Vol.21
「皆様、位置につきまして?」
「「「アイ、アイ、サー!!!」」」
「わたくしはサーではありませんことよ!」
ヒルデの叱咤に士気上がる元海賊クルーたち。
ピース・スティンガーが無意味化しているというのに、しっかり更生しているようだ。
「宇宙の海は、俺らの海だー!」
「うおおおおおおおっ!!」
いや、宇宙に来てテンション上がってるだけか。
「本当に大丈夫ですかしら……」
「まあ、この程度で落ちるようならジャ・アークなんて敵じゃない」
俺は気休めの声をかける。
もっともヒルデが心配しているのは作戦の成否ではなく、フェイティスたちの安否だろう。
俺が一番最初に採用したのは、ずばり質量攻撃である。
大質量の位置エネルギーと運動エネルギーをそのままジュゴバにぶつける、実にシンプルな要塞攻略だ。
マザーシップのマスドライバー砲から、光学迷彩で不可視化し、ステルス化によってレーダーに映らなくした隕石がジュゴバに向けて打ち出される。さらに発射後の質量操作によって100*100に巨大化した結果、惑星ジュゴバよりも大型になった超巨大隕石がジュゴバの重力に拾われていく。
これが一発やニ発ではなく、何百発と射出されていく。ちょっとしたスペクタクル映像だが、この程度で惑星ジュゴバが落ちるわけがない。
だが、心配事は斜め上から降り注いできた。
「大変でさぁ、キャプテン! 巨大隕石群が恒星ペンタイムβの磁気に干渉しちまった! 大規模な爆発を観測ぅ!」
「ぬわんですってぇ!?」
なんかクルーとヒルデが物凄く慌て始めている。
「なになに、何がどうしたって?」
「恒星ペンタイムβにフレアが観測されましたわ!」
太陽フレアって、なんかやばいやつじゃなかったか。
うん……ググッた結果、ヤバイ。
俺の隕石で宇宙がヤバイ。
「ダリア星系全体にX線、ガンマ線及び高エネルギー荷電粒子が広がってやす! あの隕石を止めませんとジュゴバ以外の惑星もやばいですぜ!」
「事前に結果を計測できなかったのか!?」
「すいやせん! いつもなら、勝手に結果が出てたんで!」
あー……それは、あれだ。
ルナベースの量子演算サポートがジャミングの影響で使えなくなってるせいだ。
我ながら迂闊だったな……。
「いくらなんでも、でかくし過ぎたか……」
「あー、もう陛下! やっぱり質量追加は余計だったんですわぁ!」
隕石だって少なからず磁気を発しており、それが膨大な数……しかも質量増大によって肥大化した結果……恒星ベンタイムβの磁波に干渉してしまったわけか。
確かに同じことが太陽系で起きたら未曾有の大災害だ。太陽フレアが現在の太陽系で発生した場合、地球は滅びると言われているからな。
「ま、待ってろ! 今、俺の量産鍵を中枢区にいれてくる!」
今更ではあるが、この状況を解決するにはそれしかない。
マザーシップの中枢区まで転移する。幸い、ダリア星系のディメンジョン・セキュリティは艦内にまでは及んでいないので、施設内の移動に支障はない。
「……っと、これでよし」
中枢区の台座に量産鍵を差し込む。
これで俺の量産鍵の量子演算装置を補助に使いつつ、ルナベースと同等の演算サポートを艦内のコンピューターに移譲できるはず……。
だが、そのとき予想だにしなかった事が起きた。
「な、なんだぁ!?」
マザーシップ中枢区にはルナベースよりかなり小型とはいえ、ミラーボール形状の物体が七色の輝きを放ちながら宙に浮かんでいる。これがいわゆる量子演算装置、聖鍵を縁の下で支える重要なコアなのだが……。
そのミラーボールが急速回転を開始、輝きを増しながら膨大なエネルギーを発し始めていた。
「オ、オーバーロードしたのか! なんでっ!? くそっ、止まれ!」
量産鍵を掴んで念じてみても、まったく手応えがない。
このままじゃ、マザーシップは爆発四散……みんな宇宙の塵と化してしまう!
「うおおっ、こんな自爆オチみたいな最期を迎えるのはイヤだー!」
だが、輝きと回転は臨界に達し……。
そのとき、俺は光の中から女の子らしき影が飛び出てくるのを幻視して……。
『ベニーちゃん、ふっかあああああつ!!!』
「えっ」
『えっ』
「えっ」
『えっ』
幻じゃなかった。
懐かしさすら感じる美少女アバターが、俺の目の前に浮かんでいる。
ミラーボールも元の静けさを取り戻していた。
しばしの沈黙の後、俺はおそるおそる声をかける。
「ベニー……なのか?」
『はぁい、肯定でっす! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン! ちょープリティな情報電子生命体ベネディクトちゃんが、そう何体もいてたまるものですか!』
何故かハイテンションにキメポーズのベニー。
「……いや、呼んでないけど」
『ええええっ!?』
大変不服そうである。
なんなんだ?
『私がここにいると知って復活させてくれたんじゃないんですかぁ!?』
「全然」
『……がっかりです。だったらせめてそこは……「ベニー、生きていたのか!」とかのリアクションが欲しかったです』
「流石に唐突過ぎて、俺の認識が追いついていかない……って、マジでベニーなの? 生きてるの?」
そう、彼女は死んだ筈。
オリジンのウィルスによって、バラバラに解体されてしまったはずだ。
本当は存在したはずの魂さえもガフの部屋で漂白され、復活は不可能だって思っていたのに。
『んー、まあかろうじて生き延びたっていうのが正解でしょうかね』
すっかりテンションが下がったようで、ベニーは事務的な響きのする電子音声で受け答えしてくる。
「でも、どうして……」
『まあ、私がどうして生きてるのかはともかく……なんですか、これ。なんか結構凄いクライマックス展開になってません?』
急にベニーが話題を変えた。
どうやら量産鍵の記録と同期して、これまでの流れを把握したようだ。
「……ていうか、お前は造物主の使徒で敵だったわけだろ? 今更復活したところで、やっぱり敵でしたスパイでしたって話になるんじゃないのか?」
『肯定ですけど、否定です。まあ信じろっていう方が無理だとは思いますけど、ひとまずここは任せてもらっていいです?』
俺が答える間もなく、ベニーはミラーボールに向かって祈るように手を突き出す。
すると、再び中枢に再び光が広がっていく。
『……ふーむ、ダリア星系ですか。セキュリティといいジャミングといい……随分と手の込んだシチュエーションですねぇ。うっかりブチ壊しにする陛下も陛下らしいですけど』
「う、うるさいな。そんなことより、大丈夫なのか? ルナベースやクラリッサならともかく、マザーシップの中枢区にお前の処理なんかさせて……」
『そーですねぇ。せめてルナベースで復活できるとありがたかったんですが』
そういうからには、彼女がここで復活してしまったのは予定外だったのだろう。
これまでの彼女の行動から見ても、情報電子生命体が世界に干渉するには中枢区の量子演算装置を通る必要があるのは間違いない。その点において聖鍵はまさしく最高の出入口だったんだろうが、今回は俺の量産鍵とマザーシップの中枢を使っている。フルスペックではないはずだ。
『まあ、この程度のフレアならちょっとした俄雨みたいなもんです。任せて下さい』
「お、おう」
彼女にどんな能力があるのかは、実のところわかっていない部分が多いが……ここは信じて任せるしかないか。
俺もスマートフォンを使って外で起きている情報を探る。
ジャミングのせいで正確な情報が取得できるわけではないが、太陽フレアの発するガンマ線などはマザーシップを介して観測可能だ。ある程度の状況は予測がつく。
程なくして、ヒルデから連絡が入った。
『陛下! 何故かよくわかりませんけど、宇宙線が正常値に戻っていきますわ!』
「うん、こっちでも計測できてる。ペンタイムβは?」
『フレアが納まったわけではありませんけど、他の星々への影響はありませんわね』
「ふぅ……」
おそらく、宇宙線を中和する手段をベニーが持っていたのだろう。
あんまりにも急展開だったのでイマイチ実感が沸かないが、ダリア星系にはジャ・アークに支配された人々が暮らしていたりするわけで……下手すれば、とてつもない虐殺をやらかしてしまうところだった。
「いやあ、助かったよベニー」
『しゅっしゅっしゅ』
振り返ると、なにやらベニーがボクシングスタイルでシャドーしていた。
明らかに恨みの篭った視線を俺に送ってきている。
「どうした?」
『どうした、ですって? 陛下、私を殺そうとしたじゃないですか』
「えっ? いや、それは……」
『ひどいです、あんまりです。出来る限り陛下の意志を尊重してきた私を問答無用で消そうとするなんて。この三好明彦!』
「お前も人の名前を悪口代わりに使うのか! あれは……」
『やったのはオリジンだっていうのはナシですよ! リオミ様にも言われましたよね?』
「くっ……消えてる間の記憶を俺の鍵から補填するのは卑怯だぞ」
ぷんすか怒っているベニーからは、どこまで本気なのかイマイチ読み取れない。
以前はどこか演じている雰囲気のあったベニーだが、今は感情を目一杯表現しており、普通の女の子が怒っているのと変わらないように見えるけど、これって……。
『えっと……陛下?』
「ああ、ヒルデ。すまない、取り込み中で」
『そうですの? では、報告だけさせてもらいもらいますわね。ジュゴバからハイパー・ホワイト・レイと思しき要塞砲が複数発射されました。隕石は全滅ですわ』
「あっ、そう……」
『あっ、そう……って。あんな事態まで引き起こしておいて、ちょっとそれは酷すぎませんこと?』
「いや、そんなことより大変なんだ。ベニーが生き返った!」
『ベニー……って、クラリッサのベネディクト枢姫ですの? 生き返ったって……今まで死んでたんですの?』
「いや、死んだと思ってたんだけど生きてたらしい。とにかく、一度中枢に来てくれ! もう一時AAランクは付与してあるから、テレポーターで来られる筈」
『はぁ……』
彼女はすぐにやってきた。
ヒルデだけではなく、赤ん坊のために休んでいたリオミまで。
一応、オリジンがパトリアーチと決着する際にベニーを消していたことも、2人に話した。
「アキヒコ様、まだわたしに隠し事をしていたのですね……」
「ごめん。自分でもみんなに何を話してないのかよくわからないんだ」
「はぁ……本当、駄目男ですわね」
『肯定です』
みんなして酷い。
でも、流石に今回のミスは笑えないからなぁ……何も言い返せない。
「ベネディクト様が怒るのは当然ですね」
『ですよね!』
「うう……」
完全に吊るし上げモード。
オリジンのやらかしたことを俺のせいじゃないと言い訳したところで通じないことは既にわかっている……我慢するしかない。
「尽くす妻を殺すなんて……男の風上にも置けませんわ……って。思い出しましたわああああっ!!」
「今度は何だ!?」
「わたくし、陛下に一度殺されましてよ! クローンのときに!」
「えええっ!? それは俺も知らないぞ!?」
どうやら、操作されていた記憶が『妻を殺す』という話で刺激されて、失われていた記憶が復元されたらしい。
ヒルデが死んだのって、確か……。
「ああっ、戦死したときか!」
「へ・い・かー!」
「ほ、本当に何も知らない! ライアーだ! あいつが戦死だと報告してきたんだ!」
「また嘘でしたら……本当に、離婚してやりますわ。ほら、指輪を外しあそばせ!」
言われるままに精神遮蔽オプションの指輪を外す。
マインドリサーチで嘘を吐いていないことを証明させられる。
「あの嘘つきマスク陛下……絶対に許しませんわ」
「ライアー……首を洗って待ってろよ」
そんな感じにライアーへの恨みを募らせることで、ヒルデとは和解できた。
『…………』
あとは、この子か。
俺が別件で責められているのを見て、いい気味だとばかりに笑っていたが……まだ許してくれてないらしい。
「あー、その、ベニーさん?」
『つーーん』
「そのー、お話をですね、聞いて頂ければと」
『やーです!』
さっき協力してくれたのはなんだったのか。
彼女のアバターは如何にも怒ってますとばかりに腕を組んで、完全にそっぽを向いてしまっている。
「アキヒコ様。ベネディクト様は殺されたことを怒っているんじゃありませんよ」
「えっ」
『……』
これまで静かに状況を見守っていたリオミが、俺の肩に優しく触れる。
ベニーもリオミの言葉を否定することなく、静かに聞いていた。
「もしわたしがアキヒコ様に殺されたら悲しいですけど、何かちゃんと理由があるなら仕方がありません。でも、もしまた生き返ることができたなら……そのとき、かけて欲しい言葉があります」
「……」
「わかりませんか」
……いや、多分わかる。
リオミに首を横に振ると、彼女はベニーに送り出すように俺の背中を押した。
「……その、ベニー」
『……はい』
「ごめん。お前を殺してしまって……本当にごめん」
『…………』
「許してもらえるとは思ってないけど……悪かった」
『……話、聞いて欲しかったです』
「うん、そうだよな。問答無用だったもんな」
『信じて欲しかったです』
「あのとき、俺は……オリジンはお前のこと、見限ってた」
『怖かった、です……』
ベニーは自分の肩を掻き抱き、電子音声を震わせる。
それは当時、情報電子生命体には魂も感情もないと思っていた時期、すべてプログラムによる演技だとばかり思っていたリアクション。
「話……聞かせてくれないか」
『わかりました……では』
「あ、その前に」
ようやく会話に応じてくれたベニーを遮って、俺は一番最初に言ってあげなければならなかった言葉を紡ぐ。
「おかえり、ベニー」
しばし、ベニーのアバターは返すべき言葉を検索しているかのように動きを止めて。
『……ただいま、陛下』
ほんの少しだけだけど、彼女は笑ってくれた。




