Vol.20
要望がありましたので、各視点からのサイド切り替え方式にしてみました。
読みにくかったら、多分私の力不足です。
ダリア星系を覚えているだろうか。
アースフィアから約85光年。
恒星ペンタイムβを中心とした惑星系を。
アースフィア……メシアスの呼び名に従うならば惑星エグザイルの存在する惑星系から最も近い、いわば親戚のような関係だ。
そして惑星ジュゴバ。この星は、ペンタイムβに比較的近い位置に存在するためアースフィアのような地球型惑星とは程遠い、生命の存在しない星となっている。
その癖、重力は0.9Gと比較的アースフィアの条件に近い部分が多く、宇宙用装備の実験場として目をつけたのが最初だった。
そして今。
ライアーのゲームが始まりパトリアーチがいなくなった後、ノブリスハイネスの居城となっている。
「そしてもう、ジュゴバを中心としてダリア星系全体がノブリスハイネスの支配下にある。周辺星系の人類文明のある惑星も全部ね」
「……早すぎませんこと? 例のゲームが始まってから、まだそれほど経過してませんのに」
「あいつは……ノブリスハイネスは、支配星系全体の時間を速めたんだよ」
「どういうことですか?」
マザーシップのブリッジ。
リオミとヒルデの乞うような視線が俺に突き刺さる。
「えっと……ちょっと面倒な説明になるけど聞いて欲しい。俺達にとって、時間ってなんだと思う?」
「時間、ですか……?」
ピースフィアの学院でも、時間の概念については講義内容に含まれているから、彼女たちでも理解できるはずだ。
案の定、
「平民であっても王族であっても、平等に流れるもの……ですわ」
リオミが考え込んでいる間に、ヒルデがはっきりと断言した。
リオミより先に答えられて、ちょっとドヤ顔である。
「……じゃあ、子供や大人の体感時間が違うっていうのは知ってるかな?」
「体感時間、ですか?」
「まあ、自分で感じる時間のことだと思えばいいよ」
「確かに子供の頃って、1日がとても長かったですわね」
「そういえば、お父様とお母様も石になる以前にそのようなことをおっしゃっていました」
ふたりの共感が得られたところで、続けざまに例を挙げる。
「じゃあ、例えばハムスターと亀で寿命が先に尽きるのはどっちだと思う?」
「ハムスターと亀……ってなんですの?」
「あー、両方共アースフィアには生息してないのか。えーと、それじゃ……」
近い魔物を検索すると、すぐに最適なものが見つかった。
「……ジャイアントラットとロックタートルで長生きなのはどっち?」
タートル通じるのに亀がいない。
どうせ魔物を命名したのがパトリアーチだからだろうな。
「それはもちろん、ロックタートルの方ですね」
さすがに魔物に関してはリオミの方が早かった。
ヒルデはぐぬぬ顔である。
そういえば、ヒルデはリオミにライバル心を抱いているんだっけ。そいつが原因でいろいろあったような気もするが、今となっては自分を三好明彦として立たせる良い記憶のひとつだ。
「そうだね。ところが、この魔物たちの体感時間はほとんど同じなんだ。それぞれ同じぐらい生きたと感じるのに、結果的に流れる時間は2年と200年、単純に100倍違う」
「えっと……」
「つまり、速度0の生き物と速度Aの生き物では、速度Aで動く生き物の経過時間の方が速いんだ」
「すいません、もうついていけませんわ。結論だけ教えて下さいまし」
ヒルデはせっかちだな。
まあ、リオミもよくわかってないみたいだし……そろそろ話の締めだからいいけど。
「ノブリスハイネスはジュエルソードシステムを使って無制限の魔力を用い、範囲拡大限界突破した《クイックタイム》をダリア星系全体に使ったんだよ」
「ああ、そういうことでしたか」
この説明だけで、リオミには理解できたらしい。うんうんと頷いている。
一方ヒルデはジト目だ。わからなかったわけではないようだが。
「前置きの説明、いらなかったんじゃありませんこと?」
「そんなことないよ。《クイックタイム》中も自分たちの体感時間は変わらないけど、ダリア星系以外の時間はほとんど経過しないって話だしね。とにかく体感時間と宇宙全体の時間に大きな差異を生み出すことによって、ノブリスハイネスは2~3ヶ月では到底考えられないような星間帝国を築き上げたんだ」
「はぁ……毎度のことですけど、聖鍵陛下たちのすることはわたくし達の理解を超えていますわね」
「俺もそう思う」
魔法と技術、ほぼ無限大に使える資源とエネルギーさえあれば、できないことは殆ど無い。
あとは発想の組み合わせと、それを混合する基礎知識の問題だ。
そして、チグリはこの点でズバ抜けている。ノブリスハイネスが自分の夢のために彼女を選んだのも当然である。
「つまり、今から向かう先には……ノブリス聖鍵陛下の宇宙帝国が待ち受けてるってことですの?」
「まぁ……そういうことになるかな? 正確には超宇宙大銀河帝国ジャ・アークの本拠点があるという意味になるけど」
「そんなとんでもないところに、マザーシップ1隻で。しかも大事な情報はたった今聞かされて。ハァ……わたくし、お金に目がくらんで嫁ぐ先を間違えましたかしら」
「ようやく気づいたの?」
「えっ、それを貴方様が言いますの!?」
俺の返しにヒルデがキーキーわめき始めると、リオミがクスクスと笑い始めた。
「貴女も何がおかしいんですの!?」
「いや……なんかこういうの、いいなって」
「呑気ですわねぇ。まったく、お兄さまはどうしてこのような方と……」
「グランハイツ王が何か……?」
「なんでもありませんわ!」
今度は俺が笑う番だった。
ますますヒルデが顔を真っ赤にして睨んでくる。
「ああ、もう! そんな余裕にしてるからには、余程の策があるのでしょうね!」
「んー。策ってほどでもないかな。多分、一番活躍するのはヒルデだろうし」
「え、わたくしですの?」
きょとんとする彼女を差し置いて、俺は話題を変える。
「今回、俺が艦隊を率いてこなかったのはどうしてだと思う?」
「それは……ノブリス陛下を刺激しないように、でしょうか」
「まあ、相手の油断を誘うって意味もあるけどね。それ以上に……」
「連れてきても無駄だから、ですか?」
俺の言葉を引き継いだのは、リオミのほうだった。
とはいえ、どうして無駄かまではわからないらしく、さらなる説明を求めて俺を見つめてくる。
「そのとおり。まずは、コレを見てくれ」
ディスプレイ上に、ダリア星系全体の図が表示される。
ペンタイムβを中心に様々な惑星が公転している絵面そのものは、地球の太陽系と似たような感じだ。
「この、波紋みたいなものはなんですの?」
「ジャミングさ。特に無人兵器に最適な」
「では、この全体を取り囲むような紫色の結界は?」
「星系全部を覆うディメンジョン・セキュリティ。強度はAAランク」
「……そういうことですの」
ヒルデは嘆息しつつ、艦長席の背もたれにぐったりと寄りかかった。
「今の説明だけでわかったんですか?」
「……そういえば、貴女は宇宙戦の経験はないんでしたわね」
お、リオミへの説明はヒルデがしてくれるようだ。
楽でいいな。
「わたくしは宇宙怪獣退治の任に就いた際、並行大宇宙ペズンというモノについて陛下から聞きましたわ」
「並行大宇宙?」
「虚数空間に仮想設定された無数の宇宙……というものらしいですわ。わたくしもうまく説明できないのですが、要するにこの世界にないものを作っている場所だと思えばいいですわね」
「えっと……アキヒコ様が何もない場所からいろいろな物を取り出すのと関係があるのでしょうか?」
「まあ、そうですわね。例えば……ここにお金がないとしましょう」
ヒルデは手のひらを上に向けて、リオミの前に差し出した。
「ほら、陛下」
「えっと……?」
「あれをやってくださいまし」
「ああ、あれね」
――量産鍵、起動。
――金貨1枚、生成。
ヒルデの手のひらの上に、アースフィア金貨が現れた。
彼女は嬉しそうにそれを弄ぶと、器用に人差し指と中指の間で挟んでみせる。
「お小遣い、ゲットですわ」
「はいはい。その代わり、続きをちゃんと説明してあげて」
「お任せくださいまし!」
お金を手に入れて俄然やる気の上がったヒルデは、水を得た魚のように解説を続ける。
「さっきまでお金はなかったですが、今はありますわ。さて、これをどう思いますの?」
「アキヒコ様のお力で、お金が召喚されたということでしょうか」
「まあ、簡単に言うとそうなんですけど。無から有を生み出すって、本当はとてつもないことなんだそうですわ」
「うーん……なんか、ピンと来ないですね」
「ですわね」
珍しく意気投合する彼女たち。
それは、ふたりが魔法のある世界に住んでたからだと思います。
「なんか陛下が不満そうな顔をしているので続けますけど、とにかく無から有を創造するというのは効率が悪く、エネルギーがとんでもなく必要なんだそうで。だったら、ありそうなものを確率的に存在する可能性を上昇することによって、あることにしてしまおうというのが聖鍵の使っていたコピー&ペーストというものの原型なんだそうですわ。フェイティスが大好きな3Dプリンタとかもですわね」
「確かに……魔法も魔素を変換することによって現象を引き出しますしね。やはり何かしらの原料は必要ということですか」
「ところが、存在可能性が絶対的ゼロの場合、虚数なんちゃらの関係でそれを呼び出すことはできないのですわ」
「えっと……」
「絶対にないものをあることにすることはできない、ってことだね」
ヒルデの解説を補足する。
「例えばさっきのお小遣いを頂いたケースですが、あれは事前にわたくしがお金を頂いた可能性を上昇させ、あったかもしれなかったことを実際あったことにした……まあ、10%の可能性を100%に引き上げたといったところですわね。これだけなら、魔法でもやってできないことはないのですけど、並行大宇宙ペズンがあることによって、存在確率0%が常に1%以上になるのですわ。それによって、存在しないものでさえ創造することができるのですわ!」
「はあ……」
「あら、こんなこともわかりませんの? おーっほっほっほ!」
あれは伝説のオホホのポーズ!
実在したのか。
「はい、そうですね。わたしにはちょっと、理解できないかもしれません。ヒルデ様は凄いです」
「……そ、それほどでもありませんわ」
照れつつ、視線をそらすヒルデ。
馬鹿にしたら、素直に感心されたせいでちょっと気まずそうだ。
「それで、ペズンがさっきの話とどう関係があるのですか?」
「まず第一に、ダリア星系全体に強力なディメンジョン・セキュリティがかかってますの。これはつまり、ダリア星系内に侵入する際に転移を使えないのと同時に、並行大宇宙ペズンとの接続が難しくなりますわ」
「ディメンジョン・セキュリティはわかりますけど。確か、《テレポート》とかを阻害するんでしたよね。あれ……でも、セキュリティ内でもコピー&ペーストはできるんですよね?」
「聖鍵陛下の魂魄認証ランクがAAですからね。ディメンジョン・セキュリティをすり抜けられるから、転移もできるしペズンとも接続できますわ」
「じゃあ、あんまり関係ないんですね」
「とんでもありません、おおありですわ! 今回のセキュリティ強度はAA、つまり陛下であろうと転移もペズンの利用も不可能。つまりコピー&ペーストはできません」
「でも、それならノブリスハイネス様も……」
「ええ。ダリア星系の中では無限の資源もエネルギーも利用できないですわ。しかも、星系全体にジャミングがかかっていますの。これでは無人兵器の運用はできませんわ」
「では、予めゴーレムなどを持ってきても……」
「木偶の坊に成り下がりますわね」
「アキヒコ様のおっしゃる、”無駄”というのはそういうことでしたか……」
そう。
あの男は最初から、ペズンを利用していない。
利用しないでいい環境を《クイックタイム》を使うことによって短時間で構築し、同時に他の三好明彦にもペズンを利用させない世界を作り上げた。
最初からロストアフターが来ることを想定し、最悪オリジンを敵に回したときでも戦える鉄壁の宇宙。
それがダリア星系なのだ。
「だけど、逆に言うとそこがダリア星系の弱点でもある」
リオミが理解したところで、俺が説明を引き継いだ。
ここからはヒルデにとっても未知の話だ。
「ディメンジョン・セキュリティもジャミングも、さらに言うなら《クイックタイム》拡大装置も全部、惑星ジュゴバにある。あそこさえ攻略してしまえば、他の惑星に駐屯している戦力はペズンを使った物量戦術で潰せる」
「でも、単艦でジュゴバまで到達するなんて……とてもではありませんけど、不可能ですわ。巡回の偵察部隊に見つかったら、すぐに増援を呼ばれてしまいますし……」
「うん。だからそこは……ヒルデ」
「ええ、なんですの?」
俺はにっこりと笑い。
「キミに超頑張って欲しい」
「やっぱり結婚したのは失敗でしたわあああああああ!!!」
ヒルデは叫んだ。
でも、金貨を1枚追加したら折れてくれました。
「で、本当に何も考えてないんですか?」
「考えなかったわけじゃないんだけどね」
作戦をまとめるからとヒルダにブリッジを追い出された俺達は、久しぶりにマザーシップの私室でのんびりしていた。
こんなことをしていい筈がないのだが、リオミのふたりっきりの時間が欲しいのも事実。
「考えば勝てる相手じゃないから」
「その割には余裕ですね」
確かに。
むしろ、不安にならなきゃおかしいのだ。三好明彦にとって最も恐るべきは未知の敵。どうなるか予想もできないような相手を前したとき、本来ならば最も安全な場所で情報収集に徹しなければならない。
それなのに。
「不思議と嫌な気がしないんだ……むしろ、ワクワクしてる」
「ワクワク……ですか?」
「今までの敵は、敵のように見えて敵じゃなかった。到底、敵は務まりそうもないような連中ばかり……そう、造物主の使徒ですら。でも今回は違う……正真正銘、同格の敵。聖鍵を担い手に相応しい強敵なんだ……」
今まで何のかんのと言って、聖鍵のテクノロジー利用を手加減して使ってきていた。
歪な手抜きが三好明彦のストレスの大元であったことは、既にライアーによって証明されている。
今回のロストアフターでさえ、三好明彦にとっては大掛かりな遊び場に過ぎないのかもしれない。
「……本当に、アキヒコ様ですね。実はクローンだという話も嘘なんじゃないですか?」
「え? いや、そんなことはないけど」
「まるで子供みたい……」
呆れているような、それでいて慈しむようなリオミの視線に思わずドキっとしてしまう。
俺は顔を逸らして頬を掻いた。
「でも約束ですからね。ノブリス様を倒すのは、わたしが説得できなかったときだけですから」
「ああ、わかってる」
第一目標はチグリやフェイティスの魂をアースフィアへ呼び戻すこと。ノブリスハイネスを説得するのはリオミの能力を使い、彼を倒すかどうかは二の次。
決まっていることは、それだけだ。
ちなみにリオミには能力についてキチンと説明した。
俺があんなにショックを受けた話題なのに、リオミはいともあっさり受け入れてしまった。
「自分の運命はずっと昔に受け入れていますから。何かがひとつふたつ増えたところでへっちゃらです」
だそうで。
「アースフィアはロリコンとシーリアに任せたし、きっと大丈夫。俺はこっちで、やれることをやるよ」
「アキヒコ様が大丈夫とおっしゃるのですから、大丈夫に決まってますよ」
彼女に後押しされると、絶対に負けない気がしてくる。
リオミの美しい言葉は、まさに魔法だ。
そこに着信、ヒルデからだ。
『陛下。とりあえず、いくつか作戦草案を作りましたので確認してくださいまし』
「ふむふむ」
送られてきたヒルデの作戦を吟味する。
いくつか細かい点を指摘したり、質問したり。
「わかった。とりあえず、全部やってみようか」
「全部ですの!?」
「何が当たりになるか、わかんないしね。とりあえず……これで」
「えっ……それは、最悪チグリやフェイティスが死んでしまう可能性もありますわよ」
「大丈夫大丈夫。メシアスとチグリの技術は伊達じゃない」
こんな簡単なやりとりから、惑星ジュゴバ攻略戦が始まった。
俺達はまだダリア星系には到着していないので、必要なものは予め用意することになった。
さて、少しでもノブリスハイネスの心胆を寒からしめることができるといいのだが。




