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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode05 Clone Rebellion

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Vol.35

「……ああ、そのとおりだ」


 刺々しい響きに、俺は肩を落とすしかない。


 逃避からオリジンを生み出し、すべてを任せたのは俺。

 オリジンが火蓋を切って落としたクローン叛乱はもちろん、ダリア星系ではノブリスハイネスによる15年の圧政を許した。

 ライアーは現在進行形でフェーダ星系の戦火を拡げている。


「そなたはどうする。死をもって贖うか?」

「な、なにもそこまで……!」

「ほう?」


 咄嗟に割り込んだのはリオミだ。

 だが、ラディは手を緩めない。


「今回は幸いにしてクローン以外に死人は出なかったが、ひとつ間違えばアースフィアそのものを滅ぼしかねない状況だったのだぞ? それでも、とがはないと申すか」

「それは……」


 リオミはそれっきり、言葉を失ってしまった。


「……ラディの言うとおりだ。俺は報いを受けなくちゃいけない」

「アキヒコ様!?」 


 ……力には責任が伴う。

 俺が手にしている力は運用を間違えれば、宇宙どころか並行世界にまで累が及ぶ。

 やっちゃったでは済まされない……。


 だが、ラディの続けた言葉は意外にも糾弾ではなく。


「そなたが受ける報いとは、何だ?」

「……え?」

「言い直そう。誰が、王であるそなたを裁けるのだ?」


 それはラディとしてではなく、魔王ザーダスとしての懐疑提言だった。


「そなたは既にアースフィアの支配者だ。王のやることは、例え客観的に見て過ちであろうと絶対だと、前に教えたな。覚えておるか?」


 王としての自覚を問われたとき、確かにそんなことを言われた。

 でも……。


「そんなの……俺が王をやめれば済む話じゃないか」


 王であることで裁かれないなら、王をやめればいい。

 俺のつたない認識では、その程度の発想しか思い浮かばない。


「つまり、責任をすべて放棄して他人任せにする。オリジンが覚醒したときと同じことをするというのだな?」


 だからラディの強烈な返しに、言葉を失うしかなった。

 同じ過ちはしないと誓ったばかりだというのに、俺は無意識に逃げることを考えていた。

 魔王は、俺の甘えを見破ったのだ。


「仮にお前が王座を退いて国家の有り様を公開したとしよう。さらにジャ・アークですら自演であったことを明かし、おまけにクローン叛乱の真相も告白したとしよう。そなたは死刑にされるかもしれないし、追放されるかもしれない。死を受け入れるなら、民の手にかかることもできるだろう。で、その後はどうなる?」

「その後……」


 アースフィアは、どうなるか。

 少し考えを巡らせるだけでも、ロクな未来は見えてこない。


 ピースフィアを礼賛していた人々は手の平を返すだろうし、リオミやアキオミも不幸になるに違いない。

 最悪、アースフィアそのものに新たな動乱をもたらしてしまうかもしれない。


「つまり、そなたが罪を告白することによって、多くの犠牲が出ることになるわけだ。世界を道連れにして死ぬことが、そなたの望む裁きか? もしそうなら止めはせん。それさえも王のすることなら、正しいのだ」


 魔王ザーダスの独裁者としての信念。

 俺は、その言葉すべてを鵜呑みにはできない。

 それでも、今の俺に必要とされていることの一部を言い当てていた。


「伝わっていないようだから、もう一度口を酸っぱくして言わせてもらう。自分ひとりで責を負える……貴様は、そのような立場にないのだ。魔王としての正体を隠している余はもちろんのこと、そなたを信じてついてきた者たちすべてを巻き込むことになるのだ」


 それは、わかっている。

 わかったつもりには、なっていた……。


「一度隠したなら、最後まで隠せ。戻ってきたのだから、最後までやりきれ。死の償いを受け入れる覚悟があるくらいなら、己を変えてみせよ」


 自分を変える。

 変えないといけない。

 何度もそういうふうに考えてきたが、俺は自分を変える努力をしただろうか。


 今ある自分を壊す。

 いざ真剣に思い浮かべてみると、想像を絶する心苦に襲われる。

 特に胸から喉にかけてまでが、張り裂けそうなほど酷く痛むのだ。


 この痛みを感じるのは、初めてではない。

 苦しみに見舞われるたび、俺は天を仰いだ。


 楽になりたい。

 責任から逃れたい。

 いっそ消えてしまいたい。


 かつて並列思考に蝕まれていた俺は、低きに落ちる誘惑にあらがえなかった。

 それが一番ラクな道だと、約5兆通りの経験が知っていたから。


「いや……そうだな。だからこそ、今がチャンスなのか」


 もう俺は、自分だけで判断ができる。

 それが苦しい道だとしても、もっと楽な道があると口出ししてくる連中おれはいない。


 今度こそ……今度こそ、変わってやる。

 死んでもいいとさえ思えたんだ。

 やってやれないわけがない。


「……もう一度だけ。俺に機会をくれ……みんな。これが本当に、最後でいい」


 自分の頭を下げたとき、俺はようやく自分の中に渦巻いていた痛みの正体に気づいた。


 これは、未練だ。


 クローンの叛乱が終われば、安楽な生活が戻ってくるのではないかと。

 並列思考を捨てて、普通の人間になれたら、今度こそやり直せるんじゃないかと。

 ひょっとしたらストレスのない生活が送れたのではないかという、甘い未練だ。


 ああ……。

 俺はやっぱり、オリジンに全てを任せれば楽になれるだろうと、頭の片隅で思っていたんだな。

 そうやって、過去の俺は逃げたんだ。


 だけど、いざ逃げてみても……一見安楽に思える生活も、開放感も……長続きしない。

 メリーナに溺れ、ダークライネルに乗っ取られ、自分が残りカスだと勝手なコンプレックスすら抱いて。

 逃げても結局は地獄に行き着くのだと、学習したじゃないか。


 俺が頭を下げてから、永遠にも等しい時間が流れたような気がした。

 本当は、一瞬だったのかもしれない。


「チッ……殴るのは、今度にしておいてやる」


 その言葉に、俺は思わず頭を上げる。

 最初に相好を崩したのは、オクヒュカートだった。


「ていうか、こういうの苦手なんだよ……さっさと反省は終わらせて、やるべきことをちゃっちゃとやろうぜ」


 何故か顔を赤くしている。

 クサい雰囲気があんまり得意ではないらしい。


「余はむしろ、そなたに今後を任せる身だ。チャンスを与える側ではない」


 ラディは、それだけだった。

 彼女は俺を責めたというより、俺の置かれた立場を指摘したに過ぎないからだろう。


「わたしは貴方がすべてを失ったとしても、必ずついていきますよ」


 リオミはこんな話をした後でも、いつもどおりだった。

 彼女だけは何を失っても絶対に守らねばならないと、改めて思う。


「みんなー! ごはんできたよー!」


 ディーラちゃんは、明るい笑顔でお盆にいっぱいの料理を運んできた。

 すべて聞こえていたはずなのに、気丈に振る舞ってくれている。

 この子の優しさが、今はこんなにも嬉しい……。


 やばい、涙出てきそうだ……。

 我慢我慢。




「……いただきます」


 運ばれてきたのは、ディーラちゃんなりにいろいろとオリジナルの味付けを試したものだったらしく、お世辞にも美味しいとはいえなかった。

 なのに、料理を口に運ぶ手は休まず動き続け、咀嚼が絶えることなく続き、嚥下した具材も数知れず。


「……今日は飲め、勇者よ。よもや、今度は誘いを袖にすまいな?」

「ああ、もちろんもらうよ」


 ラディの酌でワインを飲む。

 血のような赤い液体は胸を苛み続ける痛みに、よく沁み込んだ。

 やっぱり、酒はいいな……。


「ほどほどにしてくださいね。別に体は弄らないで良いですから」


 リオミに頷きながらも、俺は浴びるように酒を飲んだ。

 あとでアルコールを解毒すれば、大丈夫だ……多分。

 ダメだホレなんだと言われようと、今だけは……飲まないとやってられない。

 ああ、だから大人は酒を飲むんだと手前勝手に納得してしまった。


「アキヒコ! 戻っていたのか」


 程なくして食事の席に合流したのは、シーリアだった。

 俺の顔を見て安心したとばかりに微笑んでいる。


「ああ、シーリア……って、なんだ!?」


 思わず掬った野菜スープを、スプーンごと取り落としそうになった。

 彼女の背後に不気味な人影が、ただならぬ雰囲気で佇んでいたからだ。

 見た目が完全武装の黒騎士と、黒ローブに身を包んだ魔導師。

 おおよそ食事の席には相応しくない、異様な出で立ちだった。


「勇者よ。そのふたりが、ディアスとエミリア。八鬼候の最後のふたりだ」

「まさかとは思ったけど、やっぱりそうなのか」


 俺は慌てて席を立ち、シーリアに目配せしてからふたりの前に立った。

 ディアスの兜は顔面すべてを覆い隠しており、目のあるところには不気味に滔々と輝く光。禍々しい突起のついた鎧に身を包んでいる。

 エミリアもローブの中は漆黒の闇が広がっていて、こちらは瞳の光さえ伺えない。《レビテイト》の魔法でも使っているのか、ふわふわと浮かんでいる。


「……お初にお目にかかル。けいが勇者アキヒコ、カ?」


 ディアスの声は兜でくぐもっている……というより、鎧が喋っているのではないかと錯覚しそうな金属の響きを帯びていた。


「そのとおりです。初めまして……」


 昔のように、勇者じゃないと訂正しない。

 俺は勇者であらねばならないし、慣れなければならない。


「娘が大変世話になったと聞いタ。国を打ちたテ、我が娘を第二王妃として迎え入れたト」

「おっしゃるとおりです、お父君。シーリアは我が妻のひとりです」


 俺の言葉に ディアスの目の輝きが一瞬細まったように見えた。


「……何か問題でも?」


 愛娘が娶られたことが、気に食わないのだろうか。

 俺は少しだけ警戒感を強めた。


「勇者アキヒコ……卿も魔人なのカ」


 だが、ディアスの興味はまったく別なところにあったらしい。

 彼が不思議そうに体を傾けると、鎧がしゃらんと鳴った。


「……そうです。故あって、闇を取り込みました。成り立てではありますが」

「とてモ、そうは思えヌ……卿の力の気配は我らが主、魔王ザーダスを上回っていル」

「ご冗談を」


 造物主を取り込んだといっても、所詮は霊。

 しかも、俺の内部ではなく魔鍵の中に取り込んでいるのだ。

 俺が直接パワーアップすることはない。

 もちろん、利点がないわけではないが……。


「まア、よイ……」


 ディアスは俺に興味をなくしたらしく、ラディの方に向かって膝をつき、頭を垂れた。


「ご命令通リ、我が娘ト……ひととおりの会話を終えましタ」

「うむ……少なくとも、娘であることは思い出せたようだな」


 ……?

 なんだ、それ。

 どういう意味だ?


「ちょいちょい」


 肩をつつかれた。

 振り向くと、オクヒュカートが耳を貸せのポーズ。

 頷いて、耳をそばだてる。


「リオミと同じだ。あのふたりは魂だけを装備品に定着させて魔人化したんだ」

「……なんだって? 聞いてないぞ」


 思わず顔を離して聞き返す。

 一応、小声でだが。


「言ってないし。しょうがないんだよ。何しろ喰らったのがザーダスの極大魔法フューネラル・インスパイアーだからな。何とか一命は取り留めさせたけど、肉体は損傷がひどくて……すぐクローンを用意できるわけじゃなかったし。シーリアのことを覚えてないのも、霊までは取り込めなかったからだ」

「じゃあ、魂の形を取り戻すまで記憶はない状態ってことか……」

「リオミと違って、死んだわけじゃない。それに、DNA情報はルナベースに残ってるだろうから、元通り人間の体を復元してやればいいだろう」


 もう一度シーリアの顔を見てみたが、その表情は決して暗くない。

 死んだと思っていた両親が姿形が変わったとはいえ、本当に生きていたのだ。

 自分のことを思い出してくれただけでも、大きな収穫だったのだろう。


 にしても、装備品に魂を定着させるなんてこともできるのか。

 つまりディアスは鎧を着ているんじゃなくて本体が鎧で、エミリアに至ってはあのローブが体。

 色も元から黒かったんじゃなくて、瘴気が表面に蒸着したためだろう。


 しかし、今までクローンにしか試してなかったけど、物にも魂を入れられるとは……。

 いや、試さなくていいか。

 やりたいとも思わない。


「では、オクヒュカート追撃の任は正式に終了とする。今後は、姉者……シーリアとともに暮らすのだ」

「御意」


 ラディの勅命にディアスは深々と礼する。


 さきほどからディアスしか喋っていない。

 エミリアはディアスの側に漂ったまま、無言を貫いている。

 それにしても、まさかディアスとエミリアがミストバ○ン枠だったとは。

 順番的には間違ってない、間違ってないけど。


「オクヒュカート……」

「ん?」


 いつの間にかシーリアが、オクヒュカートに頭を下げていた。


「父と母の命を救ってくれた礼、改めて言わせてもらいたい。ありがとう」

「お、おう……」


 なんとも照れくさそうに頬をかくオクヒュカート。

 しかし、その反応を確認するでもなく、シーリアはすぐに俺の方を向いた。


「アキヒコもだ。貴方には感謝してもしきれない。今まで生きてきて、本当によかったと思う」

「い、いや俺は本当に何も……」


 そこまでしか言えなかった。

 シーリアが俺に抱きついて、唇を塞いできたからだ。

 攻撃判定されなかったからか、空間遮蔽は用をなさない。


「む、むぐ……」


 久しぶりに味わうシーリアの味は、極上の美酒に匹敵していた。

 シーリアの唇と胸板に当たる感触は柔らかく、温かい。

 彼女の息遣いと鼓動が、すぐ側で聞こえる。

 鼻孔を擽るのは、パトリアーチの近代調整によってアースフィアにもたらされた芳しきシャンプーとリンスの匂い。

 出会った頃には短く切りそろえられていた黒髪も、今ではボブショートになっている。


 そんな風にいろんなことを考えられるぐらい長い長いキスが終わり、シーリアは俺を解放した。

 彼女の潤んだ瞳に映る自分は、ひどく困惑した顔をしていた。


「こほん」


 リオミの咳払いで、ようやく周囲の状況に目がいった。

 ラディにかしずいていたはずのディアスとエミリアが、禍々しい瘴気のようなものを放ちながら、こちらを向いている。わからないけど、多分睨まれている。


 オクヒュカートはなんとも言えない顔で頭を掻き、ディーラちゃんは興味津々の様子で目を輝かせていた。


 当のリオミはジロリと俺に視線を送ってから、すぐ笑顔に切り替えてシーリアを抱きしめた。 


「シーリア、ご苦労様でした。大変でしたね」

「ああ、リオミ。そっちの話も聞かせてくれると嬉しい」

「まあ、ホントいろいろありましたよ……」


 女揃えば姦しいというが、雰囲気につられてディーラちゃんもテコテコとやってきた。


「そういえば、リオ姉。お腹が大きくないけど、今は本体じゃないの?」

「いえ、実はもう生まれたんですよ」

「そーなんだ!」

「めでたいな。私もそろそろ一度本体に戻るとするか……」


 シーリアのクローンは遠隔操作ではなく、魂ごと憑依している。今の体ばかり使っているから、もはやどっちが本体かわからない。

 赤ちゃんとの会話アプリも使わず、勝手に育つとばかりに母体を放置している。

 教育方針についてはフェイティスたちに一任しているから、俺が口出しすることではないが……。


 会話からはじき出されてしまったので、俺はオクヒュカートを誘って壁際へ移動する。


「……なあ、オクヒュカート。まだ央虚界でやることはあるのか?」

「まあ、住めば都だからな。ダークスの研究も捗るし。でもなんで?」

「お前も、俺達と一緒に王宮に住まないか? もちろん、アナザーリオミも一緒にだ」


 オクヒュカートは驚愕に目を見開いた。

 まったくの慮外りょがいだったらしい。


「……いいのかよ」

「元からパトリアーチがいなくなったら来るって言ってたのに、たまにしか来なかったじゃないか」

「いや、ありがたいけどよ。本当に?」


 それでいいのか、と。

 つまり、自分を信用できるのかと聞いているのだろう。


「お前には本当に世話になった。いい加減、リオミのことを水に流してもいいと思ってる。それに、お前をうっかり殺しかけた借りを返すんだと思えば、安いもんだ」

「……バーロー。その程度で返しきれるかよ……ちゃんと命と等価の価値で返してもらうからな」

「言ってろ」


 適当にど突き合いながら、会話は終わる。

 これからは彼とも、ビジネスライクな付き合いではなく、友人として接していこう。

 これ以上、自分と同一視して毛嫌いするのは建設的じゃない。


 何より、今回の一件で……自分には理解者が必要だと……本気で思ったのだ。

 フェイティスやラディ、ベニーも相談相手としては申し分ない。

 リオミやシーリア、ディーラちゃんは俺の心を癒してくれる。

 ヒルデやメリーナだって、自分なりにできることをやろうとしてくれている。


 だが、彼女たちは俺の意志を汲み過ぎる。

 フェイティスは主従関係であるがゆえに、俺がオリジンにすべてを委ねることを止められなかった。

 ラディも方向は示しこそするが、俺がすることを王の行為として肯定してしまう。

 他のみんなにだって、弱くなった俺は甘えてしまうだろう。


 三好明彦としての立場を一番理解してくれるのは、やはりオクヒュカートしかいない。

 並列思考の俺ではなく、別の世界で闘いぬいてきた生え抜きの三好明彦。

 その経験と知識は、これからの俺に必要不可欠であるはずだ。


「アキヒコ様! そんなところで、また内緒話ですか!?」


 やばい。

 リオミは秘密に過敏になっている。

 単に会話の邪魔にならないよう移動しただけなのに……。


「えっと……」


 だけど前科が多すぎる後ろめたさから、俺は咄嗟に言葉を作れなかった。


「怪しいな……」


 何も言えないでいると、シーリアまで懐疑の視線を送ってくる。

 オクヒュカートはこちらを援護をするでもなく、ニヤニヤと他人のフリを決め込んでいた。


「違うよ!」


 リオミの気迫に口篭る俺の代わりに叫んでくれたのは、ディーラちゃんだった。

 全員の視線が紅竜の少女に集まる。


 ああ、そうか。

 竜の超感覚射程内だから、会話の内容が筒抜けだったのか。

 助かった……これで誤解も解ける。


 ところが、そんな俺のささやかな願いは即座に打ち砕かれることになる。


「家族が増えるの! そうだよね、お兄ちゃん」

「えっ」


 ピシッ……と。

 空気にヒビが入るような音がした。


「……アキヒコ様。まさかとは思いますが、また新しい女性を……」

「えっ、いや違……」


 あ、あの般若顔は……やばい。

 完全に誤解された。


 これは、死んだ。

 さっき苦しくても生きると決めたばっかりなのに、最愛の妻に殺されるのか。

 あるいはこれが、俺の裁きになるのだろうか。


「ふむ。まだ我々だけでは満足できないというわけか」

「待ってくれ……話を」


 一方シーリアはリオミとは逆に上機嫌だ。

 俺が性的に飢えていると思ったのだろうか、舌なめずりをして肉食獣の如く歯をむき出しにする。

 そういえばコイツ、性欲の権化だった……。


「ククク……いよいよ余とディーラを妾に受け入れる準備が整ったか」

「えっ、そうなの!?」

「いや、それはない」


 俺はまっすぐに手の平を突き出して、断固辞退を表明する。

 せっかくノブリスハイネスが消えてロリコン趣味じゃなくなったのに、そんなことしたらすべてがブチ壊しだ。

 というか、ラディのあの嘲笑……コイツも聞こえてやがったな! 


「ああ、でも……なんかいいな。この懐かしのパターン……」


 なんか、昔に戻ったみたいだ。

 完全に元通りになるわけじゃないかもしれないけど、変わらない日常が消えてなくなるわけじゃない。

 不思議な安心感に囚われながら、俺は……。


「何いい雰囲気にまとめようとしてるんですか? 今度という今度は許しませんからね!」

「やっぱりダメか!?」


 結局、俺は言い訳も許されずこってり絞られた。

 トホホ……。


 でも、まあ。

 ……うん、がんばろ。

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