Vol.14
リオミはちょうど後宮に戻ろうとしていたところだったらしい。
とはいえ急ぐ用事があるというわけでもなく、俺が来たのなら山荘でお茶でも飲もうということになった。
リオミと、森の中を並んで歩く。
彼女と過ごすこんな時間が、今は何よりも愛おしい。
あんまり、うかうかしてはいられないのだが……それでもリオミの誘いを断るなんて、とんでもない。
何しろ、俺にとっては懐かしくも初めての逢瀬の時間なのだ。
例えオリジンに存在を抹消されたとしても、今このときをフイにすることなんてできるもんか。
「俺がここに来たの、いつぶりだっけ」
オリジンが、最後に訪れたのが、いつか。
それを確かめるための問いかけだったのだが。
「そうですね。最後にお会いしたのは、いつでしたっけね」
「……えっと」
リオミはどこか遠い目をしながら、懐かしそうに呟いた。
オリジン、ひょっとして最近リオミと会ってなかったのか?
オリジンがどのようにリオミと過ごしていたか、俺達……自我持ちのクローンの知るところではない。
彼がここに来たという活動履歴も、同期記憶もないからだ。
シークレットモードで、いつも会っているんだろうと思っていたんだが……。
「ああ、思い出しました。もうひとりのわたし、アナザーちゃんのところに遊びに行ったときですね」
「それは……」
俺がダークライネルに乗っ取られていたときじゃないか!
「でも、あのときのアキヒコ様はアキヒコ様じゃなかったんですよね」
「ああ、うん。そうだよ……」
あれって、もう2週間ぐらい前だぞ。
どういうことだ?
「それなら……最後にちゃんとお会いしたのは、もっと前になるでしょうかね」
オリジンがクローンを複数操れるようになってから、伴侶たる女性たちの側には常に三好明彦が寄り添っていたはずだ。
それによって、俺はすべての女性を同じ時間に過ごすことができているという話ではなかったか。
オリジンが管理しているはずなのに。
「……いや、待ってくれリオミ。
確か……あ、いや。キミのところには、いつも俺のクローンが来てたじゃないか。寂しい想いをさせないようにって……」
すると、リオミは少し困ったように俯いて。
「今まで、ちゃんと言いませんでしたが……」
目が合う。
鼓動が跳ねた。
「そんなの数のうちに入りませんよ。わたしには、なんとなくわかってしまいますから。本物のアキヒコ様なのか、クローンなのかは」
それは、つまり……。
俺がクローンであることも、わかってしまうということか……?
「俺が操られてたときのも、実はわかってたの……?」
「いえ、それは話を聞くまでは……気づきませんでした。すいません、そういうのじゃないんです。わたしは、自分が魂を奪われていたときがあったから、何となく同じような人がわかるのかもしれません」
「ああ……」
そういうことか。
オクヒュカートのソウルドレインによって、リオミは記憶や感情を奪われていたことがあった。
自分が体験していたから、同じような人間を見ればわかるというわけか。
「アキヒコ様のクローンは……いつもどこか、虚ろでした。
最初にお会いした頃よりもとても強く、人智を超えた力を手に入れているというのに、人間らしさをどんどん失っているように感じていました」
間違いなく、オリジンのクローンのことだ。
実際、並列思考を用いてクローンを操ることができるのは現在でもオリジンだけ。
オリジンは、自身の使命を全うするために人間性を削り続けている。
文字通り、魂をすり減らす行為だ。
要するにオリジンの操るクローンでは、リオミに『本物の三好明彦』と思ってもらえないわけだ。
「……変なことを聞くけどさ。俺は本物だと思うのはどうして?」
「わかりません。とにかく貴方は、わたしがお逢いし、お慕いしていたアキヒコ様に相違ありません。本当に、お久しぶりですね」
リオミは花のように笑った。
俺も思わず笑顔を返す。
俺のことを本物と思ってくれてる。
だけど、彼女にもオリジンの真実を話さなくてはならない。
そのとき、彼女は俺をアキヒコとして受け入れてくれるだろうか……。
もし否定されてしまったら、俺はどうすれば……。
……いや、待った。
やっぱり話がおかしい。
俺はオリジンではなく、クローンだ。
いくら絆を手に入れたとはいえ、本物というわけじゃない。
だが、待てよ……ひょっとして……。
「……ふふ。考え事ですか、アキヒコ様?」
「え? あっと……すまない。つい」
俺はオリジンと違い並列思考に解析を任せ、瞬時に考察を終わらせることができない。
リオミの前だというのに、ついつい立ち止まってしまっていた。
「いえいえ、いいんですよ。そうやって昔から、いつも考え続けていましたよね」
「……そうだなぁ。いろいろ、ああでもないこうでもないって考えるのが……昔から好きだったから」
「そうですよね。考えることをやめたら、駄目なんですよね」
「……リオミ?」
「判断を他人に委ねたり、自分の人生のオールは自分で漕いでいかないといけない。予言は決断を下すためのヒントを与えているに過ぎない。タリウス師がそうおっしゃっていたもので」
「……じっちゃん、らしいな」
そんなふうに会話を弾ませていたら、山荘まではあっという間だった。
その手の技術を持つ匠によって現地の木材などを組み合わせて建てられた家で、コピーされた材料は一切使われておらず、ドローンも配置されていない。
「さあ、どうぞ」
「お邪魔します」
リオミが普通の扉を開けてくれただけなのに、思わず丁寧語になってしまう。
扉を開けるなんて当たり前の筈の行為が、転移移動や自動ドアに慣れすぎて逆に新鮮だ。
山荘の中はそれなりの調度品が設えられ、それなりの広さを誇っていた。
まず感動したのは、ハーブの香り。
丸太でできた椅子に腰掛け、幹を半円型に切って作られたテーブルにリオミが煎れてくれたハーブティーを並べる。
「これ、近くで採れたんですよ。アースフィアにはないものです」
「へえ……確かに、これはなかなか」
ティーカップも陶器ではなく、木製だった。
アースフィアでも地球でも嗅いだことのない良い香りを楽しみつつ、口に含む。
「ん……ちょっと苦い。あ、ごめん」
「いいんですよ。フェイティスのように、うまくできないんですよね。練習はしてるんですけど……」
照れながら頬をぽりぽりと掻くリオミは、なんだかお母さんという雰囲気がする。
まだ子供が生まれたじゃないのに、妊婦だからだろうか?
「なんか、リオミもちょっと雰囲気が変わったよね」
「えっと。そうですか?」
「前はもっと王族然としてたっていうか、気を張ってたように思うよ」
「それは確かに……そうですね。ここに来るようになってから、ひとりで過ごす時間が増えましたから」
ひとりで、とは言っているが。
基本的にはオリジンの操作するクローンが側にいたはず。
そのときも、彼女は自分がひとりだと感じていたということか。
「……寂しい想いをさせて、本当にごめん」
「いえ。コレは本当に、わたしが悪いんです。アキヒコ様はお忙しいのですから……仕方がないんです」
とてもじゃないが、額面通りには受け取れない。
本当は寂しい、側にいて欲しい。
そう思っているような気がする。
「これからはできるだけ、俺がちゃんと側にいるようにするよ。約束する」
「あっ……」
呆気にとられたリオミの頬に涙が伝う。
や、やばい。
泣かせた。
「すいません。でも、ありがとうございます……っ」
「い、いや。本当はもっと早く俺が気づかなきゃいけないことだったんだよな」
オリジンは、リオミの寂しさに気づいていただろうか。
多分……気づいていたんだろう。
同時に、人間性を失っている自身には彼女を慰めることはできないことも……理解できてしまったはずだ。
ひょっとして、あいつが自分を保つために持っていた感情を俺に送りつけてきたのは。
嫌がらせとか、人間としての自分を保存するためとか……いや、そういうのもあったんだろうけど。
託すつもりだったんだろうか。
彼女たちを。
「ああ、なんだか安心したらお腹が空いてしまいました。きっとこの子が何か食べて欲しいって思ってるんですね」
「それなら、俺が何か用意するよ」
「そんな! アキヒコ様にそのようなことはさせられません!」
「いや、でもクリップボードに保存してある料理をちょちょいと貼り付けるだけだし……」
「アキヒコ様、ここでは聖鍵を使うのは禁止だってご自分でおっしゃっていたではないですか。大丈夫です、わたしがやります」
「あー……じゃあ、お願いします」
すっかり聖鍵に依存した生活をしているせいで、生活能力が著しく衰えている気がする。
これでは、四次元ポケッ○を手に入れたの○太と同レベルだ。
ダイニングとキッチンが向かい合う構造になっているので、なんとなく雑談をしながら時間を過ごす。
最初のうちは和気藹々と話していたが、だんだん話題が真剣なものになってきた。
「今までは我儘を言う女だと思われたくなくて黙っていましたけど……もう限界ですかね。アキヒコ様のクローンといても寂しさが募るばかりです」
とか。
「今のピースフィアは……人が自分で考えるのを辞め始めています。ピースフィアの意に従うことが最も効率的且つ正解に近いということを、国民が理解し始めてしまいましたからね」
とか。
「間違いやミスをしてもいいことでも、今の人たちは全部を全部完全にやらないともったいないって考えているようですよ。フェイティスの国勢調査結果からも、そのような声が出始めています」
とか。
心情から政治に至るまで、リオミの話は尽きることがない。
俺は受け答えをしながら彼女のコロコロ変わる表情を観察しているだけで、幸せな気分になれる。
オリジンが来るかもしれないことをすっかり忘れて、のんびりくつろいでしまった。
「アキヒコ様は、どう思います?」
「うーん、別にいいんじゃないの」
「そうでしょうか……」
「リオミ的には、アウトなの? 今のピースフィアは」
「アウトと申しますか……効率ばかりが先行して、生きることの喜びを享受することを忘れてしまっている民が多い気がしますので……」
「それでも飢えで死ぬ子供はいなくなったし、魔物に殺される人もいなくなった。潜在的な悪党も社会から淘汰されていなくなる。悪くはないと思うよ」
「もともとそのような国造りをしたのは、アキヒコ様ではないですか。そんな他人事みたいにおっしゃらないでくださいな」
咎めるというより、ちょっと拗ねたような美声に聴き惚れる。
彼女と過ごす時間は、何を話していても楽しい。
「その話、なんだけど……」
とはいえ、いつまでも滔々と雑談を垂れ流しているわけにはいかない。
「実は俺、クローンのひとりなんだよ」
その言葉は俺が思っていた以上にすんなりと零れ落ちた。
リオミに嫌われるかもしれない、という不安はこれまでのやりとりで完全に払拭されていた。
大丈夫。
「はい?」
リオミは目を点にしてオウム返し。
当然の反応だった。
「そんな筈は……」
「残念ながら、そうなんだ。キミがこれまで会っていた三好明彦をクローンだと感じていたのは別の理由……言ってみれば、少し前のリオミと同じ状態に陥っていたからなんだ」
「ま、まさか……!」
「うん。本物の三好明彦は、ソウルドレインされてるのと同じなんだ」
やっぱり、リオミが俺を本物と感じるのは変なのだ。
俺……『アキヒコ』は、みんなに対する絆を譲渡されたとはいえ昔の三好明彦とよく似た心を持つクローンという括りに変わりない。
しかし、リオミはダークライネルに操られていた俺のことは本物だと思っていたという。
オクヒュカートによれば、マインドクラッキングで減衰していたのは魂ではなく精神であるらしい。
魂は最大MPであり、精神はMPだとも。
リオミは魂が減っている状態を見分けていると仮定すると、最大MPの減っているオリジン操るクローンの見分けはついても、MPが減っていただけの俺がクローンだとわからなかったことにも、一応の説明がつく。
要するに、リオミが見分けていたのはクローンと本物ではなく、魂をすり減らした人間と、そうでない健常な人間なのだ。
だが、この仮説が正解で……リオミが魂の減っている人間を判別できるのだとすると……。
オリジンは人間らしさを失うことで、魂をもすり減らしているということになる。
ここがひっかかる。
並列思考によるクローン操作には、魂を分割する必要がある。
総量が減っているのだとすると、一個体あたりの魂の量も当然減ることになる。
それでは充分な自我など芽生えるわけが……。
いや、逆か。
自我が覚醒した段階で、オリジンの魂はそいつに分捕られる形になるんだ。
三好明彦のクローンは現在進行形で何かをきっかけに自我に目覚め、ピース・スティンガーによって奴隷化される。
それでもオリジンが操作していたクローンの数は一向に減ることがなかった。
魂の総量はどんどん減っていくというのに。
ならば、オリジンは失った魂をどこで補填しているのか。
答えはひとつしか思いつかない。
ガフの部屋だ。
人間としての三好明彦が次々と自我に目覚めていく過程で、本体であるオリジンはどんどん薄っぺらい存在に成り果てていく。
元の魂の総量が5兆人分あったというわけではないのだから、失った分は漂白された魂のエネルギーによって空白を埋めていくしか無い。
しかし、誰でもない魂は所詮、誰でもない。
オリジンはアイデンティティを失い、やがて救世主としての使命を果たすだけの機械に成れ果てる。
まさにアイテム。
ラディの言っていたのは、こういうことか。
もっとも、こんなのは仮説に仮説を重ねているだけで、何の益体もない推測だ。
こんなことまでリオミに話す必要はないだろう。
そういうわけで、これまでの経緯などを含めて……リオミには分裂した自我やオリジンについての情報を話す。
こちらが説明している間は、おとなしく聞いてくれていたのだが……。
「一応、ここまでが俺たちの置かれてる状況だけど質問ある?」
「ばかぁ!」
「うおっ!?」
突然、リオミがあらん限りの声で叫び出した。
普通の女の子であれば感情を爆発させてヒスを起こしたという話でで済むのだが。
「ばかばか! アキヒコ様のばかーッ!!」
「ちょっ……」
彼女は。
かつて、チンピラ傭兵どもを言葉だけで調伏した『魔を極めし王女』なわけで。
その言葉には、声紋魔法という特別な才能が宿っているわけで。
この惑星の魔素は概ねアースフィアと同等に設定されているわけで。
だからそのとき、ふしぎなことが起こった。
ゴウッとしか形容しようのない衝撃を伴った風が、リオミを中心にあらゆる調度品や家具を吹き飛ばし、匠の自信作である山荘そのものを内側から爆発させてしまったのだ。
絶対魔法防御の装備オプションをつけた俺は無事だったが、その他のありとあらゆるモノが渦風を伴いながら上空へと飛翔していくのが見える。
「お、落ち着け落ち着け!」
「はっ」
鎮心の魔法である《サニティ》をかけると効き目はすぐに現れ、リオミは冷静さを取り戻した。
彼女を中心に発生した竜巻はすぐに効果消失、さっきまでが嘘のような凪が周囲に訪れる。
「リオミが魔法を制御できなくなるなんて、珍しいな」
「今のは……わざとです」
「ぜったい嘘だ」
俺がわざとらしく戯けて肩を竦めてみせると、リオミが落ち着いたとはいえ怒りが消えたわけではないとばかりにキッと見上げてくる。
そのとき自動防衛システムが反応し、俺とリオミの頭上に空間の歪みが生まれた。
リオミの魔法に巻き上げられた落下物から俺たちを守るだめだ。
……あ、落ちてきた。
瓦礫と化した手作りの家の欠片や土砂の類が次々と降り注いでは、歪みの中に消えていく。
防衛システムはせいぜい俺の周囲10m程度なので、量産鍵に念じて広範囲にまで空間の歪みを拡大し、嫁さんの環境破壊を食い止めなくては。
俺の苦心を歯牙にもかけず、リオミは腕を組んでそっぽを向いた。
「……どうせアキヒコ様には、ダメージが通りませんし?」
「おいおい。だからって、いくらなんでもやりすぎだろ」
「わたしの本当の怒りが、この程度だとでも?」
……やべえ、本気で怒ってる。
というか、俺もどっちかというと被害者なんだぞ。
くっそ、何もかも俺の前身のせいだ。
おのれオリジン。
「なんでですか……どうしていつも、そういう大事な話をすぐに話してくれないんですか? そんなにわたしは信用がありませんか?」
「い、いやだから……一番大切だったからこそオリジンは最後までキミを残したんだろうなって……」
「人間じゃない何かになろうとして、ですか? ばかです! ばっかみたいです! そうやってアキヒコ様はわたし達を置いていくつもりだったのですね?」
「いやだから、俺じゃなくて……」
「ふざけないでください! なんで他人事だと思ってるんです? 貴方もアキヒコ様でしょうが。話を総合すれば……わたしにとっては、どちらも本物のアキヒコ様ということではないですか!」
「リオミの言ってることは無茶苦茶で、わけがわからないよ」
「わたしには、アキヒコ様の言っている事のほうがわからないです!」
だ、駄目だ。
彼女の中には何がしか成立しているものがあって、どうにも理屈や理論で覆すことはできなさそうだ。
「アキヒコ様! かつてのアキヒコ様はオリジンといいましたね。助けに行きましょう!」
「は? 助けに?」
「そうです。こんな馬鹿なことを今すぐやめて頂くのです」
……あかん。
なんかこのパターン、ずっと前にもあったような。
「いや、だからね。そのオリジンにバレたら俺は消されるかもしれなくて……」
「そんなの有り得ません。わざわざ貴方に自分の心を残していくぐらいですからね。どうせアキヒコ様のことですから、人間としてのご自身に未練タラッタラだったのでしょう。だからこんな面倒なことをして、ご自身のクローンを自分の代わりとして残そうとしているのです。自分のことなのに、そんなこともわからないのですか。このアキヒコ様!」
「アキヒコ様って悪口なんだ!?」
「ふふーん、知らなかったのですかー?」
こんなとき、昔の俺はどうしていたっけ。
ああ、そうだ。
何もできなかったんだ。
彼女がついてくると言い出したときも、そのままズルズルと。
「とにかく、オリジンに会うのは危険過ぎるよ。しばらくは俺がひとりで……」
「アキヒコ様。ひょっとして、もう先ほどの約束をお忘れに?」
「ぐっ……」
というか……ついつい約束なんて言ってしまったけど……俺は単独行動しないといけない身だったんだよな。
どうしよう。もともとリオミにも央虚界に潜伏してもらう予定だったんだけど……。
ここで駄目だと言ったところで、彼女なら自力でオリジンのもとに辿り着いてしまう気がする。
なら、俺が同伴した方がまだマシか……。
最悪、俺が消されるだけで済む。オリジンも、リオミをどうこうすることはないだろう……。
「……わかった、俺の負けだ」
「あったりまえです」
「……どうでもいいけど、お腹に赤ちゃんいるんだから無茶するなよ」
「あら、今すっごく喜んでますよ? お母さんの言うとおりだーって、ホラ」
「げ」
彼女の見せてきたスマホの画面には、
『ままのいうとおり、ぱぱのばーか』
赤ちゃんの状態や感情が言語で表示されていた。
「断固抗議する!」
「わたしはこの子に賛成です! 反対多数により、抗議は否決されました!」
「ばかな! 俺が王なのに民主制に負けるとは~」
崩れ落ちる俺。
勝ち誇ったように笑うリオミ。
でも……なんでだろう。
全然、嫌な感じがしない。
そのまま俺がペンペン草一つなくなった地面にうなだれていると、背中が温もりに包まれた。
「もう一度ちゃんと言いますね」
それは、鼻孔をくすぐる甘い香りを伴っていて……。
「おかえりなさい、アキヒコ様」
彼女の美しい囁き声が、どうしようもなく俺の脳髄を刺激する。
「……ただいま」
「貴方とオリジン……どちらのアキヒコ様も、辛かったんですね。でも、大丈夫です。もうひとりのアキヒコ様を、迎えに行きますよ」
「……しゃーなし。やるだけやるか。このまま逃げ続けても、何の解決にもならないもんな」
本当なら、この後はフェイティスに接触するつもりだったんだが……。
予定変更。オリジンと最終決戦だ。
……ああ、終わったかな、俺。
どう考えても勝ち目なんてない。
でも、なんでだろう。
絶対に勝てない相手のはずなのに、彼女と一緒ならまったく負ける気がしないのは。
「さて、と。行く前に後始末ぐらいはしないと」
――量産鍵、時空オンライン接続開始……接続完了。
――『アキヒコ』の状態、オフラインからオンラインへ。
……これで、俺はオリジンからも、他のクローンからも丸見えになる。
だけど、もう逃げ隠れはしない。
――ルナベースⅦセントラルのバックアップメモリーに接続。
――一部風景を復元開始。
数分前のバックアップデータから、山荘とその周辺の景色をコピー&ペーストすると……周囲は完全に元通りになった。
「ほら! アキヒコ様なら治せると思いましたよ」
「だからといって、物を壊していい理屈にはならないからな」
「はいはい。今度、設計技師と大工の皆さんに謝りに行きましょうね」
「俺もか? ……あ、はい! 俺も行きます」
ああ……。
どんなにチートな主人公でも、嫁には勝てないんだなぁ……。
……うん、悪くない。
悪くないよ。




