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機械仕掛けの聖剣使い  作者: epina
Episode05 Clone Rebellion

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Vol.28

 ジュゴバさえなんとかなれば、後は簡単だ。

 まず、ディメンジョン・セキュリティと《クイックタイム》を解除。

 コピーボットのゴクアックはベニーにプログラムを書き換えてもらい、ジャ・アークの将校に艦隊を撤退させるよう、命令を出させればいい。


 ゴクアックによる支配体制は続くが、各支配星系に行われていた搾取はなくなる。

 今すぐ全部の体制を是正することは不可能だから、フェイティスを連れ戻すまで保留。

 ノブリスハイネスに譲渡されていたペネトレイターやパズスの管理のことも考えないとな……。

 あの超兵器群と戦わずに済んだのは幸いだ。


 ジュゴバは自爆させようか迷ったが、中枢にノブリスハイネスの魂が封印されている以上、迂闊に壊してしまうより放置したほうがいい。

 オリジンを説得し聖鍵を使ってもらえれば、彼が復活することも不可能ではないはずだ。


 ……あれほど嫌いだったノブリスハイネスを、復活させる……か。

 俺も変わったな……。


 そもそも、ノブリスハイネスとは一体なんだったんだろう。

 同期記憶からは、彼が欲望を満たそうと様々なことをやっていたことしかわからない。

 コピーボットの演技からディオコルトへの憎悪が転写記憶の中にあったのは間違いないだろうけど。

 そもそも、アイツを理解しようなんて思ったことがないのだ。


 並列思考時代のノブリスハイネスはとにかく、俺を様々な娯楽に駆り立てた。

 ヲタクに目覚めたのもノブリスハイネスのせいだ。

 ジャ・アークだって、あいつの発案。


 地球ではしたくないことまで、何でもやらされた。

 ナンパ、女遊び、きき酒、ブルセラショップ巡り、小学校侵入、下着泥棒……数えたらキリがない。

 かろうじて婦女暴行や傷害、殺人の類は他の並列思考の強い制止が入ったため自制できたが……とにかく自分のものではない欲望を次々と喚起させられ、自分がどんどん嫌いになったものだ。

 自分で自分を制御できないなんて、本当に最低だと。


 俺はそんな自分を変えたくて……。


 ……いや、よそう。

 頭の中に、もうあいつらはいない。

 今の俺は普通の人間のはずだ。

 そんな風に自分を卑下する必要はない。


 エグゼクターを解放し、俺はマザーシップにグラディアを着艦させる。

 ブリッジに戻ると、海賊クルーたちが歓声をあげた。


「ヒャッハー! 陛下がやったぜええええッ!!」

「そしてやっぱり、俺達に出番なんてなかったぜええええッ!!」


 カラ元気だった。

 よくわからないけど勝ったようなので、とりあえず盛り上げようということらしい。


「陛下、お疲れ様でしたわ」

「ああ、うん。ヒルデ……」


 ちょっとむすっとしながらも、ヒルデは概ね笑顔であった。


「わたくしに全部任せるみたいに言っておきながら、結局陛下が全部やってしまいましたわね」

「いや……うん、ごめん」

「いいですわよ。人的被害がないのですから、その点に関して文句はありませんわ」


 ヒルデはセリフとは裏腹に、やっぱり不満そうに声を上ずらせている。

 無茶振りしておきながら、こんなオチじゃあ当然か。


『はーい、おつです。陛下』

「ベニー……いや、いろいろ助かった。ありがとう」

『えへへ。いつもそうやって労ってもらえると嬉しいんですけどねー。もう殺しちゃイヤですよ?』

「うんうん、絶対しないよ」


 聖鍵インターフェイスだという彼女のことは、実際まだ謎が多いのだけど。

 俺のことで怒ってくれた子でもある。

 大切にしてあげないといけないよな。


 ……さて。


 先ほどからできるだけ気づかないよう、気づかないよう振る舞っていたのだけど。

 意を決して目を合わせる。


「リ、リオミ~?」

「…………」


 リオミは笑顔を浮かべている。

 それだけ見れば、かわいいのだが……。

 目が、笑っていないような。


 さっきから、ヒルデもちょっぴり怒ってそうだったが、それ以上に……怯えていたようにも見えた。

 ブリッジクルーも各々の仕事に戻って、できるだけこちらに関わらないようにしている。

 ベニーは……なんか口笛吹いて知らん顔だ。


「アキヒコ様……」


 ようやくリオミが口を開く。


「リオミ……」


 俺は抱きしめようと笑顔をつくって彼女に近づき、



「別れましょうか」



 その言葉に足を止めた。

 いや。

 止められた。


 ――え、あ?


 声が出ない。


 一瞬で、頭が真っ白になった。

 自然と膝から力が抜けて、ガクリと倒れ込みそうになる。

 さらに、ガラガラと世界が足元から崩れていき、闇に堕ちていく。


 この感覚は……そう。

 地球で元カノにふられたときと同じ感覚だ。


 ああ……。

 そうか……。

 そうだよな…………。


 俺は俺なりに頑張ってるつもりだったけど、結局駄目だったんだ……。


 同じミスを何度でも繰り返す、それが俺の業。

 反省しようにも前のミスを忘れるから、決して前進できない。


 何度となくリオミに嘘をつき、裏切り。

 挙句の果てには自分の中の自分さえ制御できずに戦争開始。

 愛想を尽かされて当然だ。

 結局、リオミも失うのか……。


 ……もういいや。

 うん、死のう。

 俺のようなクズは、今すぐ消えてなくなろう。


 そう決意して、俺は魔鍵を取り出そうとし――


「冗談ですよっ」


 ……リオミの言葉が耳に入ってから頭の中で理解するのに、30秒近い時間を要した。


「冗談です。わたしがアキヒコ様を捨てたりするわけないですよ」


 顔を上げる。

 そこには、いたずら成功っとばかりに無邪気な笑みを浮かべるリオミが。


「アキヒコ様が約束を守ってくれないから、いけないんですよ? もう……」


 そう呟きながら、彼女は両膝を折りたたんで、項垂れた俺の肩にやさしく手を置いた。


「まずノブリスハイネスのアキヒコ様をわたしが説得するって約束だったのに、戦って勝っただなんて……」


 そういう彼女は深くため息をつき、如何に自分が傷ついたかをアピールしていているかのようで……。


「でも、殺したり、してないですよね? アキヒコ様、そんなことしませんもんね?」


 かわいらしく小首を傾げ、俺の目の中を覗きこむようにじっとこちらを見つめてきた。

 彼女の緑の瞳の中には、情けない顔をした俺が映り込んでいる。


 …………。

 …………。

 ……す……。


「す……」

「す?」


 かろうじて、口が開いた後。

 喉奥が堰を切った。


「捨てないでくれー!」

「ちょっ、アキヒコ様!?」


 俺は無様な体勢のまま、リオミの胸に縋り付いた。

 目からは滝のように涙が溢れて、鼻からも水が垂れていたが、そんなことはどうでもよかった。


「俺はリオミなしじゃ駄目なんだ。頼む、どんなことでもするからそれだけは……それだけはやめてくれ……」

「アキヒコ様アキヒコ様! お腹、お腹の子!!」

「ごめんあやまるごめん、ほんとごめん、大好きだから、愛してるから……っ! だから、頼む。俺の子を産んでくれーっ!」

「わかりました、わかりましたからっ産みます産みますからっ!? あっちょ、そこだめ、きゃ、あ、うんっ……!」

「ヒャッホウ! ラブラブですねぇ、お二方ぁ!」

『あははは! リオミ様、やり過ぎましたねー』

「そ、そんな、こんなに効き目があるだなんて、わたしは……うにゃああああっ!?」


 その後、海賊クルーたちが囃し立てたり、ベニーが何やら大笑いしていたが。

 俺は泣きながらリオミを離そうとしなかった。


「ほら、陛下。お気を確かに!」


 結局ヒルデに力づくで引き剥がされる。


「リ、リオミ……ぶべらっ」


 思いっきりビンタされた。

 激痛に意識が飛びそうになる。

 ヒルデもシーリアほどではないとはいえ、戦士の心得がある。

 肉体を魔人化してなかったら、気絶していただろう。


「いい加減になさいませっ!」

「へぶ! おぼっ! も、もうやめ……」


 一時AAランクを付与してあるヒルデには空間遮蔽による絶対防御が通じない。

 そのまま、往復で何発も食らわされる。


「ゆ、ゆるして……」

「ふぅ、ちょっとは気が晴れましたわ」


 爽やかな笑顔で俺を解放するヒルデ。

 彼女を責める気も起きず、俺はよろよろとリオミに振り返る。


「んもーっ! アキヒコ様、こんなみなさんの見てる場所で……ヒドイですよ!」


 羞恥に頬を染めたリオミがうずくまって、自分の体を両手で庇うようにしながら抗議の視線を向けてくる。


「ご、ごめん……俺、もう何がなんだかわからなくなって……」

「もう。これに懲りたら次は…………」


 釘を刺そうとしたリオミの言葉が、唐突に止まる。


「……あっ……」


 リオミは、何かに気づいたように……自分の体を確かめるように、大きくなったお腹を抑える。

 そして……。


「ぐ、ううううううっっ!!!?」

「どうした!?」


 リオミが、悲鳴をあげた。

 苦痛に身を捩るように。


「あがああああああっ!!!」

「何事ですの!?」

「「「おおおおお!?」」」


 只事ではない彼女の様子に、クルーやヒルデたちも慌て始めた。

 ベニーだけがやけに冷静な様子で、リオミの様子を観察していた。


「リ、リオミ!!」


 俺は大した距離でもないのに彼女の元に転移して、背中から抱きかかえる。

 じっとりと、手が湿る。


 す、凄い汗だ……。


「あああああッ!!」


 リオミは俺に触れられたことにさえ気づいていないのか、未だに叫び続けていた。

 その表情は今にも死にそうで、この世のものとは思えない苦痛を味わっているのが如実に伝わってくる。


 いったい、なんなんだ!

 ダークスの攻撃!?

 使徒のマインドクラッキング!?

 まさか、使徒だっていうリオミ自身が何かに覚醒して……!

 いや、ひょっとしたらライアーの不可視の攻撃を喰らったのかもしれない……!!


 序々に……さっきとは比較にならない絶望が、俺を襲ってきた。

 リオミが、死ぬ。

 今まで考えないようにしていた未来に、俺の心は一瞬で恐怖に支配された。


「ア、アキヒコ様……!!」


 リオミは大量の脂汗を流しながら、俺の手をがしっと掴む。


「お、おう! 俺はここにいるぞ!! 大丈夫、すぐに何の攻撃かサーチして……」


 できるだけ力強く、手を握る。

 そして、彼女の言葉に耳を傾けた。


「う、」

「う?」

「産まれます……っ!!」


 え?


「…………ええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!?」


 これほどの大声をあげたのは、アースフィアに召喚されてから……いや。

 産まれて初めてだった。


「あ、あわわわ」


 子供が生まれる……。


 自分が父親になった想像はもちろんいっぱいしたし……。

 ノブリスハイネスにも格好つけてパパになるぜ、なんて嘯いてきたけど。

 現実になる覚悟を、イマイチできていなかったらしい。

 俺の思考回路は完全にふっとんでしまった。


「こいつはてーへんだ!」

「い、一大事だぜ……!!」


 こころなしか海賊クルーたちも慌てふためきだす。


 というか、出産……?

 いやいや、おかしい。


「出産確定日は、まだ少し先のはず……!」


 俺は救いを求めるようにベニーを見た。


『そりゃこれだけいろいろあれば、初期値が変動もしますって。まあ、今のがトドメになったんでしょうけど』


 彼女は冷静にツッコミを入れてくる。

 もう俺は頭がしっちゃかめっちゃかになって……。


「い、今ので……流産になったりしないよな?」


 などと口走っていた。

 するとベニーはちょっと待ってください、などと言いつつ首を傾げる。


 い、いや……なんとなく言っちゃったけど。

 ……マジでないよな?


『えっと……はい、大丈夫ですね。バイタルチェックと赤子の経過から考えて、普通に生まれてこれるはずですよ』


 よ、よかった……。

 ほんとによかったああああ!


「と、とにかくだ。こういうとき、どうすればっ!」


 俺は唖然としているヒルデに助けを求める。


「そんなこと言われましても……こういうのは、教団助産師のお仕事じゃありませんこと?」


 聖剣教団って、そんなことしてたっけ……?

 ああ、ダメだ、全然思い出せない!

 ノブリスハイネス戦ではそこそこ冴え渡っていた頭が、どっか次元宇宙の彼方に消え去ってる!!


 そんな俺を見かねてか、ベニーがごく普通のテンションでつぶやいた。


『マザーシップのメディカルルームに運べば、あとは何とかなりますって』

「おおおおおぅ、そうか! メディカルルームかっ!」


 出産シーンに何度も立ち会ってきたのだろうか。

 ベニーは慣れた様子でリオミを転移させてくれた。


『これで大丈夫ですよ。あとは……ついててあげたらどうですか?』

「お、おう!」


 俺もすぐに後を追うようにメディカルルームへ転移する。


 リオミは既にメディカルルームの機械に繋がれていた。

 どうも出産用の装置らしく、彼女は全裸にされた上に足を開かされていた。

 普段の俺なら恥ずかしがったりしただろうが、今の頭に性欲が入り込む余地などない。


「リオミ!」

「アキヒコ様っ……!」


 幾分楽になっているのか、悲鳴をあげたりせず、ひっきりなしに呼吸している。

 それでも彼女は自分がどういう状態になっているのかよくわかっていないらしく、裸を見られるのを嫌がらなかった。

 さっきのようにリオミの手を握ると、強く握り返された。

 俺はその手をさらにもう片方の手で、できるだけ優しく包み込む。


「アキヒコ様……わたし、元気な子、産みますからっ……だから……」

「ああ、ああっ! 大丈夫だ! リオミの子はちゃんと産まれてくるさ!!」


 ……その後のことは、俺もほとんどよく覚えていない。

 彼女の汗はほとんど機械がマニュピレータで拭きとってしまうので、出産関係に関してはとんとやることがなくて。

 多分リオミに声をかけ続けて、頑張れ頑張れって応援してたと思う。


 そして、そのときは来た。


「オギャアアアアアアアアアア!!!!」


 それはもう大きな声で……。

 その子は生まれた。

 生まれて、きてくれた。


 本当に元気な赤ちゃんだった。

 メディカルボットが赤ちゃんを受け取り、産湯のようなものにつけたあと、丁寧に俺達の元に運んできた。


「なあ、リオミ……ほら! 見てみなよ……俺達の子だよ!」

「はい、はい……っ」


 リオミは俺が今まで見た中でも、最高の笑顔を浮かべている。

 すべてをやり遂げた顔だった。

 初産で、尚且つ早産だったにも関わらず、リオミは無事に出産を終えたのだ。


 聖鍵王国、初のお世継ぎの誕生。

 俺が召喚されてから、ちょうど1年目のことだった。

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