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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode05 Clone Rebellion

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Vol.30

 眠りから醒めた後、俺はリオミの様子を見に行くことにした。


 メディカルルームの近くに来た時、自動扉が勝手に開いてラッキースケベイベントが発生したことを思い出した。

 あれ以来、扉はボタンを押さないと開かないよう改良したんだっけ。

 今回は大丈夫大丈夫、深呼吸。


 まずはノックから。


「リオミ、入るよ」

「アキヒコ様! どうぞ」


 さらに声をかけてからの入室。

 完璧だ。


 なんとなく胸を張って部屋に入ったのだが。


「ご主人様。ご無沙汰をしておりました」


 そんな風に響いた怜悧な声に、思わず足が止まる。

 ついでに、心臓も止まるかと思った。


「……フ、フェイティス」


 艶やかな肌を皺のないメイド服に包んだ美女。

 そこにいるのは紛れも無く。


「……コピーボット?」

「いえ、本物です。アースフィアの本体に戻ってから、テレポーターを伝ってまいりました。確かめて頂いても結構ですよ?」


 そう言うと彼女は俺に背を向けて、首のあたりにかかっていた亜麻色の髪をはらい、首筋を見せた。

 ああ、なんて綺麗なうなじ……じゃなくて。

 コピーボットなら、ここに起動停止用のボタンがあるはずだ。


 まあ、そんなの見なくても今は魂魄認証チェックをすればわかる。

 ザーダスの一件で魂魄認証ランクは可視化した方がいいと反省したから、認証アプリを作ったのだ。

 そういうわけで、スマートフォンで手早くチェック。フェイティスのランクはA。

 ワーオ……じゃあ、ライアーは本当にフェイティスの魂を返してくれたのか。


「えっと……ダリア星系で15年も、お疲れ様」


 あんまりにも突然のことだったので、そんな言葉しか浮かんでこなかった。

 嬉しさのあまり思わず顔も綻んでしまう。


 フェイティスは俺の方に向き直ると目を伏せた。


「いえ……ジュゴバにはほとんどダーク・チューニのコピーボットを置いていましたので。必要なとき以外は、フェーダ星系の方で陛下のお手伝いを。ご存知かと思いましたが……?」

「あー、いや。いろいろとあってね」


 そういえば、フェイティスにはまだクローンが自我を持ったことについて話してない。

 彼女は、オリジンに残された最後の絆だったはずだ。

 しかし、ノブリスハイネスを暗殺したって話だし……全く知らないなんてことはないはず。


 まさかとは思うけど、まだゲームと思っているのだろうか。

 でも、ライアーの話とノブリスハイネスの魂が中枢にあったことは矛盾してるんじゃなかったか。

 早めに聞いたほうがいいと思うが、今はリオミの前だ。後にした方がいい。


 そのリオミはというと、久しぶりに会った友人の訪問を素直に喜んでいるようだ。

 満面の笑顔である。


「ちょうど今、生まれた子のことを話してたんですよ」

「あ、そうなのか。っていうか、それしかないよな」

「そのことなのですが、ご主人様」


 有無を言わさぬ勢いで、ずずいっと迫ってくるフェイティス。

 ち、近い。どきどきする。


「早急に決めて頂きたい事案がございます」

「え? あ、はい。何かな」


 思わず後ずさりしながら、かろうじて笑顔を取り繕う。


「念願のお世継ぎです。予定より早かったので準備が整っていませんが、ピースフィアの民に王子の誕生を知らしめ、聖鍵王国の未来が明るいことを各国に示す必要がございます」

「え、あ、うん。そ、そうだね」


 一応、王宮担当をしていた俺である。

 そういう必要性があることは、すぐ理解できた。

 王子か……性別は事前にわかっていたので、全て予定通りといった感じだ。


「生誕祭では御名みなを発表致します。ですので……早急に王子の御名を決めて頂きたいのです」

「あ、そういうことね」


 納得した。

 確かに名前は決めてあげないと。

 もうすぐ生まれるっていうのに、全然考えてなかった……というか、それどころじゃなかったというのが正解か。

 俺自身がリオミと名前を相談したりする時間は全然なかったわけで。

 オリジンが決めてたりは……うん、同期記憶にもないな。


 とりあえず、愛する妻の意見を伺おう。


「リオミ、どうしようか」

「アキヒコ様に決めていただくのが一番だと思います」


 そ、そんな。

 こういうときって、夫婦一緒に考えるものじゃないのか。


「王が決めるのがしきたりです。最も、この件でご主人様にアースフィアの慣例に従って頂く必要もありませんが」

「あ、それもそうですね……どうしましょうか?」


 俺の表情から察したのか、素早くフェイティスがフォロー。リオミにその気を出させた。

 ナイスだ。うんうん……フェイティスは、こういう人だった気がする。


「みんなで決めたりできたら盛り上がるだろうけどなぁ……」

「それだと、なかなか決まらないと思いますよ。アキヒコ様は、何か腹案とかないですか?」


 腹案……そんなもの、あろうはずがない。

 こういときって、あれだよな。夫婦の名前から1文字ずつ取って合体させたりするんじゃなかったか。


 アキヒコ、リオミ、リオヒコ、ヒコリオ、アキ……。

 あ。


「明臣……アキオミっていうのは、どうかな」


 語呂も悪くないし、日本人としても通じる名前だ。


「いいですね! アキヒコ様とわたしの名前を受け継いでいて、凛々しい感じがします!」


 どうやらリオミは気に入ってくれたらしい。

 結局、話し合いじゃなくて俺が決めちゃったな。


「氏族名はどうしましょうか、アキヒコ様」

「氏族名……ってなんだっけ?」


 なんか、そういう話題を話した覚えはあるのだけど。

 素早くフェイティスが説明に入る。


「今現在、ご主人様はミヨシ氏族を名乗っております。アキヒコ=ミヨシ=ピースフィアですね。リオミはルド氏族なのでリオミ=ルド=ピースフィアです」

「あーっ、はいはい、それか」


 思い出した、確かシーリアがサドなんだ。


「どっちでもいい気がするけど……」

「でしたら、アキヒコ様の氏族名を受け継ぐのがいいんじゃないでしょうか」

「リオミはそれでいいの?」

「はいっ。確かミヨシという姓は由緒正しいんでしたよね!」


 ああ、確かに三好の名前が守護だか譜代だって言ったっけ。

 よくそんなこと覚えてるなぁ。


「では、アキオミ=ミヨシ=ピースフィアでよろしいですね?」

「うん、いいよ」

「それでいいと思います」


 こうして、聖鍵王国第一王子の名は決まった。

 生誕祭の準備はフェイティスの方で整えるとのことなので、俺は最終確認の印を押すだけで大丈夫だそうだ。


 その後もアキオミについて、ああだこうだと話は続き。


「そういえば、おっぱいとかあげなくて大丈夫?」


 おっぱいという響きはちょっとエッチかなと思ったが、リオミは気にする素振りを見せない。


「普通、王族の子供に乳を与えるのは乳母ですからね」

「乳母か……フランがやってくれるとか言ってたな」


 フランは昔とった杵柄で、自在に母乳を出すことができる。

 しかも、味まで変えられる。


「ですが、フラン様は今……」


 フェイティスは少し考えて、リオミの方を見た。


「……アルテア星系にいるのでは?」

「ちょっとあってね。今はアースフィアに帰ってきてるよ」


 新・聖剣教団という組織のトップとして、だが。


「そうでしたか」


 フェイティスは何事もなかったかのように、折を正した。

 …………。


「あ、でも……フラン様に任せるまでは、わたしがあげてもいいですか? 政務はコピーボットがやってくれているわけですし……」

「え、しかし……」


 リオミの思いつきに、フェイティスは眉をひそめて難色を示した。


「いいじゃないか、フェイティス。リオミの希望なんだから」

「……そう、ですね。まあ、いいでしょう」


 俺が執り成すと、フェイティスは渋々ではあるものの許可してくれる。

 リオミはまたひとつ楽しみが増えて、ウキウキと体を揺らしていた。 


「そうだ。フェイティスも赤ちゃん見てく?」

「よろしいのですか?」

「あっ、わたしも会いたいです! まだ抱いてあげてないですし……」

「じゃあ、ここに呼ぶね」


 メディカルルームの端末を操作して、アキオミの入ったケースを運ぶように命令を出す。

 大丈夫とはわかっていても転移させるのはちょっと心配だったのだ。


 程なくして直方体のリニアケースが音もなくすーっと入ってくる。ケースは床面からわずかに浮いているので、音が出ないのだ。

 上半分は透明のドーム状になっていて、アキオミの姿がよく見える。 

 赤ちゃんが入るには少々余裕のあるスペースの上で、白いシーツにくるまれたアキオミはスヤスヤと眠っていた。


 魂魄認証でケースを開封し、彼女たちが固唾を呑んで見守る中、我が子を起こさないよう慎重に取り出す。


「わぁ……」


 早産だったためか、アキオミは少し小さい気がする。

 それに、思ったよりも軽い。

 

 なんて儚く、弱そうな命なんだろう。

 守ってあげないといけない。 

 そう思うと、この軽さがとても重く感じて……同時に、無上の喜びが沸き上がってくる。


「アキヒコ様っ。そろそろわたしも」

「ああ、うん。寝てるから、優しくね」


 ベッドから半身を起こしたリオミのささやきに、俺も小声で応じる。

 そーっと、そーっと、リオミの手に託す。


「ああ……アキオミ」


 リオミは優しく愛おしそうに抱きしめながら、アキオミに語りかけ始めた。


「顔を合わせるのは初めましてですね~……ママのリオミですよ~……貴方の名前はアキオミですよ~……パパが決めてくれましたよ~……」


 お腹にいるときから、アプリを使ってよく会話していたけれど。

 ようやく会えて、本当に嬉しそうだ。


 フェイティスは、この様子をどう思っているだろう。

 ふと横目でフェイティスを見やると……。


「えっ……」


 俺は思わず、声を漏らしてしまった。

 彼女……フェイティスは泣いていたのだ。

 頬を伝う涙を拭うことすらせず、いつものように直立不動の姿勢を崩さすに。


「ああ、よかった……ほんとうに」


 そのつぶやきは、アキオミをあやしているリオミには聞こえないほど小さなもので。

 表情は泣き顔ではなく、笑顔。

 それも、ひとつ大きな使命を成し遂げた……そんな達成感に満ち溢れていた。




 その後、俺はリオミに断ってメディカルルームを退室。

 フェイティスを伴って密談室へやってきた。

 予めベニーも呼んでおいたので、フェイティスは彼女の登場にかなり驚いていた。


「本当に、生きてらしたのですね。ベネディクト様」

『あらら、死んでないと困ります~?』

「いえ、そのようなことは、決して」


 そういえば、フェイティスはベニーが苦手だったな。

 今もかなり緊張した面持ちで応対している。

 一方のベニーはなにやら楽しそうであったが。


「さて、と。まずは、いくつか確認しなくちゃいけないことがある」


 俺は真剣な顔をつくって、フェイティスに向き直った。

 すると、いつもは冷静な彼女がわずかにびくりと肩を震わせた。


「ご主人様はお掛けください」

「いや、いい」

「お茶をご用意しますので……」

「結構だ」


 あからさまに話題を先延ばしにしようとするフェイティス。

 彼女にしては、珍しい反応だった。


「フェイティス。ロストアフターという言葉は知ってる?」

「……はい」


 いよいよ観念したのか、フェイティスは改めて姿勢を正し、俺の目をしっかりと見据えてきた。

 その美貌はいっそ凛々しく、問い質す側の俺の覚悟が試させているような気がした。


「三好明彦のクローンに自我が芽生えたことは?」

「存じております」

「君は、どこまで知っている?」

「……すべてを」


 すべて。

 やはり、そうか。


「じゃあ、フランが新・聖剣教団にいることも?」

「はい。すべて、存じております」

「……やっぱり。さっきは、ちょっとおかしいと思ったんだ」

「リオミがおりましたので……」


 ただひとり、オリジンから絆を外されることのなかったフェイティス。

 だというのに、『卒業』の通過儀礼を挟まず、すべてを知っているという。

 そして……俺の中に最初からあった、フェイティスへの感謝と尊敬の気持ち。


 ああ、これで……ようやく俺の中で渦巻いていた疑念が、ひとつの糸で繋がってしまった。

 最近、ライアーやノブリスハイネスのことを思い出すたびに抱いていた感情も、全部……。


『どーゆーことです? フェイティスは、まだオリジンから何も聞いてないはずでは?』


 普段は話し手になることが多いベニーが、頭上に「?」を表示させながら首を傾げる。


 俺も覚悟を決めよう。

 決意を秘めて手を握ると、汗ばんでいるのが嫌でもわかった。


「フェイティス」

「はい」


 俺は自分を鼓舞するために、少し大きめの声を張った。

 名前を呼ばれたメイドは、やや緊張した面持ちで背筋を伸ばす。


「俺の推測が間違ってたら指摘してくれ」

「かしこまりました」


 ……種明かしをする時が来たのだ。

 今回の事件……クローンの分裂に始まり、叛乱、継承戦争が勃発するに至った原因を解き明かす時が。


「これは、俺の予想だ。証拠もなければ、ルナベースに残ったデータも履歴もない。だから……妄想なら妄想だと言って欲しい。だけど、もしも正解なら……そうだと答えてくれ。これは、過去に行ったあらゆる命令に優先する」


 フェイティスが頷いたのを確認し、俺は彼女にひとつの問いを投げた。


「フェイティス……キミは、オリジンやライアー、ノブリスハイネスから()()()()()()()、今回の事件の全貌を知っていた……違うかい?」


 長い沈黙の後、フェイティスは観念したように。


「…………はぁ」


 と息をつき。


「お見逸れしました。ご主人様のおっしゃるとおりです」

『え、えええ~~!? どういうことなんですか!?』


 ベニーがこれまでにないほどびっくり仰天しつつ、フェイティスの周りを飛び回った。

 あ、フェイティスうざそうな顔してる……。

 

「はい。わたくしは既に、ご主人様が分裂していることも、叛乱のことも、継承戦争のこともすべて存じております」

『じゃあ、フェイティスが黒幕なの?』

「いえ、わたくしはご主人様の意を汲んでいただけです」


 ベニーの失礼な追求を華麗に交わすフェイティス。


「フェイティスは……オリジンでさえ知らない生き証人だったんだ」


 俺は彼女の言葉を引き継ぐ。

 ベニーの興味が俺に移ると、フェイティスは安心したように息をついた。


『ど、どういう意味です、それ?』

「思ったんだよ。今回の三好明彦……こうなる前の俺は、今の結果を望んだんじゃないか……って」


 口に出しながら、だんだん怖くなってくる。

 恐怖で心が逃げ出したいと叫んでいる。


 だけど、それは駄目だ。

 真実ならば、尚の事つまびらかにしなければならないし。

 俺の思い込みなら、それはそれでいい。


「今回の黒幕はフェイティスじゃない……」


 まるで殺人事件の犯人を指摘するように、俺は指を差す。

 だけど立てる指は人差し指ではなく、親指。


「……犯人は、自我が分裂する前の三好明彦自身だ」

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