Vol.24
ベニーのおかげで、かなりの情報が補完されたが、さまざまな事件が仕込みに過ぎないと知り、俺のやる気は急下降している。ライアーが襲ってきたおかげで気を引き締めなくてはならない事を思い出せたものの、今度は恐怖心を植え付けられた。
今度こそ死ぬ、と。
誰も守れないのではないか、と。
オリジナルの聖鍵を失った三好明彦……しかも記憶を移植されたに過ぎない俺にできることなどあるのか、と。
「……いや、そんなの言い訳にならない」
本物でも偽物でも、大した違いなんてない。
元が元、大層でもなく平凡な男……これだけは、情けないけど自信をもって言える。
それに聖鍵があったら……俺は、魔人になる決意などできなかった。
安全マージンをきっちりとった上で、自分が決して損をしない領域から世界への介入を続けるだけの存在に成り果てていただろう。
ロストアフター・シミュレーションにおいて、多くの三好明彦が選択したのと同じように。
そう……俺はもう人間ですらない。
バケモノだ。
こんな俺がみんなを守るなんて、どの口で言えるんだ?
力を得たところで、勝てるかどうかわからない相手に……立ち向かうなんて。
……ああ、やっぱりネガティブ思考が邪魔だ。
グラディアのコクピット内で、俺は備え付けのMPポーション……抗鬱剤を飲み干す。
「ふぅ……」
ライアーに与えられた痛みに折れそうだった心が癒えていく。
本来であれば成長の糧となるであろう苦悩を、安易且つ、インスタントな方法でクリアーする。
欲求や悩みを解決することなく、逃避し昇華し代償する。
今も昔も変わらない、俺のやり方。
……よし、いける。
これでいい!
落ち着いたところで一旦、自分のモチベーションを見直そう。
突発的な事態が立て続けに起きたことで、目的を見失いそうになっていた。
俺はどうして戦っているのか。
『陛下、出撃して頂いてもよろしくて?』
「……ああ。いつでも行ける」
『アキヒコ様……ご武運を!』
「ああ。軽く捻ってくる」
今度こそ、逃げる事は許されない。
どんなズルをしてでも、自分の撒いた種は自分で刈る。
「悪いな、ジャ・アーク……茶番に付き合ってる暇はないんだ。本気で、いかせてもらう」
――魔法習得オプション……《ブレッシング》他、精神強化魔法を多重発動、完了。
――多次元連結回路、ディメンジョン・セキュリティを回避しつつ星辰位置制御開始。
「造物主。お前の力も使わせてもらうぞ」
俺が念じると量産鍵が黒く黎く染まっていく。
普通の人間が持てばあっという間に飲み込まれてしまうであろう呪念や憎悪、そのすべてをディラックの海へと放逐することで邪神を完全制御する。
造物主の怨霊を、0と1で制御可能なプログラムへと変換する。
――グラディア装甲表面に非活性ダークス蒸着、完了。
――全銀河ブラックホール制御、完了。
黒い量産鍵……敢えて名付けるなら、魔鍵。
こいつをいつものようにグラディアの制御孔へと挿入する。
それによって、どんな反応が起きるのか……実は、俺にもよくわかっていなかった。
星の位置を利用した強化魔法によるオールアビリティエンチャント、ダークスの総元締めである造物主を取り込んだ上での魔人化、超宇宙文明ことメシアスの技術の粋を集めて造られたチグリ謹製傑作量産兵器……それらすべての力を結集した存在が、如何なるカタチで顕現するのか。
最初の自覚症状として、まず周囲の時間が停止した。
いや、正確には加速したダリア星系の時間の流れを超越する速度でグラディアが機動可能になってしまったのだろう。
このままでは歩かせただけでソニックブームどころかビッグ・バンが発生し、宇宙そのものを破壊してしまう。
宇宙を破壊することは、何も難しいことはない。
宇宙を壊さないように自制することのほうがよっぽど難しい。
この程度のことは、俺が聖鍵を所持した段階で最初に脳内へインプットされた項目だ。
光の速度で歩いてはダメ、ゼッタイ。
――光速戦闘術式、解放。
――物理法則変遷、幽体。
頭の中に浮かんできた制御術式に従って、安全な機動公式を確立しつつ、自分自身と機体を非実体化した。
質量が光を超える速度で動いても宇宙が崩壊しないように。
「ぶっつけ本番でやることになるとは思わなかったけど……」
『……アキヒコ様?』
「いや、大丈夫」
ふと漏れた独白をリオミに聞き咎められた。
認識時間が加速したらこちらのセリフが超早口になって会話が成立しないかもと思ったが、制御術式のおかげで大丈夫らしい。
「グラディア……出る!」
カタパルトから射出された機体が宇宙空間に踊り出る。そのまま接触前のジャ・アークの艦隊に向かって超加速。味方も大きく引き離して突出することになる。
ヒルデに怒られるかもしれないが、これでいい。
これが戦争で、人が死ぬというのなら……せめて味方の損害だけでもゼロに近づけるだけだ。
味方の犠牲が出る前に、全て片付ける。
「でかい……!」
小さな塊の集団があっという間に巨大化して、艦隊の威容がグラディアの全天スクリーンに映り込んでくる。
ジャ・アークの宇宙戦艦は、黒を基調とした鋭角的で威圧的なデザインだ。
駆逐艦クラスでも1,000m、巡洋艦クラスでも2,000mはあるだろうか。
旗艦と思しき艦に至っては巡洋艦の10倍はあるのではないか。
「ノブリスハイネス……俺がスター●ォーズ好きなのは、お前の影響だったのか?」
敵ながら思わず感動を覚えそうになったが、頭から振り払う。
こいつらは映画から飛び出してきたSFXなどではなく、宇宙に恐怖政治を敷く星間帝国なのだ。
とりあえず、敵の懐に飛び込んでみたが今の俺の認識時間についてこれる敵はいないらしい。
このまま全方位拡散ホワイト・レイで全滅させることもできそうだが……。
「……ここまで力が出せるなら、手加減してもいいか……?」
せっかく殺す覚悟を決めたというのに、欲が出てきてしまう。
ダメ人間たる所以であった。
超加速時間を解除しても、転移を禁じられたダリア星系では両勢力の接触に最低でも18分かかるという計算が出ている。
その間、海賊たちが犠牲になることはない。
それなら……今後、うっかり宇宙を壊したりしないように、できることを確かめておこう。
一旦、加速を解除して敵旗艦の表面に張り付いたが、迎撃されることはなかった。
非活性ダークスのおかげで、相手側のレーダーに映ることはない。
「あいつら、有視界戦闘は戦闘機頼りなのかな」
グラディアに付与された《マジックサイト》で、魔法の結界やセキュリティがないかを確かめる。
旗艦全てを覆うように、《アンチ・インビジビリティゾーン》を始めとした対魔法エンチャントが施されている。チグリらしい、丁寧な仕掛けだ。ところどころに《ディテクト・エネミー》を起点とした《アラーム》も仕掛けられているし、機械式のセキュリティも施されている。
試しにわざとセキュリティゾーンに入ってみたが、ジャ・アークの機動兵器が迎撃にやってくる気配はない。
それもその筈、今現在グラディアを中心に《アンチ・マジックフィールド》が展開されており、魔法式の感知術にかかることはない。普通は非活性ダークスを纏うと魔素と干渉を起こして相殺されてしまうのだが、ダークスの習性を制御することで回避しているのだ。造物主を取り込んだことによって、ダークスを操る能力が飛躍的に向上したことで可能になった芸当だ。前にクローンと戦った際……クローンが俺の攻撃に一切反応できなかったのはコレが理由である。
「ジャ・アークが俺を見つけるには《トゥルー・シーイング》のかかった肉眼で直接見る必要があるってことになるな」
《トゥルー・シーイング》はその名のとおり、幻術などによって覆い隠された真の姿を看破できる付与魔法である。
かなり高位の魔法だが、魔法習得オプションで使用可能である。チグリの限定発動や常時エンチャント技術により、聖鍵騎士には標準装備され始めており、対ダークスの切り札のひとつだ。
一方で《アンチ・マジックフィールド》は、フィールド内の魔法を一時的に抑制する効果を持つが、これは《トゥルー・シーイング》にも有効である。逆に、フィールド外から《トゥルー・シーイング》を付与された兵士がグラディアを目撃した場合、《アンチ・マジックフィールド》は役に立たない。
フィールドはせいぜい100m。視覚を強化された兵士などなら、フィールドの外側から一発でグラディアを見つけることができるだろう。
旗艦の船体はだだっ広い平面のように見えて、ところどころにアースフィアの要塞塔に匹敵する規模の砲塔が目視で確認できた。
試しにグラディアのオプション装備であるヒュプノウェーブ・ブラスターを照射してみたが、船体が特殊装甲に覆われているらしく洗脳波が貫通しなかった。
だが、元から効くと思っての行動ではない。
「戦艦そのものにヒュプノウェーブへの対策がされているということは、兵士個々人……少なくとも将官クラスではない兵隊は精神遮蔽装備をしていない……なるほど、本当みたいだ」
事前にベニーの調査によって、おおまかなジャ・アークの概要はわかっている。
ノブリスハイネスはジャ・アークを再現するにあたって、コピー技術だけではなくオートボットとクローンの利用を禁止している。いわゆる縛りプレイというヤツだ。ジャ・アークの兵士たちの多くは下層カーストに貶められた支配惑星の原住民であり、家族や母星を人質に取られている。彼らの表層思考は常にマインド・リサーチによって監視されており、反抗意識が規定レベルを超えた時点で脳内爆弾が起動、自動的に死亡するという。
彼らは、恐怖によって統制されている。ヒュプノウェーブが貫通しない装甲によって、その裏付けが取れるだろうとベニーが言っていたのだ。
この際、ノブリスハイネスのやり方に唾吐くつもりはない。
ある意味、ピースフィアも同様の方法で統制されているからだ。
それを由としたオリジンも、唯々諾々と許容している俺も、同じ穴のムジナだ。
だけど、ひとつだけ。
ひとつだけ気になっていることがある。
「チグリは、全部わかった上で従っていたんだろうか……」
ジャ・アークの魔導兵装や機工魔術はチグリが開発している。
脳内爆弾も、どのように利用されるのかも知った上でなければ最初の1個を作れまい。
チグリ・ユーフラテ。
彼女は何を想い、何を考えて、ノブリスハイネスに協力しているのだろうか。
それを直接聞くつもりで、ダリア星系まで来た。
答え如何によっては連れて帰ることなく、そのままノブリスハイネスの傍にいさせてやることも考えていた。
しかし、ライアーがチグリを拉致したことで目論見は外れた。
だから、もうここに用はない。
ノブリスハイネスが暗黒皇帝として宇宙に君臨したいというのなら、好きにすればいい。
俺は元から、クローン支配権の為なんかに戦っているんじゃない。
自分が嫌いな部分を肥大化させて形となったかのようなノブリスハイネスやライアーたち。彼らを、殺したいからでもない。
愛する女たちを守りたい……もちろん、それはある。
だが、一番はケジメの問題だ。
今回の戦争はオリジンの仕込み。
すべてが三好明彦という人間の身勝手さ、独善に起因している。
それが救世主概念によって増幅された結果とはいえ、俺自身の願望を出発点としていることに変わりはない。
責任。
そう、俺は責任を取らねばならない。
自分の罪から目を背けることもせず。
自分の欲に顔を顰めることもせず。
自分の嘘に見切りをつけることもせず。
何もしなかった自分に、ケリをつけなくてはならないのだ。
――魔鍵、起動。
――コード:ドミネイター。
グラディアは、キーとなった量産鍵とリンクした専用の巨大鍵を標準装備している。
この巨大鍵は魔鍵とリンクしているため、現在は黒く染まっている。
「ノブリスハイネス。お前のオモチャ、ひとつもらうぞ」
ダークスの力さえも取り込んだメシアスの超兵器。
俺はそのまま漆黒の巨大鍵を、ジャ・アーク旗艦の船体装甲に突き刺した。
過程はない。
一瞬だった。
旗艦のシステムに強制リンクし、そのすべてが俺のモノになった。
「既存システムに対する対策やワクチンは、未知の能力に弱い。お約束だな」
リンクしてみてわかったが、ジャ・アークの旗艦……名称はエグゼクターというらしいが……は、チグリの集大成とも言える傑作だった。
対ダークス防御兵装、対メシアス技術兵装、すべてにおいて標準をはるかに上回るレベルで完成されていた。
だがダークスとメシアス、そのふたつが融合した結果生まれた魔人に対して……無防備同然であった。
――機械調和、侵食開始。
20,000mを超える巨大戦艦が、無音の宇宙で軋んだ。
艦内に散布されたダークスによって、艦内の兵士はすべて支配され。
本来ダークスを駆除するために起動する筈だったドリッパーも、俺の制御下に置かれる。
精神遮蔽オプションや闇避けの指輪を装備していた将官クラスは、脳内爆弾を無効化した兵士たちによって物理的に制圧された。
その間、約10分。
エグゼクター制御システムの完全支配が完了した。
他の艦には偽装情報を撒いて、旗艦での異常を伝わらないように配慮する。
結局、死人はゼロ。
あれだけ啖呵を切っておきながら……殺す覚悟ができるのは、いつになることやら。
「……本番はここからだな」
マザーシップとの戦端が切られるまで、残り8分。




