Vol.31
真相解答回。
ちょっとややこしいですが、ポイントを抑えれば複雑ではありません。
「それ、は…………」
フェイティスが俺の言葉を受け、なんとも言えない顔で黙りこむ。
その表情に浮かんでいるのは否定でもなく、肯定でもない。
「ここからは予想どころか、完全に俺の想像だけど。多分すべての始まりは……ピース・スティンガーの開発だ」
『えっ、ピース・スティンガーですか?』
ここで、その名が出てくると思わなかったらしい。
ベニーのアバターは口に手を当てて驚いていた。
「あのことで、俺自身……かなり参った記憶がある。しばらくは酒に逃げて……リオミからも注意されたり、とにかくダウナーになってた」
ピース・スティンガー。
チグリの開発した、完全服従装置。
対象の精神を破壊することなく、魂そのものに三好明彦とピースフィアに対する忠誠心だけを刷り込む脅威の兵器。
オリジンは自我を持ったクローンの支配に利用した。
「結局のところ、チグリに戦争を命じたのは後にノブリスハイネスになるクローンだったわけだけど。ビジョンを無視した失敗のせいで、三好明彦はいよいよ自分に見切りをつけはじめた……」
ビジョンが見えたにも関わらずチグリに戦争指揮を命じ、みすみす彼女の心に深い傷を負わせた。
彼女を「誰も心を痛めないで済む兵器」の開発に駆り立ててしまうとは考えず。
失敗を受け入れる、なんて言いながら。
背負いきれず、酒に逃げた。
「誰かに代わってほしかった。
嘘つきの自分をやめたい。
女と見ればすぐに変態行為に走る自分を消してしまいたい。
世界を救いたいなんていう、ワケのわからない気持ちから解放されたい。
これは、元から三好明彦がアースフィアに来る前から抱いている願いだ。
俺は三好明彦を嫌い、憎み、消してしまいたいと願っていた」
軽い頭痛を感じて、こめかみのあたりを抑えつつ部屋の端末を操作する。
「チグリの一件で行き場を失った三好明彦の弱さが限界を超えたとき、三好明彦の中にあった救世主概念が……そんな無様な願いを汲みとった。結果、生まれたのが……」
『……オリジン』
テーブル上の立体ディスプレイに表示された三好明彦の立ち姿を、ベニーは鎮痛な面持ちで見つめた。
「言うなれば……オリジンは、三好明彦の代理人だ」
三好明彦の代わりに救世主としての役目を果たしてくれる代理存在。
三好明彦の代わりに完璧な成功を収めてくれる決して失敗しない英雄。
三好明彦の代わりにダークスと戦い宇宙を救う最強のヒーロー。
三好明彦の代わりにその手を汚してくれるアイテム。
「三好明彦の願いが、救世主概念を無敵の存在として……内なる概念存在を受肉させてしまった」
今ならわかる。
オリジンとは、三好明彦の苦悩と痛み、憎悪と嫌悪が臨界を超えたことによって誕生した新たな生命。
三好明彦自身が創りだしてしまった怪物なのだ。
「その後、主力構成要素のノブリスハイネスとライアーは、三好明彦から分かれて自我を持った。
でも、それすら三好明彦の意を汲んだオリジンが、半ば無意識的に救世主の能力を使い、そうなるよう運命や事象を操作したのかもしれない。
偶然にせよ必然にせよ、俺はすべての望みを叶えることができた」
『すべての望み……あっ』
「ああ。三好明彦の人格形成に大きく関わった並列思考を頭の中から排除することに成功した」
望みを叶えたのは、誰か。
俺は導き出される結論を否定したくなって、すがるようにフェイティスに自分の願望を披露する。
「概念存在は、元となった三好明彦の代理を務めるため、自分自身がまるでオリジナルであるかのように振る舞った。いつしか元々の俺……オリジナルは埋没して、どこかに消えた……」
「ご主人様、違います」
それまで無言で聞いていたフェイティスが、初めて間違いを指摘した。
彼女は容赦なく、俺の甘えを糾弾する。
「ご主人様はオリジンが覚醒した際……御身の記憶を転写しました。同時に自分の記憶を書き換えたのです」
「……やはり、見届けていたのか」
「はい。すべてを見届けました」
「そうだよな……俺でもきっと、そうするように頼んだだろう」
三好明彦は、オリジンの覚醒をフェイティスに相談した。
そして、自分よりうまくやるであろうオリジンに自分の記憶を与え、失敗した自分のように弱くない、強い三好明彦の実現を願った。
自分がオリジンの残りカスになるとしても。逃避であることも知った上で。
「じゃあ、やっぱり」
今度こそ逃げ場がないことを悟った俺は、独白のように呟いた。
「俺は、クローンじゃないんだな」
それに対してフェイティスは何の感情も込めず、ただ静かに。
「そうです。ご主人様は、オリジナルの三好明彦ご本人に相違ありません」
そう。
誰が望みを叶えたか。
今の状況を見れば、一目瞭然だ。
俺は、再経験によって自我を得た覚えがない。
気がついたときには、既に存在していた。
当然だ……「自分はクローンだ」という記憶を上書きしただけなのだから。
『……陛下、気づいてらっしゃったんですか……?』
「いや。薄々とではあるし……できれば認めたくなかったけど。というか、ベニーも察してたのか」
『肯定です。思っていたのとは少し違いましたけど』
ベニーがどう思っていたのかを確認する前に、フェイティスが先に口を開いた。
「……このことは、記憶を失う以前のご主人様から口止めされていたのですが……所詮はヒュプノウェーブによる記憶操作。やはり、こうなりましたか」
フェイティスは首を横に何度か振った後、どこか遠い場所を見つめるように顔をあげた。
「ご主人様はおっしゃっていました。『多分、俺のことだから変なところから真実に辿り着いちゃうかもしれないけど、そのときは全部話してやってくれ』と」
……ああ、過去の俺。
そのとおりだよ。
まったくもって、そのとおりだ。
「『それが多分、罰になると思うから』ともおっしゃっていました」
誰にとってのだよ、馬鹿野郎……。
「ご主人様。こうなった以上、わたくしもすべてをお話したいと思います」
フェイティスは俺たちに席を薦め、紅茶を出してくれた。
ベニーも義体を用意して、俺の隣で茶をすすり始めた。
フェイティスは最後まで座ることを固辞していたが、俺が命令すると黙って従った。
彼女がテーブルを挟んで俺とベニーに向かい合う形となる。
俺達の準備が整ったことを確認すると、彼女は一礼して話し始めた。
「わたくしはご主人様からいただいていた指示に従い、オリジンを観測しておりました。
並列思考の分裂後、それぞれのご主人様の性質を分析し、対策を練り、どのように立ち振る舞うべきか。常に考えていました」
「ひゃあ。びっくりだよ……私もパトリアーチも全然気づかなかったや」
「元からわたくしは、ご主人様から政務、管理に至るまで、すべてを仰せつかっていましたから。そのついでです」
さりげなく超人アピールである。
もう、みんな知ってるって。
「最初のうちはよかったのですが、オリジンは活動開始からまもなく、予想もしなかった行動に出始めました」
「ベニーとの決別……それに『卒業』か……」
「むむー……」
ベニーはオリジンに三行半を突きつけられたことを思い出したのだろう。
不機嫌そうに唸ったかと思うと、お茶をぶくぶくしだした。行儀悪いからやめれ。
「オリジンは自分自身が救世主としての役割を果たすに際し、絆は不要のものであると切り捨て始めました。その結果……ご主人様がメリーナ様のことで苦しむことになってしまいました。あまつさえ自分がオリジナルであると考えているオリジンは、ダークライネルをおびき寄せる餌として、ご主人様を利用したのです。全貌を知ったのは、事件の後でしたが……」
「そのときは、覚醒したノブリスハイネスやライアーの監視もしていたわけか」
「あの方々は……危険だと思いました。放置すれば、リオミの身にも危険が及ぶのではないかと。気づかぬフリをしながら、彼らの間を渡り歩きました。ライアーには見抜かれましたけど……」
「あいつは、フェイティスの攻略を初めて開拓した俺らしいからね……きっと、相性が良かったんだ」
「しかも、ライアーはいつの間にかご主人様の方が本物であると気づいていました」
レオ=エネルゲイアの能力を取り込んだのがいつ頃なのかはわからないが、俺とオリジンの様子から事情を察したのだろう。
あいつは、俺より先に結論へ行き着いていたのだ。
今思えば俺を刺したときも、俺がオリジナルだと知っている口ぶりだったしな……。
「ノブリスハイネスの暗殺は、どうなんだ。やったのか?」
「はい。ライアーに言われたとおり、ノブリスハイネスの暗殺計画自体は進めておりました。ですが……あの方は何故か自分が殺されることを、知っていたようで」
「じゃあ、暗殺は失敗……?」
「わたくしも粛清を覚悟しましたが、ノブリスハイネスはわたくしに殺されるのであれば仕方がない、ライアーに暗殺は成功したと伝えろと言い残し……いずこかへ消えました」
「そうか……」
「あれはどういうことだったのか、未だにわかりません。とにかく観測できなくなりましたので……おそらく、自害したものかと。遺言どおりライアーには暗殺は成功したと伝えました」
「…………」
違う。
ノブリスハイネスはフェイティスがスパイだと気付き、ライアーの意図を知ったんだ。
自分を守るために中枢に量産鍵を挿しこんで、敢えて《ソウルトラップ》に引っかかり……ライアーの目を逃れたに違いない。
魂魄認証ランクAのフェイティスに、中枢で起きていることを知る術はない。
各クローンの動向調査も、ルナベースに残っている活動履歴、会話ログなどから情報を断片的に拾い集めていたフェイティスにノブリスハイネスの状況を確認することは確かに不可能か……。
ちなみにライアーの遠見の能力はそれなりに準備が必要な上、過去と未来を覗くことはできないらしく、ダーク・ミヨシンとして潜伏している間は暗殺成功の嘘がバレる心配はしなかったらしい。
バレても……まあ、ノブリスハイネスはもう再起不能だし、今更か。
彼女は一度立ち上がり、深々と頭を垂れた。
「申し訳ありません。わたくしでは、力が及ばず……すべてを知っていながら、クローンたちの暴走を止められませんでした」
「いや……」
充分だ。
充分すぎるほどに、彼女は俺の言いつけを守ってくれた。
彼女が観測者としての立場を捨て、事態の収拾に回っていたら……俺はすべてを知ることができなかった。
「ご主人様の記憶を元に戻そうと思ったことも、一度や二度ではありませんでした。しかし、ノブリスハイネスやライアーの目がある状況では迂闊に動くこともできず……」
「そうだろうな……」
「ひとつだけよろしいですか、ご主人様」
「ああ、言ってごらん」
フェイティスは悲しそうに瞳を潤ませていた。
「どうして、わたくしが過去の御身から使命を携わっているとお考えに?」
その目は、どうして気づいてしまったのですか、と。
罪悪感に苦しむことになるのに、と言いたげだった。
「……キミはさっき、こう言った。すべてを知っていると」
「はい」
「そんな言葉、ライアーやノブリスハイネスから聞いていた程度では出てこない。嘘つきと情報弱者から伝え聞いた情報だけですべてを知っているなんて表現、フェイティスなら迂闊に使わないと思ったんだ」
「たった、それだけで……?」
「あとは、オリジンの『卒業』だ」
フェイティスが口を開きかけたのを、俺は手で制する。
「俺も最初はオリジンが、まだフェイティスの絆を残してると思っていた。
だけど、今日フェイティスに会って確信したよ。俺はフェイティスの絆を……既に持っている」
「ブフッ!? どういうことですか?」
お茶を吹き出して、すっとんきょうな声をあげるベニー。
フェイティスが素早くテーブルやベニーの口元を拭き取る間も、俺は続ける。
「簡単だ。最初から、オリジンはフェイティスの絆を持っていなかった。
だから、フェイティスの『卒業』だけは、いつまで経っても来なかった。
だけど、俺の中には何故かフェイティスの絆が最初からあった……」
彼女の姿をこの目に留めたとき、心臓が止まると思った。
ようやく出会えた喜びに、胸が震えた。
彼女の仕草にどきどきし、懐かしさに声が上擦った。
こういう人だったと、思い出していた。
ただの尊敬と感謝では有り得ない。
「逆に言うと、フェイティスは『卒業』によって情報を知ることはない。
なのに、彼女はすべてを知っている。そうなると、フェイティスが今回の真相そのものに関わっている可能性が高い。
誰の命令で、どういう内容であれば今のような結果になるかを想像したら、なんかもう全部わかっちまった」
「でも、どうしてフェイティスの絆だけ!?」
「それは……わたくしが、ご主人様にお願いしたのです」
「えっ……?」
ベニーの叫びに対するフェイティスの解答は俺にとっても予想外のもので、思わず声をあげてしまった。
過去の俺が、いざというときの保険として残したのではと思っていたのだ。
「申し訳ありません。おこがましいことだとわかっていたのですが、わたくしは……わたくしのことだけを覚えているご主人様がひとり、欲しかったのです」
頬を染めて恥じらうフェイティスの姿にどくん、と胸が跳ねた。
それは、つまり……秘密を共有した俺を、リオミたちを差し置いて独占したかったという意味なわけで……。
ノブリスハイネスにも揶揄されたように、俺の夜のお相手は一時期フェイティスが担当してくれてたわけで……。
まあ、その後は俺がメリーナにのめり込んだから、フェイティスとはほんのちょっとだったけど。
「だ、だから俺は王宮担当クローンと入れ替わったのか……でも、どうして?」
「報酬です。この秘密を守り続けることに対する、わたくしへの」
彼女にとって、自分だけが独占してもいい三好明彦は相当魅力的だったらしい。
過去の俺も、了承したという。
「ですが、そうですか。わたくしの絆が残っていたから……ですか。わたくしのわがままが、ご主人様の計画を台無しにしたわけですね……従者失格です」
「いや、これでよかったんだよ。もし俺の中に誰の絆もなかったら……きっと俺は消えていた」
すべての絆を失ったオリジンは、機械も同然に成り果てた。
俺も、そうなっていたかもしれないのだ。
「ありがとう、フェイティス。辛い役目を負わせてすまない……ご苦労だった」
「ご主人様……ああ、そのお言葉だけで充分に報われます……」
フェイティスが微笑んだ。
計算に裏打ちされたいつものスマイルではなく、屈託のない笑顔。
俺の記憶の中にはないものだった。
「ご主人様がオリジンから絆を取り戻して動き出したと……ライアーから聞いた時は……その、嬉しかったです」
……脳髄が痺れる。
恥じらい俯くフェイティスは、破壊力抜群だった。
「わーわーわー! すとっぷすとっぷ! 甘々な雰囲気禁止です!」
何故かベニーが大声を上げながら手を振り回し始めた。
せっかくの雰囲気が一瞬で打ち砕かれる。
「とにかく! オリジンは人間卒業を済ませてしまってるってことですよね!?」
まあ、確かに今はフェイティスの色気にうつつを抜かしている場合ではないか。
「そうなる。どうしてあいつが、人間をやめてから暴走しなかったのかはわからないけど……」
「それも、わたくしが存じております。正確にはライアーからの情報なので、嘘の可能性もありますが」
フェイティスの話は端的だった。
オリジンはパトリアーチを征服するために、自分にピース・スティンガーを打ち込んだのだという。
「ですから、ご主人様の意に沿わないことをオリジンがすることはないそうです。元から、オリジンの本能は理性で抑えられるものだそうですから、ピース・スティンガーを使ったなら救世主としての使命感よりご主人の命令を優先するはずです」
「……じゃあ、俺は完全にビビり損だったってわけか……」
オリジンと戦う覚悟までしていたのに、どこまで俺は道化なのか。
ちなみに俺に3人分の絆が送られたのは、オリジンがピース・スティンガーを使ったのと同時だそうだ。
「ん? 三好明彦継承戦争が決着してないならライアーの言うことを聞く可能性もあるのか?」
「それはないそうです。オリジンは今回の三好明彦を強く『アキヒコ』と念じていたそうなので、ご主人様の命令以外は聞かないと思います」
……どうだろうな。
ライアーのことだから、そこは嘘をついたかもしれない。
「そんなことより、パトリアーチと融合したっていうオリジンはどこで何してるんです?」
「さあ……それは、わたくしにも。この世界にいないことだけは確かなようですが」
「じゃあ、やっぱり使徒退治とかしてるんですかねぇ……」
ああ、ピース・スティンガー命令権が俺に確定するまでは潜伏するつもりだったという可能性もあるな。
そうすると、あいつの目的はやはり……。
……さて。
話すべきことは話し、聞くべきことは聞けた。
「あとは、この話を誰に話すかだけど……」
お開きにする前に、これだけは決めておかなくては。
「これ話しちゃったら、さすがにリオミ様は激怒すると思いますよ?」
ベニーが恐ろしいことを言う。
でもまあ、そうだろうな。
「俺はそれだけのことをしたし、フェイティスにも無茶をさせた。アキオミも生まれたし、ケジメはつけないと。2、3発は魔法をもらう覚悟はできてる」
「そのときは、ご主人様。絶対魔法防御オプション抜きでお願いします」
「《ファイアボール》1発で死ぬじゃないか! 本当はフェイティス、やっぱり俺のこと嫌いなんじゃ……」
「誠に申し訳ありませんが、リオミと比べることはできません」
この話題は藪蛇だ。
さっさと別の話題に変えよう。
「まだ、やることは残ってる。生誕祭の準備をしなきゃいけないし、オリジンがどこに行って何をしてるのかは知っておきたい。それに、クローンの叛乱を止めるために、リオミには一肌脱いでもらわなきゃいけないしな……」
ライアーの言っていたとおり、リオミの声をアースフィア中に響き渡らせれば、クローンたちを止めることができる。
すぐに実行しなかったのは、マザーシップの放送機器を通した声に《能力》を載せるよう改造するには、チグリの知識がどうしても必要だったからだ。
チグリの魂はライアーが返してくれるそうだから、彼女が本体に戻り次第、準備を進めることになる。
マザーシップはいつでもアースフィア衛星軌道に戻れるが、どちらにせよリオミは出産直後。しばらく休みが必要だ。
「それなのですが、ご主人様。聖鍵騎士団が背徳都市ヴェニッカに立て籠もった新・聖剣教団の制圧を試みているようです」
「ん? それ俺も行った方がいいんじゃ……」
「とんでもありません。聖鍵がない今、ご主人様の身にもしものことがあってはなりません。出産後の休養が済み次第、リオミに準備を急がせますので……ご主人様はマザーシップにて待機をお願いします」
「……わかった、頼む」
フェイティスは俺の返事を確認すると、一礼して部屋を出た。
「……陛下」
ベニーが少し心配そうな顔で俺の横顔を見ていた。
「大丈夫、です?」
「ああ……しょげてる暇なんてないし。俺は胸を張っていないといけない」
俺はもう、昔の三好明彦じゃない。
アキオミが生まれて、父親にもなった。
それに結果として俺は並列思考に振り回されない自分を手に入れた。
方法は間違っていたかもしれないが、手に入れた結果まで否定しては本当にすべてが無駄になる。
「……今の顔、すごく素敵ですよ。陛下」
「からかうなよ」
「むー、ほんとーなのに。ニブチン陛下はこれだから~」
むくれるベニーの頭をくしゃりと撫でる。
「ふにゅ~」
すると、満更でもなさそうな鳴き声を発した。
俺はそのまま彼女の頭を撫で続ける。
可愛らしいというのもあったけど。
もう、会えないとすら思った少女に触れられることが素直に嬉しかった。
「ベニー。改めて言っておくよ……生きててくれて、ありがとう」
「……クサいです、陛下」
ベニーは茶化したが、俺が撫でるのをやめないので俯いてしまった。
どうやら、恥ずかしくて赤くなっているようだ。
「できれば暫くの間、その体に入っててもらえないかな」
「ま、まあ陛下のご要望とあれば? 別にいいですけどね」
ぷいっと顔を逸らしつつ、ベニーは頬を膨らませた。
俺はどうしてこんなにコロコロと表情の変わる子を、魂がないだなんて思ったんだろう。
「さて、と」
俺は席から立ち上がる。
「帰ろうか。アースフィアに」
「……はいなっ」
俺の提案に、彼女は応える。
いつもよりこころなしか元気な声で。




