Vol.11
この話はややこしい単語がいろいろ飛び交いますが、適当に脳内変換して気軽に読んでください。
『アキヒコ』を始末しようとしていたら、思わぬものが釣れてしまった感じだ。
使徒バルメーも、ダークライネルと同じように暗躍していたようだ。
しかも、話の筋から考えて……パトリアーチ消滅以前から介入をしていたのは間違いない。
パトリアーチ消滅が使徒出現のひとつのきっかけだろうと思っていたのだが、ひょっとして関係ないのだろうか。
むしろ、それまではコントロールされていた……?
パトリアーチがダークスを調整していたのは、俺達の筋では常識だが……。
まさかと思うが、使徒まで?
それならどうして、パトリアーチはベネディクトをあんな形で告発した……?
やっぱり造物主が黒幕?
ライネルに続いてバルメー。
この分だと、こっちに恨みを持ってる連中はみんな出てきそうだ。
造物主め、明らかにこちらを狙うようなヤツらを覚醒させていやがる。
だが、霊に思考能力はないんじゃなかったっけか? 造物主の霊が何らかの指向性を与えられている……?
だめだな。俺は頭脳担当じゃないから、さっぱりわからん……。
この辺の情報は『オリジン』に回すとしよう……。
「しかし、何の因果なんだ? 俺が一番憎んでるフランが、アルテアにいるっていうのは……」
彼女もまた、アルテアで能力を身につけているはずだ。
それがどんな能力なのか、俺には想像もつかないが……。
いずれ、戦うときが来るかもしれない。
あるいは、使徒になったフランとかが出てきてくれればな……そのときは遠慮なく殺してやれるのに。
だが、そんなことはどうでもいい!
これから俺がヤムとうまくやっていけるかどうかの方がよっぽど大事!
人を殺すより、家族とどう向き合っていくかの方がよっぽど大変だ。
殺戮王はつらいよ。
というか、ヤムが無事なのが素晴らしい!
誰かを守れたという実感が、こんなにも素晴らしいとは……。
『アキヒコ』を殺そうと思って、本当に良かった。
でも、彼女は未だに俺が『にせもの』で、ヴェルガードの方を『ほんもの』と思ってるんだっけ……。
しばらくは両方とも俺がやるしかない、か。むしろ、彼女とちゃんと話す良い機会になるかもしれない。
「むっ……」
さらに、どうでもいいことだが。
俺の義体は生身とほぼ同じ生活習慣を再現するようになっている。
通常生活モードのときには、催すこともある。
「オレンジジュース、飲み過ぎた……」
俺は義体を高速起動モードに切り替え、お手洗いへと駆け込んだ。
「なぁ、フラン……」
「今はフラビリスよ、ブラッドフラット」
アルテアにいくつかあるセーフハウス。
俺はそこのソファに寝っ転がってぼーっとしながら、フランに話しかける。
彼女はシャワーを浴びながら、俺の話に付き合ってくれた。
「ああ、フラビリス……聖鍵について考えていたんだ」
「あら。貴方が考え事なんて珍しいこともあるものね。それで?」
「俺さぁ……漫画とかアニメをよく見る方なんだけど……」
「あれはいいわよね。アルテアからアースフィアに持って行きたい文化だわ」
アルテア星系でのゲーム。
それは夕闇の獣と化した元人間とそうでない人間の戦いへの介入だ。
人狼、魔女、吸血鬼……あるいは人間のまま。さまざまな姿で人類を弄び続けるダスクジャーム。
フランに課せられた役目は、これらの夕闇を祓い、アルテアの人類に夜明けをもたらすこと。
「好きなだけ持って行って布教していいんじゃないかな。まあ、それは置いといてさ……そういうエンターテイメント作品で『力には代償がつきもの』って話をよく見るんだよ」
「あるわね。世界は等価交換で成り立ってるっていうお話」
「聖鍵っていろいろやりたい放題だけど、本当は何かしら後から代償を払わなきゃいけないってシロモノだったら、怖いなぁって思うんだよ」
通常であればダスクジャームを救う方法は殺す以外ないので、この地の解放運動は不毛な殲滅戦となる。
だが、事前に与えられたデータ……《パトリアーチの遺産》のおかげで、俺達はダスクジャームを治療し、人間に戻す事が可能となっている。
しかも、能力を失うことがない。もちろん忌まわき能力を封印することもできる。
「代償、やっぱり何かあるの?」
「わからない。少なくともパトリアーチがかき集めた観測データを見る限り、聖鍵を使うことそのものには一切の代償がないということになってる。魂を対価にすることも、愛する人の命を捧げなきゃいけないとかいうこともない」
「ふーん……それで?」
「いや、それで終わりだよ。代償の有無の確定情報がない限り怖いなって、それだけの話」
俺達は遺産を使って、ダスクジャームを人間に戻して味方に引き入れ続けている。
すべてのダスクジャームがいなくなったとき、人類の夜明けが来ると信じて。
まあ、そんな安易な解決はできないと、俺もフランもわかっているんだけど。
「……思うに、聖鍵の代償はあるわよ」
「マジで!?」
「しかも、貴方は現在進行形でそれを支払い続けている」
「割賦!?」
「力を持つというのは、それだけで既に代償じゃないかしら、ブラッドフラット。手に入れた力を如何に使うか。力を使った結果どうなるか……貴方はずっと考え続けていたのではなくって?」
「ああー……確かに。そう言われれば」
「それに、今貴方がここにひとつの命として存在すること自体が、三好明彦という人間が支払った代償じゃないかしら。自己の分裂……聖鍵を使い続けなければ、そうはならなかったでしょう?」
「……は。なるほどな……自己の存在が聖鍵の代償とイコールなら、これ以上の証明はないわな……」
無限の力を使い続ける、それは限界という名の壁にぶち当たらないことを意味する。
際限なく力を使い続けた三好明彦はいつしか一線を踏み越えて、人間ではなくなってしまったとさ。
ちゃんちゃん。
「それを恩恵と捉えるか代償と捉えるかは、人によって意見が違うところではあるでしょうけれどね」
そう言いながら、フラビリスがバスタオル一枚の魅惑的な姿で俺の前に姿を現した。
うほっ。
「その、たわわに実った禁断の果実2つ。今すぐにしゃぶりつきたいんですけど」
「コラ、その目はNGよ、ブラッドフラット。この星ではロールプレイを大事にする。一番最初の約束でしょ?」
「あ、ああ、そうだったな。すまんすまん、俺としたことが取り乱した……」
「くすくす。ま、わざとなんだけどね……さ、来て☆」
「フゥ~ランちゃぁ~ん!」
ル○ンダイヴってリアルにできるのか。
初めて知った。
いろいろ運動を終えて、ピロートークタイム。
といっても、
「そういえば中露大陸支部から連絡があったよ。ダスクジャームの引き入れ、順調に進んでるってさ」
「流石に広いから時間かかると思ってたけど、やっぱり数は力ね。太湖一族を全部最初に味方にできたのは大きかったかしら」
甘々な雰囲気に事務的な話が混ざる。これが俺たちの日常なのだ。
「それにしてもフラビリス……影武者の使い方うまいよな」
「……バルメーに仕込まれたのよ」
現在、アルテアの裏社会でフラビリスとブラッドフラットというコードネームを知らない者はいない。
白と黒の外套を身に纏った2人組の男女。
人間でありながら能力を使い、獣から人を解放する謎の人物。
もちろん、この短期間でこれほど有名になったのは、解放した能力者を味方に引き入れ、俺達の名を使って解放活動をしてもらったからだ。
《パトリアーチの遺産》はいわばプログラムなので、持ち込んだスマートフォンとランク認証さえ与えてしまえば、俺達じゃなくてもできる。
あとはねずみ算方式で、味方がひたすら増えていくというわけだ。
肝心の俺達はこうして左うちわ状態である。
無論、同志ばかりを増やせるわけではない。
「指名手配されたのはびっくりしたけどね……」
「能力と私達のコードネームを悪用する連中のせいよ、仕方ないわ」
もちろん、そういう連中はすぐに成敗する。
各国の上層部には既に話を通してある状態ではあるが、国民への示しとして俺たちは全国指名手配。
さらに高額懸賞金が懸けられた。
もちろん裏側では各国家が色々支援してくれるわけだが……昔のように、素顔でうろうろ歩くのは難しい……最初から顔も変えときゃよかった。
「あと『オリジン』からシークレット情報。同期するよ」
「……ん。あのロリコン……能力持ってたのね」
「本人は秘密にしてるつもりだけど、あいつ……針を入れられてるからな」
ロリコンとはもちろん、あの殺戮王のことだ。
俺とは違い、彼は自分が操り人形にされていることに気づいていない。
《オーソーン・キルダイヤル》だって隠しているつもりでも、『オリジン』にはバレバレである。
「さっき話に出てたバルメーを撃退したらしい」
「それ、ほんと? やっぱりライネルと同じ、並行世界の使徒?」
「そそ。というか、アイツが存在することは『オリジン』も『パトリアーチ』も掴んでいたみたいだけどね。ヤムが囮だったとは微塵も考えてもいなかったみたいだ」
「むー……でもこの報告どおりなら、ヤムちゃん結構やばかったじゃん! 話が違うよ?」
「フラン、ロールプレイロールプレイ」
あーでもないこーでもないと言いつつ、話題は変わり。
「……つかさ、殺戮王に逆恨みされてる件については何ともコメントしづらいけど……あれって、別に私のせいじゃないわよね? どう考えてもディオコルトと警備ミスした自分の責任でしょう?」
「三好明彦の得意技は責任逃れと現実逃避の合わせ技だからね」
「貴方が言うと説得力あるわ」
事実、俺達がいわゆるアルテアでの指導層を目指さず、無差別な解放運動を行っているのは責任を取るつもりがないからだ。
世界を変えるだけ変え、救いと可能性だけを提示して、あとは現地人に任せて後腐れなくおさらばする。
聖鍵の力と、そこから生じる使命感なんてものに囚われるのは損でしかない。
「……ともあれ、本体に戻るならあいつに接触しないようにね」
「ん、気をつける。でも、いざとなったら守ってねー」
「いや、今のフランの《玉虫色の仮面》なら勝てるじゃ……」
「さすがに見られたらアウトはきついわね……貴方の《世はなべて事も無し》があったほうが確実でしょう?」
「反則コンボだからやめようって話じゃなかった?」
「あのロリコン相手だったら別よ! ヤムちゃんをあいつの魔手から救ってあげるの!」
ガルル~っと、歯をむき出しにするフラン。
ああそんなフランもかわいいよフラン。
『……能力か。懐かしい響きすら感じるよ』
《俺の遺産》により安全に利用できるダークスの力。
使徒も用いる能力はオルフェンを例に出すまでもなく、デタラメなものが多いが……その中でも能力は神話大戦前の枯れた技術である。
『確かに強大な力を手に入れることができるが、いずれも聖鍵のちょっとした応用で再現可能なものばかりだよ。
下手をすればアースフィアの魔法体系にも劣る。殺戮王はさも必殺技のように自負しているが、ただ殺すだけの能力が役に立つ場面など限られている……』
ひとりとして同じ能力は得られないという点でも、メシアス多次元宇宙連合が編成する組織運用思想からかけ離れている。
まったく同じクローンですら、同じ能力とはならない。
さらに、ただの超能力のようなものからスタン○のように半実体の分身を伴うようなものなど多岐に渡り……体系化ができない。
それゆえに使い物にならないと判断した。
『その点、オクヒュカート君の魔性転生。あれは実に画期的だ。人工的に魔王を作る試みと言えるね。俺がループさせていた5兆回を、ほんの300年で越えてみせた。もっとも、まだまだリスクを軽減しきれていないみたいだけど』
能力は枯れた技術であるが故に、安全性が立証されている。
現に夕闇の獣のメカニズムは完全に解明されており、情報レベル4として三好明彦にも開示される。
アルテア星系のダスクジャームは俺が放し飼いにした猛獣程度の認識で間違いない。
『むしろ、理性もつ怪物となった人間をどう取りまとめていくかが、ブラッドフラットたちにとっては本番となるだろうね』
人工声門、チューニング完了。
久しぶりの器の感覚に、やや難儀しつつも、口を使って目の前の三好明彦……『オリジン』に話しかける。
『さて。俺を復旧させたということは、ついに決心ができたのかな?』
「勘違いするな、パトリアーチ。俺の手持ちじゃ、お前の記憶を解明しきれなかった。だから直接聞こうと考えただけだ」
『ふむ、例の針が入っているのかな、この義体には。悪いけど俺には効かないよ……なにしろ、情報電子生命体である俺には魂がないからね』
「……その情報は嘘なんじゃないか?」
『なぜ?』
本当に何故?
少なくとも俺は嘘を吐いた覚えなどない。
彼はどうしてそのように感じるのか。
「俺は情報電子生命体とやらを、お前とベネディクトしか見ていない。だが、ベネディクトには魂があることを……『アキヒコ』が証明した」
『アキヒコ? キミが、ということかな?』
アキヒコは『オリジン』だろうに。
言っていることが意味不明だ。
俺の疑問について『オリジン』は答えることなく、自分の用件を伝えてきた。
「お前からしか得られていない情報は、一切裏が取れていない。すべて嘘だという前提でかからせてもらう」
『その裏付けを俺から取ろうとしているのは、矛盾していないかな? そもそも俺がキミに嘘をつくことに、どんなメリットがある?』
「それを、これからじっくりと解明する」
俺の入っている義体は台座に拘束されており、俺はランクを剥奪された状態のままなので、抜け出すこともできない。
『オリジン』のしようとしていることは不可解だが、幸い俺にストレスの概念はない。
何年でもやってもらおう。
俺の入っている義体の顔に向けて、照明がライトアップされる。
拷問のつもりなのか。この義体は瞳孔が並の人間と同じものらしく、不快な感覚は確かにある。
「俺は先日、オルフェンという名の使徒を倒した」
『……ほう』
……思い出す。思い出す? 珍しい感覚だな。
ともかく、あの化物使徒を倒したのか。
現状、考え得る限りで救世主を消滅させ得る唯一の使徒のはずだが。
『どうやって、と聞くのは野暮だろうな。未完とはいえ、さすがは機械仕掛けの救世主といったところか』
「…………」
『それが、どうかしたのかな?』
「覚えているんだな……いや、知っているんだな。オルフェンの名を」
『肯定だ。彼には幾度と無く攻撃を仕掛けられた』
『オリジン』の意図が不明だ。
彼はこの質問によって、何を証明しようとしているのか。
「そのオルフェンだが、既に完全消滅している。いずれの次元にも、彼が存在したという痕跡は残っていない」
『…………』
「詳細は省くが、彼の能力を聖鍵が跳ね返した。それで意味は通じると思うが」
『……馬鹿な。そんなことは不可能だ』
「なぜ不可能だと言える?」
『聖鍵にそんな機能はない』
オルフェンの《存在否定方程式》は、能力の中でも1、2を争う脅威度だ。
その名のとおり、相手の存在を否定して無かったことにする能力。
使用制限がなければ、この宇宙はとっくの昔にすべての存在が否定され、消滅していただろう。
”効かなかった”なら、まだわかる。
救世主概念の存在否定が、現世宇宙の否定に繋がるため……宇宙そのものが能力の干渉を拒むパターン。
三好明彦の存在否定が、多次元ループ宇宙を一巡させ、結局は否定しきれないというパターン。
そもそも、通用するパターンは……俺の分析結果によると……ゼロだ。
オルフェンにも、それはわかっていたはずだ。
そうなると……。
『いや、待て。待つんだ……そもそも、何故オルフェンは無意味とわかっていて、お前を攻撃したんだ?』
「それは、俺が聞きたい。いいか……オルフェンの攻撃そのものは、失敗に終わって……俺自身『ああ今攻撃されたけど終わったのか、そいつの名前はオルフェンなのか』……と頭に浮かんだだけだった。下手をすれば、中二妄想乙で終わるはずなんだ」
『それはない。キミがそのように感じた時点で攻撃は間違いなく行われていた……筈だ』
「まあ、奴のことはいい。考えても仕方のないことだしな……疑問なのは、お前がオルフェンの名前を知っているということだ……他のクローンは記憶同期によってオルフェンの存在を認知できるが、お前は今さっきまで完全に解体されていた。オルフェンという使徒には語られるべきエピソードすらないというのに」
『それは俺がループの実験をしているときに……』
「おそらく、そのとおりなんだろう。だけど、オルフェンは消失している……お前は本来なら、その情報を知らないはずなんだ。オルフェン自身が存在そのものを否定されたせいで俺以外には観測できないんだからな」
『…………』
「記憶が浮かび上がってくる感覚を覚えなかったか? それは、再経験による記憶復帰なんじゃないか? パトリアーチ」
『どういう意味だ……』
「答えは明解だ。お前は央虚界にいるクローンのどれかと同期している……」
『オリジン』の思考は、常に正解へと導かれる。
常人には決して理解できない道を辿り、ただひとつの正解へと。
だが、
「もっと正確に言えば、『お前が三好明彦を終えた後のお前』が、あの5兆人の中にいる」
『馬鹿な……そんなこと、あるわけが』
彼の言い出したことは、とても受け入れられるものではなかった。
「情報電子生命体になる以前のお前が、もともと三好明彦の並列思考の中に混じってたと言っているんだ」
俺は、情報電子生命体として自身の存在を一段階上にシフトしたのだ。
上位存在だ。
だが……あのクローンの中にいるということは、つまり……。
「お前は既に死んでいる」
情報電子生命体ではない、ということだ。
『そんなことは有り得ない。もしそうなら、俺はもっと前から、そのクローンの経験を通して何かを得ていた筈……!』
「魂がなければ、思考の再経験による記憶復帰は発生しない。造物主の霊と同じだ」
『あんな下等な存在と一緒にされるのは心外だ!』
……心外。
そんな感想を抱くのは、いつぶりだろうか。
いや、どうして俺が感想などという情動を……?
「困惑しているな……気づいたか? 今のお前にはガフの部屋から白色の魂を与えてある」
『なん……だと……』
「それでもやはり、多少の人間らしさを取り戻すだけだな。ほら見ろ、このゲージを」
中空にホログラフが浮かび上がる。
これは、俺の器の脳波か。
「再経験による記憶復帰が起きても、忠誠化に成功していない。やはり、魂は漂白済みではダメだ。お前自身の本物の魂でないと」
『……あわよくば、最初の時点で俺を操るつもりだったか』
「お前が自分には効かないと言った時点で失敗したのはわかっていた」
まるで最初からそうなることを予想していたような言い草に、今度はもっと悪い予感がした。
数世紀ぶりの感覚に、思わず生唾を飲み込む。
「並列思考の正体は、各世界で終焉を迎えた三好明彦の魂の集合体だったと仮定しよう。
オクヒュカートは、まだ終わっていないから俺の中にはいない。一番最初を始めとして、実際に何人かいないしな。彼らもきっと今もどこかの次元に存在しているんだろう。
だが、お前は『人間としての三好明彦』をやめて、パトリアーチという情報電子生命体になった。その瞬間、間違いなく以前のお前は死んでいるんだ……だから、魂がない」
『やめろ……もうやめろ!』
「ベネディクトが例外だったのではない。
例外だったのはお前のほうだ、パトリアーチ。
お前は死んで、魂を失い、霊体だけが情報電子生命体……いや、量子霊とでも呼ぶべき存在となった。そして、生前の未練であるループ実験に取り憑かれた……」
『すべて推論だ。証拠は何一つない!』
「そう、すべて推測だパトリアーチ。だが、この仮説を証明する方法がひとつだけある……」
そんなことができるはずがない。
だが、『オリジン』は一切の迷いなく『針』を生成し、人差し指と親指で摘んだ。
「お前のクローンは自我を持っていない……立派だな。人殺しはしなかったのか? ライアーの一件でも覚醒はしなかった。
それとも、お前にとって殺人はそれ程刺激的な経験というわけでもなかったのか……。
現に今も知識はお前の方に流れて、クローンの方にはなんら変化がない……あるいは、お前自身が時空を超えてとっくに目覚めていたクローンの自我なのか……グラナドを使って因果律を逆転させていたのか……まあ、その辺は俺の乏しい知能では到底理解できない領域なんだろう」
彼の目を見る。そして、理解した。
やめろ。
それは。
それをするということは。
「残念ながら、自我を持たないクローンにピース・スティンガーを打てば、並列思考元である俺に影響がある。だからこそ、自我に目覚めたクローンに順次打ち込んできたんだが……今回は、そういうわけにもいかないな」
『自分のしようとしていることがわかっているのか、オリジン!』
「もちろん。俺が直接操作しているクローンは3兆7944億2463万1643名。お前のクローンに自我が目覚めるのを待つのも、どのクローンがお前の大元なのかを調べる時間も惜しい」
『お前は救世主なんだ! そんな異物を使うのはやめろ!』
「異物? これは良心回路だよ、パトリアーチ。今わかった」
そう言うと『オリジン』は。
自分の額に針を突き入れた。
ずぶずぶと、音を立てて脳へ、そして魂へと三好明彦とピースフィアへの忠誠を植えこまれる。
「……これでスティンガーは俺の魂を通して、お前の大本に打ち込まれた。もし、これでお前に効いているなら……」
『……なんなりとご命令を、オリジン様』
「それが、証明になる」
……これが救世主。
大のために小を殺す。
小の中には当然のように自分が含まれている。
俺を……パトリアーチを忠誠化するために払った犠牲は、彼自身が考えている以上に大きい。
だが、その意気に応えるのがこれからの俺の役目となるのだろう。
「これで、俺が暴走することもない……さようなら、リオミ。ディーラちゃん、ラディ」
『オリジン』は三好明彦としての、最期の呟きを漏らす。
俺は、彼の人間としての終焉を記録する。
「あとを、頼む。『アキヒコ』……」
この日、『オリジン』と『パトリアーチ』は融合した。
・オリジンが何をしたのかわからない人への、解説になってない解説
パトリアーチはグラナドの因果律逆転により派生したクローンの自我……というより電子的な霊でした。
霊なので思考しているように見えて思考していない、純粋に分析の結果とプログラムによって稼働していたと思れます。
自我のないクローンにスティンガーを打ち込んでもオリジンに刺さるだけ。
自我のある電子霊であるパトリアーチには魂がないので、これも無意味。
しかし並列思考の一部であることを利用して、オリジンは自我のないクローンを統括している自分自身に針を打った。これにより、パトリアーチの自我にスティンガーを干渉させたという超ややこしい設定なのです。
ふたりの融合後に残るのはピースフィアと『アキヒコ』に忠誠を誓う機械仕掛けの救世主の部品である概念存在と情報電子生命体なので、勝手に暴走してラディを殺すことがないというわけです。




