Vol.24 Hilde Side
この先の展開をどう描いていくか、すごく悩ましいんですよね。
その辺の展開を理解していくには、アキヒコが何なのかをもう少し開示していく必要があるかと思うので、書いていきたいと思います。
……うまく書けるかなぁ。
『グラディア、出る!』
掛け声が聞こえた次の瞬間、陛下のグラディアは消えた。
「なっ……転移は使えない筈では!?」
わたくしは思わず声を上げた。
計器には「LOST」ではなく「VOID」……すなわち、消失と表示されている。これは、転移先をクラウド共有していないときと同じ表記。
「ディメンジョン・セキュリティで量産鍵やスマートフォンの力を使っても瞬間移動はできないと聞いてましたのに……」
「空間ブレありやせん! 計器によると……どうやら、俺たちの目じゃ見えないぐらいの速さで"泳いで"行っちまったみたいです!」
「加速時間の中で、さらなる加速ができるというんですの……? 本当に無茶苦茶ですわね……」
ブリッジクルーの知らせに、思わず頭を抱えてしまった。
時間の早さまで操作できるというなら、既に転移ができるのと変わらないのでは。
「陛下は相変わらず距離や兵站の概念をトコトン無視してくれますわ」
「まあ、アキヒコ様ですから」
その一言で片付けられるこの女……リオミは、とっくの昔に思考を放棄しているのでしょう。
一般良識を持ち合わせるわたくしから見れば、狂っているとしか思えない。
そう……狂っているとしか。
「はぁ……なんだかもう、付き合うのも疲れてきましたわね」
大きなため息が出た。
故郷のため、金のため、長いものに巻かれるため。
今まで自分をさまざまな理由で誤魔化し続けてきたけれど、いよいよ限界が近いのかもしれない。
「どうしちゃったんです? ヒルデちゃんらしくもない」
……昔から彼女はふたりきりのとき、わたくしをこう呼ぶ。
「ちゃん付け、やめてくださいまし。部下が聞いていますわ」
重く冷ややかな声でした。
自分でも驚いてしまうくらいに。
「……アキヒコ様と付き合うのがって意味ですよね? さっきのは」
一瞬、彼女は固まりかけたが、さらに真剣味を増した様子で詰問してきた。
「そりゃそうですわよ……結婚してしばらくもしないうちに分裂したかと思えば、勝手に動き出したとか戦争を始めたとか……挙句に実はわたくしが一度殺されてたいたとか」
そう……理解を超えているのですわ。
今まではできるだけ考えないようにして問題から目を背けてきたけれど、事態はエーデルベルト王国やアースフィアの問題ではなくなっている。
婚姻関係でさえなければ、付き合う義理などない……ただの遊び、遊興。
「今までは、それでもお兄さまやエーデルベルトの民のためになると思って我慢してきましたけど……いずれ陛下は、アースフィアさえ滅ぼしてしまうんじゃありませんこと?」
「えっ……アキヒコ様がそんなことするはずがありません……!」
リオミの叫びにクルーたちが何事かと騒ぎ始めた。
さすがにブリッジで話すには不味い内容ですわね。
「……各員、艦の防御を固めなさい」
「えっと、陛下を援護しにいかないんで?」
「不要ですわ。足手まといになるだけですもの」
速度、時間、戦力。
いや、あらゆる意味で……。
「陛下の世界には、誰もついていけない」
「…………ヒルデちゃん」
「第一王妃、こちらへ」
わたくしは、努めて冷静かつ慇懃にリオミを別室へと促した。
「この際ですから、貴女ともきっちり話しておきましょうか」
本来、指揮官が戦場から離れるなどあってはならないけれど、陛下のもたらした聖鍵の技術により、戦場の経緯は頭の中で逐一把握できるようになっている。
陛下は単身、ジャ・アークの艦隊へと飛び込んでいった。おそらく、程なく制圧して帰ってくるでしょう。その点において、一切心配はしていない……ある意味では、信頼しているとも言える。
わたくしとリオミがやってきたのは、元々はあの魔王ザーダスの提言によって作られたという密談室。ここならば、会話の記録は残らない。
「……さあ、好きなようにわたくしを処分なさいませ」
「し、処分……って」
先ほどまで鬼気迫る様子だったリオミが口ごもった。
「先ほどの失言を取り沙汰されれば、反逆罪の適用も可能ですわ」
「そうですが……いえ、わたしはそういうことを言いたいのでは……!」
「陛下のことを馬鹿にされたのが許せない……ですの?」
……いつも、わたくしはこの女に対抗心を燃やしていた。
ロードニアの姫、兄の許嫁。リオミ=ルド=ロードニア……。
愛する兄を盗られるのではないかという幼稚な子供心に端を発したものだったけれど、今は少し違う。
「どうして貴女は、そこまで陛下に肩入れできるんですの? 洗脳でもされてるんじゃございません?」
「……聖鍵の精神操作能力は、そこまで完璧なものではありません」
この女は、どこまでも冷静だった。
わたくしが何をしようと、涼しい顔をしていた。
そして、わたくしを無視しているかのような態度が、許せなかった。
「……一応、自分で調べましたのね。でも、それが本当にすべてであると? 貴女に開示された情報が完全なものであると、信用できるのですか?」
「ヒルデちゃん……一体、どうしちゃったんですか……?」
今ならわかる。この女にとって、わたくしが対抗していた「ジャンル」は大した事ではなかった。
魔王との戦い、魔法の才能、女としての品格……すべてにおいて、わたくしはこの女の後追いに甘んじていた。
そう、陛下との婚姻でさえ……。
2号側室になったわたくしなど、この女は眼中になかった。そんな女が唯一、陛下のこととなると……わたくしが見たことのない顔を見せる。
「陛下には、隠し事が多すぎるんですの。さっきも全て話すと言いながら、まだ何かを隠している様子でしたわ」
「確かに……。でも、さっきの話だって……わたし、まだ全部は理解できてないです。それはやっぱり一度に話されてもわからないし、信じられないからだと思います。今までもそうでしたよ」
「つくづく都合がいい話ですわね。貴女は何度となく陛下に騙され隠し事をされ、それでもこうやって自分なりに納得して許している……陛下にとって都合のいい女。いえ、それはわたくしもですわね……金で釣れる簡単な女……きっと、陛下にはそう思われていますわ」
「ヒルデちゃん……本当にどうしたの……?」
リオミが昔の口調に戻った。
一瞬、子供の頃……リオミと出会ったときの事が脳裏に浮かぶ。
まだ、幼い子ども同士だったあの頃……。
「……常々考えていたんですの。わたくしがお金に執着すること、そして貴女が陛下にぞっこん惚れ込んでいること。そのすべてが、予め聖鍵によって決められていたのではないかと」
「…………本気で、言っているの?」
この女に勝つには陛下の話に持ち込んで、冷静さを奪えばいい。
だから、こんな方法を選んだというのに。
なのに……なのにどうして、そんな顔をされると……こんなにも頭がカーッとするのか。
「陛下にとって、都合の良すぎる女だとと言っているんですの。わたくしたちは」
わたくしとて、聖鍵の力すべてを識ったわけではない。
だけどそれでも、識った技術がどういう先に行き着くのか、あの子が無邪気に話してくれた。
「聖鍵は最終的に……空間や時間だけではなく……因果律や運命さえ、自在に操ることができるそうですわ。それこそ、わたくしたちの人生の最初から最後までを決めることだって……」
「まさか……いや、そうだとしても、アキヒコ様が、そこまでしてわたしたちを操ろうとすることなんて……」
「ないとは言い切れませんわね。貴女だって、記憶を弄られたことはあったはずですわ」
「記憶……それだって、アキヒコ様はちゃんと返してくれた!」
「それを貴女が許せたのも、都合のいい女になるように操作されてるからかもしれませんのよ!」
許せる筈がない。
自己のために他人の心を、人格を、人生を踏みにじっていいはずがない。
笑いながら語っているチグリが恐ろしかった。
どうして、そんなふうに笑っていられるのか、と。
あるいは、自分たちは陛下にとって都合のいい環境で育てられた家畜かもしれないというのに……!
そのとき、思い至ってしまった。
チグリは陛下に従順な犬であるよう、予め運命によって決められていたのではないかと……。
わたくしの国が貧乏で、金に汚くなったのも、すべて聖鍵によって定められた因果律だったのではないかと。
魔王に侵攻されるアースフィア、その在り方でさえ、すべて箱庭の出来事だったのではないかと。
最初は被害妄想だと笑い飛ばした。
しかし、一度抱いてしまった疑念は陛下の様々な行動や開示される情報により、雪だるま式に膨らんでいった。
そして自身が殺害されていたという事実を知るに至り、わたくしの心は決壊寸前に追い込まれたのだ。
リオミの才能も、美貌も、すべて聖鍵によって操作されていたものだとしたら。
そして、わたくしがリオミの後塵に甘んじ続けているのも、そのように決められていたことだとしたら……。
いや、それはいい。
わたくしが惨めなピエロというだけの話だ。
よくはないが、まだいい。
最悪なのは。
もっと最悪なのは。
「貴女を手に入れる為、自分に惚れ込むよう運命を操作している可能性だってありますのよ!」
ゆるさない。
そんなことは、絶対にゆるされない。
女として、それほどの屈辱はない。
「…………」
私の言いたいことは伝わっただろうか。
リオミは、黙りこんでいる。
無理もない……いくらこの女が『都合のいい女』だとしても、自分がそんなふうに決められた人生を歩まされているかもしれないと知れば……わたくしと、同じように考えるはずだ。
そうなったとき、わたくしはようやくこの女と……。
「……仮にそうだとしたら。それはそれで構いません」
「なん……ですって……」
わたくしは、握りつぶしていたディスプレイシートを取り落とした。
ふらりとよろけそうになる体を、なんとか踏ん張って支える。
この女は今、なんと言ったのです?
「構いません。何かに決められていたとしても、今こうしてアキヒコ様を好きな気持ちはわたしの感じていることですから。聖鍵の感じていることではありません」
「どうして……」
どうしてそこまで、自分の想いを信じることができるのか。
それほどまでに、聖鍵の操作は強固だとでもいうんですの……?
「わたしは少なくとも、自分で思ったとおりに生きてきました。それが予め聖鍵によって定められたものだったとしても、それがわたしであることに何の変わりもありません。アキヒコ様についていこうと決めたのだってそうです。わたしから離れていこうとするアキヒコ様を、わたしは自分で追う決意をしたのです! それがもし何らかの作用によって操作されたものだとしても、構いません。今、わたし後悔してませんから!」
「……なっ」
この段に至ってようやく理解した。
わたくしは、なんという思い違いをしていたのか。
「ヒルデちゃん、おかしいですよ! いつもの貴女なら、そんなことは言いません! いつものヒルデちゃんに戻ってください」
「貴女にわたくしの何がわかるというのです! どうかしているのは貴女でしょう……!」
リオミ……彼女は、本当に狂っていたのだ。
知らぬところで自分が自分ではなくなっているかもしれないというのに、そんなことを言えるのは狂っているからだ。
リオミは陛下に……あの男に狂わされている!
だったら、その片棒を担いでいるヤツを引きずり出してやります!
「どうせ聞いているんでしょう、ベネディクト! 貴女にとって、こんな密談室のセキュリティなんてどうということはないはずですわ!」
『……いやー、まあそうですけど』
「ベ、ベニーちゃん……」
密談室の固定端末から投影されるクラリッサ王国の側室、ベネディクト枢妃に唖然とするリオミ。
案の定、盗み聞きしていましたのね。この女がループとかいうワケのわからない概念で話をさらにややこしくしているのだ。
『……これだから、無闇な情報開示はやめてもらいたいんですよね。陛下には』
「ふん……だったらわたくしの記憶を消せばいいですわ」
『やめときますよ。精神遮蔽の指輪を無理矢理外すのは手間ですし。記憶が戻っちゃったときに、それ見たことかと言われそうですからね』
「…………」
『それで……あなたは、何をもって納得できるんです? 私の言葉ですか? それとも神の存在証明とかシュレディンガーの猫の話ですか? いや、無理でしょう。自分というカタチの価値さえ見失いかけている貴女に何を言ったところで無駄ですねー』
「わかったようなことを言わないでくださいまし、身体もない幽霊風情が……!」
「ヒルデちゃん、それは言い過ぎです……!」
『いやいや、いーですよリオミ様。この手の文句には慣れてますんで』
腹立たしいほど冷静に、わたくしの言葉を受け流すベネディクト。
『話を逸らしてるんですよ、ヒルデ様は。ぶっちゃけた話、貴女は気に入らないんでしょう? ただ単に、三好明彦という存在が自分の頭で理解できないから、そうやって話を逸らしてダダをこねてるんです』
「なんですって……」
『じゃあ、とりあえず今の話に散見される矛盾を指摘しましょうか。まず……貴女がこんなに喚いてる時点で、貴女が都合よく聖鍵に操作されてるって説はかなり怪しいと思いますね』
「それは……聖鍵が今は、失われているから……」
確かに聞いた。
オリジンという陛下が聖鍵を別の世界に持って行ってしまった、と。
『その情報ソースだって陛下でしょうに。まあいいですけど……だったら、リオミ様の態度はおかしいですよね? 少なくとも、リオミ様が操られているという可能性はなくなるわけですよねー』
「う、ううっ……」
『まあヒルデ様のおっしゃるよーな方法は聖鍵がフルスペックならできなくもないですし、あるいは私自身がそういう運命操作によって動いてる可能性は否定できません。実際、リオミ様にはもう話しましたけど、陛下にお助けヒロインがくっつきやすくなるよう、因果律をちょっと弄ってるのは事実です』
「そ、それ見たことですか!」
『それでも、現時点の陛下には不可能な話ですし、ましてや相手を想う通りに惚れさせるなんて使い方ではないです。これは貴女たちがまだ知らないことですし、教えることもできないので言えません。ですから、別の方向性から否定してみましょう』
不可解な言い様ではあったが、不思議と耳を傾けてしまった。
わたくしも、自分が操られているなんて話を否定して欲しいからか……。
『おふたりとも知ってると思いますけど、人間のように受け答えする生体ボットぐらいなら現時点でも造れるじゃないですか。自分に都合のいい女が欲しいなら、フェミニンたっぷりなボットを造って、相手がボットである事を自分の記憶から消した方がラクです。因果律だとか運命だとか、さらに根源を操る領域に足を踏み込めば銀河のひとつやふたつ簡単に創造できるわけですし……1人や2人の女の子を操るのは不合理極まりないと思います』
「どういう意味ですの……?」
「蟻を踏みつぶすのに《メテオスウォーム》の魔法を唱えないということですね」
むぅ。
悔しいけど、リオミの例えはわかりやすかったですわ。
『ヒュプノウェーブによる記憶操作は一見完璧ですし、相手を惚れさせることもできるでしょうが……陛下もメリーナ様のことで苦心していたように、ちょっとしたきっかけで破綻してしまうんですよ。
まあ、エネルギー効率なんて聖鍵には全く関係ないですし、ひとりの女の子と添い遂げるために宇宙法則を書き換えることもできますけど。それをやるかどうかは、聖鍵ではなく担い手である陛下が決めることですから。あの陛下を見て、そんなことをするかどうかよく考えてみたらどうでしょう』
「……あのライアーの陛下なら、やりそうですわね」
『やりそうですねー。でも、あの人がこの世界軸で聖鍵を握った事は一度もないですし』
どっちみち、あの人には無理ですねーなどと口走るベネディクト。
どういう意味ですの……?
『とりあえず……"かも"とか"たら"とか"れば"とか……言い出したらキリがないですからねー。できるできないやるやらない。これらは同じようでいて、全然違うわけですから、考えすぎは良くないですよー』
「むぐぐ……」
……やはり、この女に口では勝てませんわね。
この不満の根源はわたくしの感情のよる部分が大きいから、当たり前といえば当たり前ですが……。
『操られるかもしれないからと精神メンテアプリを切った結果、感情が爆発しちゃったんでしょう? 今は私の方で起動しておきましたから、だんだん落ち着いてきてるのがその証拠です』
「なっ……それは、ずるいですわ……!」
道理でさっきからおかしいと思いましたわ……。
やっぱり、心を操る術があるんじゃありませんの!
『結局、リオミ様も自分と同じように不安に思うところを見たかった。そんでもって自分だけじゃないと安心したかった。そんなところじゃないですか?』
「ヒルデちゃん……」
「ちっ、違いますわ! そんなわけ、ありません」
そう、そんなわけがない。
それではまるで……。
「ごめんね」
「えっ……」
ふわりと、何かに包まれる。
鼻孔を擽るいい匂いと、頭に触れる温かいぬくもり。
「わたしも自分でいっぱいいっぱいで、わかってあげられなくて。ヒルデちゃん、いつもわたしと話すときムスっとしてたから……嫌われてるって思って」
……そう、嫌いですわ。
いつもわたくしを見下して。
今もこうして、わたくしを……。
「できるだけ、話しかけない方がいいのかなと思って……それに、ヒルデちゃんはしっかり者で、自分でなんでもしちゃうから。でも、やっぱり女の子だもんね……不安だったんだね」
わかったような口を聞かないで。
そう言おうとしたのに、彼女の大きくなったお腹が見えると何も言えなくなって。
「また、話して。コワイことがあったら、ひとりで抱え込まないで」
どんどん、どんどん、頭や胸に抱えてたつっかえが、なくなっていきますの。
これが、話に聞いていたリオミの特技ですの……?
ずるいですわ、こんなの……。
これなら、操られてもいいって思ってしまうじゃありませんの……。
「……面目ありません。吐き出したら、いろいろラクになりましたわ」
『あー、もー。結局ただの喧嘩じゃないですか。どーして私が呼ばれなきゃいけなかったんですかー』
「あはは、いいじゃないですか。お話聞けてよかったですよ」
なんやかんやあってブリッジに戻った後。
空気を読まないベネディクトが不満タラタラの様子で愚痴ってますわ。
「……わたくし、まだ完全に納得したわけではありませんわよ」
「それでもいいじゃないですか。おかげで、仲直りできたわけですし」
「べ、別にわたくし、貴女とそんなふうになったつもりはありませんからね!」
む。
……なにやらリオミが、ぱぁぁっと笑顔を輝かせていますわね。
「これが……ツンデレ……いいものですね……」
???
なんだっていうんですの?
「まあとにかく……それでも、アキヒコ様のやり方に不満があったのは事実なんですよね?」
「……そりゃそうです。陛下が理解不能なことは今に始まったことではありませんが、今回ばかりは度が過ぎていますわ」
クローンはシーリアと同じく分身と認識していたので、反乱を起こしたという話はわからないでもないのですけど……。
「そもそも、陛下……いえ、三好明彦とは何者なんですの?」
「何者って……アキヒコ様はアキヒコ様なんじゃ?」
「貴女は単純でいいですわね」
「あ、ヒルデちゃん笑った」
「わ、笑ってなんていませんわ」
「ぷんすかしてる。かわいいー」
むーっ。
ほがらかに笑っている彼女を見ていると、怒るに怒れない。
何故か癒やされるのが無性に悔しい。
「と、とにかく。異世界から召喚された聖鍵を担う勇者……それでさえ、あの方を言い表すには不完全ですわ。聖鍵という要素と切り離してさえ、あの方の在り方は……異常です。わたくしは、三好明彦という人物を普通の平凡な人間だと思ったことは一度もありません。たしかに冴えない風貌が目立つ殿方ではあるものの、陛下の方針……いや、思想は偏っていると感じますわ」
……我ながらなんと不敬な発言でしょう。
今日だけで、重犯罪タグつきで永劫収容所送りは免れ得ません。
『……聞きたいですか?』
好奇に満ちた響きの電子音声が割り込んできた。
「聞いてもいい内容ですの?」
『情報開示レベル設定がされているわけではありませんから。少なくとも、"今回の三好明彦"という部分に関してだったら、私の予測や陛下のお言葉などの断片情報を合わせたモノでしたら、お話できますよ』
「……聞かせてもらえませんか?」
リオミも陛下のことだけに、興味が有るようですわね。
『じゃあお話しますけど……陛下には秘密にしておいてくださいね。自分のことを話されるのは、あんまり気持ちのいい話ではないでしょうし。あ、でも陛下が私に口止めしてないってことは私が話していいってことなのかもしれないなー……』
そこまで彼女が言いかけたところで、ブリッジクルーからの報告が入った。
「陛下より暗号通信入電! 敵旗艦のみ制圧を完了とのこと!」
『ありゃりゃ、意外とかかりましたねー』
「普通に考えれば、充分に理解不能な戦果ですわ……」
「どうやら、1人も殺さずに艦隊を制圧するつもりみたいです!」
「アキヒコ様……」
……結局、あの方は甘さが捨てきれないのですわね。
これが戦争だと言いながら、一番戦争を理解していないチグハグさといい……本当に歪ですの。
『ンー、制圧まで9分と21秒ですか。戦端が切られるまで、あと8分25秒ですね。……"あの方"の力まで使いこなしている陛下にとっては、無限にも等しい時間でしょうけど……多分、こっちに到達するまでに勝ち確でしょうし、お話しましょうか。三好明彦という因子について……』
ベネディクトはまるで昔話を懐かしむような、それでいて友人の近況でも話すような気軽さで話し始めた。




