのに。

 なのに。

 俺は、聖鍵を抜いてしまっていた。


「は、あ……!」


 呼吸が荒くなる。

 この後に起きること。

 そんなの、もう聖鍵の情報がなくったってわかる。


 修羅だ。

 あの女は人間じゃない。

 一匹の修羅。

 鬼だ。


「……勇者アキヒコ」


 目の前ですらりと、白磁の刀身が引き抜かれる。


「貴方の方針はよくわかった」


 時代劇のワンシーンを見ているかのような錯覚にとらわれる。


「悪いが、従えない。ギルドからの依頼はあくまでドラゴンの討伐」


 リオミが口を手で抑え、息を呑む。


「善悪の斟酌など不要。相手は魔物。魔物はすべからく殺す」


 ディーラは身を守るように体を丸め、戦慄する。


「もし、まかり通るというのなら」


 アラムはまっすぐ、俺を見る。

 そして俺は悟った。


「勝負してもらう。決闘だ、勇者アキヒコ。逃げることは許さん」


 これまで向けられた殺気など、児戯に過ぎなかったということを。

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