Vol.19
造物主の使徒。
奴らに関してわかっていることは少ない。
造物主の霊によってダークスの力を操れるようになった、元有機生命体。
その存在は願いや欲望によって大きく歪められる事が殆どで、おおよそ俺たちが想像するような思考形態を持たない。
「それはない」
だから、即答した。
考えるよりも早く、俺の口は勝手に動いていた。
『リオミは造物主の使徒だ。間違いない』
「それだけは絶対にない!」
共通しているのは、造物主の使徒となった者はいずれ自らを破滅させるということ。
多くの場合は無数の命や星を道連れに、だ。
だからこそ、ダークスと戦うことが使命である三好明彦にとって、使徒は不倶戴天の敵なのだ。
『普通に考えれば、彼女が敵に回る可能性は皆無だが……』
「そうだ。これまでのループでもオクヒュカートのときぐらいしか、魔王になったことはないって……!」
リオミ=ルド=ロードニア。改め、現リオミ=ルド=ピースフィア。
タート=ロードニア王国の第一王女であり、他の並行世界においても三好明彦をアースフィアに召喚する必要不可欠なキーパーソン。
パトリアーチとオリジン曰く、彼女はダークスに乗っ取られて魔王化しない限り、敵に回ることは決して無い。
例え三好明彦が世界の敵になろうとも、その傍に侍り、主人公を肯定する役回りだ。
「今回のリオミも魔王になるっていうのか?」
『いいや、ディオコルトは既に滅びたも同然。彼女がザーダスに匹敵する才能の持ち主であったとしても、魔王になることはあるまい』
「だったら!」
『だが……使徒なら話は別だ。アレだけは、あらゆるルートの例外となり得る。
忘れたのか? ダークスはあらゆる並行世界において、同一個体が存在しない。今まで他が大丈夫だったから、今回絶対平気だという保証にはならない。それに能力が使えるとなれば、もう決まったも同然だ」
「……殺すのか、彼女を」
……ここにきて。
せっかく和解できたと思った殺戮王が敵に回るのか。
結局、なんとかなると思ったことも全て妄想に過ぎなかったのか。
それなら、俺のやるべきことは決まっている。
どんなことをしてでも、リオミを……。
『いや、その気はない』
「……え?」
だが、意外なことに殺戮王の解答は素っ気ないものだった。
『そもそも造物主の使徒だからといって、敵とは限るまい』
「なんだって……?」
造物主の使徒が敵とは限らない……だって?
「どうして、そんなことが言える!」
『まず、能力を会得したのが生まれつきだと思い込んでいることから、彼女は造物主の霊とは遭遇していないはずだ』
「おいおい、前提が矛盾するじゃないか。どうやったら造物主の霊と遭遇せずに使徒になれるっていうんだよ」
『なれるさ』
殺戮王は断言した。
笑い飛ばしながら。
まるで、見てきたかのような気軽さで。
『何者かが”自分ではなく他人を使徒化することを望んだのなら”……な』
「それって……」
陥穽だった。
まさしく見落としの穴。
自分が力を得ることで願いを叶えるのではなく、他人に力を与えることで自身の願いを達成する裏ワザ。
それは魔性転生……代償を決済不要の債務とすることでダークスに支配されることなく、力だけを利用する技術の逆転の発想。
「……つまり、リオミ自身ではなく、”別の誰かが造物主の霊に願って”リオミに力を与えたっていうのか?」
『そういうことになるな。基本的に、能力の覚醒は自分自身の願望や特性が大きく関わる。それ故に、自分のエゴとはっきり向き合わねばならない……しかも造物主によって悪意を増強されたエゴとだ。それに耐えられる人間は皆無だが……リオミ自身が能力を自分の特技か何かと勘違いしている。当然だ。呪いと代償を帯びたのは願いを叶えた第三者だからな』
「確かに、リオミは普通の人間と変わらないみたいだもんな……」
『リオミ自身にあきらかに悪意がない以上、そのはずだ。造物主の霊は力を与えるだけの存在である以上、彼女を使って何かを仕出かそうという意図もなかったはずだし、願いを叶えた第三者も同様だろう』
「それなら、リオミは自分が使徒だということに……」
『気づいていないんだろうな』
「……嘘だろ」
そんな自然発生的な形で、リオミが使徒化していた……だなんて。
俺と出会ったときには、既に使徒だったっていうのか。
「でも……いったい誰がリオミを使徒なんかに……」
『見当もつかん。並行世界のリオミの両親、フェイティス、それとも三好明彦……可能性が多すぎる。それこそ造物主本人にでも聞いてみるしかないだろう』
……なるほど。その手があったか。
あとで聞いてみよう。
『彼女が敵か味方か……オリジンの記憶を引き継いだお前が、一番わかっているはずだ』
「ああ。仮に彼女が造物主の使徒だとしても、敵であることだけは絶対ない!」
『それでいいじゃないか』
殺戮王と呼ばれた男にしては、随分と甘いことを言う。
それに……。
「……なあ。どうして、そんな裏ワザを知ってるんだ?」
「ああ、それか……」
その問いに、殺戮王はあたかも昔話でも話すような口調で語り始めた。
『俺は使徒になるかならないかの直前まで行ったことがあるからな……だから、造物主の霊に聞いたのさ。この力を誰か別の誰かに与えることもできるのか、と』
「……お前」
『答えはイエスだった。まあ、結局自分が代償を払うことになるから意味がないっていうのが、そのときの結論だったけどな』
「そこまで聞いて、どうして使徒化はしないで済んだんだ?」
『聞いて驚け。リオミのおかげだ』
「……マジで?」
『彼女ホント凄いよ。俺の世界のリオミはアースフィアに残っていた基地から宇宙船を発掘して、俺を惑星アルテアまで追いかけてきたんだ』
「…………」
『そして、使徒化する直前だった俺を捨て身で倒した。俺と彼女の生涯はそこで終わった』
どういう経緯で自身がアルテアに至ったか。
何故、使徒化しそうになっていたのか。
そのことについて、殺戮王は話さなかった。
だけど、その分リオミの決意と覚悟は嫌というほど伝わってきた。
『言っておくが、彼女の死を悔やんでこんなことを言っているんじゃないぞ。リオミ=ルド=ロードニアは三好明彦という不完全過ぎる人間にとって必要不可欠なパートナー。お前を勝たせる為に、彼女を失う事があってはならないんだ。勘違いするなよ』
「このツンデレめ」
……理解した。
どれほど危険であっても、どれほど俺と違う思考をしていても。
この男も結局、俺と同じ三好明彦なのだ。
『さて、このことは俺とお前の秘密ということでいいな』
「ああ、勿論だ」
俺は答える。
『でもお前のことだから、リオミにせっつかれたら話してしまうんだろうな』
「ああ、勿論だ」
俺はその問いにも、力強く答える。
『…………』
「…………」
『くくく……』
「ふふふ……」
「『あははははははは!!』」
そう。
三好明彦は、そういうダメ人間なのだ。
それから数時間後。
俺はリオミを初めとした妻たちを集めて、現状を説明した。
今現在ここにいないのは、フェイティス、チグリ、フラン。
そして、故人であるベニー。
「……俺が把握してる範囲では、これで全部だ。何か質問はあるか?」
「いえ、その……どういうことなのか」
真っ先に首を傾げたのはメリーナだった。
いつもは情報の蚊帳の外に保護している彼女にも、今回は話すことにした。
ディオコルトのように、俺を騙って近づいてくるクローンがいないとも限らないからだ。
「わたくしも、何がわからないのかわからないですわね……」
ヒルデだ。
最近は専らお腹の子供とスマートフォンのアプリを使って擬似的な会話を楽しんでいる彼女にとって、今回の話はピンと来ないのかもしれない。
「…………」
わかっているのかいないのか、リプラは意味ありげな沈黙を貫いている。
「それじゃあ、アッキーが『ほんとうのおとうさん』なの?」
最初に質問らしい質問をぶつけてきたのは、俺達の天使ヤムエルだった。
「そうだな……」
ヤムにとって、そしておそらく殺戮王にとっても大事な話だ。
真剣に返事を吟味する。
一番最初にヤムと話したという意味では、父親はオリジンということになる。
でも、その記憶を自分のものだと認識しているのは俺。
生前を悔いて、父親としての義務を必死に果たそうとしているのが殺戮王。
リプラに対して咄嗟に嘘を吐いたのはライアーだと言えるし。
聖鍵王国の王として、妻を複数人迎える体制を整えてリプラを妻としたのがノブリスハイネス。
うん。
「全員だ」
「えっ」
「にせものなんていない。全員がほんもののおとうさんだ」
「そうなの?」
ヤムは驚いたように目を見開き。
俺が思いもしなかったことを言い出した。
「じゃあ、あのひとのこともおとうさんって呼んでいいの?」
あのひと。
殺戮王のことだろう。
今、彼はこの場にいない。
「あとひとも、って、どういうこと?」
殺戮王は、ヤムが自分を怖がっていると言っていた。
実際、怖がっていたのだろう。
だから、自分が父親だと思ってもらえないのだと。
だけど、ヤムだってもう8歳になる女の子だ。
俺達が思っている以上に、いろんなことを見ている。
『ほんもの』と『にせもの』を、どうして区別していたのか。
いや。
しないといけないと、どこかで思っていたのかもしれない。
ヤムは俺の質問にどう答えていいのかわからないらしく、顔を俯かせたままモジモジしている。
「まあいいや。もちろん、呼んでくれていいよ」
「でも……それだと、アッキーが」
「俺に気を遣う必要はないって。だって、そもそもおかあさんだってたくさんいるんだし」
「えっ?」
「ほら、ここにいるみんなは俺にとっては全員奥さん。ヤムにとってはおかあさんだ」
俺がそう言うと、ヤムを取り囲むようにリオミとシーリアが動いた。
「そうですよー、ヤムちゃん。わたしだって、ヤムちゃんのおかあさんなんですから」
「そうだぞ! いつだって、私の胸に飛び込んでくるがいい」
「え、え」
珍しく混乱した様子のヤムの周りに、どんどん妻達が集まってくる。
「ふふ。いつもライネルから聞いています。仲良くしてる子がいるって」
「仕方がありませんわね……別に、おかあさんって呼んでもよくってよ」
メリーナは如何にも人のいい笑みを浮かべて、ヤムの両肩に手を添える。
ヒルデは、ぽそっと「今なら無料で」って小声で言いやがった。
「ほらね。だから、俺たちのことをおとうさんと呼ぶことに問題があるわけないんだ」
「……そっか」
しばらく考え込んだあと、ヤムはリプラの方を伺うように見た。
ヤムの母は笑顔で頷いた。
ほんの少し、寂しそうではあったけど。
「そうなんだ」
力強く、お気に入りの人形のピーカを抱きしめ。
「作文の続き、やっと書けそう」
呟いたヤムは、いつもの天使の笑顔を浮かべていた。
展望室で俺はリオミとふたり、星の輝きを眺めていた。
マザーシップから見えるアースフィアは、いつ見ても美しい。
「なんか、あっけなかったな」
「だから言ったでしょう? わたしたちに隠しておいてもしょうがないと」
妻達からの反応は意外と薄かった。
既に自我が分裂していることを知っていたリプラやヒルデもだが、メリーナも。
彼女に至っては、前提となる知識が殆どないからしょうがない。
わかってもらえないにせよ、話すことに意味がある。
そのことを俺もようやく思い出したのだ。
「リオミ……俺、忘れてたよ。聖鍵の使い方はみんなで考えるって。俺が暴走したら、殺してでも止めてくれって言ったこと」
「わたしはアキヒコ様を殺したりしないとも言いましたよ?」
「うんうん、そうなんだよな」
カドニアの立て直しを宣言したとき、俺はみんなに決意表明をした。
自分がいろいろなモノを抱え込む過程で、いつの間にかひとりで背負い込むようになってしまった。
誰にも相談しないオリジンや、聖鍵の技術に理想を見たパトリアーチの末路を考えれば、それが正しい選択ではないと断言できる。
だから、今回の戦争の解決法もみんなで考える。そのためには、まず……。
「フェイティスとチグリを迎えに行く。彼女たちの魂を、ノブリスハイネスから取り戻す」
「はい」
「みんなのこと、信じる。俺がアースフィアを離れても大丈夫だって」
その気になれば転移で戻れるし、情報の即応体制が整っているとはいえ、ノブリスハイネスの懐である惑星ジュゴバに乗り込んでしまえば難しくなってくるだろう。
何しろあそこには、チグリがいる。ディメンジョンセキュリティも半端じゃないレベルにまで引き上げられているだろうし、他にもいろんなトンデモ兵器があったとしても俺は驚かない。
そして、謀略の天才であるフェイティスが中二病を全開にしたダーク・チューニとして立ち塞がってくるはずだ。こちらは何をしてくるか想像もつかない。
そして、ノブリスハイネス。
あの男には、個人的にも「やめてよね」された借りがある。
「それじゃあ、よろしゅうございますね?」
ブリッジに転移すると、艦長席に座っているのはヒルデのクローン。
宇宙戦闘の経験を持つ彼女の力を借りる場面もあるかもしれない。
「ああ、頼む」
「それでは、皆さん。久しぶりに大暴れしてくださいまし」
「「「おおおおおおおおッ!!!」」」
クルーは、永劫収容所で更生プログラムを終えた元海賊たちだ。
ついに彼らも宇宙航海デビューである。
「よーし、行くぞ野郎ども! 目指すは惑星ジュゴバだ!」




