Vol.10
固まったままの俺とアラムをとりなしてくれたのは、リオミだった。
ドラゴンと戦うのだから、きちんと連携を決めておいたほうがいいという彼女らしい妥当な提案だった。反対意見が出るわけない。
むしろ、もっと早く話し合うべきだったのに、俺は早々にアラムを無視してしまった。
俺は何度、同じ過ちを繰り返せば……いや、今はやめておこう。
少なくとも今回は、致命的な状況になる前に改善できたと考えよう。ドラゴンが動いたという報告もない。しばらくは大丈夫だ。手早く聖鍵で周囲を調べる。
「この近くに、村人が使ってる休憩所があるみたいだ。そこで話し合おう」
ふたりは黙って頷く。なんでそんなことを知っているのか、という質問はない。
休憩所は切り株を椅子にした簡易的なものだったが、腰を落ち着けるのには充分だ。
「そういえば、きちんとした自己紹介もしてなかったな。俺は三好明彦。一応、予言の勇者ということになってる」
「もちろん知っている。会えて光栄だ」
「リオミ=ルド=ロードニアです」
「タート=ロードニアの第一王女だな。よろしく」
にこりともせずに頷くアラム。
愛想の欠片もない返事だが、先ほどまでの剣呑な雰囲気はなりを潜めた。
「剣聖アラムの称号を持つがゆえ、元の名は捨てた。アラムと呼んでくれていい」
ギルドでお互いの素性を知っていたとはいえ、こんな当たり前のやりとりすら省略していた。
アラムも器用そうには見えないし、初対面の相手に思ったことを言うのはハードルが高かったのかもしれない。
連携の話は滞り無く進む。
俺とアラムが前衛をつとめ、リオミが魔法で援護する。タイミングや使う魔法については、リオミに任せることになった。この段になって、パワードスーツの絶対魔法防御があることを思い出し、リオミの援護系魔法については効果があらわれるように再設定。この点が便利だ。
「レッドドラゴンだと仮定すると、ファイアブレスの対策が必要になるね」
ルナベースに蓄積されたデータによると、レッドドラゴンの炎熱の吐息は鉄をも溶かす。
幸いなことに魔法扱いであるため、俺の場合は絶対魔法防御が有効だ。
「炎への完全耐性を付与すればいいだけですから」
「当たらなければ、どうということはない」
対策は不要か。
「ドラゴンの鱗は鋼鉄よりも硬いらしいけど……」
「魔法には関係ありません。ドラゴンの魔法抵抗なら、多分抜けると思います」
「大丈夫だ、問題ない」
俺にもホワイト・レイ・ソードユニットがある。龍燐だろうが、プリンを切り分けるぐらいの難易度だ。
アラムがなんで大丈夫なのかはわからない。多分、鋼鉄を斬ることができるのだろう。
「ドラゴンの爪爪牙尻尾のコンボは?」
「わたしに直接攻撃が来るのは、ふたりが倒れたときだけですね。そんなことは絶対ないと信じてます!」
「大丈夫だ、問題ない」
ああリオミ、今でも力に関してなら俺のことを信じてくれてるんだなぁ。
アラムが大丈夫なら、俺も大丈夫のはずだ。
問題ない。
「……もうひとつ、確認しておきたいことがある」
この流れなら、あらかじめ落とし込んでおけそうだ。
アラムが合流した時点で、アドリブになることも覚悟していたのだが。
「ドラゴンを殺さないでほしい。弱らせてもいいから、とどめは刺さないでほしいんだ」
「ええと……」
「どういう意味だ?」
ドラゴンを殺さない。俺の目的の
必達事項。
「うまく説明するのが難しいんだが、聖鍵にはドラゴンを殺さずにおとなしくさせる方法があるんだ」
「そ、そんなことまでできるんですか」
「俄には信じがたいが……」
そう、俺の目的はドラゴンを服従させることだ。
ヒュプノウェーブブラスターやマインドリサーチの例を挙げるまでもなく、超宇宙文明には精神に作用する兵器が存在する。
悪い言い方をすれば、それらを利用して魔物の洗脳が可能なのだ。
実は何度かアラムに使ってやろうかと思ったのだが。
リオミの手前、人間を操るという行為に手を染めることには罪悪感があった。
その点、相手が邪悪な魔物であれば使い捨ての奴隷にすることにも躊躇いはない。
ちなみにマザーシップのヒュプノウェーブブラスターは広範囲に催眠効果を及ぼせる代わりに、応用力に乏しい。例えば幻を見せたり、同士討ちをさせたりといった効果を選んだ場合、範囲内に味方や無関係の一般人がいれば巻き込んでしまう。同時に別の催眠効果を与えることも不可だ。効果時間は基本的にブラスター照射中のみだが、記憶消去などの一部効果が永続する例外もある。
マインドリサーチは、ドラゴンの捜索にも使った調査ドローンに標準搭載されていて、心理データは他の情報と同時にルナベースへ送られる。おそらく聖鍵が当初オフラインになっていたのは、リオミのときのように他人の感情に振り回されて混乱する可能性が高いためだ。
リオミの一件は、完全に俺の失態である。オンラインにしたときの注意事項を気にしなかった。聖鍵そのものにリサーチ機能が搭載されているとは知らなかったのだ。あれほど聖鍵は慎重に扱わねばならないと自戒していたはずなのに。
実際問題、八鬼侯の生き残りなどの強力な敵に対抗できる単一戦力は、喉から手が出るほど欲しい。
聖鍵の兵器群は小回りがきかない物が多すぎる。ドラゴンも使い勝手がいいのかと言われると、そういうわけでもないだろうが。
単体でボスクラスを圧倒できる兵器は開発させている真っ最中で、導入には時間がかかる。ドラゴンならばそれまでの繋ぎにできるだろうという計算もある。
邪悪な魔物を洗脳、捕獲してモルモットにできれば、特定の魔物にだけ有効な細菌兵器の開発も可能だ。
魔王がいなくなった後も、人々に仇なす邪悪な魔物はアースフィアに間違いなく存在する。
それらを種族ごと滅ぼすなんていう絵空事も、聖鍵の力があれば実現可能な大事業となる。
人間が善なる存在だなんて幻想を抱いてはいないが、魔物の手によって罪のない女子供が嬲り殺しにされたり、生殖の苗床にされるのは我慢ならない。
娯楽で悪為す連中は、存在そのものが許されない。
唾棄すべき邪悪な気性をもつ魔物はすべて、アースフィアから排除せねばならないのだ。
さすがにこういった非人道的な話は、リオミには話せない。俺だけが知っていればいいことだ。
今のところ洗脳装置は取り付け型しか開発できていないので、ドラゴンを死なない程度に痛めつけ、捕獲した後に強制転送する必要がある。
強制転送自体は元気な状態でも可能だろうが、マザーシップで暴れられるのは、さすがにぞっとしない。
今回ふたりには、オブラートに包んで説明をしておく。
「いけるところまで弱らせたと判断したら、合図する」
「……承知した。ドラゴンの成長段階によっては、手加減ができない可能性もあるが」
アラムの危惧するところもわかる。
ドラゴンには寿命がない。ドラゴンは年齢を経るごとに強力になっていき、老衰どころか老いた竜ほど魔力を蓄えて手が付けられなくなっていく。
エルダードラゴンぐらいまでなら問題ないと思うが、エインシェントドラゴンともなると洗脳は諦めて討伐に専念したほうがいい。
もっとも衛星写真の影からして、そこまで加齢したドラゴンではないはずだ。
「じゃあ、そろそろ出発するけど……何か言っておかなきゃいけないことはあるか?」
アラムを見る。
彼女は目を伏せ、首を横に振った。
まだ、話せないか。
「わかった。なら、今は聞かないよ。踏ん切りがついたら話してくれ」
アラムは一瞬はっとしたように顔を上げたが、やがて首肯してくれた。
もう必要なことは終えたし、さっさとドラゴンの潜伏する洞窟へ跳ぶことにした。
近くの茂みに潜んでいたドローンが光学迷彩を解いた。指示を出し、マザーシップに帰還させる。
その光景の一部始終を見ていたリオミが呟く。
「今のは?」
「俺のしもべみたいなもんだな」
「あれにドラゴンの居場所を調べさせていたわけか。なるほど」
アラムが納得した様子で顎に手を当て、頷いていた。
しかしすぐに、洞窟の方へと歩いて行く。
相談の結果のフォーメーションだ。先頭をアラム、俺が続き、しんがりはリオミ。一番後ろは奇襲される危険があるとされる。だが、今回は周辺にドラゴン以外の敵性生命体は存在しないのことがわかっている。これが一番リオミの安全を確保できるだろう。
洞窟は天然のもので、少し進むとだだっ広い空間に出た。
中は上まで吹き抜けになっていて、空からドラゴンが出入りできるようになっている。
ドラゴンは巣に財宝を持ち帰る習性があるのだが、見当たらない。
巣を作ったばかりだからなのか、ドラゴンにその気がないのか。
いた。
ドラゴンだ。
大きな体を丸めて、うずくまっている。眠っているのだろうか? 赤く輝く鱗はまるで宝石のようで、吹き抜けから差し込む陽光がきらびやかな竜を美しくコーディネイトしていた。
……おかしい。
レッドドラゴンは燃えるような赤、あるいは熱でくすんだような赤黒い鱗のはずだ。陽光で輝くはずがない。
しまった、村人もそんな話をしていた。あのときはレッドドラゴンではない可能性に思い至らなかった。
早急に目の前のドラゴンを検索。ヒット。
「ルビードラゴン……」
宝石種に数えられるドラゴンだ。
動物と同じく腹が減れば本能に従って動物や人間を襲うが、生来は邪悪ではない。
ドラゴンの例外に漏れず宝石種も知能が高く人語を解する。粘り強く交渉すれば財宝を取引することもできなくはない。
レッドドラゴンなどの色彩種は生まれついての邪悪で、食事でなく、楽しみのための殺戮を好む。
魔王支配下においてはあらゆるドラゴンが凶暴だったが、生来邪悪であるのは色彩種のみだ。
だが、これらはルナベースの情報だ。
アースフィアの人々の視点だと、魔物はすべて邪悪と認識されている可能性が高い。
何しろ魔王の脅威は100年間続いたのだ。
アラムは、いつの間にか剣を抜いている。
透き通るような白磁の刀身。アラムの愛剣か。あとでググってみるとして。
やっぱりアラムは宝石種ドラゴンであっても敵と認識するようだ。
リオミは後ろにいるので表情が伺えないが、緊張の気配だけは伝わってくる。
今は気づかれていないが、ドラゴンの超知覚は半径50m以内の生命体を問答無用で感知する。
不意打ちは難しいので、ギリギリまではゆっくりと距離を縮める。
援護用のセントリーボットを喚ぶとしたら、実際の戦闘が始まってからのほうがいいだろう。
ドラゴンの知覚範囲に踏み込む。
ドラゴンが首をもたげた。
俺たちを認識すると、一瞬鼻白んだ様子を見せる。
こちらも戦闘態勢を整えており、いつでも対応できる状態だ。
ドラゴンの初手をカウンターで挫き、一気に攻めるという作戦を立ててある。
ドラゴンもまた戦闘態勢を取る……と思いきや。
「ま、待ってください。わたくしに戦うつもりはありません」
え、今のはあのドラゴンだよな。
女の子の声?
「人を襲ったりもしていません。どうか、剣をお納めください」
うん。
女の子だ。
間違いない。
幼さを隠そうと必死に大人びた声を出そうと頑張っているような、そんな声だ。
大きさから判断するに、年齢はヤングアダルト。人間で言うところの15~16歳。よくよく見れば瞳はつぶらで、ルビーの輝きには潤んだ涙が添えられている。
一瞬、ドラゴンが詐術によってこちらを欺こうとしているとも考えた。
しかし、聖鍵のマインドリサーチはドラゴンに対してオンにしてあった。
彼女は怯えている。怖がっている。人間を恐れている。
先ほどの言葉にも嘘はなく、大切な存在を守らなければならないという義務感が今も流れ込んでくる。
それを裏付けるように羽根を閉じたまま、動こうとしない。
ダークス係数も0。つまり、魔王支配の残滓もなし。
彼女は無実だ。
保護すべき対象だ。
戦うなんてとんでもない。
何?
こんないたいけな女の子のドラゴンを洗脳して調教し、モルモットにしようとしたヤツがいる?
誰だそいつは。
なんて外道。
人にあるまじき下衆。
そいつはきっと、陵辱系エロゲ主人公に違いない。
間違っても俺のことではないだろう。
「戯言を……」
なんてことを言ってるんですか、アラムさん。
あんなかわいい子が嘘を吐くなんてこと、あろうはずがございません。
さあ、アラムもそんな剣はしまって、この子の話を聞こうじゃないですか。
平和的に話し合いで解決しましょう。
俺達も話し合ったら、うまくいったじゃありませんか。
争いをなくすには、まずは話し合いです。
そういうわけで。
「話を聞こうか、かわいいドラゴンちゃん?」




