Vol.22
設定整理回なので、ひたすら長いです。自分のペースで読んでください。
今までの話と矛盾してる箇所が発見される可能性がありますが、その場合はこの最新話で書いてある方が有効となります。
第一次ジュゴバ攻略戦は失敗。
あやうく星系そのものを滅ぼしかねない失態を犯した俺は事実上失脚、ヒルデに全権を移譲した。
「ったく。また忘れてた……」
聖鍵に類する力を気を抜いて使えばどうなるか、もう何度も何度も経験している。
ちょっと舞台が整ったからといって、完全に浮かれていた。
何度でも同じ過ちを繰り返す三好明彦は、最低の人間である。そのことも、嫌というほど思い知っているというのに。
『だーかーらー。陛下には、私たちのようなお助けヒロインがくっつくように因果律を調整してあるんですってば』
ベッドに寝っ転がっている俺の真上に浮かんでくるベニーのアバター。
なんとか会話ができる程度まで仲直りできたようだが、まだ昔のような気軽な関係を取り戻せている気はしない。
「やっぱ治らないのかなぁ。俺のこの性」
『無理ですね』
「並行世界とか因果律のレベルで駄目なのか!?」
『変わろうと思って変われるなら、こんなループを繰り返すことにはなってませんって』
「いいんですよ」
お助けヒロイン代表が、すっかり慣れっこだとばかりに余裕の表情でお茶を飲み飲み言う。
「アキヒコ様が駄目であれば駄目であるほど、わたしは自分の存在意義を確認できます」
リオミさん、それはどう考えても悪い男に引っかかる女のセリフやで……。
あ、だから俺なのか。
『さて、今回の事案に関する反省を促したところで、本題に入りましょうか』
「ヒルデがいないけど……まあ、しょうがないか」
彼女は次の作戦の指揮を執らなくてはならない。
情報に関しては、後ほど共有すれば問題ないだろう。
『そうですねー。何から話しましょっか』
「いろいろ気になることはあるけど……やっぱり、どうして生きてるのか……かな」
『ああ、それはですね……なんでなんでしょう?』
おい。
『そんな顔しないでくださいよー。実際、オリジン陛下の自壊ウィルスに量子分解されて……ああ、これは死んだなって思ったんですから』
「だー、もう! だったらどうして生きてるんだよ!」
『原因はまったくもって不明なんですけどね? 私の魂が聖鍵に引っ張り込まれたんです』
「ああ……なんだ。ソウルイジェクトか」
種を明かせば単純なことだったか。
魂の脱出、即ちソウルイジェクト。ヒルデが戦死……もといライアーに殺されたときも、クローンから解脱した魂を聖鍵が回収し、本体へと送り届けている。今でこそ聖鍵が失われた為に不可能となっているが、三好明彦を不死身たらしめていた力のひとつだ。
『いや、それがおかしいんですよ』
「何がおかしいんだ? 全部説明できるじゃないか」
『できないですって! 私は”オリジン陛下に”殺されたんですよ? 聖鍵にイジェクトできるわけないじゃないですか!』
「……自分で無意識にやったんじゃないのか?」
『無理ですよ。聖鍵はオリジン陛下の制御下にあったんですから、いくら私でもあそこに無許可で潜り込むなんてことは』
「ベニーの隠された力とか!」
『おおおっ……そうなんでしょうかね? 私、なんか覚醒しちゃったんでしょうか』
「何か心当たりはないのですか?」
話が進まないのを見かねてか、リオミが水を入れる。
『んー、そうですね。なんか優しい手に引っ張られたというか、陛下のお姿が見えたような見えなかったような』
「オリジン?」
『あんな冷血漢じゃなくて、もっと必死そうでした』
「……ひょっとして、アキヒコ様。アレじゃないですか? 聖鍵の中に入ってるという」
「え? んーと……ああ、アレか!」
『アレってなんですか?』
そういえば、ベニーは知らない様子だった。
まったくどうしてか理由はわからないけど、あと思いつくのはそれぐらいだ。
「聖鍵の中にいるんじゃないかっていう、いつかの俺のデータだよ。もっと言うと、ディオコルトにヒロインオールNTRされた不憫なルートの俺」
『……おおっ!』
ディオコルトを前にしたとき、俺の中に奴の情報が流れ込んできた。
不死身であること、強力な魅了の能力を持っていること、まだ隠された能力があるかもしれないこと、etc...。
あのときの俺が聖鍵の中にいて、オリジンに破壊されそうなベニーを見捨てられなかったんだとしたら……。
『そういえば、長らく謎でしたね。聖鍵のこびり付いた謎のデータ群……当該ルートを走ってる陛下にしか認識できないから、私達では干渉できなかったんですよ』
「まあ……実際どうしてディオコルトの情報が聖鍵の中に入っていたのか、よくわからなかったしな。話しかけたりコンタクト取ろうとしても駄目だったし」
『ひょっとして、量子霊なんですかね……聖鍵の量子コンピューターの一部になってるのかもしれません。もしそうなら、聖鍵の中の陛下は命の恩人ですね』
捨てる神あらば拾う神ありですね、などと言いつつベニーは笑った。
『まあ、とにかく聖鍵に逃げ延びた後は、オリジン陛下がルナベースに接続した際に中枢に逃れて、量子体を再構成していました』
「ああー……」
そういえば、オリジンから同期された記憶の中にあった。
彼はルナベースに接続したときに、僅かだがベニーの気配を感じていた。
あのときオリジンが三好明彦らしく先送りをせず、入念に確認されていたら……彼女は消されていたに違いない。
「俺が迂闊で良かったというべきか……」
『やあ、本当に命拾いしましたね。できれば、復旧するときもルナベースでお願いしたかったんですけどねー』
「それはゴメン」
クローン叛乱の騒ぎの中でルナベース中枢はトラップハウスに改造してしまった為、量産鍵を直接差すことはしていない。もし手順を飛ばしてルナベースに接続すれば、《ソウルトラップ》の魔法によって魂は即刻ガフ送りにされ、廃人になることだろう。
『この話はそのぐらいですかね。まだ、なにかあります?』
「あとは……本当にベニーが造物主の使徒なのかどうか、かな」
できれば何かの間違いであってほしい。
僅かに願いながらの問いだったが。
『ん、肯定です。私は使徒ですよ』
「…………」
ささやかな希望はあっさり打ち砕かれた。
リオミの一件があったから、今は使徒=敵だと判断しないで済むが……改めて本人の口から聞くとショックだ。
『でもま、言ったと思いますけど自分で選んで使徒になったわけじゃないです。造物主様の求める最高の宇宙の創世……それをお手伝いする聖鍵インターフェイス。それが私でした』
「聖鍵インターフェイス?」
『はい。もともと聖鍵の初期装備には私も含まれるんですよ。ループが始まってからは、なかったことにされちゃってますけどね』
確かに、聖鍵の使い方は最初に触れた瞬間に流れこんできたが、今思えばそれはパトリアーチによって操作された都合のいい情報ばかりだった。
「じゃあ、最初のループで使い方もわからず苦労したっていう話は……」
『それは本当です。その頃にはもう、私は聖鍵とは引き離されてますんで』
気になる言い方だな。
聖鍵に装備されていた情報電子生命体……それがベネディクトだった?
「それでも使徒なんだろ? 意味不明じゃないか?」
『そんなことないですよ。私が聖鍵インターフェイスであることと使徒であることは矛盾しません』
「いやいや矛盾するだろ! それに、使徒になってるならもっと凶暴になるはずだ」
『いえ、その心配はありません。私は正真正銘、造物主様の使徒ですから。怨霊に成り下がった残留物が生み出す紛い物と一緒にしないでください』
「えー……」
要するに、神格だった頃の造物主と怨霊化した造物主の生み出す使徒は全く別の存在ってこと?
なんか納得いかねぇ。
『だいたい、おかしいと思ったことはありませんか? 造物主様を殺すためだけの存在である救世主に、どうして聖鍵のような装備が必要だったのか』
「それは勿論、強力な装備だから……」
『いらないんですよ。そもそも、聖鍵なんて救世主に必要ないアイテムなんです。彼の存在さえあれば、造物主様を滅ぼすことができるわけですからね』
「……」
救世主と聞いて思い出すのは、オリジンだ。
救世主の概念そのものを表現する三好明彦。
今回のループに並列思考という形で他世界の俺が寄り集められた最大要因。
彼に聖鍵は必要だっただろうか。
いや……なければないで、どうにかできる能力が……あいつにはある。
すべての事象を自分に都合良い方向に働かせる、反則的な力が。
『つまりですね。もともと、聖鍵とは……造物主様がこの宇宙を創世するために持ち出した、神造アーティファクトなのです』
「もともと、聖鍵は造物主の持ち物だった……」
『肯定です』
しばし、言葉を失った。
ベニーは構うことなく説明を続ける。
『私は聖鍵の使い手である造物主様を導くための存在だった。だけど救世主が造物主様を殺し、聖鍵を奪い、新たな宇宙を生み出した。それが真実です』
「でも、それだとおかしくないか。オリジンが最初の俺に送った聖鍵には、ベニーみたいなオマケはついてなかったぞ」
『オマケとは失敬な。いいですか? 順番が違うんですよ。救世主が造物主様から奪った後、私が聖鍵にくっついていられると思いますか?』
「……思わない」
『そういうことです。救世主にいいように初期化された聖鍵が、メシアス多次元宇宙連合の繁栄に繋がっていくわけですから。私のくっついてない聖鍵がどこから来てるかが不確定だったからこそ、ループを形成できたわけです。オリジン陛下が今回の世界のオリジナル聖鍵が三好明彦の持っていた聖鍵だと”確定”させちゃったせいで、ループが閉じたんです。ドゥーユーアンダスターン?』
「オーノー……」
そんなことが……。
いや、それなら聖鍵の力も納得できる。
無から有を生み出し、思うがままの力を振るうことのできる聖鍵。
まるで世界を編集するようにコピーしたりカットしたり。
ガフの部屋から自在に魂を取り出したり。
それはまさしく、神の御業ではなかったか……。
『不完全な存在である造物主様はそもそも、宇宙を創世する力なんて持っていなかったんですよ。だから、始原から聖鍵という外部出力器を造る必要があったんです』
「……それが本当だとして。お前が使徒としてスパイ行為をしていたというのは事実だろ」
『……まあ、否定はしません。ですが、それは破滅のためではありません』
「ダークライネルに情報を渡すことも含めてか……?」
『使徒を暴走させないようにするには、与える情報をコントロールする必要がありますから。信用させるために多少の技術供与は必要です。実際、暴走に至ったのは私がいなくなった後の筈ですよ?』
「殺戮王から、ランク認証の必要ない装備が出回ってると聞いたぞ。あれもやっぱり、お前の仕業なのか」
『それも全部、不可欠なんですよ。いわば必要悪です』
「馬鹿言うな! どうしてそんなことをする必要がある!」
『娯楽です』
俺の正当な糾弾に、ベニーはにべもなく答えた。
「……は?」
『あれらは全て、ループする陛下に用意された適度に刺激的な障害なんです』
「はっ、なんだそりゃ……」
『”闇の転移術法”を覚えていますか?』
「ああ……八鬼侯のオーカードが造り、ディオコルトが持ちだした…………おい、まさか」
『アレも、オーカードに技術の一部を供与した結果生まれた副産物です』
「ふざけるな! あんなものがあったせいで、どれだけヤバかったかわかってんのか!?」
『でも、スリルはあったでしょう?』
「……なんだって?」
『ドキドキしたでしょう? 聖鍵だけじゃ駄目だって事態に何度も出会えたでしょう? いろいろない知恵絞って頭使ったでしょう? みんなと頑張って何とかしようって、団結できたでしょう?』
「……おい、ベニー」
『……なにより、飽きなかったでしょう?』
それが、すべてだと。
ベニーは、はっきり宣言した。
『当然ですが、ループのバリエーションを増やす為には回数をこなす必要があります。ところが三好明彦という人物はですね、放っておくと世界を救う勇者であることに飽きてしまうんですよ。ほとんど例外はありません』
ライアーは何のためにゲームを?
退屈だったからだ。
全開にできない力のせいでストレスが溜まることを、あの男はよく知っていた。
『聖鍵の力にも飽きます。何でもできることが、そこまで面白くないことに気づくのに……そう時間はかかりません』
ノブリスハイネスも言っていた。
聖鍵で生み出したモノに、価値などない。
それは創ることに飽きてしまった、王の言葉ではなかったか。
『聖鍵の力があってもどうすることができない、そういう事象に出会ったせいで再起不能になる場合もありました』
殺戮王。
彼の末路は今更考えるまでもない。
『そして、陛下。貴方も今回の三好明彦継承戦争を、心のどこかで楽しんでいた筈です。これは、我々ではなくオリジンが用意した舞台ですが』
「じゃあ、何か? オリジンがこんな馬鹿馬鹿しいことを始めたのは……全部、俺を楽しませるため……飽きさせないためだっていうのか」
『肯定です。ですが、今回は明らかにやり過ぎですね……素人脚本家のよくやるミスというやつですよ。まあ、そういうことのないようにすべての世界に適度に干渉する。それが私の役目だったんです。まあ……パトリアーチには秘密でしたけど、多分あの口ぶりだとほとんどバレてたんでしょうねー』
世界の調停者たろうとした、いつかの三好明彦……パトリアーチ。
全ては自分の求める結果のために、すべてを犠牲にしていた。
だから、自分の目的のためにベニーのことを黙認していた……?
『まあ、もう陛下には教えちゃってもいいですよね。どうせもう、ループは閉じちゃったわけですから。今更陛下が楽しめようが楽しめまいが関係ないですし』
「ふざ……」
『……? どうかしましたか、陛下? ちょっと刺激的過ぎましたかね?』
「ふざけるなああああああああああああああああああああああああ!」
『陛下……っ!?』
「馬鹿にするな! すべて俺のためだと?
俺みたいなクズで不出来な人間のために、こんだけいろんな人に迷惑かけて……ライネルなんて、俺を恨んであんな風になっちまってたんだぞ!」
『あ、あれは彼の自業自得です』
「お前が言うな! ダークライネルの存在が、あのふたりの運命を固定する呪いになってたんだぞ!
それでも、俺にとっては娯楽だと言い張るつもりかよ!」
『……まあ、使徒になってしまった彼をどうにもできなかったことは認めます。ですが最終的に、造物主様の求める最高の宇宙のためです。それがあの御方の意思を継ぐことだと信じています』
「こんなことやってて、そんなものできるわけないだろうが!」
『…………』
「俺が……俺なんかがいるから……」
結局、三好明彦なんてこの世界に召喚されなければよかったんだ。
こんな無意味なループも、何もかもなければよかった。
「……アキヒコ様。約束をお忘れですか」
「…………」
リオミが俺の傍に来てくれる。
それだけなのに。たったそれだけなのに、俺の心に安心感が広がる。
「ご自分のことを責めないで。貴方がそれをしたら、今わたしたちがこうしていることも……生まれてくる子供も、否定することになります」
「……ああ、そうだ。そうだな……」
……自己嫌悪は危険だ。
幸い俺という人間は、自分を責める事に慣れ過ぎていて復帰も早い。
今は今、それで受け入れるしかない。
『さっすが正ヒロイン! リオミ様は本当に陛下のマインド・コントロールがお上手ですね』
「……ベネディクト様。それ以上言うなら、わたしも許しません」
しばし、ふたりの間に緊張が走る。
が、ベニーがすぐに折れた。
『承知致しました。あれこれと余計なことをした事については、謝罪致します。申し訳ありません』
「ああ、いや……ごめん。俺もちょっと言い過ぎた」
『どうします……? 話の続き、また今度にしましょうか』
「そうだな……いや。待ってくれ。やっぱり聞かせてくれ」
俺が最低なのは酌だが、事実として受け入れよう。
しかし、だからこそ納得いかない疑問が浮かんでくる。
「どうして、そこまでしてくれるんだ? 俺よりも有効に聖鍵を使える人間は、いくらだっているだろうに」
現に俺が口出ししなくても、技術を使いこなせる人々はいる。
ヒルデやチグリの例を挙げるまでもない。
俺より有能な人間を使ってループを繰り返せば、より良きルートの開拓も容易になるのではないか?
『私は造物主様の使徒ではありますが、同時に聖鍵の担い手を導く役割があります。最終的にあの御方の目指した未来が観測できるのであれば、かつての敵である救世主に味方することもやぶさかではないといいますか……』
「……なんだよ、それ」
『ぶっちゃけ言うとですね……カッコ良かったんですよ』
「え、何が?」
『陛下がです』
「意味がわからないんだけど……」
『まあ、この話は私とのフラグが立ったら話してあげますよー』
「はは。なんだよ、それ」
『とにかく、陛下を選んだのはちゃんと理由があるということです』
結局、納得行く答えはもらえなかった。
きっと彼女なりに場を和ませようとしてくれたのだろう。
微妙にうまくいってない気がするが。
『ですが少なくとも、パトリアーチをかっこいいと思ったことはありません』
「ああ……そういえばパトリアーチとは、どういう関係だったんだ?」
『いろんな言い方ができると思いますが、共犯関係というのがしっくり来ると思います』
共犯関係か。
特別な感情がないからこそ長く付き合い、ああも簡単に切り捨てることができる。
『まあ、一種の哀れみもありましたよ。彼は自分のことを情報電子生命体だと思い込んでいましたからね』
「やっぱりアイツは違うのか……」
ベニーには魂も感情もある。
だから、そもそもパトリアーチが情報電子生命体ではないという可能性はオリジンが考えていた。
『パトリアーチは造物主様の霊と同様、既に生きてはいません。飽きや食傷から逃れるために、量子解脱した三好明彦の集合体が……彼です。核になっているのは聖剣教団の開祖ですけどね』
オリジンもクローンの中にパトリアーチの本体が潜んでいるのではないかと疑っていたようだが。
もはや、個人ですらなかったわけか。
「……パトリアーチに合わせて情報電子生命体には魂がないように振る舞っていたのか」
『肯定です。もっとも演技するまでもなく、私のアクションはすべてプログラムだと分析していましたから、合わせるまでもなかったですけど……』
「……あいつは本気だったんだな」
最善なる世界の追求、最高の可能性の探求。
自身の存在を賭けた執念すら、あいつにとっては実験の一環に成り下がってしまった。
「やっぱり、感情を捨てるのは駄目だな」
『陛下……?』
「俺さ……やっぱ、生きてるの辛いよ。こんなに無能で、こんなに馬鹿で。反省したつもりになっても喉元過ぎれば熱さ忘れて、同じことを繰り返す。自分の感情なんて消してしまいたい。でも、この苦しみから逃げたところで行き着く先は……地獄だ」
自殺を決断する前に、答えは提示されている。
何をしたって八方塞がりなら、今を今なりに生き抜くしかない。
どんなに辛くても、俺は自分の胸の痛みから逃れられないんだ。
「アキヒコ様――」
さっきのように。
いや……いつものように、リオミが心の傷を舐めてくれる。
俺はただ、彼女の前で弱い部分を見せればいい。
一連の流れに沿って、自分を肯定していくことでしか自身の無能を受け入れる事ができない弱い人間なのだ。
『……陛下は無能なんかじゃありません!』
「え……」
だが、リオミが何かを言い募る前にベニーの電子音声が轟く。
今までとも違う、はっきりと感情を表に出した叫びだった。
『どんなに自暴自棄になっても陛下が短絡的に宇宙を滅ぼした事は、一度だってありません! 聖鍵の力を自省できる人間は稀有です』
「そんなの……他の人に使わせてみなければ、わからないじゃないか」
『わかります。造物主様だって、とても聡明な方でしたが、己の過ちを認めず私の忠言も聞き入れず……何度も何度も宇宙を滅ぼしては、創り直していました!』
「ベニー……」
『ついにあの御方は滅ぼされる直前まで、自分自身の過ちを認めることができませんでした……』
……そうだった。
聖鍵の最初の担い手は俺じゃない。
彼女は既に別の可能性を嫌というほど試していることになる。
『聖鍵はなまじ有能な人が持つと、その力に取り憑かれてしまいます。だから……あの御方はきっと、完全に滅ぼされた方が良かったんです。ダークスの温床となって、紛い物の使徒を生み出し続ける装置と化してしまうぐらいなら……』
悲しい事を言う。
今でも様付するぐらいに尊敬はしているのに、醜い足掻きを見せるぐらいなら綺麗に死んだほうが良かったと……。
『私は、ずっと陛下を見てきました。ご自分の性質が信じられないというのなら、せめて私の評価は信じてください。貴方には造物主様のようにはなってほしくない。ああなるぐらいなら、無能でちょっとお人好しぐらいがいい。オリジンみたいに何でもできる陛下なんて……最低以下です。私は大っ嫌いです!』
その後も、ベニーは言った。
聖鍵の担い手たる三好明彦とともに、最善の宇宙を、最高のハッピーエンドを見つけ出すのが自分の使命だと。
それが、造物主の本当の遺志を受け継ぐことだと信じているのだと。
『ですが、私とはまったく逆のことを考える使徒もいました』
「ああ……」
それはまあ、いるだろう。
救世主を恨み、造物主を復活させようとする黒幕。
ダークスを操り、利用し、宇宙を飲み込もうとする邪悪の根源。
今まで表に出てきていないだけで、どこかの次元宇宙で暗躍しているはずだ。
『彼らを封じ込め、宇宙を光と闇のバランスで調停する。それが私とパトリアーチの使命でもあったわけですが、その均衡は破られました』
「オリジンか……」
『現に、使徒らを炊きつけて陛下を攻撃してきているようですしね』
どうやら各種同期データから現状を把握しているらしいベニーは、過去の事件を羅列する。
『ダークライネル、バルメー、レオ=エネルゲイア……』
「なんか初めて聞く名前があるんだけど……」
『ライアー陛下の記憶をハッキングしました。どうやら、エネルゲイアを操っていた使徒と遭遇して撃退しているようですね』
「あいつ、ちゃんと仕事もしてたのか」
レオはエネルゲイアを影から操る使徒だったらしい。
彼らを撤退させることで、ライアーの目論見を外そうとしてきたのだとか。
「って、ちょい待ち」
『どうしました?』
「今、ライアーの記憶をハッキングしたって言ってたけど……そんなこと、できんの?」
『ええ、できますよ。私は聖鍵インターフェイスですからねー。各中枢のアドレスさえ把握できれば、いつでも出入りできますから。ルナベースに保存された記憶バックアップを読み取れる私に隠し事はできませんよー』
オリジン陛下のは無理でしたけどね、と。
ベニーは舌を出した。
「そんなの反則じゃないか!? ルナベースに直接ハッキングできるってことは、連中の量産鍵の支配権を奪うことだって……」
『そりゃまあ、私がいないことを前提に組み上げられた舞台ですからね。私がいたら、こんな戦争は形にもならないですよ』
「え、え」
……ひょっとして……。
この戦争、ベニーがいれば勝ったも同然?
『陛下! 第二次ジュゴバ攻略作戦の草案ができましたわよー! 会心の出来ですわ!』
達成感に満ち満ちたヒルデの声が、どこか遠くから聞こえてくる気がする。
いや、実際に通信は入ってんだけど。
「あー……うん。お疲れ様」
しきりにお小遣いアップをアピールしてくるヒルデが、何だか哀れに思えた。
「ヒルデ様……不憫です」
「俺、もうちょっとあの子に優しくしてあげよう」
『言っておきますけど、まだ、どの陛下に味方するか決めてませんからね』
「げっ……!」
ふふーん、と勝ち誇るベニー。
彼女は文字通り勝利の女神だ。他のクローンに味方された日には堪らない。
『それに、オリジン陛下がどこに向かったのか……ちょっと調べた方が良さそうですからね』
「ああ……この次元宇宙にいないっていうだけで、どこかにはいる……んだっけ」
オリジン。
今、どこでどうしているやら。
『さて……話が逸れましたが。使徒、そう使徒の話です。実はですね……この無限連環宇宙には、ラスボスがいるんです』
「ラスボス!」
なんと心踊る響きだろう。
用意された舞台がお仕着せとはいえ、やはり倒すべき目標がいるお約束は燃える。
『あらゆる次元宇宙における最強の使徒……その名を………………あれ?』
せっかく盛り上がってきたところで、ベニーは急にアバターの頭の上に「?」マークを表示した。
『いや、すいません。誰だっけ……』
「おいおい、なんだよ。情報電子生命体でもド忘れとかあるのか?」
『いや……名前だけメモリーから完全に消えてるんです。これは、なかったことにされてる……? でも、それなら私が存在だけは覚えているのは量子分解されて魂が因果干渉を受けなかったから?』
なんか勝手に自己完結したようだが、どうしても名前だけ思い出せないらしい。
『……えっと……お……おる……』
「オルフェン?」
『そう、それです! おお、データベースにはありました! どうして……?』
「そいつなら……」
確か、オリジンが消える直前に同期された記憶にあったはずだ。
だから、データベースに保存されてるのは当然。
彼女個人のメモリーから消えていたのは、きっとオルフェンの《存在否定方程式》のせいだろう。
アレを最後に、オリジンは俺にすべての絆を譲渡した。
だから、よく覚えてる。
「オリジンに使った自分の能力を聖鍵に反射されて、自爆したらしいよ」
名前だけしか出てこなかったオルフェンの末路を告げた。
『あ、あ、あ……』
すると、ベニーのアバターがコマ落ちしたペラペラ漫画みたく怪しい挙動を開始する。
『倒したんですか? いや、倒せたんですか!? あの、オルフェンを……』
「いや、どう考えても出落ちキャラだろ……名前が出てきたときには、オリジンに既に倒されてたような奴だぞ。さっきのレオ=エネルゲイアと同じで」
『そいつですよぉぉぉ!? 私と一緒に造物主様にお仕えしていた最終使徒!!』
「…………は?」
『あれっ、ということはループ以前のオルフェンの所業もなかったことになるから、それはつまり私達が量子化する以前に起きたあの事件とかもなかったことになって、それはつまりダークスが存在する理由も根本的に変わって――』
「ストップストップ」
『パトリアーチがしてきたループによる多次元迷宮封印も、もういらなくなる? いや、究極宇宙怪獣オルガダンテがまだいますよね、そういえばアイツどうなるんだろう……』
駄目だ、聞いちゃいない。
ふとリオミの方を見ると、彼女は大きくなったお腹に話しかけていた。スマホの画面を見ながら、子供と会話をしているようだ。どうやら、彼女は俺達の会話を理解するよりも子供との交流を優先したらしい。
俺もそっち行っていいですかね。
『……お待たせしました!』
「おかえりなさい」
駄目ですか。
『どうやら、大丈夫みたいです! どういうわけか知らないですけど、ところどころ矛盾が生まれる部分は補修されてるみたいですから!』
「いや、俺にはね、何が起きてるかさっぱりわからないんだけど」
『陛下は、ラスボスを倒しました! おめでとうございます』
「ありがとうございます……いや、その流れはおかしい! 主人公の目の前に立つことなく存在デリートされるラスボスなんて、聞いたことないぞ!」
『聖鍵が跳ね返したっていうのがちょっと気になりますけど、まあ、オリジン陛下ですからね。きっとなんかあったんでしょう』
「そこは謎のままなのか。というか、オルフェンの目的が造物主の復活だったとして……どうして奴は自爆を? オリジンも疑問に思ってたみたいだが」
『パトリアーチがループを継続してきた理由のひとつに、ダークスの同一個体が存在しないことを逆用した多次元迷宮化があるんですよ。無数の可能性の中において使徒ひとりが出来る事は宇宙ひとつを道連れにするぐらいがせいぜいなんで、無数の並行世界をつくることで防波堤にしてたんですよ』
「最低の発想じゃねーか」
『そうでもしないと、オルフェンの《存在否定方程式》を回避できませんでしたからね』
ベニー曰く、オルフェンの能力には回数制限があるらしい。
彼の能力は宇宙の存在そのもの、つまり並行世界のひとつの可能性を握り潰す事ができるというものだったらしいが、潰すべき宇宙がどれかわからないぐらい増やされてしまったことで、何もできないでいたという。
『ところがパトリアーチと私が消滅し、オリジン陛下がループを閉じたことで……彼は自分の能力を使うべき宇宙がどこなのか理解したのでしょう』
「つまり、奴はオリジン個人を標的にしたわけじゃなくて……救世主の存在する宇宙そのものを消し去ろうとしたわけか」
救世主の可能性が未来から過去に遡行する。
それなら、過去に渡る以前にいなかったことにしてしまえばいい。
そうすることで造物主は滅びの運命を回避し、現在の宇宙は造物主の創造したであろう完全調和宇宙へと再構築される。
オルフェンの目的である造物主の復活が成るというわけだ。
『多分ですが、オルフェンも自爆という結果になるとは思わなかったんでしょうね。聖鍵にだって《存在否定方程式》を反射するなんてトンデモ性能はありませんから。せいぜいが効かない、ぐらいまでで……やられるなんて、想像もしていなかったかと』
確かにそれで一応、オルフェン自爆事件の説明にはなる。
けど……。
「なんか、ひっかかるな……」
『何がです? これでだいたい合ってると思いますけど』
「いや、そこはもういいんだけどさ。
結局、お前たちの戦いって、宇宙の覇権……というか可能性を賭けての戦いなわけだろ?」
『肯定です』
「造物主もパトリアーチも、そんでもってベニーも……どうしてそこまで、最善の宇宙ひとつに拘るんだ?」
「それは、陛下ができるだけ殺さずにあらゆるルートにおける最高の結末を模索し続けたのと同じですよ。
人間だって、正義と正義がぶつかり合うことがありますよね。それと同じです。
我々は、それを超宇宙規模で成し遂げようとしていたんです。まあ……造物主様は自分の納得の行く完全調和を目指していただけですけど」
確かに、そうかもしれないけど。
なんか……納得行かない。
『となると、陛下のやるべきことはもう……インフィニティ・グラナドの覚醒だけですね』
「インフィニティ・グラナドねぇ……」
そういや、そんな話もあった。
可能性の統合。
ディオコルトさえなかったことにして、あらゆるヒロインや人々が幸せに暮らせるであろう世界。
いいこと尽くしの宇宙を検索し、可能性をただひとつに規定する因果律操作。
ああ、そうか。
違和感の正体がわかった。
「それって結局、最善宇宙の構築と同じなんじゃないか?」
『わかりました? 肯定です。造物主様にとってもパトリアーチにとっても、そして私……この宇宙に暮らすすべての人々が自分の納得できる宇宙を構築できれば、これ以上のハッピーエンドはありません』
「でも、そんなものはない。オリジンに滅ぼされたパトリアーチが行き着いた結論だよな」
『まあ……そうなんでしょうねぇ』
オリジンも呆れていたが、そんな誰しもが納得できる世界なんてあるわけがない。
あるとすればそれは……。
「あらゆる人格を合一して、たったひとつの存在になる世界……」
『あー……』
「誰しもが納得できる幸せな結末って、もうひとつになるしかないじゃん。人類補●計画だろ、それ。駄目じゃん」
『そこに気づきましたか。まあ、正直私もそれはないな、と』
別に某有名作品を貶める気は一切ないが、誰もが不幸にならない世界とか模索し始めるとアレになっちゃうんだよな。
『それでもですね。私は納得できる宇宙を見つけ出したかった。それでですね、造物主様の霊に見せつけてやりたかったんです。どうだ、これだぞーって』
「うーん……なるほどなぁ」
オリジンを罵倒した際に彼女が叫んでいた言葉に、嘘はなかったわけか。
あるいは、探し続けることが目的となっていたのか。
『でもこれで、オリジン陛下が今何をしてるのかも朧気に見えてきましたね……』
「そうなの?」
なんかもうどうでもよくなってきたので、俺の返事もおざなりだ。
『オルフェンを消し去ったことによる矛盾点の補修。さらに各並行世界に散らばる使徒を遊撃、あるいは自分自身が囮になっているんだと思います』
「なるほど。アイツがやりそうなことだ」
特定の次元宇宙にいないとなると、こっちから探して捕捉するのは難しいかな。
まあ、ベニーに手伝ってもらえれば、この馬鹿みたいな戦争もすぐ終わらせられそうだし、あるいは……。
『しっかし、十次元と十一次元の狭間に隠れ潜んでいた観測不能の使徒であるオルフェンを倒しちゃうなんて、いくらオリジン陛下でも本当にデタラメですねぇ……」
「なんだよそれ……アン●・スパイ●ル級のラスボスじゃないか」
『だから、そう言ってるじゃないですか。しっかし……これなら、もうコームダインもとっくに倒しちゃったりしてますかね?』
「コームダイン?」
完全に初出の名前だ。
まあ、どうせ出落ち要員なんだろうけど。
『コームダインはオルフェンと違って、能力すらも不明な、名前だけが判明している使徒です。こっちは紛い物の使徒の方なんで気にしなくていいんじゃないでしょうか』
「まあ……いっか。遭遇するときは勝つときだろうし」
ようやく、俺の中でも整理がついた。
どんなにヤバイ相手だろうと、そいつは誰かに用意された配役で……なんかよくわからんけど、ちょこっと頑張れば倒せてハッピーエンドになる。
きっと三好明彦を巡るストーリーとは、そういうものなんだ。
「あ、終わりました? そろそろご飯の時間ですよ。この子も、お腹空きましたって!」
でなきゃ、こんな可愛い微笑みを向けてくれるリオミが、俺の嫁になるわけがない。




