Vol.25
時間軸計算のミスが発覚。
経過時間3ヶ月→2ヶ月
加速倍率60→90に訂正
ジャ・アークの旗艦エグゼクターの乗っ取りは完了した。
俺は再加速して思考に費やす時間を稼ぐ。
このまま犠牲を出さずに乗り切るなら、取れる行動はおおまかに2つ。
1.指揮系統を乗っ取って、偽の命令を出すなどして艦隊を撤退させる。
2.艦隊すべてを制圧する。
1は一見堅実だ。
実際、少なくともマザーシップの撤退に必要な20分を稼げるだろう。
だが、ここではダリア星系の特殊な環境が足を引っ張る。
ダリア星系及びジャ・アークの支配星系は、他の星系の90倍近い速さで時間が進んでいる。
ここ2ヶ月程度の時間で15年もの時間を稼いだのは伊達ではない。
とはいえ、利点ばかりともいえない。加速星系から迂闊に外に出られなくなるからだ。
実際、オリジンはノブリスハイネスに対する牽制としてダークライネルの件を理由にチグリの魂を本体に呼び戻した。
彼女が滞在したのは1週間にも満たなかったが、ノブリスハイネスにとっては1年半以上の手痛いロスだったはずだ。
そして、今回は脱出する俺たちにとって同様の懸念材料が発生する。
脱出直後の1分は単純に90倍して1時間半。1時間は90時間だ。そして、加速空間とディメンジョン・セキュリティの範囲は微妙に後者の方が広い。
万が一、加速空間から脱出した直後にディメンジョン・セキュリティからの離脱が遅れれば、ジャ・アークの再追撃があった場合、確実に包囲される。
なら、2はどうだろう。
撃沈や殲滅ではなく、制圧となるとなかなか難しいか?
ダークスの力を使った乗っ取りには俺の魔鍵を直接刺す必要がある。しかし、そうするとエグゼクターから魔鍵を抜かなくてはならない。魔鍵が1本である以上、同時に艦隊すべてを支配することはできない。
ならば、エグゼクターを介してハッキングをかけるのはどうだろうか。
「ベニー」
『……っと。あいあいさー』
姿こそ見えないが、通信器から声が聞こえてきた。
若干のタイムラグがあった。ベニーにしては珍しい。
「お前なら俺の加速についてこれるんだな。ちょっと遅れたみたいだけど」
『物質世界での時間なんて、私達のソレに比べれば亀みたいなもんですから。遅れたのは別の理由ですよん。それで、何か御用で?』
「敵旗艦のコンピューターから、他の艦にウィルスを送ったりできないか?」
『ふーむ、少々お待ちを』
体感時間にして、2秒待たされた。
『えー、指揮管制システムはアナログな通信に頼ってますね、これ』
「……どういう意味?」
『旗艦1隻を制圧しただけで、芋づる式に電子攻撃を受けたりしないよう、別個に管理されてます』
「こんな艦隊運用を中枢の補佐なしにやってんのか……」
『そこは訓練したんでしょうねぇ。とにかく、同時無力化は無理っぽいですよ』
さすがにそこまで甘くはなかったか。
なら、別の方向から攻める。
「ジュゴバの中枢には、まだ接続できるんだよな?」
『ええ、ラインは切断されてないですし、まだいけますよ』
「そっち側からディメンジョン・セキュリティや《クイックタイム》を解除できないか、やってみてもらえないか?」
『それを今やっちゃうと、いざノブリス陛下が量産鍵を挿したときに剥奪できなくなるかもしれませんよ? セキュリティホールを発見されれば、それまでですし』
「今ならジュゴバにはチグリがいないし、何とかならないか?」
『うーん……それならいっそ、陛下が行って来たほうが早いですよ?』
「は?」
俺が行く?
ジュゴバの中枢、つまり電脳世界へ。
「俺が電脳世界に行くなんて、そんなことできるのか」
『今まで隠してましたけど、実は聖鍵を使って陛下の魂魄粒子をデジタル信号に変換すれば、一時的に情報電子生命体と同じように行動できるんですよ』
「マジか」
完全に初耳だ。
オリジンから受け継いだ絆と記憶にさえ、そんな情報はない。
『量子体になれば、魂魄認証ランクAAであるかつての私と同様の活動が可能です」
「かつての……?」
『お忘れかもしれませんけどね、今の私は通常ならAランクですよ。今は一時的にAAランクをもらってますけど』
「ああ、そういえば……だとすると、ノブリスハイネスに見つかるとヤバイのか」
『肯定です。だから私が行くより、陛下が行ったほうがリスクが低いと思います。ちなみにやり過ぎると、パトリアーチみたいになっちゃいますから、せいぜい5分程度に抑えてくださいね』
「あー……」
パトリアーチの量子解脱って、そういうふうにやったのか。
よく考えたらパトリアーチは俺の群体みたいな奴だったわけだし、聖鍵の機能に元からあったわけか。
『まあ、量子体の5分は長いですから今回は問題ないでしょうけど。あんまりハマると……便利すぎてうっかりってことも有り得ますから。というか、そういう陛下が多かったんで秘密にしようってことになったんですよ』
あー、やっぱり。
そんで量子霊になった俺たちの集合体がパトリアーチだったってわけだ。
死亡することにより魂はガフの部屋で漂白される。
霊は量子霊となって、我執だけが電脳世界を彷徨う。
因果律の逆転でなんやかんやあって、聖剣教団開祖をコアとしてパトリアーチという存在が誕生する。
これであってるかは知らないけど。
「わかった。そいつは、この魔鍵でもできるんだな?」
『魔……? まあ、できるはずですよ。たいして高位マニューバじゃないですし。ちょうど陛下は旗艦を介して中枢に接続できる状況ですし。普通のプログラムならフィルターに引っかかって無理でしょうけど、今の陛下なら乗り込めると思います』
「そういうことなら……でも、初めてで俺1人で行くのはちょっと心細いな。俺が行くなら、逃げることぐらいはできるだろうし、一緒に来る分には大丈夫だろ?」
『……えーっとですね。実は私、ちょっと取り込んでまして。この後、リオミ様やヒルデ様とちょっとお話が……』
むっ、なんだそれ。
「それ、今じゃなきゃ駄目なのか? 1分1秒を争うこの状況で……」
『それはもう! 陛下がいないときじゃないと……』
「……なんか言った?」
『なんでもありませーん』
「怪しい……」
『そんなことないですってー! 乙女同士の大事な大事なお話です。もし邪魔したりしたら、陛下……あとでリオミ様たちに叱られちゃいますよ?』
「えっ、そうなの? それは嫌だな……」
『でしょー?』
むぅぅ、なんか納得いかないが……。
もともとベニーは好意で協力してくれてるんだし、無理強いはできない。
自分で行けるなら、行くべきか。
「えっと……それで、どうやるんだ?」
『いつもと同じように、適当に念じてみてくださいな。今回は旗艦のルートを使うんですから、リスクも少ないはずですよ』
「ああ……ベニーのルートも温存できるし、制圧した意味あったな」
『そうですねぇ。まあ、温存する必要なんてないのかもしれませんけど』
「……? まあいいや、やってみる」
――魔鍵、起動。
――魂魄粒子、電子変換。
――量子体変移、開始。
こんな感じかな。
『……お?』
『そうそう、そんな感じです。ようこそ、私たちの世界へ~』
『なんか、幽体離脱みたいだな……』
いつの間にか、光り輝く0と1の羅列が自身の体を構成していた。
先ほどまでは音声しか聞こえなかったベニーの可愛い姿も確認できる。
これが、情報電子生命体の見ている世界なのか……すべての世界が数字の海のように見えた。
魔鍵を起点として、あらゆるところにネットワークが広がっている。
というか、まんま攻●のアレじゃねーか。
『基本的には、泳ぎに近い感覚です。ストリームの流れに逆らわず、軌道変更だけをうまくやるような感じで頑張ってみてください』
『今は時間がないし、ぶっつけ本番だけど行くか……!』
『へーきへーき、習うより慣れろですから~』
ぷらぷらと手を振るベニーに背を向けて、俺は刺さりっぱなしの魔鍵に入り込む。
『うおっ……!?』
真っ黒な霧の中に飛び込んだようなイメージ。
造物主の霊が生み出す、闇のエネルギー奔流だ。
とはいえ量子体なら魔素も実体もないわけだし、ダークスが侵食することはできないはずなので、そのまま緊張することなく素通りする。
次に到着したのは、エグゼクターの制御コアだ。
非常に複雑な構造をしているはずなのに、頭の中に具体的なイメージが湧いてくる。
何をどうすればいいのか、誰に教えられるでもなく理解できる。
『ジュゴバ中枢に繋がってそうなストリームは……これかな?』
綺羅びやかな0と1の河の流れに、その身を任せる。
途中、幾つもの支流……中枢以外に繋がっていそうなルートがあったが、すべて無視。
メインストリームを選択しながら、ジュゴバ中枢に直行する。
途中、セキュリティ用と思しきプログラム……虎だの龍だのを見かけたが、邪魔だなーと考えただけでそいつらは道を開けた。
『……なぁるほど。魂魄認証ランクAAなら、事実上侵入できない場所はないわけか』
ベニーが神出鬼没だったわけだ。
パトリアーチはどうなんだっけ。いや、メシアス聖鍵を使う関係で移動ができないって、オリジンが言ってたか……。
『……っと。あれか』
とてつもなく巨大な構造体が見えてきた。
あれが、ジュゴバを統括するメインフレーム……その中央に鎮座している七色の輝きが、中枢だ。
本来であればここで鉄壁のセキュリティを突破しなくてはならないのだろうが、俺には関係ない。
流れに乗って、あっけなく中枢へ到達した。
そこは、俺が見慣れたマザーシップやルナベースの中枢ルームそのものだった。
ここからなら、ジュゴバが管理しているディメンジョン・セキュリティや《クイックタイム》を制御できるはず。
中枢ルームには現実と同様に台座があって、そこには聖鍵を差し込めると思しきスリットが見えた。
『……そうか。ベニーが聖鍵から出入りしないと、並行世界に介入できないのは……こういうことだったのか』
すぐに理解した。
次の瞬間、俺の手には聖鍵が握られている。
正確には、聖鍵にそっくりな電子イメージだが。
そう。電脳世界に入り込む入り口として聖鍵や量産鍵を使うことで、量子体になっても利用することができるのだ。
仮にスマートフォンを使って侵入を試みた場合、セキュリティは素通りできても中枢に接触することはできない。
『……これって、よく考えたら勝利条件を満たせるんじゃないか?』
クローン同士の戦争における勝利条件とは、互いの量産鍵の演算を担う中枢部を乗っ取ることだ。
ノブリスハイネスのは、当然ジュゴバの中枢である。
物理的に量産鍵を挿すのは困難を極めただろうが、電脳世界を通ることで難易度がグンと下がった。
だけど、ここまで来るのは本当に簡単だった。
事前に旗艦を制圧し、量子体になっていなければ、到達は事実上不可能だっただろう。
ベニーの言うとおり、彼女が……というより、情報電子生命体がいればこんな戦争は意味を失ってしまうわけか。
……ああ、このあっけなさ。懐かしさすら感じる。
そうだった。いつでも俺はこうやって、一見難題に見える問題を聖鍵を使って解決してきた。
今回は魔鍵だが、同じ流れを組んでいることに変わりはない。
それでも、俺は油断はしない。
『……余の城に断りもなく、土足で踏み込んで来るとは。一体、何者だ?』
そう、今までとは違う。
相手も条件は同じ。
そのことを、ライアーから身をもって思い知らされたのだから。
"彼"は、巨大な中枢の反対側からゆっくりと歩いてきた。
歩いてきた、というのはあくまで電脳世界ではイメージに過ぎない。
彼は同じ中枢ルームのアドレスに在室している量子体。同じチャットルームに入っているようなものだ。
『……ほう、貴様か。待ちわびたぞ』
彼のアバターは漆黒のローブを羽織り、フードを目深に被っている。
フードの中は真っ暗なエフェクトがかかっていて、見えなかった。
だが、ここに登場できる人物はただひとりしかいない。
『ノブリスハイネス……』
『否!』
彼は身に纏っていた漆黒のローブのフードを勢い良く脱いだ。
張り付けられたような笑顔。
傲岸不遜に張られた胸。
聖鍵のイメージを床面に突き立て、その柄を両手で支えた。
『我が名は超宇宙大銀河帝国皇帝……ゴクアックである!』




